小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[買い出しするため街に行くよう【後編】]

 天気はとっても快晴。空気はいつも通り野郎臭が充満しているが、本日の俺は――なんだか気分が良い。って言うか、生まれて初めての優越感に浸っていた。ファミレスで朝食兼昼食を済ませ、日用雑貨の買い出しを始めた俺の傍らには、一人の女性が毅然として立っている。どう見ても、この街をウロついている連中とは別次元の服装と雰囲気。しかも、他の通行人とは違う理由で周囲に目線を張り巡らせ、真剣な表情でゆっくりと歩を進めている。
「あの〜〜、大丈夫ですか?」
「ええ、今のところは。物理的な脅威は発見されてませんわ。ただ、あまりに人間の密集度が高いため、カナリの集中力を要しますわね」
 彼女……津軽さんは監視役であり、護衛役も兼ねている。故に当然の返事ではあったが、SPに守られる重要人物は皆こんな気持ちで過ごすのだろうか?
(津軽さん……キョロキョロし過ぎです……)
 上京したての田舎者が、明らかに勘違いをした服装で観光に臨んだらこうなってしまった的な……外野からはそうも見てとれる。しかも、眉目秀麗とまでは言わないにしろ、この界隈ではまずあり得ない特徴的なメイクと空気を醸し出してるもんで、傍らを通り過ぎていく男共が、まあ、これまた振り向くワケだ……尽く。
「あ、ここです。津軽……さん……?」
 大型量販店に入ろうとした弥富が目にしたのは、DVD専門店舗の正面入り口で、CM用モニターに釘づけになっている津軽の姿。口を半開きにしてポカ〜〜ンとしている。
(おいおいおい……)
 何かカルチャーショック的な事があったのだろう。まあ、この街全体が一般人にとっては異文化交流発信地みたいなもんだし。外国の観光客は、必ずカメラを首から提げて集団で笑顔をふりまいている。多分、彼等はアキバの街がこの国の首都だと思ってるんじゃなかろうか。で、津軽さんは一体、何を――
「どうかしました?」
「え、あ……いえ、なんでもありませんわ」
 モニターで流れているのは、とっても愛くるしい柴犬の子供とじゃれる少年・少女達の映像。もうすぐ発売する邦画DVDの予告だった。
(へえ……犬好きなんだ)
 弥富は思わず頬が緩んでしまった。自分も犬が好きで、大昔、実家で飼っていた。これで一つ、世間話のネタができてなんだかホッとした。
「では、迅速に買い物を終わらせましょう」
 彼女は顔つきをキリッと変えて、弥富と量販店の中へ。この街で日用雑貨や消耗品が一通り揃っている数少ない店。弥富のような男の一人暮らしに必要な物は、大抵がここで買いそろえられる。
(ええっと……箱ティッシュにトイレットペーパー、洗濯洗剤に…………おッ……!)
 物色する弥富の手が止まる。それは、家電製品のコーナーの片隅だった。彼の視界に映ったのは『インカムα・βセット』。本来なら、P・D・Sの使用が違法とされ刑罰が適用される現在、売っても仕方のない物だ。が、インカム単体なら購入も所持も違法に当たらないため、在庫処分に困った業者が、量販店にタダ同然の値で卸すケースは珍しくない。だから、弥富が凝視しているインカムのセットも、子供の小遣いで買えてしまう程度の値段だ。
(……よし、買ってしまえッ)
 弥富はチラッと津軽の方を盗み見て、持っていた箱ティッシュで陰をつくってインカムを手に取った。アパートの部屋に帰っても禁魚は一匹もいない。それは確かなのに、どうしてそんな衝動に駆られたのかは分からない。
「津軽さん、欲しい物は全部買ったんで、もう行きましょう」
「はい、了解しましたわ」
 弥富はこっそり買ったインカムをポケットに仕舞いこみ、量販店から出る。なんか少々気まずいが、違法じゃない……そう自分に言い聞かせるだけだ。
(さてと……)
 弥富は駐車していたジープに荷物を置いて、周囲をグルッと見渡した。この街にやって来て、自分のようなプチ・アキバ系が戦利品の一つも無しに帰るワケにはいかない。というワケで――
「津軽さん、自由行動とっていいですか?」
 男・25歳、無職。ガキみたいに微笑んでウキウキしている。世間様から言わせれば、実に始末が悪い人種だ。
「いけません」
即、却下。
「街を巡回する事自体に制限はつけませんが、わたくしの任務はあくまで監視と護衛。常に忘れぬよう」
「いや、あの……しかしですねぇ……」
 今から弥富が突入しようとしている店舗に女性同伴で入るのは……正直、セクハラ行為に近い。色々と18禁な広告が貼られてたり、ピンクなボイスが流れてたりするもんで。ハッキリ言っちまえば、エロゲーの専門店。まず、女性客はいない。BL系を扱うコーナーがある店舗はともかく、ここは野郎のオタ汁100%の病巣。人格を疑うのなら、さあッ、疑えッ! 
「ん……?」
 津軽が何かに気付いた。店のジャンルとかとは関係ない――――何かを。
「弥富殿、入りましょう」
「えッ、あ……はい?」
 彼女は弥富の腕を引っ張り、8階建ての雑居ビルの中へ。その直後、どこからともなく下水工事業者の制服を身に付けた男達が数人現れ、今、彼等が入って行った出入り口と裏口とに通行止めの看板を設置し、門番みたいに両脇に立った。無表情で一言も発することなく、静かにソレは行われた。通行人に興味を持つ者はいない……その光景がいつも通りであるかのように。
「ちょ……どうかしたんですか!?」
「追われています。ビルの中で撒きますわよ」
 ―――――――追われている!? 昨日の今日でもう!?
 弥富は津軽に腕をグイグイ引かれながら、湿度と野郎率が極めて高い屋内を駆け抜けていく。ヤバイ……深見・父を名乗る正体不明のオッサンに襲撃された記憶が、彼の脳裏でハッキリと甦る。忘れられるワケはない。一生のトラウマになるであろう。そして、今、更なるトラウマが加算されようとしているのか?
 タンタンタンタンッ!
 狭く汚い非常階段を1階から駆け昇り、3階のフィギュアコーナーを疾走する。突然の出来事に、常連客達が皆ビックリして振り向く。
「い、一体……ドコまで?」
「では、ここに入っていてくださいまし」
 そう言われて5階の男性用トイレのドアが開けられ、弥富が荒々しく放り込まれる。享輪コーポレーションの時といい、なんか、トイレで危機になる運命なのだろうか……。
「あ、あの〜〜……御客様、どうかされましたか?」
 突然の喧騒に驚いた店の男性店員が、怪訝な顔をして津軽に声をかけてきた。
「いいえ、どうという事ではありませんわ」
「左様ですか☆」
 店員が何故かニッコリと微笑んだ。そして、何故か……
 ガラガラガラッ――――――ガシャン!
 フロアと階段をつなぐ通路のシャッターを閉めた。もちろん、まだ閉店時間じゃないし、中には数人の客が居る。
(…………おや、懐かしい空気が漂ってきましたわね)
 津軽が何か特別な“領域”を感じ取った。一般社会ではまずあり得ない気配と、あってはいけない剣呑な空気だ。
<皆様ぁ、大変長らくお待たせ致しましたぁ! 本日のメインイベント開始でございま〜〜ッす! どうか最後までごゆっくり御覧下さい〜〜!>
 天井のスピーカーから突如として流れてくる放送。新作コスプレを装着したマネキンを見ていた連中が、何事かと周囲をキョロキョロする。
「下衆な演出ですわね」
 小さく毒づきながら、マネキンの前を通り過ぎようとした津軽に――

「キャハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
 ――――――――ッ!?

 マネキンが笑った!? 盛大に笑った!?
(ちッ……!)
 虚をつかれた津軽が口元を歪めて素早く後退する。
 にゅ……
 ミニスカタイプのメイド服を着たマネキンが、その長い脚を伸ばし、ゆっくりと一歩前に出た。
「どもども〜〜、はっじめましてぇ〜〜☆」
 えらく軽いノリの女が現れた。
「……どちら様でしょう?」
 津軽が目を細める。あまりに派手な格好してて、やたらと瞳をパチクリさせやがって、全くもって無駄なポーズをとるもんだから、津軽としては対応に困る。
「アンタが津軽っていうSPさん?」
「……ええ」
 個人情報が漏れている。明らかに相手は一般人ではない。毒々しいまでに染めた蒼いショートボブに、形容し難い色をしたルージュ。ディテールにこだわった作りのメイド服はミニスカ仕様のため、先程からムチムチな太ももが一般の野郎共の視線を一人占め中。
「時間無いからぁ、簡単に“よーきゅー”を伝えちゃうねぇ♪ 要するにぃ、さっきアンタがトイレに放り込んだヤツをアタシに譲ってほしいワケぇ。分かるぅ?」
「ええ、構いませんわ。どうぞ、御自由に」
 津軽は特に動揺することもなく、いきなり出現した不審人物の要求にすんなりと応えた。
「さすがプロ☆ ハナシが早くて助かるぅ〜〜☆」
 そう言ってメイドコスプレの女は、スキップしながら男性用トイレのドアに向かう。スカートが妖しい揚力でヒラヒラしてて、これまた一般客の薄汚ねえ視線を浴びまくり。
 カチャ……
 無情にも扉は開けられてしまい、どうしていいのか分からずオロオロしていた弥富のヘタレな画が、公然とさらされる。
「えッ……は……?」
 弥富としては首を小さく傾げるしかない。メイドコスプレした17、8歳くらいの女の子が、満面の笑顔で男性用トイレのドアを全開して立ってるもんだから。
「ターゲットはっけ〜〜ん★」
「へ?」
 リアクションに困る光景。コレが……追っ手? 後ろの方でアキバな男共が、ローアングルで写メ撮っていますが。
「デートに付き合ってね、オ兄チャ〜〜ン♪」
 ごめんなさい……本人はポーズを極めてどや顔なんだけど、全くもって萌えは感じません。俺、メイドキャラって趣味じゃないんで。しかも、直感で申し訳ないんだけど……アンタ、多分、DQNに分類されると思うよ。
 ヒュッ――
 一瞬、弥富の視界を縦に何かが走った。偽メイドの背後で大きく空気がうねり、次の瞬間――
 ――――ドッ!!
 肉体の一部同士がぶつかり合う音。片膝をつき、頭の上でクロスさせた両手首で踵落としを防御する偽メイドと、強烈な攻撃意志をむき出しにした津軽。
「ヤだなぁ〜〜、ウザいオバサンって!」
「こちらのセリフですわ、小娘ッ」
 うわ〜〜……とってもよろしくないフラグが立っちゃったよ。これってまさに――
<勝つのはSP津軽かッ、それとも謎の特A級メイドかッ!? 盛り上がって参りましたああああッッッ!!>
 …………ですよね〜〜↑。

 

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