[銃刀法違反者に守られよう]
ゴングは鳴っちゃいないが、戦いは起きるべくして起きた。って言うか、この店自体がまずどうかしているぞ。でさあ、ターゲットとか言われちゃった俺としては、やっぱ……逃げるべきかなあ? でも、SPとはいえ、女性を敵地みたいなトコに一人残すのは、男の端くれとしてのプライドが許さないッ! ……とかカッコ良く言ったら、「オメーナンカ、イテモイナクテモイッショダ、ヘタレ」……とかオウムが実家から念波をとばしてきそうです。居ても居なくてもいっしょなら、居させてください。そんな卑屈なカンジで俺は自我を保とうと思う。現状の緊迫感は、その場に身を置いて初めて分かる。作者を使って分かりやすく説明すると、高校で3年間友達だった人(男)の家に卒業後、初めて遊びに行って部屋に通され、友達がトイレに行ったスキに勝手に机の引き出しの中身をあさってたら、ホモ漫画とゲイ雑誌が出てきて……ドン引き。どうする!? とっとと逃げ帰るか、もう少し様子をうかがうか……そんな選択に迫られた(実話)時と同じくらいの緊迫感が漂っているワケだ。
「こんな可愛い女の子に後ろから襲いかかるなんてぇ〜〜、ちょっとイカレてんじゃなぁい?」
「残念ながら特に可愛くはありませんし、わたくしは至って正常でしてよ」
二人は仁王立ちして対峙する。殺陣の雰囲気が漂いはじめ、彼女達を囲むようにしてギャラリー共が色めき立つ。
「仕方ないなぁ〜〜、優しく排除してあ・げ・る・ねッ☆」
「実に不愉快です。折檻が必要ですわね」
お互いの目が合った瞬間――
スパアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ――――――ッッッン!!
二人とも激烈なビンタ! しかも、相討ち! それぞれの左頬に赤黒い手形を作って、同時に不敵に笑ってみせた。
「……ふ〜〜ん、なかなかヤルじゃん」
「……そちらこそ、良い身のこなしですわね」
ウオオオオオオオォォォォォ〜〜〜〜!!
ギャラリーがどよめく。
(あの……もっと建設的な行動はないのか?)
トイレの扉の陰からビクビクしながら様子をうかがう弥富。彼が言いたいのは、「この店はどうなってんの?」・「俺が何でターゲットなの?」・「この女は何者で、俺をどうする気なの?」・「有事の際に実動課への応援要請はできないの?」……とかだ。いきなり、お互いの顔面をブッ叩いてケンカ始めちゃってるけど、そんな対応でいいのだろうか……イイ大人として。
「じゃあ、ちょっぴり“ビックリ”させてあげようかなぁ★」
そう言って偽メイドは、自分の真横に立っているコスプレ展示用のマネキンから衣装を剥ぎ取り、その足首をおもむろに掴む。そして……
ブゥオン――――!!
「くッ!」
マネキンの頭部が津軽の鼻先をかすめ、彼女は思わず息を呑んだ。
「ど〜〜お〜〜? ビックリしちゃったかなぁ〜〜?」
偽メイドがわざとらしく微笑む。
(す、すげぇ……!)
弥富がポカンと口を半開き。マネキンを片手で掴み、団扇でも扇ぐみたいに振り回しやがった。
<おおっと、謎のメイドが凶器攻撃開始だあッ! 高さ175センチ、重量10キロのマネキンを片手で軽々と扱う彼女ッ、とても女性の腕力とは思えなあああ〜〜い!!>
店員の解説にも熱がこもる。
「なるほど……少々、鬱陶しい武器ですわね」
マネキンの硬さと重さ、スピードからくる攻撃力。そして、リーチ……素手のまま間合いに入るのは難しい。その上、津軽は銃器の類いは携帯していないって言ってたし……どうすんの!?
「そんじゃ、一気に片付けちゃうよぉぉぉぉぉ!」
タンッ――
軽い足取りで床を蹴り、跳び上がった偽メイド。
一歩後退しつつ、床に置いてあった自分のクラッチバッグを器用に蹴り上げる津軽。
これでもかッ、というくらい大きくマネキンを振りかぶった偽メイド。
蹴り上げられたバッグが開き、そこから飛び出してきた二本の――
――――ギンッ!!
「おッ……斧ぉぉぉぉぉ!?」
弥富が目をパチくり。片手で扱える小型の手斧を両手に握り、津軽がマネキンの軌道をずらした。
「いかがかしら? ビックリなさって?」
彼女はバカにするみたいに鼻で笑った。
「へぇ……色気のないモン隠し持ってるじゃん」
偽メイドの目の色が明らかに変わった。お互いが充分な殺意を全身に纏いはじめる。
<なんとォ――ッ! 対するSPは二本の鋭い刃物で迎撃だァ――ッ! こいつは目が離せないぞッ!!>
店内放送がムダに煽るもんだから、ギャラリーもケータイで動画撮影まではじめちゃう。
(リーチはこっちが断然に有利……いくら刃物でも、間合いにさえ入られなければ問題ないもんねぇ〜〜♪)
グッ……
マネキンの足首を掴む手に、より一層の力がこもる。大振りさえしなければ恐れる事はない。
ボッ――!
巨大な弾丸が突っ込んでくるような突き。直撃すれば胸骨が砕け、内臓に致命傷を負わせかねない…………が。
――――斬ッ!!
光刃、一閃。上半身を巧みにひねって紙一重で回避しつつ、右斜め下から手斧で斬り上げ、マネキンの首を切断する。
(げげッ!?)
大型の武器を使った突きを繰り出した後は、どうしても体勢を整えるのにスキができる。津軽はそのままの勢いで軽やかにステップを踏み、もう一本の手斧を裏拳を叩きこむみたいに偽メイドの側頭部へ――
ピタッ……
寸止め。ヒットしていれば、眼球がバイオレンスに飛び出していただろう。
「さて、アナタには尋問すべき事項が沢山ありましてよ。これから実動課に連行させていただきますわ」
<きまったァァァァァ! SP津軽の勝利だァァァァァ!>
オオオオオオオオオオォォォォォォォ――――ッッッ!!
店内放送もギャラリーも最高潮を迎え、狭いフロアに声援が喧しく響き渡る。
「ちッ……なにさ、こんなに強いなんて聞いてないよ」
「答えなさい。雇い主はダレですの?」
<おおっと〜〜、残念ながら、そこから先はオ・フ・レ・コだ!>
フッ――
「うおッ……ちょ、な、何にも見えないし!」
唐突に全ての照明が落ちて、窓が一つもないフロアは真っ暗になり、弥富が情けない声を上げてヘタレこむ。
「弥富殿ッ!」
津軽が自分を呼ぶ声と、バタバタと逃げ惑う幾人かの足音が聞こえる。そして、数秒後……
パッ――
照明が元に戻る。が、そこに偽メイドと男性店員の姿は無く、ギャラリーをやってた一般客等が床に転がってるだけ。
(迂闊でしたわ。この対応の早さ……相手は『個人』ではありませんわね)
津軽は少々悔しそうな面持ちで手斧をバッグに仕舞い、弥富の方に向き直る。
「さあ、行きましょう」
まるで、何事も無かったかのようにスッと手を差し伸べる。
「あ、は……はい……」
この人……よく分らんが、スゴイ。それに引き換え、俺は普通に失禁しそうになってたよ。ダレも25歳・ニート野郎の失禁描写なんか見たくないだろうから、ギリで我慢したよ。
―――――――――― 10分後・アキバの街の片隅にて ――――――――――
<首尾は?>
「ごっめ〜〜ん、しくじっちゃった〜〜♪」
<失敗した? 何があった?>
「だってさぁ、アイツってば、バッグに危なっかしい武器隠し持ってたしさぁ。妙に運動神経も良いしぃ」
偽メイドが深緑の生い茂る公園にて、無邪気にはしゃぐ子供達に混じってケータイで通話中。
<SPのプロフィールは昨日の内に送信したハズだが>
「えっと〜〜…………見てない」
<貴様ッ、それでもプロか!>
通話相手の男が激昂している。
「だってぇ、細かい文字とか数字で一杯だったんだも〜〜ん」
<いいか、良く聞け。今度の相手は、普通に奇襲をしかけてどうにかできる女ではない。特別な訓練を受けたプロだ。もっとよく考えて行動しろ……いいなッ!>
「はいはい、りょ〜〜かい。期限までには弥富更紗の身柄を確保するって。そっちこそ、報酬の件忘れないでよねッ」
<問題ない。要望の通り“二匹”用意してある。弥富更紗と交換だ>
「あはッ、楽しみィ〜〜! じゃあねえ、『Mr.アルビノ』☆」
そう言って偽メイドは笑顔でケータイを切った。
バタバタバタッ……
すぐ側を鬼ごっこしている子供達が走り去っていく。元気だ。アキバの街はとりあえず平和だ。
「さぁてぇ〜〜」
彼女はメールで受け取っていた添付ファイルを開く。ケータイのモニターに映る津軽の顔写真と詳細な情報。
[本名『津軽六鱗』・年齢26歳・女性。現在、電薬管理局実動課に所属。某国営企業にてSPとしての経験有り。先天的な重度の睡眠障害を患っていたが、特殊な手術により延命処置が施される。が、現在も睡眠を必要としない症状は消えず、延命に成功はしたものの、短命と言われている。SP時代には仲間内で一番の武闘派と呼ばれ、“鬼姫”などと揶揄されることもあった程、己に課せられた任務には徹底していた。当時の彼女に与えられていたコードネームは『デス』]
「うっわァ〜〜、『デス』だって! ただの中二病じゃん!」
ベンチに座った偽メイドが愉快そうにゲラゲラ笑う。
わあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ッ!
で、そのすぐ側をまたもや子供達が走り去っていく。やたらと元気な笑顔で。
(とはいえ、コイツはちょっぴり困ったなぁ。眠らないから24時間体制でターゲットに付きっきりってコトでしょ? そうなると、奇襲できるタイミングも限られちゃうしなぁ……)
彼女は自分の顎先を人差し指でトントンと叩きながら、あまり利口そうにない頭をフル回転させて考える。
ポク、ポク、ポク、ポク、ポク…………チ〜〜ン♪
「バカの考え休むに似たりッ! さあッ、頑張って行くぞォォォォォ!」
勢い良く立ち上がり、太陽に向かってガッツポーズ。
「わあーッ、バカだあーッ! バカがいるぅーッ!」
遠くの方から子供達に野次られた。ついでに、空き缶投げつけられた。
「こンのクソガキがああああッ! 児ポ法に引っかかるようなコトしてやるゥゥゥ!」
偽メイド、子供達を追いかけて公園から消えて行った。