小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[平常心を強く持てよう]

「…………腹減ったな」
 弥富があまりの戦慄に心を侵され、現実からログアウトして2時間程経過……彼は空腹で目を覚ました。無気力な表情で起き上がり、いつもと同じ服装に着替える。駅前の牛丼屋で腹を満たした後、オタクな電気街を彷徨い歩く。ガチャガチャをやって、同人誌を数冊買って、フィギュアをジロジロ眺めた。そして、帰宅。いつもと変わらぬライフワークをこなして、心はすっかり落ち着いて――

「落ち着くかあああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!!」
 弥富、発狂。何か別の物に変身しそうな勢いで。

(さあ、どうすればいい、俺ッ!?)
 軽く現実逃避している場合ではない。アパートに帰れば、イヤでも四つの水槽と問題のポータブルHDを目にするのだから。この状況を打破するには、やはり、禁魚達とのコンタクトを続けるしかない。
「よし、やるかッ」
 ガンバレ自分! 負けるな自分! ダレも応援はしてないけど!
(さて……次は)
 二度あることは三度ある。そんな言葉が頭をチラつくが、彼は『らんちゅう』の水槽にインカム・αを取り付け、インカム・βを自分にパイルダー・オン!

「きゃああああああああああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!」
 弥富の悲鳴。

 バタバタバタッ!!
 彼は大慌てで玄関からI・can・fly☆
 あまりのショッキング映像が彼の前に現れたから。次から次へと……これは神様が与えた試練ってヤツですか!? 
「…………ふぅ」
 彼はアパートの外で呼吸を整え、自宅なのにコソコソしながら中へ戻る。待ち受けていたのは――テーブルの上に腰かけて、うちわでパタパタ扇いでいる女が一人。問題なのはその女が……
「何故に下着?」
 ブラとパンツでこんにちは☆
「暑いンやもん。もうちょい高性能のエアレーション使ってや」
 開口一番に文句言われた。
「なんつーか、その……『らんちゅう』の体型がよく反映されてるな」
 全身から汗がダ〜ラダラ。ウエストの余分なお肉がプ〜ルプル。
「ぬぬッ、それはデブやって言いたいンか!? ちゃうで、うちはあくまでエエ感じのポッチャリや! 言うなれば青木○んや!」
「やめろよ、AV嬢に例えるのは……」
 外見的には17、8歳くらいだろうか。赤髪のツインテールとムッチリ・ボディがやたらと目立っている。
「アンタがさっちんやな。うちは『出雲(いずも)』っていいます。よろしゅう☆」
(……さっちん?)
 どんだけフレンドリーだよ。
「ええ〜……もうなんか聞くのも面倒なんだが、暑いからって、どうしてそんな格好してるワケ?」
「だって、見られるとメチャ楽しいンやもん♪」
 オマワリさん、助けてください。俺の部屋にホンモノがいます。
「ああ、そう……こっちは少々不愉快だけどね」
「何でや!? まだ若いのにドキドキを失ったらアカンで!」
「うるさいよ。そして、オマエは常識を失うなよ」
 出雲が意味不明なウインクしてくる。M字開脚でパカパカしだす。世界はオマエを『変態』と呼ぶ。
「で、うちに何の用や?」
 あ、そうだった。危うく当初の目的を忘れるところだった。多分、長い付き合いになるだろう。まずは、相手をしっかりと認知しておかなければ。本来なら、浜松や郡山から始めるべき事だったんだが、あの二人では徒労に終わりそうなんで。
「オマエ達『禁魚』の生態について、知っている事を全て話してくれ」
「いやや、面倒臭い」
 オマエもかよ。
「つまらんなァ〜、このシチュエーションならもっと聞くべきコトがあるやろ! エッチな質問してドキドキさせるとか!」
「…………」
 弥富の視線が冷たい。
「まあ、ええわ……せやなァ、うち等は『金魚』を人為的に変異させて造られた、いわゆる“希少種”や。本来は記憶障害や鬱病患者に使用する、ドラッグとして開発されたらしいンやけどな。魚類にはあり得ない知能の高さが判明して、P・D・Sの飛躍的なアップグレードにつながったらしいで」
(……ドラッグ?)
 初耳だった。が、P・D・Sが愛玩動物に癒されるコトを前提としたシステムだから、あり得なくはない。
「他には……う〜〜ん、うちより他の連中に聞いた方がエエと思うけどなあ」
「浜松と郡山のコトなら却下だ。ヤツ等は選りすぐりのバカだ」
 やさぐれ気味に断言しちゃった。
「ほんなら、『土佐(とさ)』のジイさんに聞いたらええンちゃうかな?」
 とうとう最後の禁魚とコンタクトをとる時がきた。
「今度こそ、まともな話が聞けるんだろうな……」
 禁魚に対する弥富の信頼度は絶賛下降中。
「なんせ15年も生きとる長老やから、色々知ってるやろ」
 出雲はそう言って、やっとテーブルから下りると勝手に窓を全開にし、こちらに背を向け仁王立ち。Tバックを穿くにはギリギリでアウトなヒップをプルプルさせて。
「……何してんの?」
「写メ待ちや」
 弥富、インカムを外す。瞬時にして公然わいせつ者の姿が消える。
「不毛だな……」
 これ以上の精神的ストレスにはガラスのハートが耐えられない。
(仕方がない……やるか)
 一際ガタイの大きい『琉金』の泳ぐ水槽に、インカム・αを取り付ける。そして、今度こそ! ……という期待をこめて、インカム・βを装着。

「きゃああああああああああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!」
 またしても木霊する悲鳴。玄関から本日二度目のI・can・fly☆

(俺、もうヤダ……!)
 マジで冗談じゃない。御近所の方々が、様子を見に来そうなくらいの慌てっぷりだ。部屋に戻りたくない……しかし、このまま裸足でアパートの外をウロついてたら、ドコかの母親が子供に“見ちゃいけません!”……とか言いそうなんで、心臓をバクつかせながら、そぉ〜〜っと部屋の中をのぞく。
 ――――――居た。大量に吐血した老人が、床の上に倒れている。
「助けて船越さぁぁぁぁぁぁぁん!!」
 弥富、泣く。自分の部屋で、いきなり知らないジジイが死んでるんだもん! ダレか大家さん呼んで!
「ちょっと弥富さん! さっきからどうかしたの!? やかましいよッ!」
「あ……スンマセン……(汗)」
 隣のオバチャンに怒られた。真っ昼間でなんか気まずい。
(さ、さて……どうしたものか……)
 おそらくは出雲の言っていた琉金だろうが、何故に死にかけ(?)ているんだ。
「よ、よ〜〜し……」
 弥富は棚のDVDケースを一つ手に取り、投げる。
 ゴッ――
 命中。しかも、角の部分が頭部に。
「げふッ!」
 更なる吐血。  
「いかああああああああああああ――――ッッッん!!」
 余計なダメージを与えてしまった。
「だから、弥富さんッ! やかましいって言ってるでしょうがッ!」
「スンマセン……マジでスンマセン(汗)」 
 また怒られた。
(うっわ〜〜……どうなってんだよ?)
 寿命? 病気? 悪フザケ? いずれにせよ、この状態では話をするどころではない。弥富は一度インカムを外し、琉金の水槽に黒出目金をすくって入れる。
「うおおおおおおいッ! 血ィ吐いて倒れてるしッ!」
 浜松、登場と同時にリアクション。
「いや、そういうの俺が十分やったから」
 弥富が冷静にツッコむ。
「ちッ……」
「何で舌打ち!? どんだけ騒ぎたかったんだよ!?」
「で、何事? あたし、結構忙しいんだけど」
「いや、オマエ魚類じゃん。泳いで呼吸して、エサ食ってフン出すだけじゃん」
「バカ者めッ! この姿を見よッ! 白衣の天使として忙殺される毎日なのだァ〜〜!」
 今度はナースだ。イメクラのデリバリーに電話した覚えはない。
「はいはいはい、そして、はい」
 弥富の視線はもう蔑みに近い。
「くッ……よかろう。信じないのなら、あたしの最先端医療で患者を昇天させてやろう!」
「逝かせてどうする。黒衣の悪魔め」
 で、取り出したのは一本のメス。そして、すかさず執刀。
 ザクッザクッ、ザクッザクッ――――ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜……
「うわぁ〜〜い☆ 赤い噴水だぁ〜〜☆」
 弥富の瞳が白昼夢を見ている。そして……
「オペ完了ッ!」
 わずか5秒で。
「ど、どうなったんだ……?」
「……てへッ☆ 死んじゃった♪」  
 親指を立てるな。ペロッて舌を出すな。
「おい、どうすんだよ……完全に人災じゃねえか」
「ふむ、仕方ない。こうなれば……」
 ズ〜リ、ズリ……ズ〜リ、ズリ……
 白目むいたジジイを浜松が玄関まで引きずり、45&#8467;のゴミ袋を頭からかぶせ、ガムテでグルグル巻きにして――
「よし」
「よし、じゃねえ! 真剣な面で無かったコトにすんな!」
「心配しないで。ちゃんと可燃ゴミの日に出すから」
「そこじゃねえよッ!」
 ガサガサッ、ガサガサッ
 ゴミ袋が動き出す。そして――
 バリバリバリッ!
「何すんじゃいいいいいいッ!!」
 ゴミ袋を豪快に突き破り、ジジイが復活。
 パチパチパチッ♪
 二人はとりあえず拍手。延命オメデトウ。
「おのれ、浜松ッ! 高齢者を大切にせんヤツは、地獄に落ちるがいいッ!」
「ヤだよ。そっちが先に逝けよ」
 ブスッ――!
 メス、再執刀。ジジイの脳天から赤い噴水第二射。
「おい……俺の部屋をバイオレンスに模様替えするんじゃねえよ」
「おおッ、お主が儂等の御主人じゃな。宜しく頼むぞ」
 握手を求められた。顔面血まみれのジジイに。
「あ、あのさ〜〜……外見の先入観から人を判断したくないが、アンタ……ホームレス?」
 禁魚・『土佐』の外見――ハゲ、ヒゲもじゃ、ボロボロの作務衣。そして、雨に濡れた後の犬みたいな臭い。
「無礼な! 儂は禁魚という希少種の中でも、長老と称えられし猛者ぞ! 見た目で人間性や社会的立場を判断するようでは、まだまだ人間が青いわ!」
 土佐、一喝。
「そ〜〜れ、拾ってこ〜〜い!」
 浜松がポチをポ〜〜ンと投げる。
「うっひょおおおおおお――――ッ☆」
 ジジイ、大喜びでポチに食いつく。
「…………おい、尊厳って言葉知ってるか?」
 弥富は人を哀れむ心を覚えました。
「で、更紗。土佐に何か用?」
「例によって、質問があったからインカムを着けたんだが……これまた例によって、悪フザケに迎撃された」
「確かにジジイは15年も生きているだけあって、博識ではあるけどさ。多少ボケているから期待しちゃダメよダメよ、ダメちゃんよ」
「何だよ……やっぱ役立たずかよ」
「黙らっしゃい! 儂の脳ミソには、ネットの海で得た森羅万象の情報がつまっとる! さあ、聞けッ! やれ、聞けッ! 即答してくれるッ!!」
 食べカスを飛ばしながら威張るな。
「オマエ達の生態について全て教えてくれ」
「え〜〜、面倒じゃのう……儂、知らねぇ〜しぃ〜」
 やっぱりだよ。そして、ガッカリだよ。
 今日も無駄な時間が過ぎていった。

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