小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[アイツ等は今……こうなってるよう【アパート側】]

「ええっと〜〜…………何で?」
 弥富は首を90度近くまで傾けながら呟いた。茶髪のショートボブに麦わら帽子を被り、可愛らしいワンピースを着た5、6歳くらいの♀か♂かよく分からん幼児が、椅子に座っている。
「痴れ者めッ。ポチを甘く見るでないッ。水槽の中をよ〜〜く観察するんだぞ〜〜」
 水槽を? …………あッ、そうか……コイツってば、禁魚じゃないんだった。
 まだ濡れている水槽の隅っこに、ウネウネしている生き物を発見。そう……『糸ミミズ』だ。
(うわ〜〜……なんだか面倒なコトになったなあ……)
 オリジナルP・D・Sはソフトだけネットにつないでも、電薬管理局に探知はされない。対象となる生物のアバターが発生して、はじめて探知される。つまり、ポチという自虐チック幼児が面前に現れてしまったという事は……マズイ。うちのネット環境って、実動課に遠隔制御されてるってのに。
「津軽さ〜〜ん! 大変で〜〜す! 実動課の人にちょっと言い訳させてください!」
 ――バタンッ!
「何事ですの!?」
 大量の湯気を身に纏って、UBから全裸の津軽が飛び出してくる。
「ストップ・ザ・交通事故ッ!?」
 あられもない登場シーンに弥富は意味不明な言葉を叫ぶ。
「おおォ〜〜。稚拙な童貞の妄想力が、ついに現実のオンナを作りだしたのか〜〜。よくぞ己をここまで磨き上げたな」
 ポチから御褒めの言葉を賜わったけど、コレは実物です。つまり、エロス降臨です。
「つ、津軽さんッ……ちょ、まずは服をッ……!」
 人生初の若い女体を前にして、弥富は無残に慌てふためくばかりだ。で……

 ―――――――――― 10分後 ――――――――――
「……と、いうワケでして」
 事のあらましをかいつまんで説明し、弥富が申し訳なさそうに俯く。
「つまり、今、この部屋の中に『ポチ』と名乗るアバターが居るのですね?」
「ええ、まあ……」
 インカムをつけていない津軽にはポチの姿は見えない。で、そのポチはというと……
「せいやッ、せいやッ、ポっチポ〜〜チにしぃてやんよ〜〜♪」
 鼻歌交じりに津軽の頭をDVDのケースでポコポコ叩いてる。
「おいッ、バカッ、やめろって!」
「……は?」
「いや、その……ええっと……(汗)」
 こうなったら実際に目にしてもらうより他はない。というワケで、弥富はインカムを手渡し、津軽が装着してみた。
「おっす、ポチだぞ。趣味は捕食されること」
「なッ……!?」
 突如、真横に見知らぬ幼児が出現して津軽が身構えた。
「緊張することはないぞ。苦しゅうない。さあ、膝の上にでも乗せてみるといいぞ〜〜」
「あ、アナタは……本当に糸ミミズなんですの?」
 実動課の人間とはいえ、オリジナルP・D・Sを体験したことがあるワケではない。一定の仮想空間が脳内に展開され、非常にリアルなアバターと会話が可能とは彼女も聞いてはいたが、コレは……アバターというより、ほとんど人間?
「その通りだあ。生態系の最下層辺りを生きる、可哀想な身の上なんだぞ。だから、水槽にもう少し新鮮な水を足して欲しい〜〜」
「え、あ……はい。分かりましたわ」
 そう言って津軽は、街で買ってきたミネラルウォーターを少し注いでやった。
「おお〜〜、自然の恵み的なモノが体を癒してくれるぞ〜〜☆」
 ポチ、御満悦。
「ところで弥富殿、さっきは何を叫んでいたんですの?」
「あ、そう、そうです! 実動課の課長さんに俺から説明させてください! 今回のP・D・S使用は、その、まあ……ちょっとした事故で、犯罪的な意図があったワケじゃあ……」
「その件でしたら問題はありませんわ。実動課によるネット環境の遠隔制御は監視ではなく、外部からの不正な侵入やサイバーテロなどの脅威を回避するための、局所的な防衛措置です。デスクトップで実行される作業等のプライヴェートが、筒抜けになっているワケではありませんわ」
「へ? そ、そうなんですか……?」
 弥富が間抜けな面で聞き返す。
「電薬管理局はそれこそ海のように広いネットの世界を、常時監視しなければなりません。重大事件とはいえ、一個人の回線を24時間見張る程の余裕はありませんことよ」
 津軽はさも当たり前のように言った。
(だ、騙された……ただのハッタリかよ……)
 実動課長の真剣な説明にすっかりのまれていた。くそッ、俺ってやっぱ成長しねえなあ。
「あ、だからあんなヤバイ物をダウンロードしても平気だ……った……あ」
「…………?」
 しくじったああああああああああああああッッッ!! デスクトップでエロゲーが起動したまんまだあああああああああああああああッッッ!! 今はスクリーンセーバーのおかげで隠れてるけど、少しでもいじったらバレちまう!!
 ガタガタガタッ……ガタガタガタッ……
 顔面蒼白。あり得ない感じで弥富の全身が振動中。
「……? どうかされまして?」
「あ、ちょ、ちょっと……インカムを」
「ええ、御返ししますわ」
 弥富はおもむろにインカムを装着し、わざとらしく何かを思い出したような面で……
「あ、あの……その〜〜、俺、ちょっとコンビニ行って来ます」
「そうですか。では、御供致しますわ」
 よし、まずは津軽をデスクトップから遠ざけるんだ。
(ポチ、後の処理を頼むぞッ)
 ウインクする弥富。
(任せろ、クソ野郎☆)
 親指を立てて笑顔を返すポチ。
 バタンッ――
 玄関戸が閉まり、ポチがポツンとお留守番。で、ネットにまだつながったままのP・D・Sを認識し……
 ニヤァ〜〜リィ〜〜★
 ものすごく北叟笑んだ。

 タッタッタッ……タッタッタッ……
 夕闇はすっかり漆黒となり、会社帰りのお父さんが2、3人寂しく歩いている道を、弥富と津軽は闊歩する。
(とにかく、今は時間稼ぎだ。あんな状況を見られたら、この先気まず過ぎてどうしようもないしな……)
 コンビニには一応向かってはいるが、特に目的は無い。そして、話題も。話題……か。
「津軽さんは『禁魚』について何か知ってますか?」
 弥富は何故か唐突にその話題をふった。あまりに知らない事が多いのも事実で、禁魚の生態とかに関しては、以前に出雲からちょっとだけ聞いたが――
 1.『禁魚』は『金魚』を人為的に変異させて造られた愛玩動物の一種である。
 2.当初は精神病患者に使用するドラッグに加工するのが目的だった。
 3.魚類にはあり得ない知能の高さが実験で確認された。
 ――聞いたのはこれくらい。
「わたくしが課長の宇野から聞いているのは、禁魚とオリジナルP・D・Sを決してオンラインで使用してはならない……という事だけです」
 その理由は弥富にも解っている。中毒性や依存性の高さが異常な数値を示し、使用した人間をネットが構築した仮想空間から出られなくする。つまり、頭が正常な機能を維持できず、一定の中毒状態のまま麻痺してしまうらしい。
「けど、ソレはあくまで『偽P・D・S』を乱用した場合の症状ですよね? 実際、俺はオリジナルP・D・Sで禁魚と随分コンタクトをとりましたけど、特に病的な症状は出てませんし」
「いいえ。オリジナルにも高い中毒性はありますわ。ただ、影響の及ぶタイミングや度合いには大きな個人差がありますの。そして、電薬管理局が最も懸念しているのは、オリジナルP・D・Sから比較的容易に偽P・D・Sがプログラム出来てしまう点です。偽の方には個人差などは殆ど無く、万人に等しく高い中毒性をもたらしてしまう。実動課は現在、とある人物を指名手配してますの」
「えッ、指名手配って……ネット内では何も……!」
 弥富がたじろぐ。
「もちろん、公的な捜査ではありません。警察組織の手は借りず、独自の調査を続けていますの。その人物は、近年多発した偽P・D・S氾濫騒動の火付け役と目され、多種多様なコピーを作製し、短期間で莫大な利益を上げてますわ」
「けど、相手の特定なんて可能なんですか? 偽P・D・Sを扱っていたハッカーなんて、それこそ腐る程いたと思うし」
 弥富の脳裏に、ごく最近の記憶がチラつく。『偽P・D・S友の会』……分かりやすく言うと、“とっても残念な人生を謳歌する集団”。
「偽P・D・Sを扱うハッカーにも一定のランクがあります。『親』と『子』と『孫』。『孫』は既成の偽P・D・Sをただ単純に複製して自ら使用したり、売却して小銭を稼ぐ小物のハッカー。『子』は大元(ソース)となった偽P・D・Sに手を加え、各動物に特化したプログラムを構築し、ネット上で派閥を作る党首のような存在。そして、『親』……オリジナルから“完璧な偽物”を創り上げた張本人。1年程前から、電薬管理局が電子指紋をたどって行方を追っていますけど、未だに決定的な手掛かりが得られてませんの」
「基本的な質問なんですけど、P・D・Sみたいにダレでもネットで共有できたソフトって、本来なら厳重にプロテクトがかかってるんじゃ……?」
「ええ、もちろん。複製防止用のガードが幾重にもかけられてますわ。一国の情報機関が手を加えるならともかく、一個人でガードを解除するのはまず不可能……電薬管理局としては、内通者の洗い出しも並行して実施してますの」
 すっかり重たい空気になってしまった。自分なんかは所詮、『孫』に位置するハッカーからオモチャを安く与えられ、良い気分になっている底辺のネット利用者に過ぎない。となると、一番気になってくるのは……
(浜松はサーバー室で一体、何を俺に見せたかったんだ?)
 彼女は自分が『深見素赤(ふかみ すあか)』であり、カナリのリスクを冒してまで電薬管理局からオリジナルをハックしたと言っていたが、オリジナルを使って“何を”したというんだ……? そして、実動課の課長が言っていた『匿名の情報提供』というのも気にかかる。俺はこれからどう進めばいいんだろうか。
「では、弥富殿。コンビニエンスストアに到着致しましたわ。買い物を済ませましょう」
「あ……」
 考え込んでいて時間稼ぎの件を忘れていた。しかも、俺ってばサイフを持ってきてなかったし。こうなったら、やるっきゃない! 聞くっきゃない! ヘタに後でバレたら余計に気まずいんで、ここで大したことのない勇気をかましてやれッ!
「津軽さんは小さな男の子好きですか!?」
「ええ、大好きですわ」
「……それは、弟を可愛がるような感覚ですよねッ!?」
「いいえ、恋人感覚ですわ」
「……津軽さん、『ショタコン』って言葉知ってます?」
「いいえ、存じ上げません」
「……津軽さん、『青少年保護条例』って知ってます?」
「いいえ、存じ上げません」
                            
 ――――――――――――――――――――――――――(,,゚Д゚)ヒイィィッッ!!

 コンビニの店員さん……よろしければ、防犯用のカラーボールを俺にください。今なら魔球を投げられそうです……。

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