小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

[藪をつついたら蛇が出ちゃったよう]

「………………………………あ」
 少々長い沈黙の後、弥富がマヌケな声を漏らす。
「よく帰ってきたな。オマエに頼まれた通り、事実の隠蔽に努めてやったぞ〜〜」
 ポチがデスクトップの前に座って、勝ち誇ったみたいに腕組みしている。で、現在……弥富の部屋でナニが起きているかと申しますと――

「うっしゃあああああああああああああああああああああッッッ!!」
 カキィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――――――――――ッッッン!!

 弥富が金属バットをフルスイング。
「あべしぃぃぃぃぃ〜〜〜〜」
 変な声を漏らして吹き飛ぶポチ。壁で反射して、天井にぶつかり、落下。とても清々しい笑顔で脳天から大流血。
「な、な、な……何のつもりだッ、コレはああああああああああああッッッ!?」
 あまりの憤怒により、弥富は脊髄反射で人を殺めかねないテンションだ。何故なら、部屋の床一面にプリントしたてのA4用紙が散乱していて、とっても卑猥で、とってもアグネスを覚醒させそうなCGが印刷されてるから。とても描写できるレベルではありませんので、妄想の力でモザイクをかけてから御覧下さい。
「ど、毒を以って……毒を……制す……けふぅ〜〜」
 ポチ、瀕死。
「俺の脳内プチ裁判が審議を行った結果、判決は極刑」
 今の彼には説得も交渉も通じそうにありません。
「べ、弁護士を……呼んで欲しい……ぞ〜〜」
 ポチ、呻きながら再起動。
「弥富殿ッ、どうかされたのですかッ!?」
 玄関戸の向こうに待たせておいた津軽が心配して彼を呼ぶ。とにかく、この状況を収拾せねばッ! …………って思ったんだけど、バタバタバタっと足音がして入ってきちゃった。制止するヒマもなく、床一面のピンクなカオスがこんばんは。
「あ……」
「お……」
 弥富とポチの両名がマヌケな声を漏らす。
「…………こ、コレは……!」
 リビングに踏み込もうとした津軽の足が止まり、硬直している。当たり前だ……この光景を直視しておきながら躊躇なく踏み込めたら、基本的に変態。あ、そういえば……
 グシャ――
 モザイクの塊が非情にも踏みつけられ、「あんッ★」だとか「らめぇ★」とか幻聴が。
「弥富殿……もしかして、マス(わァ〜お★)ションをされていたのですか?」
「…………」
「…………」
 弥富とポチが揃って沈黙。この沈黙が導き出す解答――『天然の変態』。特徴――『希少種のため、取り扱いは非常に困難』。


 場所は変わって電薬管理局・実動課・検査棟――
「先生、儂の所見なんじゃが……発言してよいかな?」
 美人講師の特別講習2時間目が始まり、土佐君が挙手した。
「いいとも〜〜! ぶっちゃけちゃいなさい!」
 浜松講師が指示棒でビシッと指す。
「もしや、『オリジナルP・D・S』の開発に深見素赤は深く関わっておったんじゃないのか?」
 土佐君の目は真剣そのものだった。今にも眼光で浜松講師を射抜きそうなくらい。
「ちょ、待てッ! これ以上不用意な発言は控えて……」
「正解。ま、厳密に言っちゃうと……『深見素赤』=開発者」
 宇野課長の制止も空しく、浜松が率直に解答を述べてしまった。
「えッ、というコトはですよ、浜松さんは自分が深見素赤だって言ってましたけど……んんッ?」
 郡山が軽く混乱しはじめる。この仮想空間に存在する人の姿をした者達は、禁魚のアバターだ。つまり、郡山や出雲という名前はついていても、人体や人間の意識が備わっているワケではない。あくまで、禁魚の異常発達した脳神経が具現化させるデジタルの人形……本体はあくまで魚類なのだ。そして、浜松の本体は水槽で泳ぐ『黒出目金(♀)』であり、他の者と同様のハズ。なのに、彼女は自分と深見素赤が同一と言う。
「さてッ、盛り上がってまいりましたッ!!」
 浜松講師がホワイトボードをバシッと叩き、一枚の大きな写真を張り付けた。

「……………………………………………………ダレ?」

 一同、首を傾げる。
「こ・の・あ・た・し☆」
 左右の頬に人差し指を押し当てて、全身を斜め45度に傾けて言う。本人は随分と可愛らしくポーズを極めたつもりのようだが、受講中の生徒達はあまりに微妙な空気。え? 何故かって? だって……
「アバターとは全く似てませんね」
「せやな。みすぼらしいって言うか……華が無いっていうか……後、貧乳」
「えらく野暮ったいメガネかけとるのう」
「私の知る情報では弥富更紗と同い年のハズだが……えらく老けて見えるな」
 感想を総括すると――――『アバター詐欺』。

「お黙りゃあああああああああああああああああああああああ――――――ッッッ!!」

 浜松講師、発狂。両の手の平をワキワキさせながら、天を仰いで吠えた。
「みすぼらしい!? それのせいで他人様に迷惑かけた覚えはないんじゃい! だいたい、華が無いと女は失格か!? 貧乳は世界が認めるステータスだ! それに、あたしはド近眼なの! レンズがブ厚くて大きくてフレームが高齢者臭いのは仕様なの! しかも、言う事欠いて老けて見えるだああああ!? 生理年齢まで改ざんするかああああ! 写真の写りが悪いだけだッ、撮影技術の低さに定評があるだけだからねええええ!」
 ………………………………チ〜〜ン。
「ふぅ……」
 一通りまくしたててから、休憩。水を一杯飲んで、プリンを一個食べて、片肘ついてゴロリと横になる。
「――――で?」
 宇野課長が彼女の発言に少なからず興味を持ちはじめた。
「あたしは享輪コーポレーションのプログラマーだった。で、電薬管理局との契約に基づき、依頼された通りのソフトを設計・開発したワケ。けど、デバックの最中に気付いちゃったんだよね〜〜……P・D・Sの“他の使い道”に」
 浜松がそう言って意味有り気にニヤリと微笑む。写真の深見素赤もニヤッと口元を歪める。
「そこまでだッ!!」
 野太い怒号がとび、課長が立ち上がった。あまりにいきり立ってるもんだから、他の連中がビックリして口を半開き。
「なぁによ〜〜、プログラムした張本人が自分の作品を紹介しちゃマズイ?」
「享輪コーポレーションと取り交わした契約にあったハズだ……<ソフトの設計・開発の過程で発生した知的財産権は、全て電薬管理局とその直轄組織に帰属する>……とな」
「ええ、ええ。はい、はい。そんなコトは分かっておりますとも。けぇどぉ〜〜、今のあたしは禁魚の『浜松』。口から飛び出る重要機密に卑猥な単語まで、とことん無責任でいかせてもらいま〜〜ッす!」
 どうしようもなく確信犯だ。
「き、貴様ッ……!」
 宇野課長は耐えかねてインカムを外す。その瞬間――彼の脳髄が認識していた仮想空間は雲散霧消し、検査棟の設備機器が立ち並ぶ無機質な空間に戻る。
(ふぅ……ネット環境を限定しておいて正解だったな)
 最悪のケース……電薬管理局のスキャンダルがネットの海に流れてしまえば、国家レベルで収拾がつかない事態に発展する。
「さて、どう報告すべきか……な」
 彼には電薬管理局の役員に事の次第を報告する義務がある。が、今ここで短絡的に報告を済ませば、確実に処分命令が出るだろう。しかし、実動課の責任者としては、まだ使える情報を隠しているであろう禁魚達を見捨てるのは惜しい。実動課は現在、偽P・D・Sの創始とも言うべきハッカーを指名手配している。ネットの海から必要な情報を手軽に且つ、巧妙に引き出せる彼等なら、充分に役立つに違いない。
(言い訳なら後でいくらでもしてやる……“ヤツ”さえ逮捕できればな)
 課長はテーブルの上に両肘を突くと、両手を合わせて自分の口元にあてがった。そんな彼の目は――静かに笑っていた。

「さて。お主の発言の全てを信じるとして、“他の使い道”とは何じゃ?」
 講習の時間は終了して仮想空間は解体され、それぞれの禁魚が普段着に変わる。そして、土佐のジジイが白髭を弄りながら浜松に問う。
「教えてやんな〜〜い!」
 浜松、何故か変顔になって質問を却下。べぇ〜〜って出してる舌を引っこ抜いてやりたい衝動に駆られるが、土佐は至って大人の対応。
「儂は15年禁魚として生きておる。おそらくは最年長のクラスじゃろう……じゃから、既にネットの海から完全に消去されてしまったカスのような情報も、一部記憶しておる。なぁに、実に下らん話じゃよ。ネット中毒者共の与太話に過ぎん。が、ここにきて奇妙な信憑性が湧いてきおったわい」
「何が言いたいンや?」
 出雲がキョトンとしている。
「実は、ボクも一応、推測から月並みな回答が出ちゃったんですけど……」
 郡山は何だか申し訳なさそうに苦笑している。
「……ちッ、これだから空気の読めん連中はッ」
 セーラー服姿の浜松は赤縁メガネを外すと、不貞腐れたかのようにスカートの裾でレンズを拭きだす。
「ちょ、なあ……うちだけ蚊帳の外っぽいンやけど!」
 出雲、顔を赤くして膨れてる。そして、浜松はメガネをかけ直し……
「はいはい、とどのつまり――」

「…………………………………………マジで?」
 所変わって弥富の部屋。家主は床に正座して驚愕の表情で呟いた。
「…………………………………………MA・ZI・DE?」
 そのすぐ隣では、これまたチョコンと正座したポチが驚愕してる。
「ええ。この事項は実動課でも最重要機密とされており、宇野課長から断じて部外者への情報漏洩が無きよう、釘を刺されておりますの」
 正座する二人の前に腕組みして厳然と立つ津軽。
「いや、あの……聞かされた後で言うのもなんですが、“最重要機密”が今まさに口コミで漏洩されちゃってますけど」
「弥富殿は部外者ではありませんわ。ですので、ここで話しても問題は無くってよ」
 いや……宇野課長的には、事件に関わっている組織内部の人間以外には話すなという意味なんだろうが、天然の変態である彼女には正しく伝わってなかったようだ。
(『生命のデジタル化』――バカなッ……そんな陳腐なSFもどきが現実にあるワケが……)
 弥富が様子をうかがうように、隣のポチを横目で盗み見る。
 ――ばりッばりッ ――グビぃグビぃ
 煎餅かじって茶ァすすっとる。この後の御話に興味津々で準備万端だった。

-24-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える