小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[出てきた蛇をつついたら卵を吐き出したよう]

 ネット社会では結構有りがちな都市伝説。忘れた頃に泡のように湧いて出てきて、流行る前にどっかに消えていく。次に新しく出てきた時には別の色に脚色され、新味をネット住人に提供する。そんな微妙な繰り返し……まるで、役に立たないダイエット本の悪循環。そんな中に必ずつきまとうのが――『生命のデジタル化』。
「厳密に言いますと、人間の脳内で発生する電気信号を常にデジタル処理できる環境下に置き、対象者の人格・記憶・性質などをデジタル変換してネット内で再構築する……そんなテクノロジーですわ」
「…………はぁ」
 弥富はリアクションに困って生返事。
「くぎゅううううううッ〜〜、ポチは尿意に従ってオシッコしてくるぞ」
 ポチはトイレに急行。おい、オマエは自由過ぎ。そして、くぎゅうって言うな。
「それって……いわゆる『AI』ってヤツですか?」
「いいえ。人工知能とは基本的な構成が異なります。デジタル化された人間はネットの海を自由自在に移動でき、あらゆる情報を回収し、どんなに強力な防火壁も突破してしまうそうですわ」
「いや、ちょっと待って下さい……その言い方だと、既に“前例”が存在しているみたいに聞こえますけど」
「いいえ。わたくしが知る限り、公式の実験結果は存在しません。あくまで理論上の話ですわ」
「理論上……けど、可能性は十分にあるという事なんですよね、オリジナルP・D・Sには」
 そう言って弥富が複雑な気分に陥って俯く。そして、思い出した……不可思議な方程式を。

 ――――――――――― 【浜松(禁魚)=深見素赤(人類)】 ―――――――――――

(まさか……そんな。いや、もしかすると……?)
 津軽の言った内容から察するに、深見素赤はオリジナルP・D・Sに組み込まれたチートコードの一種を用い、自らの肉体を被験体として『浜松』という魚類に変貌した……そんな突拍子もない解答が導き出されかねない。
「むむむむむッ〜〜……なんかイライラするッ!」
 どうにもハッキリとした正解が見えてこない状況で、弥富の脆い忍耐がそろそろ限界だ。てなもんで、彼はUBの扉に向かって呼びかけた。
「なげえよッ! いつまで残尿感と格闘してんだよッ!」
 インカムを付けていない津軽には何が起きているか分りようもないため、キョロキョロと状況を静観するしかない。

 ドカアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッン!!

 吹き飛ぶ扉。UBの中からポチがムダに格好良くダイナミック退室。床に片方の拳を打ちつけて、俯いたまま硬直中。背景からは“ゴゴゴゴゴッ”て変な効果音がしてるし。
「よし、出た」
 ポチ、どや顔で立ち上がる。
「知らねえよ。排泄の事後報告なんかいらねえよ」
 弥富、迷惑そうな面でポチをつまみ上げる。
「禁魚達と接触できない今、忌々しいことにオマエにしか頼れん。だから、答えろ。深見素赤は自分に一体、何をした?」
 彼の瞳はいつになく真剣だ。
「おお〜〜、男前になってるぞ〜〜。この一級フラグ建築士め」
 意味分かんねえよ。
「弥富殿、少々お待ちを」
 静観していた津軽が何故か止めにかかる。
「……何か?」
「できれば、わたくしにもインカムを準備していただきたいのですが」
「え?」
「わたくしは監視・警護役として、弥富殿の身の回りで発生している事象を認知しておく必要がありますの。しかも、オリジナルP・D・Sのコピーがこの場に有る以上、弥富殿の一挙手一投足を確認させてもらいますわ」
 め、面倒臭い……。が、任務に忠実過ぎる彼女に対してヘタな返答はできない。また買って来るか? いや、こんな時間に? アキバの街の店って早めに閉まるトコが多いし……さて、どうする?
 と、思考する彼。そんな時に――
 ピンポ〜〜ン♪
 チャイムが鳴る。しかも、結構な遅い時間に。古今東西、こんな時間に鳴るチャイムに従い、ドアを開けても良い知らせや発展は大抵訪れない。最悪、玄関開けたら2秒で刺殺体なんてのもある。
「どなたか来られたようですわね」
 案の定、津軽さんから警戒と少々の殺意が発生しちゃってるし。
「あの……とりあえず、いきなり凶器を握り締めるのは控えてください」
 部屋の中には既に危険人物が居る。ただの一般人が訪れて来た場合、確実に通報されるんで、刃物をギラつかせるのはストップの方向で。
「分かりましたわ。では、わたくしがまず応対致しますので、弥富殿はいつでも逃走できるよう、窓際に立っていてくださいな」
 そう言って彼女は玄関戸の覗き窓に顔をソッと近づけた。
「…………ダレですか?」
 弥富が心配そうに声をかける。
「くッ……マズイですわね」
 津軽の顔色が明らかに変わった。これは――戦慄の色だ。
「えッ、あ……何がッ……!?」
 プロの不吉な言葉に気圧されて、弥富は窓の鍵を開ける。
「スーツ姿でサングラスを着用した男女が……確認できるだけでも5人」
「そんな……!」
 弥富の目視は必要ないようだ。そんな連中がこんな時間に訪ねてきた時点で、建設的な事態に進むワケがない。
「内の一人の男が紙袋を携帯していますわ……おそらく、爆発物の類いではないかと」
「おいッ、ポチ! 何とかして少しは役に立てよ!」
 切迫した雰囲気にのまれたヘタレが、藁をも掴む思いでポチを呼ぶ。
「愚か者めぇ〜〜、こういう窮地では変装してやりすごすのが常套手段だぞ〜〜」
「な、なるほど。けど、俺の部屋にある物っていったら……」
 素早く周囲を見渡すが、一人暮らしの一般人の部屋に都合良く変装道具など落ちてるワケはなく……
 ジョキンッ、ジョキンッ――
 乾いた金属音。仁王立ちするポチの手には大きなハサミ。
「お、おい……まさか……断髪しろってか?」
「痴れ者めぇ〜〜、その程度で隠し通せるか〜〜」
「じゃ、じゃあ……一体?」
「さあ、勇者よ。今すぐズボンとパンツを脱ぐのです〜〜」
「勇者ってダレ!? そして、男を廃業しろってか!?」
「外見より先に中身そのものを変えてしまうんだぞ〜〜」
 キラ〜〜ン★
 ハサミの先端が不気味に光ってて、小さなシザーマンが迫って来ます。
「いや……性別まで変える必要ねえから」
 マジ気味で迫ってくるんで、弥富は金属バットで自衛の準備。
 ドンドンドンッ!!
(うおッ、えらく積極的な連中だな!)
 他のアパート住人から苦情が発生しかねないくらいのノック。相手が敵性行為を目的としてやって来たのなら、もっと隠密な行動をとるべきだと思うんだが。どうやら頭はあまりよろしくないようだ。更に……
「おーい、弥富くーん! いないのかーい!?」
 御指名入りました。本日も彼は大人気です。
「弥富殿、紙袋を携帯している男が呼んでますわ。お知り合いですの?」
 津軽が微妙に困惑する。
「断じて知り合いじゃありません。ええ、この声に聞き覚えは一切ありませんとも(汗)」
 頼むから何も言わずに立ち去ってくれッ……そんな表情の弥富はなんとか落ち着こうと、ハサミを奪い取ってポチのショートボブをざっくざく。
「今日はこの前の勧誘の続きに来たんだー! なあ、開けてくれないかー!」
 夏の夜空に響き渡るほどの大声で呼びかけてきやがる。
「一体、何事だいッ!? こんな夜中にアンタ等大勢でうるさいよッ!!」
「えッ、はあ……スミマセン……」
 あ……隣のオバサンに怒られてやがる。
「津軽さん。いいかげん御近所さんに悪いんで、その人達を中に入れてやってください……」
 弥富は素直に受け入れる事にした。
「承知しましたわ」
 津軽は充分に警戒しつつ、玄関戸の鍵を解除してドアを開けた。
「いやあ、こんばんはー! ……んんッ? アナタはどちら様?」
 土間に入って来るやいなや、鋭い目つきの津軽を発見して紙袋の男が固まる。
「そちらこそ何者ですの?」
「おーい、弥富くーん! 大勢で押しかけちゃったけど、いいよねー!?」
 津軽の質問を無視って、傍若無人にまたもや大声で呼びかけるもんで……仕方なく。
「あ、あの〜〜……マジで困るんですけど」
 家主がヒョコッと顔を出す。で、彼の視界には予想していた通りの連中が立っている。アイツ等だよ――享輪コーポレーションで尽く警備員に捕獲されてた『偽P・D・S友の会』だよ。リーダーの『すみす・ブラック』とかいうのが紙袋を愉快そうに振り回してるよ。
「いやあ、先日は大変な目に遭っちゃったよ。まさか、アポイントをとったにも関わらず、企業の横暴に巻き込まれちゃうんだからねえ。全く、リアルの世界はやっぱ恐い事で一杯だよねえ!」
 何かを悟ったかのように頷いてますが、人並な社会活動をしていない連中の勘違いです。
「で、本日はどのような御用で?」
 無視られた津軽が少々イラつきのこもった声で問う。
「ところで弥富くん、この人はダレかな? さっきからやたらと荒んだ目つきで我々を睨むんだが……もしや、君の彼女だったりするのかいッ!?」
「ウソでしょ!? 禁魚を飼ったりする男がリア充なワケないじゃん!!」
「だよねえ〜〜、部屋からヒッキー独特の仄かな異臭もするし」
「………………こ、ここ……あ、熱い」
 有象無象から口々に言われとります。
「おお〜〜、この童貞と処女の集まりからは、中二病と邪気眼の臭いが漂ってくるそ〜〜。最寄りの病院へ急がないと御両親が泣くんだぞ〜〜」
 ポチが診断を下した。多分、セカンド・オピニオンはいらないと思う。
「で、何しに来たんですか……?」
 とてつもなくイヤそうな面の弥富。
「『禁魚』に関する新情報を君に提供しにきたのさ」
「――は?」
「ところで、君の四匹の禁魚達はドコだい? 水槽が……空みたいだが」
 まただよ……この連中はまた何か余計な情報を俺に与えて、右往左往させようとしてるよ。そして、津軽さんはすっかり蚊帳の外に置かれた上に、俺の彼女呼ばわりされて瞳が憤怒色に変色しかけてるし。
「よ〜〜し、来るがいい。この人生オンチ共めッ。ポチが次々と更生させてやるぞ〜〜!」
 ジョキンッ、ジョキンッ――
 清掃業者の方、俺の部屋がついに不審者と変態と悪フザケで占拠されました。申し訳ありませんが、明日は燃えるゴミの日なんで、全員まとめて出したいと思います。


 

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