小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [吐き出された卵を投げたら爆発したよう]

 ただいまの時間――深夜12時ちょい。残念ながら家主は安眠のひと時を奪われ、床に胡坐をかいて好き勝手やってる連中の接待……じゃなくて、管理。携帯ゲームで興奮してたり、持参したスナック菓子を食ってボロボロとカスを落としたり、レディコミを枕にしてイビキかきはじめたり……ここは大きいお友達の託児所かよ。
「弥富殿、この手の輩はどう扱えばよろしいのかしら?」
「基本的には110番で一掃します」
 サササッ――――ビシッ!
 『110番』の単語に素早く反応して、常識知らず共が綺麗に正座&土下座。
「とにかく帰ってください。俺はアンタ達と知り合いになるつもりは毛頭無いし、勧誘もお断りです」
 弥富はズバッと言ってやった。
「まあまあ、そんな短絡的に結論を急ぐのは良くないよう。君も偽P・D・Sにまみれた生活を送れば、真の自分が見えてくるハズだからさあ」
 すみす・ブラックが気持ち悪いスマイルでにじり寄ってくる。明らかに自分より年上なんだろうが、こんな惨めな人種にだけはなりたくない。っていうか、どうしてこうなったんだ? どいつも親元を離れて生活すべき年齢だと思うんだが、親の年金食い潰してまで働く事を拒否して生きているみたいな。“働いたら負けだと思っている”――だあ? バカヤローッ! 勝負以前に土俵に上がってねえじゃんかッ! ……って、俺もじゃねえか!
(ヤベぇ。未来の俺が一瞬、垣間見えた……)
 危険だ。このネット中毒者共を俺の眼前に長時間放置しておくのは、精神衛生上非常によろしくない。
「と・に・か・く☆ コレを見てくんない!」
 そう言って、『すみす・バイオレット』と書かれた名札を胸元に付けた姉チャンが、紙袋から冊子を取り出して開く。
「…………うわぁ……(ドン引き中)」
 弥富の表情が著しく曇る。いわゆる一つの“世も末”ってヤツだ。
「コレはあたしが飼ってるワンちゃんで、名前は『シュレディンガー』。ビーグルの可愛い男の子☆」
 満面の笑みで紹介してくれたが、掲載されてる写真の犬本体はいいとして、隣のアバターはというと、明らかに飼い主の歪んだ嗜好が組み込まれております。
(出たよ……犬耳っ男だよ……)
 しかも、どういう意図かは知らんが、ボーイスカウトみたいな制服に短パン、更には白のハイソックス……おいおい、ドコの准尉だよ。少佐と勝手にじゃれてろよ。
「僕が飼ってる猫は血統書付きでね、『ご奉仕するニャン☆』って囁いてくれてさあ、とてつもなく萌えるんだあ〜〜!」
「お、オレのは……こ、コレ……ベタっていう熱帯魚のメス。人魚みたいなアバターが……その……ふひひひひっ」
 ウザっ! そして、キモっ! 『すみす・ブルー』と『すみす・ホワイト』が奪い合うようにして冊子から紹介してくれたけど、オマエ等の現状の人相はテレビに映すとNGになるレベルだから。
「いいかね、弥富くん。現代社会における人心は大変荒んでいる。長引く不況、年々増加する自殺者、環境汚染にダウンロード規制法……ストレスにまみれている!」
 環境汚染とダウンロード規制法が何故に同列?
「そんなストレス社会を果敢に生き抜くためには、やはり、心の潤いと癒しが必須! だからこそ、私は世の人々に広く偽P・D・Sを勧めるのさ! 解るだろ!?」
「さあてと……」
 弥富は冊子を取り上げ、キッチンからチャッカマンを持ってくると、躊躇なく点火。そして、窓からポイッ。
「ば、バカなああああああああああああああッッッ!?」
 すみす・ブラックとその一味が顔面蒼白。どこまでも面倒臭い連中だ。
「とにかく、アナタ方は偽P・D・Sの所持及び、使用の自白を行いました。わたくしの立場上、まとめて拘束させていただきます」
 ドンッと立ち塞がる津軽。
「…………アンタ、何?」
 全くもって津軽の存在を気にしていなかったすみす・ブラックが、イヤな顔して彼女を睨む。
「電薬管理局・実動課のエージェントですわ」
 そう言って自分のIDを高々とかざす。
「なッ、なななななッ…………なんとおおおおおおおおおおおおおッッッ!? や、弥富くんッ、まさか……我々を売ったのかいッ!?」
 黙れよ。ハナっから部屋に居ただろうが。オマエ等なんかダレも買い取ってくんねえよ。
「ん? コレは……」
 証拠物件の押収のため取り上げた紙袋の中身から、津軽がP・D・S用のインカムセットを発見する。
「あ、ソレは……その〜〜……」
 最早、言い逃れはできない。昨日の今日でまたもや手が後ろに回るみたいだ。
「コレはわたくしが没収致します。今から実動課に連絡をとって、護送車を派遣してもらいますわ。アナタ達にはしばらく、国民の税金で不自由に暮らしてもらいましょう」
 そう言って津軽が冷笑する。
「やだやだやだやだやだッ!! マジでありえないしッ!! 親呼ぶよッ!! いやホントにガチでッ!!」
 うっわあ〜〜……無様過ぎるよ。イイ大人が顔真っ赤にしてダダこねだしたよ。
「どうします?」
 弥富としてはどうでもいい事なんだが、これ以上部屋で騒ぎになると、また隣のオバサンから怒られるんで普通に困る。
「では、こうしましょう。わたくしも鬼ではありません。アナタ方が更生できる道を用意して差し上げましょう」
「へ? そ、それって……?」
「取引ですわ。アナタ方はネットの情報に詳しいようですから、わたくしに協力していただきます」
「も、もしかして……協力すれば無罪放免ですか!? そうなんですか!?」
 すみすシリーズ達が、神様でも拝むかのように津軽の前で合掌しとる。
「ええ、よろしくってよ」
 パアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ〜〜〜〜ッッッ!
 彼女から後光がさしてます。
「おおォォォ〜〜、神様ぁ仏様ぁ有明ビックサイト様〜〜!」
 異物が混じっとる。
「よくお聞きなさい。アナタ方には『親』の所在をつきとめる手伝いをしてもらいます」
 津軽がものすごく真剣な目つきで、面前に並ぶ連中を見下ろす。
「えッ、『親』ってまさか……『Mr.キャリコ』の事ですか!?」
 弥富の関知していない名称がまたもや現れた。
「引き受けるなら、このまま見逃しましょう。拒否されるのなら……」
「いえす! いえす! いえ〜〜ッす! もちろん、やりますとも! なあ、みんな!?」
 ――――ビシッ!
 一同、涙目で敬礼。バカだけど意思の疎通は早い。
「ところで弥富くん。インカムを付けてるみたいなんだが……?」
 すみす・ブラックが目ざとく発見した。P・D・S専用インカムの所持・着用は、同時にP・D・Sの所持を示唆する。彼等の興味津々を止められるワケもない。
「はいはい、じゃあどうぞ……」
 これ以上大きなお友達の気持ち悪いダダは目にしたくないんで、彼は素直にインカムβを手渡す。
「…………おおッ、君はダレ?」
 装着したすみす・ブラックの前に現れるポチ。髪の毛が弥富に刈られてグシャグシャだけど。
「ついに禁断のオリジナルP・D・Sを体感しおったか〜〜! オマエ達みたいなリアルとアニメの区別がつかない連中に、トイレから出て洗ってない手をとっても優しく差し伸べる、そんなポチに会えて満足か〜〜!? 満足なら“ワン”と鳴くんだぞ〜〜!」
「ワンっ(喜)!」
「更には“ニャン”と鳴くんだぞ〜〜!」
「ニャンっ(喜)!」
「では、質問だぞ。世の中に存在する、最も見てはいけないモノを答えよ〜〜」
「閉店後、レジのお金を数えてるメイド喫茶のメイドです(泣)!!」
 ヒシッ――
 抱き締め合うポチとすみす・ブラック。
「素晴らしいぞ〜〜! オマエ達に合格点を与えよう〜〜!」
 どんな基準だよ……。
「では、心して聴くがいい〜〜、社会の底辺共め〜〜。この歌で貴様等の腐敗した根性を消毒してやるんだぞッ!」

  ※『サ○エさん』のED調で
<派遣村はドコですか?>
 作詞:回収屋
 作曲:ポチ
OIL(チャラッチャチャラ♪)OIL(チャラッチャチャラ♪)OIL(チャラッチャチャラ♪)・チャ!
1.働き出したら〜〜、一生損♪ 夕方過ぎまで〜〜、寝て過ごす♪
  今日もニートォォォォォ、明日もニートォォォォォ、三十ぅ代〜〜♪
  ほ〜〜らほら皆がぁ〜〜、「働けッ」と〜〜♪ 眠いよ眠いよ〜〜♪
  働く気ぃは毛頭な〜〜い♪

2.明日になったら〜〜、本気出そう♪ そう思いながら〜〜、5年経つ♪
今日もニートォォォォォ、明日もニートォォォォォ、躁鬱病〜〜♪
ほ〜〜らほらだぁれも〜〜、訪ねな〜〜い〜〜♪ ダルいよダルいよ〜〜♪
親の年金食い潰すぅ〜〜♪

「……………………………………どうも、申し訳ありません」
 一同、深々と土下座。そして、号泣。よく分からん何かがコイツ等の心根をえぐったようだ。
「あたし……街中でリア充やカップルが視界に入る度に、“とりあえず死ね”って念を送ってたんだけど、金輪際やめますッ!」
「僕は……動画投稿サイトにコメントするだけで一日を終える生活を、今後は控えたいと思うッ!」
 とっても低いレベルの目標。
「実は私、こう見えて今年で35になりました。もちろん、バイトすらしてません。こんな我々でも更生は可能でしょうかッ!?」
 そう言って、すみす・ブラックはポチにすがりつく有り様。
「あははははははははははははははははは〜〜……ム・リ☆」
 天使のような微笑みを浮かべながら、ポチは手の平を左右に振る。
「こんちくしょオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッ!!」
 パタッ……
 心の底から絞り出すような雄叫びを上げ、バカ共が突っ伏した。どなたか救命措置を御願いします。

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