小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[うほッ! 幼児だらけのゲーム大会!(ポロリもあるよう★)]

 夏の朝日はとっても早起き。カーテンの隙間から差し込んできた日光が、ベッドの上の弥富を射る。
 ムア〜〜ン……
「あ、あじいぃ〜〜……(苦)」
 エアコンの電源は切れている。そして、窓はしっかり閉まっている。だから、部屋の空気は湿度がとっても高く、淀んでいて、酒臭い……。
(うわぁ……奈落だぁ……)
 ベッドから眺める光景はひどく不愉快で、朝一で目にして今日の運勢が急降下すること間違い無し。何故なら、床の上一面に五人の男女が雑魚寝しとるから。飲みかけの酒瓶が転がっていて、柿の種が散乱していて、すみす・ブラックは下半身だけ何故か裸だし、バイオレットは押し入れに上半身を突っ込んだ状態で寝てる。
「ま、窓を開けねえと……新鮮な空気に触れねえと」
 弥富は普段、酒を飲まない。だから、自分の部屋にこもった二日酔い生産工場な臭気に耐えられず、這うようにして窓際に立つ。
 ガラッ――
 おーぷん・ざ・ドア。
(ああ、外の空気が気持ち良い〜〜☆ オハヨウ、一般社会。皆さん、本日も労働御苦労さまです!)
 俺はいつも通りニート予備軍で、部屋にはリアルから見捨てられた燃えカスみたいなのが寝てます。昨晩はコンビニで酒とツマミを大量に買い込んできて、バカ共が居座るという珍事が発生してました。ええ、俺も滅多に飲まない酒を飲まされて、所々の記憶がキングクリムゾンしています……要するに、本日も働いてませんッ! もう一度言います。働いてませんッ! というワケで――

「同じ空気を吸っちゃってスミマセ〜〜〜〜ン!!」

 遠くの方に見える街に向かって御挨拶。
 シャアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――
 UBの方から聞こえるシャワーを使う音。どうやら津軽さんはまた朝風呂中のようだ。だからと言って、また全裸で飛び出せ青春なフラグが立ったワケじゃないよ。
「あらあら、皆さん汗まみれで寝苦しそう」
「えッ……?」
 不意に背後から声がしたもんで振り返ってみると、長身の女性が一人立っていた。光沢のある黒髪を一本の太い三つ編みにし、フォックスタイプの銀縁メガネをかけ、ワインレッドのマタニティドレスを着ている。
「うわ〜〜い☆」
 バタバタバタッ!
 で、彼女の後ろから四人の幼児達が元気一杯で駆け出し、床の上で発酵しかけてる敗残者共を踏みつけてる。
「あ、『アンジェリーナ』さん……!」
 そういえば、インカム付けたまま寝てたんだ。てなワケで二度目の登場、水槽の中に潜む禁魚達の天敵。『白点病原虫』という病原体の一種がP・D・Sによってアバターになっているワケなんだが、コレがまた……なんというか……
「うぅ、んん〜〜……?」
 弥富の声に反応して目を覚ましたすみす・ブラック。うつ伏せになってたんで、顔面にフローリングの埃がくっついてる。
「おおォォォ〜〜、女神様の降臨だァァぁ〜〜!」
 どんな夢を見てたか知らんが起き抜けにアバターを拝むな。そして、まずはパンツを穿け。
「あの……とりあえず顔洗った方がいいっスよ」
 弥富がブラックの肩に手を乗せて憐れみの声をかけてやった。
「おお、弥富くんッ……一体、ダレなんだい? このクイーン○ブレイドのカ○レアそっくりな人は?」
「…………」
 弥富はあえて押し黙りリアクションは避けたが、心の中では“分かってるじゃん、兄弟★”みたいに微笑んでた。
「うわ〜〜! 遊ぼッ、遊ぼッ、ゲームしよッ!」
 ――――ドタドタドタッ!
 ボーイ二人にガール二人のチビッ子隊が攻めてきて、手に抱えた大きめのゲーム機でブラックの脳天をガンガン殴ってる。
「い、痛いッ……マジで痛いッ! この仮想空間ってフィードバック率が高過ぎないかい!?」
 目には見えていても、決してアバターは現実には存在していない。脳に与えられた一定の信号が、視覚・聴覚・触覚等に影響を及ぼしている。鈍器で殴られれば痛いし、幼児達の駆ける足音は聞こえるし、目の前に爆乳&デカ尻の妖艶なお母さんも見えたりする。
「ところで、アンジェリーナさん……どうかしましたか?」
 彼女は元が白点病原虫のため、夏の高い水温が実は苦手だ。前回は禁魚達に無理矢理引きずり出される形での登場だったが、今回は自分から現れた。何か用でもあるのか?
「あのぉ〜〜、エアコンつけて欲しいんですけどぉ」
 申し訳無さそうに、ちょっぴりモジモジしながら答える彼女はとってもカワイイ(あくまで弥富の趣味として)。
 ピッ――
 冷房が復活し、室外機の振動音が部屋の中まで響いてくる。
「ん〜〜……? なんだあ……?」
「はぁふぅ……オハヨウゴザイマス……」
 他のすみすシリーズ達が次々と覚醒。インカムを装着していない彼等には、アバターは見えてないが、弥富とブラックの両名の前で始まる――

「第1回ッ、幼児だらけのゲーム大会ィィィィィ! 『アグネスにはナイショだぞ杯』開催するぞ〜〜!」

 いつの間にか出現したポチが元気に音頭を取る。赤いワンピース姿で、妙にレンズの大きなメガネをかけて、正体不明のボロいヌイグルミを抱えている。何かイヤな予感がする……
「記念すべき第1回目のソフトは……なんとッ、『ベヨ○ッタ』だぞ〜〜! マミー☆ マミー☆」
 やっぱりだよ。どう考えてもオメー等じゃ年齢制限に引っかかるだろうが。平日の朝一で幼児だけ集まってするゲームじゃねえよ。ポケ○ンとかにしとけよ。
「マミー☆ マミー☆」
 そして、ポチはそのキャラ気に入ってんじゃねえよ。
「あらあらぁ、ボウヤ達。お客様方が暑苦しそうに転がってるんだからぁ、あまり騒いじゃいけませんよぉ」
 アンジェリーナが女神の如き微笑みで幼児達の後ろに座る。
「…………ふぅ」
 自分でもよく分からない溜息が弥富の口から漏れて、彼は額の汗をぬぐった。起動再開したエアコンのヒンヤリした空気が気持ち良い。
「お疲れみたいですねぇ」
「え、あ……いや、別にそういうワケじゃ……」
 不意に心理状態をアンジェリーナに見透かされて、弥富は軽く動揺した。
「話したくても話せない事なんてよくありますよぉ。わたくしはただの病原体ですけどぉ、言葉に出してしまえばスッキリするかもしれませんよぉ」
「…………実は、そろそろ銀行口座の貯えがつきそうなんです。バイトするか、実家帰って家業を継ぐか……結構、リアルに選択迫られてて。ここ数日間は色んな事があり過ぎて考えるヒマが無かったんですけど……どうしようかなって」
 なんとも切実な悩みだった。正直、床に転がってるような如何わしい連中と関わっているよりも、地道に働くべきタイミングが差し迫っているのに、自分は何でこうなっているんだろう? いつまでもネト充でいるワケにはいかない。でも、実家に帰るのはマジで気まずい……やっぱ、バイト探そう。他人とコミュニケーションをとろう。
「更紗ちゃんには『将来の夢』とかないんですかぁ?」
「『夢』……ですか」
 下の名前で“ちゃん”付けされて、弥富が軽く赤くなってる。
(何だろう……夢って必要なのかなあ?)
 弥富の脳裏に懐かしい記憶が薄らと甦る。ダレもが小学生の頃、必ずと言っていいほど『将来の夢』について作文を書かされる。まだ世間を殆ど知らぬ無垢な子供達は、不相応という言葉を無視するように野球選手やらサッカー選手やら、医者やら国家公務員やらと……思いついた職業を書く。当然、その夢が実際に叶う事はまず無い。そもそも、小学生みたいな人生経験値の浅い者達に『夢』を尋ねる行為自体が間違っている。自分には何ができて、何ができないのか。どんな人格の持ち主なのか。肉体的にはドコが優れているのか、どんな環境が苦手なのか……そういったモノが総合的に把握できて、初めてプランを練ることができる。10才そこそこで作文に書く『将来の夢』はただの願望や、趣味の延長上に存在するであろう、関わりのある職種を挙げているに過ぎない。そして、弥富はそんな仕組みなど理解できるワケもなく、学校の先生に質問した事があった……

<先生ぇ、この作文書くとみんな夢が叶うんですか?>

 ……って。現在、弥富25才。将来の展望特に無し。だが、それこそがリアルだ。嘘の無い純粋な現実だ。かつての学校の同級生がどれほどの社会的地位を得ていようが、そこに勝ち負けは無い。無限にある結果の内の一つが該当しただけ……なるべくして成った。それ以上でもそれ以下でもない。そして、今の弥富には――
「ふらぁ〜〜い・とぅ・ざ〜〜・む〜〜ん!」
 幼児達が楽しそうに合唱。コントローラーのボタンを連打しまくってアクション中。
「さあ、ゲストの諸君! 今こそロリ魂とショタ魂を萌えたぎらせ、共に天使達を喰い尽そうぞ〜〜! かぁーまぼぉーこーッ!」
 やめなさい、ポチ。他人様を巻き込むんじゃありません。
「いいでしょう……見せてやりますッ! 両手に作ったゲームだこは伊達じゃないってトコロをッ!」
 すみす・ブラック35才。幼児相手にマジ気味。で、再度言うけど……まずはパンツを穿け。(このあたりがポロリです。申し訳ッ!)
「バイトすれば……何か夢的なモノって見えてくるんでしょうか?」
 弥富が独り言のように呟く。
「わたくしは病原体ですからぁ、この先の人生なんて決まってますけどぉ、更紗ちゃんには沢山の選択肢がありますよぉ。よ〜〜く考えて選んだモノならぁ、たとえ予定外の結末に至ったとしてもぉ、悔いは無いと思いますぅ」
「…………そんなモンですかねえ?」
 まずは体を動かそう。バイト探すため、本気出そう。明日になったらね……。
「わァ〜〜! このジャ○ヌって女の人、頭にポンデリング付けてるよォ!」
 よし、俺もゲームしよ。ニート予備軍の生き様見せたるでぇぇぇ!

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