小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

[よ〜〜く考えよう、お金は大事だよう]

 チャンチャラ♪ チャカチャカ♪ チャンチャラ♪ チャア〜〜〜〜♪
「…………ふぅ」
 場違いな格好をした一人の女性が、静かに佇みながら場違いな空気を漂わせていた。
「わあああああああああああああ――ッッッ☆」
「きゃああああああああああああ――ッッッ☆」
 辺りから聞こえてくる実に楽しそうな喧騒を完全に無視するかのように、紙タバコの煙を燻らせている。その淑女……歳の頃は40前後くらいだろうか、絢爛豪華な着物を纏ってベンチに腰かけている。切れ長の眉と、捕食中の爬虫類みたいな瞳……特に何かをしているワケでも無く、周囲の仰々しいアトラクションを眺めているワケでも無く……。
 夕方――夏のまだ元気な夕日に照らされながら、擬人化されたネズミやらアヒルやらの着ぐるみが辺りで愛想を振りまいて、ファンタジィーなBGMが往来のカップルやファミリーを和ませている。そんな中で淑女が口を開いた。
「…………さあて」
 いつの間にか彼女の両脇に男が一人ずつ腰かけ、背後に三人の男が並んで立っていた。
「では、最終確認を御願いしよう、『Mrs.タンチョウ』」
 左脇に座る口髭と顎鬚を蓄えた少々年配の男が、顔を相手に向けることなく声をかけた。
「契約内容に変更は無いわ。決行は明日の深夜。日付変更と共に目標のポイントを強襲。ターゲットを速やかに奪取した後、所定の場所に集合……以上」
 『Mrs.タンチョウ』と呼ばれた淑女は淡々とした口調で指示を出し、夕空に向かって白い煙を吐く。
「……で、報酬の方は?」
 右脇に座る三つ編みを垂らした金髪の中年男が、これまた相手に顔を向けず問う。
「ロンダリング済みの現金で各自5千万。承知しているとは思うけど、あくまで『成功報酬』。しくじればアンタ達に先は無い。任務を完遂し、女房に土産を買って自国に悠々と帰るか……あるいは、バカやって拘束され、自国に強制送還されるか。前者には明るい未来が待っているが、後者には国外で違法な戦闘行為に参加した罪での懲役が待っている……娘や息子と再会できる頃には介護が必要になっているだろうねえ」
 Mrs.タンチョウは悪戯な笑みを浮かべつつプレッシャーをかけた。
「心配無用だ。アンタはヘッドハンティングの才能に恵まれている。我々を引き抜いて正解だったという事実、必ず証明してやろう」
 左脇の年配オヤジが野暮ったいメガネを弄りながら呟く。
「それに、第三世界の吹き溜まりに派遣され、後方支援で小遣い稼ぐのには飽きたしな。ここいらでデカイ仕事こなして家族サービスしてやりてえし」
「オレはカジノで豪遊してやるぜッ。最高級のスイートルームに長期滞在してなッ」
「……僕は、その……貯金しよっかな……」
 Mrs.の背後に立つ三人が小さく色めき立っている。
「で、注文しておいた装備一式はいつ?」
 年配オヤジがベンチの背もたれに寄りかかる。
「メインエントランス周辺のコインロッカーに預けてあるよ。言っとくけど、必要経費とロッカーの利用料は報酬から天引きするからね」
「ケチ臭いコト言うなよ〜〜、知ってんだぜ……アンタとアンタの商売仲間が『偽P・D・S』でしこたま儲けてんの」
 金髪の中年が左脚を軋ませながら脚を組む。その脚は重厚な金属加工が施された義足。
「…………ふぅ」
 Mrs.がタバコの煙を金髪の顔に吹きかけた。
「……へいへい、分かりやしたよ。明日は楽しいナイトショーになりそうだね」

 チャンチャラ♪ チャカチャカ♪ チャンチャラ♪ チャア〜〜〜〜♪

 やがて、彼等の目の前で派手なネオンを纏ったパレードが賑やかに始まり、沢山の愉快なキャラクターと観客達でごった返す。世間一般は本日も平和で、何事も無く時が過ぎていく……そして、パレードが通過した頃にはベンチから彼等の姿は消えていた。

「ふ、ふひィ〜〜……疲れた……」
 パタッ――
 弥富が自分の部屋の床に倒れ伏す。目は充血しちゃって、指先が軽く痙攣してる。
「ま、マミーぃぃぃ……助けてぇぇぇ〜〜、ガキ共がいじめるぞ〜〜……ヤツ等は接待プレイという言葉を知らんぞ〜〜……けふッ」
 その隣では瀕死のポチが仰向けにブッ倒れ、街の裏で暴行された後みたいになっとる。
「うわ〜〜い! 楽しかったよッ! じゃあまたねえ〜〜ッ!」
 熾烈なゲーム大会が幕を閉じ、敗残者を二名床に転がして、勝利した幼児達のアバターが弥富の視界から愉快そうに消えていった。
(や、やべえ……しばらくはリアルとゲームの境目がハッキリしなくなりそうだ)
 ニート予備軍の特権。日がな一日部屋にこもってゲーム漬け。エアコンとデスクトップがフル稼働して電力会社を喜ばせたり、エコへの貢献を拒否したり……。ちなみに、すみすシリーズの五人はとっくに力尽き、昼過ぎには「バー○ヤンでメシ食ってきます」と言い残して逃げた。
「あらあらぁ、すっかり御疲れみたいですねぇ」
 アンジェリーナが優しく声をかけながら、倒れる弥富の傍に正座する。
「いや、その……アナタのお子さん達が原因なんですけどね」
 一応、ツッコんでおく。
「ごめんなさいねぇ、エアコンのおかげで水温が下がって、あの子達ってばホントに元気になっちゃってぇ」
 あ、そういや幼児共も白点病原虫なワケだから、低水温を好むワケか。で、俺は病原体にゲームで負けたのか……うわァ〜〜、虫ケラ人生ここに極まっとる。
 スッ――
 不意に弥富の両頬に白く滑らかな手が添えられ、柔らかでイイ香りのする肉感的な太ももが彼の後頭部を迎える。
「あ……」
 膝枕されて、弥富が思わず小さな声を漏らした。真上を向けば、アンジェリーナのにこやかな表情がすぐそこにあって、なんだか気恥ずかしい。
「きっと、また会えますよぉ」
「え……?」
「ネットにつながってアバター化しているとぉ、色んな情報が常に全身を駆け巡るんですぅ。だからぁ、口では上手く説明できない“何か”がわたくしに教えてくれるんですぅ」
 そう言って彼女は弥富の手を取り――
 フニぃ〜★
 自分の左胸に押し当てた。
「えッ……ちょ……ど、どうも……(汗)」
 何がどうもなのかは知らんが、右の手の平から伝わる柔らかな感触に、彼の頬はあっという間に真っ赤。
「更紗ちゃん、もう少し自信を持ってぇ。必ず、アナタにしか出来ない事が見つかるからぁ……ええ、必ずぅ」
 彼女が何を言いたいのかはさっぱり解らない。ただ、深層心理のドコかが癒されて元気になったみたいな……ついでに別の箇所もみなぎってるし……サーセン。
「宜しいでしょうか、弥富殿?」
「は、はいッ! 大きくて柔らかでイイ匂いが……あ……」
 不意に呼ばれて慌てて起き上がる。アンジェリーナの姿は消え、代わりにインカムを付けた津軽が腕組みして立っていた。
「実動課よりメールが届いたので伝えておきますわ」
「あ、はい……どうぞ」
「…………」
「……ん? 津軽さん?」
 何故か押し黙っている津軽の視線は弥富の下半身にフェードイン。
「い、いや……あの……それは年頃の女性が取るべき行動ではないと……ええ、思いますよ」
 股間にあらぬ危機を感じ取って内股気味に座り直す。トッテモカッコワルイ……。
「まあ、いいでしょう。では、メールの内容を」
 そう言ってデスクトップでメールを開く。添付ファイルを解凍すると、監視カメラの映像を処理した何枚かの写真が出てきた。
「ダレです?」
 合計五名の男の姿が映っている。いずれも外国人で、弥富と関わりがありそうな人物には到底見えない。
「電薬管理局と時々合同捜査を実施している、『国家調査室』から提供された情報ですわ。正午前、この五名は空港に到着してますの。ただし、それぞれが別の空港から国内に入ってますわ……そして、衛星による追跡に勘付いたかのように消息を絶ち、未だに発見には至ってないとの事」
 津軽がとても神妙な顔つきになっているが、弥富の方は今一つピンときてないもんで呆け顔。
「何か……マズイんですか?」
「国家調査室は、国外から一般観光客などに混じって入国してくるテロリストや敵性因子等を監視、及び拘束した後に国外退去させる任を帯びています。国内と国外で交わされる通信の傍受も任務の一端で、通信内容に秘密工作……あるいは何だかの戦闘行為を臭わせるやり取りがあったため、緊急手配されましたの」
「はあ……」
 そう言われてもリアクションに困る。俺は社会の隅っこで控えめに息してるだけのニート予備軍で、追跡が必要な危険な外人との接点など持ち合わせちゃいないんで…………って、まさか!?
「とりあえず、現状の可能性の一つとしてピックアップされただけですが、警戒するに越した事はありませんわ」
 ハッとして目を合わせた津軽の視線は、ここ数日で弥富の身に起きた事件との関連性を示唆していた。深見素赤の父と名乗る中年男の襲撃、メイド服姿で奇襲をしかけてきたDQN……本来なら、警察沙汰になるべき事件の続きを感じさせる。
「電薬管理局で独自に行った調査によると、五人とも元は同じ民間の傭兵派遣会社の社員で、つい先日、外部から引き抜かれた事が分かってますの」
「『民間の傭兵派遣会社』って……!?」
 弥富の全身からイヤな汗が吹き出る。
「この国では承認されていない職種ですわ。他国の内紛地帯や敵国の最前線に送られ、救援活動を担ったり、VIPの護衛に当たったりするプロ。とりあえず、観光目的では無い事は確かでしょう」
 またしても、人様の生命が左右されるレベルのフラグが立った。頼むッ、俺を取り巻く一件とは無関係であってくれッ! 幸運の女神よッ……どうか、また奇跡を!!
女神A:「ジョリジョリぃ〜〜♪ ジョリジョリぃ〜〜♪ フフ〜〜ん☆」
 …………………………………………女神、スネ毛剃ってた。


-28-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える