小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[アニメじゃないッ♪ アニメじゃないッ♪ ホントのこ……とでもないよう♪]

 電薬管理局・実動課――検査棟。現在、深夜。朝から晩まで四匹の禁魚達は精密検査を受けていた。採血や体液の抽出で判明したのは、彼等の基本的な肉体構造は通常の『金魚』と大差は無く、その生体の体質・耐性・内臓機能・運動能力・潜在的寿命なども、特に変質しているワケではなかった。ただ、一つだけ……その『脳』に異常が発見された。人間の脳は発生学的に言うと、『大脳』・『大脳辺縁系』・『脳幹』の三つから構成されている。そして、魚類のような下等な脊椎動物は『脳幹』に相当する部分しか持っていない。つまり、通常の金魚には、進化の過程で最初に発生した“本能を司る神経器官”しか備わっていない。だが、『禁魚』には大脳と大脳辺縁系の役割を担う箇所が構築されており、脳全体の質量と密度は金魚の数倍ある事が解った。
「うち等って……結局、何なンやろう?」
 出雲が虚ろな瞳で呟く。
「おいおい、開口一番にどうした? ついに邪気眼でも覚醒したかね?」
 同じ水槽で泳ぐ浜松が訝る。
「だって、『生命のデジタル化』やでッ。人間の精神が丸ごと禁魚って“器”に移せるって……テクノロジー自体も驚異やけど、うち等の体ってどうなっとるン!?」
 相変わらず下着姿な出雲は、自分のウエストの肉をモミモミしたり、赤毛のツインテールを引っ張ったり。
「ふ〜〜む、技術体系の詳細な説明もしてあげたいけどさあ、残念ながら回線が限定されちゃってて……畜生ッ、今週のア○ヒ芸能読めないじゃん!」
 オッサンじゃねえか……。
 オリジナルP・D・Sは常時機能しているが、現在はイントラネットでアバター化しているため、外部からの情報は接収できないでいた。で、別の水槽では――

「本来は躁鬱病の特効薬開発の過程で生まれたんですよね……ボク達って」
「うむ。“内臓の一部を悪くすれば、他の生物の内臓を摂取して治癒を図る”……人類の考えた原始的な理論の一つなワケじゃが、まさか、魚類の脳ミソで人類の脳の正常化を促そうとはな」
「言うなれば、『超強力DHA』ですね。確かにDHAは、鬱病やアルツハイマー型痴呆に効果があると言われていますが」
「うむ。儂もそろそろ年齢的にヤバイかもしれんからのう、都合の良いDHAが有るなら恩恵に与りたいもんじゃ」
「ヤバイんですか?」
「…………………………お主、ダレ?」
「大変で――――ッす! 急患が出ました――――ッ!」
 郡山と土佐がグダグダしていた。そして、この四匹を直接管理するハメになってしまった者は……
「いえ、それはまだ……はい。承知しております、問題ありません。こちらで対処できますので……それでは」
 ピッ――
 宇野課長がケータイを切る。
(ちッ、管理局め……現場はタイムテーブル通りには動かんのだよ)
 彼はしかめっ面で二つの水槽を交互に見た。
「また上からの催促ですか?」
 作業服をきた検査員の青年が声をかける。
「どうせ内務庁の官僚あたりにせっつかれているんだろう。皺寄せはいつも我々現場の人間にやってくる」
「『Mr.キャリコ』の拘束ですか……闇夜のカラスを捕まえるみたいで、本当に手探り状態ですからね」
 検査員が独り言のように呟く。
「ヤツさえ逮捕できれば、芋づる式に全ての『子』と『孫』を摘発できる。そのためには、何としてでも禁魚共を懐柔せねばな」
 課長はテーブルに両肘をつき、重ね合わせた手を額に当てて集中する。
(不本意ではあるが、やはり……裏取引きが必要か)
 何度か禁魚達にはコンタクトを試みた。が、彼等はあまりに人間臭く、反射で生きる魚類とは全く異なった。こちらの質問に対してまともに回答する様子は無く、上手くはぐらかされる。特に、浜松……いや、『深見素赤』は明らかに重要な情報を隠し持っている。そんな相手との取引は半端でないリスクが伴う。それでも現状では――
「…………致し方なしか」
 課長は葛藤と熟考を繰り返し、結論に達した。インカムβを装着し、特別に設計された強化水槽の前に立つ。
「おんやあ〜〜、えらく男前な面になってるねえ☆」
「……ガキがッ」
 相手の腹を見透かしたような微笑みを浮かべる浜松に、課長は小さく毒づく。
「で、今度はあたしに何が聴きたいのかな〜〜?」
「『Mr.キャリコ』の逮捕に繋がる情報を全て教えるんだッ!」
 ――――ドンッ!
 激昂した課長が水槽を拳で叩いた。
「おやおや、更年期障害かなあ〜〜? 労災はキチンとおりるのかなあ〜〜?」
 あくまでも挑発的だ。
「いいだろう……取引きだ」
「ムフっ★」
 その言葉を待ってましたとばかりに、浜松が口元をイヤラしく歪める。そして、課長の面前に仮想モニターが現れ、取引き内容が表示された。

【要求事項】
(1)オリジナルP・D・Sの違法使用と、それに関連する現時点までの全ての罪状を白紙に
(2)今後、警察機関及び電薬管理局からの干渉は一切無し
(3)禁魚の解放と飼い主への合法的移譲
(4)あたしのバックアップの管理と保護
                          ――以上。
「話にならんッ!!」
 宇野課長は声を荒げて踵を返す。
「よ〜〜く考えた方がイイよ〜〜。ここで断ったら最後、Mr.キャリコの拘束はおろか、今後展開される計画の防衛手段も失うよ〜〜」
「――――――『計画』?」
 退室しようとしていた課長が立ち止まって振り返る。
「ま、(1)〜(3)の事項には法的手続きで時間を食うだろうから、まずは……(4)を最優先で実行してもらいたいねえ」
「『バックアップ』とは何の事だ?」
「仮死状態で保存中のあたし……『深見素赤』のニ・ク・タ・イ☆」
 本人は精一杯のポーズでカワイイを作ったつもりだろうが、オマエでは椿姫○菜にはなれんぞ。
(体の保存……まさか、本当にコイツは禁魚へデジタル化した自分を……!?)
 静かに驚愕する課長。その時――

 ウォォォォォン! ウォォォォォン! ウォォォォォン! ウォォォォォン!

 けたたましく鳴り響くアラーム。同時に、フロアの出入り口の隔壁が作動する。
「か、課長ッ……何がッ!?」
 検査員の青年があたふたする。
「落ち着けッ。どうせ電圧異常による誤作動だ」
 彼は壁のコンソールから内線電話で警備室につなぐ。
「こちら第1検査室ッ。警備、アラームを止めろ。一体、何が……」

<パンッパンッパンッ! ガシャアアアアアアアアアアァァァァァァ――――ッッッ!>

「なッ……!?」
 受話器の向こうから聞こえてきた、明らかに尋常ではない状況を伝える喧騒。課長は受話器をコンソールに戻し、周囲を素早く見回した。
(銃声? ……バカな、ここは政府の直轄施設だぞッ!?)
 全くの想定外な展開に課長の血の気が引いていく。
「う、宇野さん……ど、どどどどどうかしたんですかッ?」
 上司の様子を目の当たりにした検査員の青年が、思いっきり動揺しまくっている。
(くそッ、信じられん……)
 ケータイを取り出してモニターを見る。そこには[圏外]の文字が。
「オマエのケータイをよこせッ」
「あ、え……は、はいッ」
 不安で顔色を悪くしながら検査員が自分のを手渡す。
(…………ちィィィィィッ! 携帯ジャマーか……)
 モニターには同様に[圏外]の文字。この検査棟全体をカバーするだけのジャミングとなると、並の出力では不可能。おそらく、相手は軍事用の大出力タイプを使っている。となれば、相手はイカレた暴徒でも街のチンピラでもない。歴とした――『敵』だ。
「このフロアに銃火器の装備は?」
「い、いえ……」
「なら、エアダクトから外へ出られないか?」
「ダメです……外部からの侵入を防止するための鉄格子が数枚はめ込まれています」
「……くッ、窮まったか」
 課長がホルスターのオートマチックに手をそえる。ここのセキュリティーは軍部に直結している。何かわずかでも異常が発生すれば、衛兵が一個中隊でやってくる。到着まではおよそ――10分足らず。責任者がこの状況で最優先とすべきは……
「言えッ、『Mr.キャリコ』はドコにいるッ!?」
 政府の施設を強襲しても、余計なリスクを背負い込むだけで割に合う事はまず無い。それでもこんな事態に臨む連中となると……見境の無い過激な反対運動家か、あるいは……
「『敵』の狙いがオリジナルP・D・Sであることは明確だ。言うんだッ、もう猶予は殆ど残っていないッ!!」
 顔を赤くし、イヤな汗で額を濡らしながら宇野課長が叫ぶ。
「猶予ォ? 別にィ〜〜、囚われの身のあたしにはカンケーないしィ〜〜」
 これ以上は無いというくらいのふてぶてしい面で、浜松は寝転がってケツかいてる。
「お、おのれェェェ……!」
 ブチ切れ寸前の課長の前でブルーレイで映画鑑賞。テレビモニターではジャック・バ○アーがテロ集団と戦っとる……単純にいやがらせだ。
「い、いいだろう……オマエの要求を呑もう」
 苦渋の選択だった。敵はオリジナルを奪取すると同時に、サーバーのバックアップを破壊していくだろう。オリジナルはハッキングによる流出リスクを最小限に抑えるため、他の情報機関にバックアップは存在しない。つまり、検査棟のサーバーを破壊してしまえば、敵がオリジナルを実質的に独占する事となる。そうなっては禁魚とのコンタクトは不可能……今しかチャンスは無いのだ。
「書面で宜しく。電薬管理局長のサイン入りでね」
「フザけるなッ!! すぐそこまでイカレた連中が迫っているんだぞッ!!」

 ドゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――ッッッン!!

 出入り口の隔壁が轟音をたてて振動する。
「ええ、そのようね〜〜……フフフフフッ★」
「貴様ッ、取引きするつもりなどハナっから無いってワケか……」
 課長が悔しそうに眉間に皺を寄せた。
「明日には大勢のハッカーが全力でお祭り騒ぎッ! 世界にその名を轟かすハッカー駆逐機関が襲撃を受け、オリジナルP・D・Sを強奪されたってねえ〜〜! うっひょおおおおおッッッ、ざまああああああッッッ!」

 ドカンッ! ドカンッ! ドカアアアアアアァァァ――――────────ッン!!

 隔壁から聞こえてくる軋轢をBGMに、浜松の愉快そうな雄叫びが木霊した。

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