小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [考えても分からないというコトが、考えた結果分かったよう]

 その電話はド深夜にかかってきた。ネットサーフィンにも疲れて、俺は寝る準備を始めていた。そんな時だ……正座して麦茶を飲んでいた津軽さんのケータイが鳴った。
「はい…………はッ!? 襲撃されたッ!? いえ、こちらは今のところ何も……はい……何故ですの? ……ええ、御任せをッ」
 ピッ――
(…………な、何事?)
 ケータイを切った後の津軽の様子を見る限り、尋常では無い事態が発生したのは明らかだった。あまりに重苦しい空気を噴出してたもんで、弥富はすぐに声をかけることができないでいた。
「実動課の検査棟が奇襲を受け、多数の死者が出たようですわ」
 津軽はスッと立ち上がり、夏の闇に溶け込む遠くの方の街を窓から睨んだ。
「き、奇襲って……! もしかして、オリジナルが……!?」
 弥富の眠気が吹き飛ぶ。
「いえ、それが…………奪取されたのは『禁魚』が一匹のみ」
「――――――は?」
「黒出目金の『浜松』が誘拐されたとのことですわ」
「…………そうですか」
 腑に落ちない表情で弥富はインカムを装着。困った時はアイツを呼ぼう。
「おい、起きろや。役立たず」
 ゲシッ!
 ベッドでヨダレ垂らしながら気持ち良さそうに寝てたポチ。その幸せそうな顔面を蒸れた足で踏みつける。
「おフッ!? こ、この臭気はッ……ついに世界が終りを迎えるぞ〜〜!!」
 ポチが跳び起きる。足の臭いで滅びる世界ってナニ?
「浜松のバカが誘拐された。何か思いつく理由があれば即答宜しく」
「A・夢オチ B・日頃の行いが招いた人災 C・ヤ○オクで高く売るため……さあ、どれでも好きな理由をこじつけるがいいぞッ!」
「D・震えて眠れ……さあ、どうだあ? 何か思いつくかあ?」
 ――――グリグリグリぃぃぃ!
 ポチの顔面を容赦なく攻め立てる弥富の足裏には、“病み付き”の四文字が。特に意味はありません。
「こ、困った時は他力本願だぞ! 早速、『偽P・D・Sバカの会』と連絡をとるべしぃ〜〜!」
「なるほど……襲撃者は実動課が禁魚を接収した事を知ってた上、その禁魚を危険を冒してまで強奪した。つまり、浜松……いいえ、『深見素赤』と重要な接点を持っている。そして、深見素赤とオリジナルの関係性を考慮した先には――」
 津軽の脳裏に『Mr.キャリコ』の名が浮かび上がる。彼女はケータイを手に取り、すみす・ブラックに電話をかけた。
(うううぅぅぅ〜〜……空気がトゲトゲしてて近寄れねえ)
 状況は明らかにマズイ方向へ流れていた。一国の情報機関を非常事態に陥らせる程に……で、そんな一連の事件の中心人物は、この安アパートに住んでいるワケだが、相変わらず無力で無能で底辺で。特に何か出来るワケでもなく、アンジェリーナが言っていた“自分にしか出来ない事”って本当に見つかるんだろうか。
「……了解ですわ」
 津軽がケータイを切る。
「ど、どうでした……?」
「残念ながら、朗報とはいきませんわね。Mr.キャリコの正体や所在は、世界中のハッカーが突き止めようとする程。殆ど神格化されてますわ。昨日の今日で手掛かりにありつけるとは考えてませんでしたが、代わりに別の脅威が発見されたようですわ」
「え? え? はい?」
 怖いよう、恐ろしいよう、ベッドに潜ってガタガタしてたいよう〜〜。
「この国のインフラを攻撃するという、サイバーテロを予告する情報がネット上に出回り始めました……おそらく、何だかの要求を叩きつける前に力を誇示する腹積りなのでしょう」
「おおォォォ〜〜、ついに『見えない敵』が本気を出したぞッ! 現代社会に垂れ流されてるニート共よッ、見習ってすぐに本気を出すべきだぞ〜〜!」
 ポチはベッドの上で既に白旗を振って無条件降伏中。
「けど、それって……Mr.キャリコってヤツと関係があるんですか?」
「分かりませんわ。今のところ、Mr.キャリコとの繋がりを明確にする情報はありません……が、実動課への襲撃タイミングを考えると、無視できる状況ではなくってよ」
 津軽の真剣な面持ちから、これはリアルである……と、痛感せずにはいられなかった。しかし、自分はこの安穏とした部屋から出たくない。雲の上で起きているレベル違いの喧騒に巻き込まれたくはない。そう、俺に出来る事はやはり――無い。本日の弥富の成果――“己の無力の再確認”……以上。

「マジっスかあああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!?」
 トラックで搬送される水槽の中で、浜松が力一杯の叫び声を上げる。
「うるせぇなあ……マジなんだよ。もう、遊びじゃ済まねえんだよ」
 水槽にはインカム・αが装着され、βを付けたメガネのオヤジが顎髭を弄りながら呟いた。
(あたしがアバター化している……偽P・D・Sか!?)
 浜松はすぐに落ち着きを取り戻し、冷静にこの展開を把握しようと思量する。自分は拉致られた。襲撃部隊は五人。連中は対物ライフルで検査室の隔壁を突破し、オリジナルP・D・Sには目もくれず、あたしを水槽から掴み出した。で、運送業者に偽装したトラックで運ばれてるワケだが……予想できる今後の事態。
                 ↓
【日頃の行いが招いた人災により、ヤ○オクで売られる。でも、結局は夢オチで終了】
 ………………だったらいいなあああああああああああああああああッッッ!!
 パタッ――
 もうなんか息するのもメンドーになった感じで、浜松がふて寝しちまう。
「心配しなさんな。殺すつもりなら、突入した時点で水槽を叩き割ってるよ。オレ達はオマエを安全に目的地まで運び、報酬をもらって消えるからさ」
 金髪の三つ編み男が北叟笑みながら言う。義足をカタカタいわせ、義手には対物ライフルが握られたままだ。
「『ボンズ』、そろそろ首都高に入る。エモノは片付けとけ」
「へいへい、分かったよ」
 メガネのオヤジに言われて金髪がライフルを分解し始める。
「意外とセキュリティーは薄かったな」
「ま、平和しか知らねえ緩んだ国だしなあ。これで5千万はホントにボロいぜ」
 荷台の中はすっかり仕事終わりの空気が漂っていた。
(コイツ等、正規の軍人じゃない……? 傭兵か? 外国の情報機関か?)
 尋ねたところで答えてはくれないだろう。今、心配すべきは今後の身の振り方だ。目的地は問題ではない。問題は――
「で、アンタ達のクライアントはあたしに何をさせたいのかな?」
 浜松はベタベタな囚人服(手枷・鉄球付き)に着替え、余裕を繕いながら聞いてみた。
「さあな。自分等はオーダー以外の事象には一切触れない、聞かない、口出さない。それを信条に仕事をこなしてきた。クライアントがオマエさんをこの後どう扱おうが興味は無い」
 オヤジは高齢のせいか、少々眠たそうに小声で返答する。
「平気っスか、『ジブリ』さん? 金を受け取った後の“予定”を忘れんでくださいよ」
 一際体のデカイ男が心配そうに声をかける。全身を防弾処理の施されたアーマーでガッチリと固め、ヘルメットにガスマスクを装着した装甲歩兵だ。
「問題無い。ちょっと仮眠をとれば昼過ぎまでには復活してやるよ」
 オヤジは軽く鼻で笑うと、そのまま横になって寝息をたて始めた。
「やれやれ……体にムチ打つ商売やってると歳を食うのが恐くなるなぁ」
 装甲歩兵の隣に座る小柄な中年男性がぼやく。男はやたらと人が良さそうな面で、頑丈そうなスーツケースに手榴弾の一種を片付けながら、ジブリの様子を見て苦笑いを浮かべた。
「別にいいじゃないっスか『ピエロ』さんは。美人の奥さんと可愛い娘さんが家で待っててくれて、幸せに歳食ってるんスから」
 装甲歩兵が相手の肩に手を乗せてポンポンッと軽く叩く。
(何だよ……この連中……?)
 えらくアットホームな雰囲気が出来上がっちゃってて、浜松はとてもじゃないが融け込めそうになかった。ま、談笑する気もないけどね。
 キッ――
 トラックが停止する。出発してから小一時間程経っただろうか。一応、囚人服に着替えてたんで、退屈していたついでに浜松はさっきから色んな処刑を自主的に実行してた。
 バリバリバリッ!
 『電気イス』。
 ドクンドクンドクンッ!
 『薬物注射』。
 がっく――――――ッん!
 『首吊り』。
 この動画は削除されました。
 『権利者の申し立て』。
 ……………………………………………………すみません、ダレでもいいからかまってください。あたし、涙が止まりません(Orz)。
「さて、荷物を降ろすぞ」
 短い仮眠を終え、ジブリがゆっくりと立ち上がる。
 ガコンッ!
 荷台の扉が鈍い音をたてて開く。
「ふぅ……ドキドキでしたよ。検問に引っかかったら完全にアウトですもん」
 運転席から降りてきた一番若そうなメンバーが、額の汗を拭いながら他の四人と目を合わせた。
「『エーアイシー』、何か傍受したか?」
 義足を軋ませながらボンズが問う。
「いえ、特には。警察機関に連絡しちゃうと、電薬管理局の不始末がバレちゃいますからね。実動課の責任者が手を回したんだと思います」
「よし。では、『サンライズ』。万が一という事もある。先に行け」
「ういっス」
 ジブリに言われて巨躯の装甲歩兵が周囲を偵察する。既に午前2時過ぎ――近くの国道を走る車はわずか。歩道を行く通行人の姿は全く見えない。そして、彼等は水槽から浜松を小型のプラスチックケースに移し、歩いて2、3分の場所に到着した。
「モノは予定通り持参した。どうすればいい?」
 ジブリはMrs.タンチョウから渡された、スクランブルのかかったケータイを取り出し通話する。
<結構、結構。基本、私は大事を他人に頼むのは好かんのだがね。高給を取るだけあって良い首尾だ>
 男の楽しそうな声が返ってくる。
「我々は個人的な予定が詰まっていてね。早めに仕事を完了させたいのだが」
「よろしい。では、目の前の『建物』に入ってくれ。番号はMrs.タンチョウから聞いてるハズだ」
「…………ここ……か?」
 ジブリはその建物の前に立ち、少し不思議そうな顔をして仰ぎ見た。何故なら、彼らが目にしたのは……
 カチャ――
 サンライズの大きな手が扉を開く。中は殆ど照明が無く、窓から差し込むわずかな街の明かりが、部屋の大まかな輪郭を浮き上がらせている。
「やあ、御苦労さん。手前にあるトレーにケースをのせてくれ」
 鈍重とした闇の中から男の声がした。
「…………」
 サンライズは充分に辺りを警戒しながらケースを置いた。
「そうピリピリしなさんな。私はただのひ弱なハッカーだよ。君等みたいなプロの戦闘屋にヘタな真似なぞできる勇気は無いさ」
 男は愉快そうにそう言った。
「では、仕事は完了だ。送金を頼む」
 サンライズを盾にして、その後ろからジブリが男に声をかける。
「いいだろう」
 カタカタカタッ……
 PCのキーボードを叩く音がして、エーアイシーがネットブックを開く。
「…………はい、送金を確認しました。五人分の2億5千万キッチリです」
「必要経費とロッカーの使用料を天引きすると言われたが……?」
 ジブリが怪訝な顔をする。
「そっちは私の方からMrs.に払っておいた」
「…………なるほど。で、次は何をさせたいんだ?」
 パチパチパチパチッ――――
「はははッ、さすがは老獪なる兵。ハナシが早くて助かるよ」
 男はずいぶんと楽しそうに拍手し、またカタカタとPCのキーを打つ。
「我々はこの国に1週間程滞在する予定だ。連絡ならメールを寄こしてくれ」
 バタンッ――
 ジブリはそう言って踵を返し、サンライズが扉を閉めた。
「ああ、そうするよ」
 男は小さな声で呟くと、立ち上がって浜松の入ったケースを手に取った。そして、インカム・αを装着した。
「やあ、はじめまして」
 男はインカム・βを装着しており、部屋の隅で壁を背にして腕組みしながら立つ『彼女』と目をあわせ、ニンマリと微笑んだ。
「夜中にレディを拉致っといて、独りで真っ暗な中シコシコと……なんかもうキモ過ぎ」
 囚人服姿の浜松が吐き捨てるように呟く。
「はははッ、口が悪いなあ。思った通りのキャラだね」
 男は椅子に座り直し、浜松の姿を凝視している。PCのモニターから発する淡い照明で、男の顔が闇の中で浮き上がって不気味だ。
「拉致なんて強硬手段をとった事は謝ろう。ハッカーの端くれとして電薬管理局は忌むべき存在でね。できるだけ連中がストレスでブッ壊れるような戦慄を与えたかった……ああ、本当にゾクゾクしてくるよッ☆」
 男は分かりやすく悦に浸っていた。
「くだらんねぇ〜〜……安全な場所から他人に指示と金を出し、世の中をひっくり返そうってか? 実にくだらんねぇ〜〜。引きこもりのハッカーが独りで何か成し遂げられる程、社会は甘くないってのッ!」
 ビシッと男を指差すが、囚人の格好したヤツに言われても困る。
「知ってるさ……ああ、知ってるとも。リアルの社会は甘くは無い……けど、私は決して『独り』じゃない」
 男はそう言ってノートPCのモニターを浜松に向けた。
<はじめましてぇ。拙者の名前は『プー左衛門』。御覧の通りのキュートなクマさんだクマ〜〜☆>
「……………………………………………………………………………………はぁ?」
 浜松がとてつもなく不愉快な面で首を傾げた。どっかのオモチャ屋で女の子が抱き締めてそうなチョーカー付きのクマのヌイグルミが、ちょこんとロッキングチェアに座っている。どういう仕組かは知らんが手振り身振りで自己紹介した。
「今、こうして偽P・D・Sを使って君と話しているけど、彼が安全なネット環境を確保してくれてるおかげで、電薬管理局や他国の情報機関に追尾されずにすんでいるんだよ」
<どう? スゴイでしょ? ご褒美頂戴クマ〜〜☆>
「はいはい、スパンキングしてやるから二人ともケツ出しやがれ……」
 この部屋に流れる空気で完全に萎えたのか、浜松はあさっての方向に視線を向けながら少々投げやり気味に言い返した。
「さて、前置きはここまで。本題に入ろうか……『深見素赤』」
(――――――――ッ!?)
 浜松がハッとして顔色を一変させた。
「君が肉体をドコかに保存した事は知っている。だが、未だに所在は不明……だから、一応尋ねておくけど……」
「喋るワケないでしょうがッ、この根暗ニートめがッ!」
「だろうね。なら、仕方無し……今までの自分の人生28年、全てがリハーサル。ここから……この日からが『本番』だッ!」
<やってやるクマ〜〜! リアル社会を闊歩する有象無象をSA★TU★GA★Iするクマよ〜〜!>
「うっさいよ、中二病の急患共。イタイ妄想は心のメルヘンボックスにそっとしまっとけよ」
 浜松は毒づきながら、ふと部屋の窓から外の夜景を目にした。
(…………ん? 何、この妙な……違和感? いや、これは……)
 彼女の脳内でつい最近までの情報が撹拌される。この夜景は……
「しまったッ…………!!」
 浜松が何かとんでもないコトに気付き、男の不気味に微笑む顔を睨みつけた。
「おっと、申し訳ない。女性に対して一方的に無駄話をしてしまったかな?」
 浜松の心の機微を読み取ったかのように、男は口元を歪め――
「改めて自己紹介だ。私のことは『Mr.キャリコ』と呼んでくれ」
 ――そう言ってPCを閉じた。

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