小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[プライヴェートは確保しよう]

 夕方――。
 ポチャン……ポチャン……ポチャン……
 弥富が浜松の水槽に他の三匹を投入する。これにより始まるのは――

「は〜〜い、これより第一回『人類と魚類の朝まで生討論会』を開始するぞ〜〜」

 狭いアパートの一室で、テーブルを囲んで統一性の無い連中が座っている。テーブルの大皿には酒蒸しにされたポチが。
「さあ、始めちまえよ。ポチをお手軽につまみながら、諸行無常を話し合えよ」
「オマエはしゃべるな、猟奇被害者」
 弥富に一蹴された。
「なあ、さっちん。うち、テレ東で観たい番組あるンやけど」
「弥富さん、水草が欲しいです。後、水温は25℃前後を維持してください」
「御主人よ、え〜〜あ〜〜……何じゃったかのう?」
「更紗ァ、女教師は好き?」
「テメー等静かにしろ。勝手すんな。浜松、どっちかというと、好き」
 前置き終了。
「では、最初に……電薬管理局と禁魚の関係性について話してもらおう。まずは、そこの間違ったイメージを過大評価した、イカレ女教師から」
「えっ、コレってダメなの!?」
 明らかに布の面積が足りないスーツを着た浜松が、普通に動揺してる。
「エロゲーを鵜呑みにすんな。AVに洗脳されんな。ニコ○コ動画は程々にしろ」
 ありがたい御言葉がたまわれた。しかし、彼女は負けないし、退かない。湧いて出たホワイトボードの前に立ち、バンバンッと指示棒で叩く。
「皆の者、まずはコレを見てちょうだいな!」
 言われて見てみると、何だかえらく抽象的な絵が描かれている。道路標識みたいな人間と、爆発したお花畑みたいのと、ファミコンのドット絵みたいなお城と。
「浜やん、何ソレ?」
 出雲が率直に質問。
「見て分かんないの! コレはアレだ……アレ!」
「…………」
 静寂と沈黙。
「その、コレは……つまりだ!」
「…………」
 ダレもフォローする気はないようで。
 シクシク、シクシク……
 隅っこで泣き出しちゃった。
「はいはーい、自爆したバカは放っておいて、次は郡山」
「コホンっ。では皆さん、この写真を御覧ください」
 ホワイトボードに写真が一枚貼られた。
(あ……深見)
 今は亡き友人の顔だ。
「ボク等がまず検討すべきは、この深見氏と浜松さんの容姿が、どうしていっしょなのかという点です」
「まあ、興味はあるなァ。うちらの人相や格好は、ネット情報からピックアップしたもンやし」
「その通り。P・D・Sのシステム上、実在する個人、あるいは死亡した個人の身体的情報は使用禁止になっていますので」
「どうしてだ?」
 弥富が首を傾げる。
「中毒性を高める要因となるからです」
「あ、なるほど……」
 確かに。もし、死んだ恋人や夫・妻など、全く同じ姿形をしたリアルなアバターを構築できれば、より深く会話が楽しめるだろう。が、その行為は現実と仮想空間の境界をあやふやにし、人はネットの海から帰還できなくなってしまう。
「何だかのエラーが生じたのか……あるいは特殊な仕様が働いているのか。やはり、ここは本人に聞くのが一番ですね」
「おい、浜松」
 未だにシクシクやっている彼女を弥富が呼ぶ。
「絵心が無いんじゃないやい! 前衛的過ぎてダレも理解できないだけなんだもん!」
「いや、その件はどうでもいいから。前衛的って言葉で片付くんなら、早朝の駅の隅にブチ撒かれた物体も前衛的ってコトになっちゃうから」
 浜松の絵はゲロと同一視されました。
「まあまあ、弥富さん。おそらく、浜松さんも混乱しているんでしょう」
 と、郡山が場を収めようとしている背後で、浜松は自分の頬を引っ張って遊んでるし。
「とにかくだ……どうして同じ人相なんだ?」
 弥富がビシッと指差す。
「厳密には同じじゃない! あたしの方が若干カワイイ!」
「左様でございますか〜〜、この口はあるだけ無駄ってコトですか〜〜」
 グニぃ……
 今度は弥富がほっぺたを引っ張る。強張った笑顔で力をこめて引っ張る。
「い、いはァい! いふかはッ、ひゃ、ひゃへへッ!」
 女教師に対する軽い拷問タイム。
「で……?」
 指示棒を奪い取って浜松の脳天をポコポコ叩く。
「まあ、一種の『陰謀』よ」
「『陰謀』だぁ? 一体、ダレの?」
「それは言えない。今の段階では……」
「焦らすなよォ、俺って人に待たされるの嫌いだからさァ」
 今度は先っぽで頬をグリグリ。
「あ、まあ、その……こちらにも事情があって」
「知らねえよ。話を意味無く大きくしようとすんなよ。妄想はネットの中だけで間に合ってるから、十分だから」
 何故か説教みたいになってきた。
「と、とりあえず、落ち着きましょう。荒んだ状態では正しいコミュニケーションはとれませんから」
 郡山になだめられ、プチ拷問終了。なんだか弥富が変な方向に覚醒しかけてる。
「疑うワケやないけど、浜やん……もしかして、勢いだけでハナシ進めようとしてへン?」
 出雲が目を細める。
「違うもんッ! ちゃんと頭の中整理してあるもんッ!」
「ホンマか?」
「…………」
「ホンマのこと言うてよ……ホンマのこと言うてよ。大事なことやから二回言うたで」
「ひッ、ひぐぅぅぅ……!」
 また泣き出しちゃったし。
「いいかげんにしろよ。話が全く進まねえよ」
 空気はすっかりグダグダ。
「おのれッ、更紗! よくもあたしの泣き顔を衆目にさらしたな! 恥ずかしくて耳の先が熱いじゃん!」
「俺のせいかよ」
「こうなったら、更紗の趣味・嗜好をみんなの前でバラして大恥かかせてやるッ!」
 カキカキ、カキカキ……
 ホワイトボードに大きく赤字で書いてみる。

?コスプレ ?フィギュア ?アニメのダウンロードサイト ?人妻 ?盗聴

「…………」
 一同、沈黙。
 シクシク、シクシク……
 今度は弥富が隅っこで泣き出す。
「ま、まあ……?〜?まではオタクの常識ですが、?と?に関して言いますと……性癖は色々あるとしか……(汗)」
 郡山が力一杯のフォローを入れようとするが、今の弥冨には何も届きそうにない。
「性癖ならしゃあないでぇ。うちかて、他人の前で色んなトコ露出すンの好きやし★」
「オメーといっしょにすんな。警視庁24時にでも出てろ」
 ツッコミのためすぐに復活。
「結局のところ、儂等はネットにつながって初めて情報を得る。ネット上に流れぬ事象に関しては、所詮、推測しかできんのだよ」
 土佐のジジイがポツリと呟く。
「推測だあ? 答えは分かりきっているだろ。深見の身体情報が盗用され、浜松というアバターに転用された……他に考えようがあるか!?」
 弥富の返答には何故か少しイラつきがこもっていた。
「すまんが、御主人。それもまた推測じゃ。更に言わせてもらうと……そもそも、『深見素赤』という人間は本当におったのか?」
「な、何を言って……!?」
 弥富が狼狽する。
「弥富さん。ボク達はもちろん、深見さんを知りません。顔を直接見たワケでもないし、言葉も交わしていない。しかし、話を聞いた限り、アナタもボク達と同じ条件なんです」
「同じじゃない! 俺は葬式に出席し、遺影の顔もしっかりと目にした! 言葉は……確かにチャットの中だけだが、お互い腹を割って会話できていた!」
 弥富が激昂する。たった一人の友人の存在すら否定されたら、自分には思い出すら残らなくなる。
「酷いコトを言うようですが、弥富さんが目にしたのは、あくまで遺影だけ。チャットは言う間でもなく、相手の正しい特定など不可能です。つまり、深見素赤について知らないボク達から見れば、弥富さんの発言には大した根拠はないのです」
「うッ……」
 部屋の空気がたちまち重くなった。
「では、別の視点から考えてみましょう。浜松さんが言っていた『防火壁』の件を覚えていますか?」
「えっ、あ、ああ……」
「電薬管理局は数年前、動物の脳髄を使った生体PCを開発しました。もちろん、メディアには一切公表されていません。彼等は生体PCを管理・制御するための防火壁開発に時間をかけ、あらゆるソフトメーカーと提携し、プロジェクトを進めました」
「いや、待ってくれ。いくらなんでも都合が良すぎる流れだ。深見は大手のソフトメーカーに勤めていたらしいが……」
「もし、深見素赤が勤務していたとされるメーカーの存在と、電薬管理局との関連性が突き止められれば、友人が実在したという事実も、おのずと確立されるじゃろう」
 土佐が貫録のある目で弥富を直視する。
「なるほど……じゃあ、どうする? 手始めにネットで検索してみるか?」
「そうですね。では、出雲さん。頼みます」
「うん、ええよ」
 言われて出雲がデスクトップの前に立つ。そして……

 ――――――ペチャペチャ ――――――ヌラヌラ

「お、おい……何をされているのかな?」
 出雲がデスクトップのHDに舌を這わせだした。
「御覧の通り、検索や☆」
「いやいやいや、青少年に対する挑発行為になってるからッ! 逮捕の瞬間100連発だからッ!」
「よし、分かったで!」
 あっという間に検索完了。
「さっちんは『人妻メガネっ娘★』っちゅうサイトに頻繁にアクセスしとるで!」
「何の検索しとんじゃあッ!! 頼むからプライヴェートは大切にしてッ!!」
 弥富がまた泣きそうになってる。
「う〜〜む、やはりコレは……」
 浜松がゴミ箱の中身をしげしげと覗きこんでいる。
「こらッ! 証拠物件はここにそろっているッ! ゴミ箱を妊娠させる気かいッ!?」
「だから、やめてェェェ!! お母さんみたいな瞳で見ないでェェェ!!」
「で、ついでに検索したンやけど、『享輪コーポレーション』っていうのがヒットしたで」
「何か分かりましたか?」
 一同が注目する。
「深見素赤っちゅう社員が配属されとった痕跡はあったけど、データが一部暗号化されとるなあ」
「……どうもきな臭くなってきましたね」
 郡山がグッとネクタイを締め直す。
「全員、ストップ!」
 著しく顔色の悪くなった弥富が、空中に両手を伸ばして声を上げた。
「どうかした、更紗? そんなポーズをとっても温暖化は止まらないよ」
 浜松が訝しがる。
「話が大き過ぎる……俺に考える時間をくれ」
最早、一個人が手軽に解決できるような一件ではなくなった。明らかに、弥富の手に余る空気を発し出している。彼はインカムをそっと外し、ベッドに倒れた。
(明日考えよう……そうしよう……)
これといって何も解決できぬまま、彼の意識は溶けていった。


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