小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [玄関開けたら2秒で捕獲されたよう]

 皆さん、オハヨウゴザイマス。俺、弥富更紗です。現在、早朝………………誘拐されている真っ最中です。
(ば、ば、ば、ばばばばばばばばばばばばばッ……バカなァァァァァァァァ────────ッッッ!?)
 俺は心の中で力の限り叫んでみた。どうしてこうなったのかは、時間をさかのぼる事……5分前。

 ピンポ〜〜ン♪
 呼び鈴が鳴った。午前5時半──ニート予備軍の生活リズムにおいては、絶対起きてはいけない時間だ。
「マジかよォ〜〜……一体、何の罰ゲームだよォ〜〜……」
 深夜に実動課から入った連絡──『浜松拉致事件』。その戦慄のせいで余計な身の危険を感じていた弥富。そのためか眠りにつけたのはほんの2、3時間前だというのに……。
 ピンポ〜〜ン♪ ピンポ〜〜ン♪ ピンポ〜〜ン♪
 容赦の無い連打。
(フザケんなよォ〜〜……! ガンジーが舌打ちしながらヘッドロックかけるレベルじゃねえかよォ〜〜……!)
 ワケの分からんイラつきがこもり始め、顔を上げて周囲を見渡してみたが、生憎、津軽の姿は無い。代わりに、UBを使用する音が聞こえてくる。つまり、朝のシャワータイム中のようだ。
「はいはい、開けますよ……(怒)」
 目一杯のストレスを滲ませた声をもらしつつ、弥富がベッドから離脱。玄関戸の前に立つ。ここで、対処法を簡単に用意しておく。
 1.【近所のクソガキ】の場合=即座に目潰し
 2.【イカレた酔っ払い】の場合=速攻で目潰し
 3.【偽P・D・S友の会】の場合=目潰し&足の小指に重くて硬い物を落としてやる
 4.【家賃を催促に来た大家】の場合=スタイリッシュに土下座
 5.【不測の事態】の場合=見なかったコトにして閉める
 カチャ……
 開く玄関戸。
「迎えに来ちゃったよ♪ オ兄チャ〜〜ン★」
「…………………………………………マジで?」
 【不測の事態】がきちゃいました。夏の朝一に降り注ぐ日光を背に受けながら、そこに立つのは──『偽メイド』。アキバの街で奇襲をしかけてきて、弥富の誘拐を実行しようとした少女。額からちょっぴり汗を流しつつ、爽やかな営業スマイルを浮かべ、妹系メイドを演じているつもりらしい。で、次の瞬間、弥富は尋常ならざる不吉な空気を感じ、つかんでいるドアノブを思いっ切り引っ張って──
 ――――ガッ!!
「だ〜〜ッめ★ 今日はアタシとデートしてもらうんだもんねぇ〜〜♪」
 前回はショートボブを蒼に染めていたが、今回はエメラルドグリーンに染めて登場。ルージュも火炎のような色をしていて、本人のヤル気を表しているかのよう。ミニスカを両手で摘まんで持ち上げながら、片足のつま先をドア枠に滑り込ませ、閉めようとするドアを余裕で止めてしまう。ムチッとした太ももが弥富の視界を占めるが、この状況下でナマ唾を飲んでるヒマはない。
「つ、津軽さ────ッ!」
 護衛役の名を叫ぼうとした瞬間、視界が真っ黒に染まった。頭の上からスッポリと何か袋のような物を被せられたのだ。
「ちょ〜〜っと荒っぽくしちゃうけどォ、我慢し・て・ね☆」
 そんな可愛らしい声が聞こえ、同時に弥富の腕に手錠がガチャっとかけられる。で、無理矢理歩かされるのかと思いきや、彼の体がグイッと上に持ち上げられた。袋を被せられているので視認はできないが、おそらく……脇に抱きかかえられてる。
(おいおいおいッ……なんつー腕力してやがるッ!!)
 確か、アキバの雑居ビルで津軽と戦闘になった際、重量のあるマネキンを片手で軽々と振り回していた。外見はちょっぴり身長高めの女子高生くらいに見えるが、何かの競技の強化選手か?
「よっこらセックス♪」
 偽メイドはアパートの階段を素早く駆け下り、歩道に停めてあった原付に飛び乗る。
 グゥオン、グゥオン、ブオォォォォォォォォォォォ!
 御近所さんがとっても迷惑しそうなエンジン音がして、原付が発進する。これが約5分前に発生した出来事のあらましである。

(ど、どどどどどどどど……どうすりゃいい!? 叫んで助けを求めるか!?)
 いや、待て……この辺り一帯は、真っ昼間でも人通りの少ない住宅街。こんな早朝では人目にはほとんどつかないだろう。それに、ダレかがこの状況を目撃したとしても、袋を被せ、手錠をかけて乱雑に人間を運んでいるようなヤツを、わざわざ呼び止めて関わりたいとは普通思わない。少なくとも、俺なら精一杯無視させてもらう。しかも、原付を片手で運転した状態で、成人男性を一人脇に抱えている。いくら人並み外れた腕力の持ち主とはいえ、いきなり俺が叫んだり暴れたりしたら、バランスを崩して転倒しかねない。その場合、もちろん、特等席にいる俺は容赦無く巻き添えにあうワケで……。
「ナニモデキネーナラ、オトナシクチヂコマッテロ、カス」
 はい、実家のオウムが応援してくれてる……そんな気もするんで、大人しくしておきます。で、弥富が消えてしまったアパートでは──

「………………弥富殿?」
 シャワーを終え、体中に薄らと湯気を纏った津軽が、部屋の中を見て首を小さく傾げている。ベッドに護衛対象者の姿は無く、代わりに、玄関の土間に見慣れぬ紙キレが一枚落ちていた。
(──────────ッ!?)
 その紙キレを何気なく拾い上げた津軽の顔色が一変する。

 〜〜〜〜 無能なSPへ 〜〜〜〜
   [弥富更紗は、この超絶現役女子高生・『ヤンデレコメット』がいただいちゃったもんねぇ────! や〜〜い、や〜〜い、奪われてやんのォ〜〜(笑)m9(^Д^)プギャー!!]

(う、迂闊ッ…………!!)
 津軽の脳裏に、アキバの雑居ビルで目にした偽メイドの愉快そうな顔が浮かぶ。彼女はあまりの悔しさに服を着る事も忘れて、ケータイを手に取り実動課へとつないだ。
<宇野だ。何事かね……?>
 浜松誘拐の事後処理が続いていておそらく徹夜していたのだろう。やたらと眠気のこもった実動課長の声が届く。
「申し訳ありません、弥富更紗を誘拐されました」
<なッ、何だって……!? 一体、何があった!?>
「油断してましたわ……しかし、犯人の目星はついております。誘拐の目的は不明ですが、これより捜索に移りますわ」
<捜索……? 手掛かりがあるのか? 誘拐の場合、犯人からの連絡を待ってから動くのが定石だ。まずは実動課に戻ってこい>
「………………ッ、了解ですわ」
 今の津軽に分かっているのは、相手の背格好や人相くらい。目的や逃走経路が不明の現状、まずは実動課に帰還して、道路交通システムから監視・防犯カメラの映像を確認するのが先決だ。
(発見次第、公共の場で辱めてやりますわ…………必ずッ!)
 津軽はスーツに着替えながら、少々邪悪な面で歯を噛み鳴らした。そして、浜松の拉致で渾沌としている実動課・検査棟では──

「た、大変やッ! 浜やんに続き、さっちんまで誘拐されたらしいでッ!」
「な、なんと……!? 儂等のうかがい知れぬ所で、何かよからぬ謀り事が展開しているようじゃのう……」
「う〜〜ん……せめて、ネットにログイン出来ればめぼしい情報が得られるんでが」
 精密検査用のガラス水槽の中で、アバター化した出雲と土佐と郡山が渋い顔して向かい合っている。一方、水槽の外では、軍部の人間と電薬管理局の役員が現場検証を行っている真っ最中。セキュリティは正常に機能していたが、政府の直轄する情報機関に侵入されたのは事実……真っ赤な顔して怒鳴り散らす管理局の役員の前には、真っ青な顔して萎れている責任者の姿。数分後──こってりとしぼられたその“責任者”=宇野課長が、三匹の禁魚が遊泳する水槽の前にとぼとぼと歩み寄って来た。水槽にインカム・αを取り付け、自分にインカム・βを装着する。
「…………………………………………最悪だ」
 課長は口から魂がこぼれ落ちそうな声で一言呟いた。
「そのようじゃな」
 土佐が他人事のように言う。
「この国で、外国人による大規模な秘密工作が実行されただけでも大事件なのに、その対象が機密性の高い情報機関となれば、ヘタをすれば国際問題にも発展しかねん。このままでは私のクビはもちろん、管理局の役員までもが更迭されかねん……」
 課長はすっかり血の気が引いて、立ち尽くす死体になりかけている。
「で……ボク達は何をすれば?」
 スーツ姿の郡山がネクタイを絞め直しながら意味有りげに問う。
「さすがは禁魚……人間の機微というモノを必要以上に理解しているな」
 課長は自嘲気味に軽く鼻で笑い、水槽と繋がっている検査棟のサーバーを操作する。
「回線の制限を解除した。世界中のネット環境で泳げるぞ」
 課長が小声で囁く。禁魚にオリジナルP・D・Sを使用しているだけでも違法。今までは、禁魚から情報を引き出すという名目で管理局側にも黙認してもらっていたが、あくまでオフラインの状態でのみの許可。現在は──オンライン。もちろん、管理局の許可はない。
「ええンか? バレたらクビだけでは済まへンやろ?」
 マイクロビキニ姿でウエストのお肉をポヨンポヨンさせながら、出雲が一応心配してやる。
「私はこの件の事後処理や雑務で調査に加われん……が、ここを襲撃した連中の用意周到さや拉致の対象から察するに、これから先、何かとてつもなくマズイ事が起きるような気がしてならない……だから──」
「手の空いていない実動課長に代わって、儂等に事件の真相を突き止めろ……と?」
 作務衣姿の土佐が白髭を弄りつつ呟く。
「ああ、そうだ。弥富更紗の誘拐とも何だかの関連性があるとすれば、悔しいが『敵』はカナリ首尾良く事を進めている。おそらく、時間はあまり無いだろう」
「ふぅ〜〜、大変なコトになっちゃいましたね。これも全て『Mr.キャリコ』という人物が関係しているんでしょうか?」
そう言って郡山が宇野課長と目を合わせた。
「分からん……その辺りもオマエ達で調査してもらいたい。宜しく……頼む」
 彼は軽く頭を下げた。
「せやったら、早速注文があるンやけど。エージェントの人に連絡して欲しいンや」
「エージェント? ああ、津軽のことかね?」
「そうや。その人にな────」
 残された三匹の禁魚&実動課長の抗いが始まった。そして、同じ頃──

 キッ──!
 30分近く走行していただろうか、偽メイド……『ヤンデレコメット』が運転する原付が一軒の家の前で停まった。彼女はケータイを取り出してコールする。
<…………えらく早起きだな。何事だ?>
 中年男性の声だ。
「喜べッ、喜べッ、任務完了〜〜☆ 弥富更紗の誘拐にサクッと成功しちゃったもんねぇ〜〜♪」
<おッ、本当か!? よし、でかした! いいか、ここからが重要だ。こちらは現在、別件で手一杯だ。身柄を引き取りに行くまでおそらく数日かかる。それまでそっちで監禁しておけ。決して逃げられるなよッ>
「はい、はい、ダイジョ〜〜ブ。任せなさいって☆ じゃあねッ、『Mr.アルビノ』」
 そう笑顔で返事をし、彼女はケータイを切った。
 

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