小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[ワクワク♪ DT弥富の同棲生活(初日・午前中だよう)]

 どうも、弥富更紗です。最近、思うんです。オッパイは大きい小さいじゃなくて、“ダレについているか”……が問題ではなかろうかと。つまりですね、アンジェリーナさんみたいな御立派な爆乳も、色と艶の素敵な形の良いバストも、持ち主が一体、ダレなのかでその価値は全く違ってくるということです。え? 俺の言いたい事がよく分からない? ……俺、生まれて初めて女の子の部屋に居ます。ここに至るまでの過程にカナリの難はありましたが、一応、事実です。イイ匂いがします……香水? ヘアスプレー? JKの体臭……フヒヒ、サーセン。けどね、なんとも残念無念なコトに、相手は金属製の手錠を笑顔でブチッとかやっちゃうゴリラパワーを秘めていてね、俺は押し入れでの生活を余儀無くされているワケ。それに、彼女の話し方がどうにも生理的に受け付けられなくて……なんか、もう……最近の10代ってコワイ(泣)。
「…………………………………………どうするよ?」
 弥富がその部屋の中で立ち尽くしながら、一人でポツリと呟いた。おそらく、俺の蒸発に気づいた津軽さんが実動課に連絡し、大捜索が始まっているハズ…………そう思いたい。目撃者の証言とか、監視カメラの映像とかからこの場所を瞬く間に割り出し、どっかのバーローみたいにカッコ良く救ってくれるハズ…………そう思わせてよッ、ねえ、幸運の女神!

女神A:「真実はいつも一つ! …………もしくは二つぐらい!」

(ダメだ……不安で押し潰されそうだ)
 弥富はこの部屋の出入り口を直視する。ドアは外と内側のどちらからでも鍵をかけられるよう改造されており、現在は外から鍵がかけられている。窓はあるが、金属製の格子がはめこまれていて脱出は不可能。しかも、ここは二階。格子がなかったとしても、俺の更年期障害な足腰では着地と同時に何かがポキッといく。そう、ポキッと。
「よし、こうなれば……!」
 俺は窓をガラリッと開け、大きく息を吸い込んだ。何をするかというと……そう、大声で叫んで周囲の民家に助けを求めるのである。運動神経や肉体の強度はカスみたいな俺だが、近所のカラオケ屋でアニソンを熱唱して(一人で)鍛えた喉には自信ありだ。
「ダレか──ッ!?」
 ガチャ……
(や、ヤベッ……!!)
 解錠される音がして、弥富は大口を開いたまま硬直する。ドアノブが回り、ドアが開いたその先には──
「オ姉チャン、居る?」
「……………………え?」
 一人の少年が立っていた。12、3才くらいのちょっぴり痩せ気味な少年だ。
「あれッ…………居ないの?」
「あ、その……俺は、その〜〜……」
 予想外の来訪に弥富は対応に困っている。
「えッ……ダレ? お客さん?」
 少年の声がわずかにうわずっている。そして、何かから逃げるようにドアを半分だけ閉めて、隙間から顔を出す。
(………………ん?)
 弥富が妙な違和感を感じた。少年は両目のまぶたを閉じたままこちらの様子をうかがっているのだ。
「あ、あの〜〜……オ姉チャン、部屋に居ますか……?」
 オドオドした態度で聞いてくる。やはりそうだ。この少年……目が見えていない。
「こらッ、朱文(しゅぶん)!」
 少年の背後から声がして、彼はビクッと体を震わせ振り向いた。
「ダメでしょ、勝手に鍵を開けたら!」
「ご、ゴメンナサイ……ラジオの調子が悪くなっちゃって、直してもらおうと思って……」
「分かったわ。ラジオは後で修理しといてあげるから、自分の部屋に戻ってなさい。いい?」
 そう言って、彼女──ヤンデレコメットは少年から携帯式のラジオを受け取り……
 バタンッ!
 ドアを少々強めに閉めた。
「……………………見ちゃった?」
「イエス・高須クリニック」
 明らかにテンションがダウンしている彼女に対し、弥富は意味不明な返事をする。
「あァァァァァ〜〜、もォォォォォ〜〜! いきなりプライヴェート目撃されちゃったじゃん!」
 彼女は頭を抱えて何故か悔しがってる。先程までは例のミニスカメイド服だったが、今は紺のブレザーにネクタイをしめ、膝まで隠れるスカート。頭髪も黒に染め直してある。
「またコスプレかよ……」
 弥富が床の上にキチンと正座しながら面倒臭そうに呟く。
「違うわよッ。言ったでしょ? アタシは現役の女子高生なの。今は夏休みに入ってるけど部活があるワケ」
「な、なるほど……」
 毎日が日曜日な自堕落な生活を営む弥富にとって、『学校』や『学生』という単語は実に恐れ多く、芳しい。しかも、目の前には朝一番の生搾りなJKが一人。“恋愛ってナニ? それって食えるの?”……みたいな学生時代を過ごした日々。そんな彼に、神様がささやかな御褒美を与えてくださったのか? 脳内の造りは痛々しいが、よく見りゃ堀○由衣に似てて可愛いし……(ポッ)。
「うわッ、キモッ! ほっぺた赤くしながら物欲しそうな目で見ないでよッ!」
 ヤンデレコメットが思わずひるむ。弥富の表情はTVに映ったりしたらアウトなレベルにまで変形してた。
「あ、あのさぁ……」
「何よ?」
 急に弥富の顔色が悪くなり、モジモジし始める。
「トイレ……行きたい」
「はい、コレ使ってね」
 まるで彼の生理現象を予測していたかのように、ヤンデレコメットはズイッとバケツを一つ差し出した。
「………………マジですか?」
「イエス・高須クリニック★」
 ペロッと舌を出してスカートをヒラリッ。泌尿器の問題でそんな切り返しされても困るんだが……。
「トイレ済ましたらコレで手を拭いて。で、喉が乾いたらコレ飲んで。昼過ぎには帰ってくるから」
 そう言って差し出されるボトルタイプのウエットティッシュと、天然水のペットボトル。
「はあ……どうも、御親切に……」
 全く感謝する気にはなれない。誘拐された被害者なんだし。
「……………………」
「……………………」
 無言で見つめ合う二人。
「あの…………早速、このバケツを使いたいんだけど」
「いいわよ。どうぞ」
 大変申し訳なさそうに言う弥富に対し、ヤンデレコメットは全くの平常心。
「いや、どうぞじゃなくてだねえ……目の前に居られたら困るワケでねえ……画的にも法的にも」
「いいじゃん、しちゃいなよ♪」
 ああ、神様ッ──今こそマジで御救いください。オレ、ちょっぴり可愛いと思いかけてる女子高生の前で、排尿行為を強制させられようとしています。しかも、彼女はちょっぴり微笑んでいて、ナニか期待しているような口振りなんです。こんな時、迷える二十代はどうすればよいのでしょうかッ!?

神様A:「気をつけてッ、児ポ法(アグネス)が見ているよッ!」

 本日も弥富の荒んだ心は絶好調に電波を拾ってる。
「まずは出て行ってくれ。ハナシはそれからだ」
 尿意が危険値にまで達しているのか、さすがの弥富も真剣な眼差し。
「ええ〜〜……ねぇ、ちょこっとだけ★ ちょこっとだけでいいから、してるトコ見・せ・て★」
 …………………………コイツ、とんでもないポテンシャルを秘めてやがった。弥富もネットの数ある掲示板で、リア充カップルの男の方が彼女に“オシッコするところ見せてって頼む”なんてコメントをたまに目にしていたが、ここに逆バージョンがいます。コレは単なるイヤがらせか? それとも病的な性癖なのか? いずれにせよ、この状況下で泌尿器を露出させるワケにはいかない。
「お願いですッ、とっとと出てってください!」
 弥富はその場にビシッと土下座しちまった。男・25歳、排尿するため女子高生に頭を下げる。人生、何が起きるか分からんね。
「もうッ、分かったわよ。じゃ、大人しくしててちょうだいね」
 バタンッ──
 ヤンデレコメットは欲求不満気味に出て行った。
(…………………………津軽さん、なるべく早く助けてください。オレ、どうしようもなく危険を感じてます。特に下半身が)
 残された弥富はストレスの臭いがする溜息を吐き、周囲を観察し始めた。彼女の言う通りなら、後5、6時間は帰ってこないハズ。今のうちにこの部屋にある物でなんとか外と通信するか、物理的に脱出を試みるしかない。『Mr.アルビノ』などという不審人物に贈答される前に!

       ────────── 1時間後 ──────────
「ダメだ…………くそッ」
 デスクトップはパスワードが設定されていてメールは使えない。部屋に固定電話は無く、格子を破壊できそうな道具も無い。ドアは木製だが非常にブ厚く、鍵も丈夫な造りで出来ていて、何度体当たりしようとも不毛に終わりそうだ。つまり、進退きわまった。そんな時……
 ガチャ──
 解錠される音がしてドアが開く。
(──────ッ!)
 思わず弥富が身構える。
「あ、あの〜〜……入ってもいいですか……?」
 ドアを半開きにしてヒョコッと顔を出したのは、さっきの少年。やはり目は見えていないようで、顔を上下左右に動かしながらこちらの様子をうかがっている。
(よしッ、これぞ千載一遇のチャ〜〜ンス!!)
 この少年、JKを“オ姉チャン”と呼んでいた。おそらくは弟だろう。そして、どんな症状かは知らないが、この子は目が見えていない。強行突破するなら今をおいて他にはないッ!
(身体障害者を押しのけるのは気が引けるが……致し方な〜〜し!)
 意を決した弥富がドアに手をかけようとした。が──
「ラジオ…………直せますか? また音が悪くなっちゃって……」
 そう言って、おずおずと差し出される携帯型ラジオ。カナリ使いこまれていて、いたる所に細かい傷が入っている。
「えッ……あ、いや……お父さんかお母さんに直してもらった方が……いいよ」
 まさかの頼み事をされちゃって、ドアに触れた手がピタリと止まってしまった。
「ご、ゴメンナサイ……パパもママもいなくて、だから、その…………」
 完全に腰がひけている。
(まいったな、こりゃ……)
 この口ぶりからして、この家には自分とこの少年しかいないようだ。まさに脱出の好機なんだが、自分よりずっと年下の相手から、こうも怯えながら頼まれては良心の呵責ってヤツに耐えられない。
「ええっとォ〜〜……パパとママは御仕事かな?」
「ううん……違うんだ。どっかに行っちゃったんだ」
「…………どっかに行った?」
「オ姉チャンは“子供を残して蒸発するロクデナシなんか、早く忘れなさい”……って言うんだ」
(蒸発? 子供を捨てて家出しちまったって事か?)
 弥富、できるなら耳に入れてほしくない情報に苛まれ、ドアに触れていた手を仕方なく離した。

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