小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [人類の進化は羞恥心をポイッした瞬間、始まるよう]

 実動課・検査棟──昼前。
 軍部と電薬管理局本部の役員による現場検証が続く中、宇野課長にとっては更なる胃への負担となる原因が来訪する。
「これはこれは……『杜若(かきつばた)室長』」
 宇野は曇りそうになる表情になんとか愛想笑いを浮かべ、その男性を出迎えた。
「これはまた……ヒドイ有り様ですね。海外のダウンタウンならともかく、この国の……しかも、政府の直轄機関がこうもあっさり突貫されるとは」
 『杜若室長』と呼ばれた30代後半くらいのスーツの男は、慇懃無礼な態度で少し苦笑いを浮かべて言う。
「いやはや、面目次第もありません。敵はこちらの通信手段を全て無力化し、手早く警備を沈黙させ、対物ライフルか何かで隔壁を突破してきました。相手はカナリの訓練を積んだプロ……しかも、ここの構造を把握していたものと思われます」
「つまり、外部からここの情報にハッキングをされていた。あるいは、内部からリークした者がいる……そうなりますな」
「それについては調査中ですが、敵の正体はおそらく……」
 宇野が手近にあった端末を操作する。検査棟内の監視モニターは、機能を停止させられて記録は残っていなかった。が、宇野は実際に現場で強襲部隊と鉢合わせしている。数は5名……全員、覆面をしていて人相は確認できなかったが──
「『国家調査室』よりいただいた、不審人物5名の映像記録……プロフィールに目を通したところ、義手と義足を付けている者が一人。私が現場で対峙した5名の中に、明らかに通常動作がぎこちない者がいました。そして、覆面からわずかにブロンドの髪がはみ出していました。映像記録にある一人と確信します」
「……なるほど、我々の情報共有が役立ったというワケですな」
 杜若室長は少々皮肉のこもった声で呟いた。
 『国家調査室』──国内におけるテロ・暴動発生の予防、及び国外からの敵性因子侵入に対する防衛を主な任務とする、政府直轄機関の一つ。国内と国外で交わされる通信の傍受も行っており、今回、電薬管理局・実動課に元傭兵達の集結情報を伝えた。
「一応、こちらでも警戒はしておりましたが……まさか、こうも迅速に事に移るとは思いませんでしたので」
 宇野の胃袋がキリキリと痛む。
「ところで、課長……“彼女”は……その、先程から一体…………何を?」
 杜若室長がフロアの隅っこの方を指差して問う。
「………………………………(汗)」
 宇野課長、完全に返答に困っている。何故なら、室長が指差した先では、巨大な強化水槽をバックに一人の女性が踊っているから。とってもカラフルでフリルな衣装を身に纏い、クリスマス商戦で1980円くらいで売ってそうなオモチャのバトンを手にし、床に置かれた小さなラジカセから流れる愉快なアニソンにのってエキサイティング!! 彼女の名は津軽六鱗・26歳……悩ましげな腰つき&パンチラで、どうしても周囲からの視線が集まって仕方がない今日、この頃。
「彼女はその……一応、実動課のエージェントでして。現在、任務の真っ最中でありまして……(汗)」
「は?」
 室長が目を細めて訝る。そりゃそうだ。仮にも政府の役人が多く出入りする情報機関で、コスプレして愉快に踊るという行為が何の任務につながるというのか。それでは皆様、聴いていただきましょう……三匹の禁魚+糸ミミズ+超赤面中の津軽による『ギルティ5』の主題歌──

【失笑(スマイル)go go!】(プリ○ュア5のOP調で)
 作詞:回収屋
 作曲:ポチ

<わん、つー、すりー、ふぉー、ギルティィィィィふぁいぶ!>
           (中略)
<大きくなったけど 何にもなれなぁ〜〜い♪(職安・オッサン・いっぱい)>
<両手に履歴書 内定もらえなぁ〜〜い♪(氷河期・これが・現実ぅ〜〜)>
<社会から おっこちたナミダは ニートの 発生前兆だよ♪>
<めたもるふぉ〜〜ZE〜〜!(オワタ!)>
<他力本願 無収入ぅ〜〜♪(朝から晩までネット漬け) 潜むよ がんばる自宅警備員〜〜♪(両親今日も泣いている)>
<年金もらえぬ 未来へ あすも ひきこもる〜〜♪>
<ピンチから(オワタ!) 底辺へ(マジ、オワタ!) 惰性で変身♪(あるある……ねーよッ!)>
<ギルティ ギッ・ギッ・ギッ・ギュワ(\(^o^)/) 毎日 イエス、廃人!(\(^o^)/)>
<エロゲで ニヤッと笑って 失笑(世間の目が)go go!>
<わん、つー、すりー、ふぉー、ギルティィィィィふぁいぶ!>

「…………………………宇野課長」
「申し訳ありません。これも一応、任務の一環でして」
 課長、理不尽な思いで一杯なまま謝るしかなかった。周りで調査員達が真面目に勤労しているというのに、同じフロアで珍風景を展開しているのだから。しかも、専用インカムを付けていない者には禁魚達やポチの姿は見えていないワケで、津軽がただ一人、腰振ったり腕をブン回したりしてる……悪フザケに一生懸命な光景しか室長達の目には映ってないワケで……。
「うっしゃあッ! バッチリきまったでえッ!」
 片目を閉じて前かがみになり、胸元を強調したポーズをとる出雲――いや、ギルティ・バイオレットがヤル気充分な声を上げる。
「ボク……色んなモノを失いそうで怖いです」
「儂もじゃ……」
 どうしてもこのノリについてこれないでいる郡山と土佐――いや、ギルティ・チェリーとギルティ・アイリスが、顔面を引きつらせてポーズをとっている。
「おおォ〜〜、初めてにしてはサマになっているぞォ〜〜。オマエには天性の素質が備わっているとみたッ!」
「………………………………わ、わたくし、このような辱めを受けては……もう……(真っ赤)」
 仁王立ちでビシッと指差してくるポチと、顔から火が出かねないくらい恥ずかしがってる津軽――いや、ギルティ・ブロッサムと新ギルティ・ローズ。
 この五名に課せられた任務は、“Mr.キャリコの拘束”・“浜松と弥富更紗の捜索”、及び“大規模なサイバーテロの予防対策”──だ。そのため、彼等は広大なるネットの大海原へ泳ぎ出しているのであり、先程の歌とダンスがどう関係しているのかは不明。って言うか、とっても洗練された無駄な余興である可能性が9割5分だ。
「で、何か目新しい情報は拾えたか?」
 宇野が急かすように聞いてくる。
「ふむ……何者かは分からんが、大掛かりなサイバーテロを仕掛けようとしているヤツがおるようじゃ」
 土佐が真剣な声で呟く。
「Mr.キャリコがもう動いたのか!?」
「電子指紋を巧妙に削除してあって、仕掛けている張本人にはたどれませんでしたが、浜松さんを奪取したタイミングから察するに……おそらく」
 郡山が凜とした表情で言った。
「…………で、具体的にはどのようなテロかね?」
 インカム・βを装着し、禁魚達のアバターを知覚できるようになった杜若室長が、宇野課長の真横に立っていた。
「ぬぅ〜〜、部外者の立ち聞きは禁止だぞ〜〜! 仲間に入りたければ、人生における黒歴史エピソードを公開するべしぃ〜〜!」
 ポチ、絡む。
「…………コンビニ弁当で食中毒になり、2回ほど死にかけた。しかも、2回とも同じコンビニの弁当だった(作者の実体験)」
 室長、あさっての方向に視線をやりながら独り言のように答える。
「ご、合格だぞォ〜〜! オマエを仲間と認めよう〜〜!」
 涙目で室長の脚にヒシッと抱きつくポチ。
「大したハッカーやで……まるで、自分で組み上げた箱庭をいじるみたいに、セキュリティホールを巧みに突いてハッキングしとる。他人の制作したプログラムやスクリプトを興味本位で悪用する、“偽P・D・S友の会”みたいなスクリプトキディとは次元が違うわ」
 赤髪のツインテールを人差し指で弄びながら、出雲がムダに戦慄を催させる。『セキュリティホール』とは──ソフトウェアの欠陥(バグ、不具合、システム上の盲点)の一つで、本来操作できないハズの操作(権限の無いユーザが、権限を超えた操作をするなど)ができてしまったり、見えるべきでない情報が第三者に見えてしまうような不具合。このような欠陥は古くから存在したが、ネットの発展に伴い、ネットワークを介して容易に攻撃されるようになり、問題視されている。原因は、プログラムのコーディングミスや、システムの設定ミス、システム設計上の考慮不足など。セキュリティホールを生み出す背景には、ソフトウェア企業が成長を続けるため、アプリケーションのバージョンアップのたびに余計な機能を盛り込み、ソフトウェアを肥大化させる事が挙げられる。
「それで、ターゲットは何だ? この国のインフラを支える機関を攻撃するという情報が、先日からネットで氾濫しはじめている……もし、そうなれば、事は電薬管理局だけでは済まなくなる」
 宇野課長の胃袋がどうしようもなく痛む。
「ターゲットは『享輪コーポレーション』。ルーターに偽のNATテーブルが設定され、コードが書き換えられています」
 郡山がアゴに手をあてながら事実を伝えた。
「なッ────!? それは本当かッ!?」
「嘘ついてもうち等には何の得もあらへンしなあ」
「くッ……インフラへの攻撃予告は我々の目を誤魔化す陽動だったか……!」
 そう言いながら、宇野は早速ケータイで管理局本部に電話する。
「しかし、何故『享輪コーポレーション』が? 君達に心当たりはあるかね?」
 杜若室長が冷静な声で推測を促してくる。
「最終目的までは分からん。じゃが、これで浜松が誘拐された理由が判明したわい」
 土佐が被っていた目出し帽を脱ぎつつ言う。
「浜松? ああ、ここから強奪されたという禁魚の名か。しかし、禁魚一匹とどう関係するんだね?」
「浜やんが言っとったンや。自分は元は“深見素赤”っていう人間で、享輪コーポレーションに勤務しとったって。しかも、『オリジナルP・D・S』を設計・開発した張本人やって」
「んんッ? いや、ちょっと待ってくれ…………オリジナルP・D・Sが電薬管理局との契約に基づき、享輪コーポレーションで生み出された事は私も知っている。しかし、今の言い方だと……まるで、“開発者本人が禁魚になった”みたいに聞こえるんだが」
「ええ、そういう事になります。いわゆる、『生命のデジタル化』というヤツです」
 郡山の視線が鋭い。そこからは、先程までの悪フザケな空気は一切感じられない。
「はははッ、『生命のデジタル化』ときたか。要するに、人間の脳内で発生する電気信号を常にデジタル処理できる環境下に置き、対象者の人格・記憶・性質などをデジタル変換してネット内で再構築する……確かに理論は私も聞いた事があるし、近い将来、実現可能らしいが、公式にも非公式にも前例は無いよ。国家調査室の責任者である私が言うのだから間違いは無い」
 杜若は苦笑いを浮かべながら一蹴した。
「浜やんが言うには、オリジナルP・D・Sには『他の使い道』があるンやて」
「ほう……では、ペットのアバターとコミュニケーションをとるソフトを使い、人間の意識が魚類の脳内に入力された……そういうワケだ。なら、魚になってしまう前の体──つまり、“深見素赤の肉体”があるハズ。だが、どこの警察機関や情報機関からも、そんな名前の変死体が確認されたという話は聞いていない」
「室長……残念ながら、コイツ等の与太話がいよいよ現実味を帯び始めたようでして」
 ケータイで管理局本部と話を終えた宇野が、横から割って入る。
「……と、言うと?」
「つい先程、本部に『Mr.キャリコ』を名乗る男から電話があり、堂々と要求を突き付けてきたそうです。“深見素赤の肉体の移譲が速やかに行われなければ、無差別なサイバー攻撃に出る”──と」
「──────ッ!! 逆探知はッ!?」
「スクランブルのかかった電話からで、発信元は特定できなかったそうです」
「一体……何をしでかそうというんだ…………!?」
 ついに、国が一つ震撼しはじめた。

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