小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[ドキドキ♪ DT弥富の同棲生活(初日・午後だよう)]

「たっだいまあァ〜〜! 朱文、ラジオの調子は……ど…………おおッ!?」
 部屋のドアが開く。開けた本人は中の様子を目の当たりにして口を半開きにし、少々引きつった感じで硬直している。
「あ………………(汗)」
 マヌケな声をもらす弥富と、ネクタイを外そうとして止まってるヤンデレコメットの視線が――――絡む。
「うりゃあああああああああああああああああッッッ!!」
 ゴッ──!
「ぶべらッ!?」
 咄嗟に放たれた蹴りが、あぐらをかいて座っていた弥富の顔面にヒット。
「オ、オ姉チャン!?」
 すぐ傍で同じく座っていた少年が、いきなりのアクションに驚いて立ち上がる。
「ちょ〜〜〜〜っと、こっち来てちょうだいね、オ・兄・チャ・ン★」
 ドス黒い笑顔を浮かべたヤンデレコメットは、ダメージでクラクラしている弥富の襟首をつかみ、自室まで引きずっていく。
 ポイッ……
 無造作に監禁部屋へと戻された。
「10秒以内にアタシを納得させられる理由を述べよッ! い〜ち、にぃ〜、さ〜ん──」
「弟さん、失明してんのか?」
「…………だから何? 人並みに同情したいワケ?」
 彼女の口調から抑揚が消える。
「ラジオがまた調子悪くなったって……俺のところに来たから。でも、御両親はいないって言うし……まあ」
「うっわァァァァァァァ〜〜……目の見えない可哀想な少年をいたわって、荒んだ姉の心をサクッと救ったつもりィ? バーカ、バーカ、ぶわァァァァァ〜〜かッ! リアルはそんなに単純じゃないっての!」
 そう毒づきながら、彼女は着ていた学校の制服を荒っぽく脱ぎ始めた。
「あのなぁ……オマエの弟が外から鍵を開けた時点で、俺は外へ逃げられたんだ。せっかくのチャンスを無視して恩を売る意味なんかねえだろが」
 弥富が不満げな表情で呟く。ただし、目の前でJKの生着替えが始まっちゃったもんで、内心は微妙にドキ☆ドキ☆。
「じゃあ、何よ? 何か別の目的があって逃げなかったってワケ?」
「一つ聞いておきたいコトがある。どうして警察に捜索願いを出さないんだ?」
「…………ふぅ。朱文めッ、余計なコトを……」
「御両親が蒸発して1ヶ月も経つそうじゃねえかよ。普通は家族のダレかが消息不明になったら──」
「黙ってッ! よその家族はよその家族……アンタとは関係ない」
 バッ……
 そう言って上着を脱ぐ。少々汗で蒸れた若々しい体臭が弥富の鼻腔をくすぐった。
「それに…………アタシにはMr.アルビノがついてる。おかげで暮らしに不自由は無いし、学校生活も問題無く満喫できてる」
 普通の女子高生なら決して関わることのない、社会の水面下で蠢く力──それが彼女の本来あるべき正常な精神状態を壊していた。
「おいおい……やっぱそのMr.アルビノってヤツ、どうかしてるって。何かしら職に就いてる人間が1ヶ月も音沙汰無しなら、こっちから通報しなくても警察が動くハズだろ? ってコトはだな、そのMr.アルビノが情報を操作して──」
「うるさァァァァァァァァァァァァァい!!」
 ――バサッ!
 激昂するヤンデレコメットが、脱いだ上着を弥富めがけて叩きつけた。
「アタシも朱文もちゃんと生きてるッ! 学校は楽しいし、アタシが裏仕事をこなせば大金が振り込まれるッ! 親が消えたからって何よ…………気味の悪い心配なんかしないでよねッ!」
「じゃあ、弟さんの失明もアルビノってヤツが治してくれるのか?」
「ええ、そうよ。その予定……」
 彼女は語気を静め、スカートを外す。
「おッ……と、と、と…………(汗)」
 唐突に真っ白なショーツが視界に入ったもんで、免疫ゼロな弥富は不格好に顔をそむけた。
「弟はカナリ特殊な緑内障を患ってるの。本来なら、加齢や眼圧や遺伝が原因になるらしいんだけどさ、弟の場合は『偽P・D・S』が原因」
(なッ、何ィィィィィ〜〜!?)
 イヤな汗が弥富の背中を伝う。
「生まれつき症状があったワケじゃない。つい最近まで普通に目は見えてた。けど、アイツ……アタシに内緒で偽P・D・Sをインストールして、うちで飼ってる猫といつも会話してたの。中毒には個人差があるし、滅多なことじゃ脳に障害は起きないって聞いてたけど……ね」
 声が弱々しくなっていく。下着姿になった彼女はヘアゴムで髪を束ね、クローゼットの中からいつものメイド服を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 偽P・D・Sを常用している知り合いがいるけど、連中に肉体的なハンデを負ったヤツなんて一人もいなかったぞ」
 弥富が言う“知り合い”とは、『偽P・D・S友の会』のメンバー。確かにニートとして充分に心は病んでいるバカ集団だが、ヤバイ病気を患ったり、感覚器官の一部を損傷したりしている様子は無かった。
「Mr.アルビノが言うには遺伝子レベルの問題らしいのよね。よく分かんないけど、相性がとてつもなく悪かった。失明状態を回復させるには……ええっと……何とか細胞っていうのを使った手術が必要で、まだ実験段階の方法らしいのよね。けど……」
「言う通りに裏仕事をこなせば、手術が受けられるよう取り計らう……どこぞで必ず耳にする小悪党の常套文句だな」
 弥富が冷たく言い放った。
「否定はしない。けど、目の見えない息子を置き去りにして姿を消すような親より、アタシはよっぽど親切にしてくれてると思う。だから、彼が言う通りアンタを引き取りの時まで監禁する」
 ファサァァァ────
 ミニスカメイド服がヤンデレコメットのスレンダーな肉体を包み、柔軟剤のイイ香りを部屋の中に漂わせた。
「ところでさぁ……オマエの名前って『長洲(ながす)しるく』っていうの?」
「うん、そう────って、何で知って──!?」
 弥富の手には、彼女の学校カバンからはみ出ていたノートが一冊。名前の記入欄に太い丸文字で書かれた本名。
「せくしゃるはらすめんとォォォォォ〜〜〜〜!!」
 ゴッ……
 跳び膝蹴りが弥富のアゴに命中。女子高生の私物を汚い手で触るキモオタに、物理的な天罰が下りました。
「おぉ〜〜……うぅ〜〜……(泣)」
 痛みに悶える男・25歳。ヒットする瞬間、パンチラが拝めたのが唯一の救い。けど、弥富君……さっき、彼女の下着姿見たでしょうが。
(ち、違うんだッ……パンモロとパンチラでは基本的な価値が違うんだァァァァ!)
 心の中で叫ぶ獣・25歳。
「オ、オ姉チャン……居る?」
 部屋のドアが半開きになり、少年がオドオドした様子で声をかけてきた。
「どうしたの? まだラジオの調子が悪い?」
「ううん、ラジオはちゃんと直ったよ。だから、弥富さんに……その……ママが、人に親切にしてもらったら必ずお礼しなさいって言ってたから……ありがとうって」
 彼は少々気恥かしそうにそう言った。今日初めて会った相手への、精一杯のコミュニケーション。
「お礼ならオ姉チャンの方から言っといてあげる。キッチンに買ってきたお弁当があるから、食べといで」
「うん、そうする。ありがとう」
 少年は手すりにしがみつくようにして、ゆっくりと階段を下りて行った。
「…………だそうよ」
 ヤンデレコメット――いや、長洲が仰向きにブッ倒れてる弥富に言う。
「人から感謝されるのってものすごく久し振りな気がする。やっぱ……悪い気はしないよな」
 弥富は見知らぬ天井を何気なく見つめながら、独り言のように呟いた。
 ブゥゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥゥン──
 学校カバンの中からケータイのバイブ音が聞こえてきた。
「はいは〜〜い♪ もしも〜〜し♪」
 長洲はヒラリとミニスカをひるがえしながら、カバンからケータイを取り出した。
<私だ。弥富更紗の様子はどうだ?>
「なぁ〜〜によ、Mr.の方から電話してくるなんて珍しい」
<オマエは攻めには長けているが、繊細で忍耐を必要とする仕事には向いていないからな>
「ちょっと、ちょっと! 心配ないってば。この家からは一歩も出さない。外部に連絡されないよう、ちゃんと手はうってあるし」
<…………いいだろう。“報酬”は明日の午前中に届くよう手配してある。貴様が“報酬”をどう使うのかは知らんが、決して偽P・D・Sとリンクさせるな。専用のフィルター無しで一般回線からログインすれば、たちまち電薬管理局のネット監視網に引っかかる>
「だいじょ〜〜ぶ☆ そんなヘマしないからさ♪ ところでさぁ……うちの弟の目の件なんだけどさぁ……」
 バタンッ──
 彼女は弥富の方に一瞥をくれてから部屋を出てドアを閉めた。
<それは前にも言ったハズだ。ES細胞を使った再生医療はまだ実験段階。臨床試験が行えるようになるには、多額の資金が必要となる>
「なら、ヤバイ仕事は全部アタシにまわしてよ。稼ぎたいの」
 長洲の声から真剣さが伝わってくる。
<ま……弟の病気を治そうとする殊勝な心がけはよしとするが、あまり自分の膂力を過信しない方がいいぞ>
「悪党が人並みに説教するワケ? バカみたい……」
<バカで結構。今の社会には、まともな頭の持ち主ではこなせぬ仕事が多いからな>
「ところでさぁ…………あ、あの〜〜……」
<何だ?>
「ん〜〜……ううん、いいや。やっぱ何でもない」
<蒸発した両親の件なら、まだ特に新しい情報は入っていない>
 Mr.アルビノは突き放すように答えた。
「あ…………そ、そう。うん、分かった……弟に伝えとく」
 長洲がケータイを切った。その顔にはあからさまに影が差していた。そして、部屋の中では──
(もしかしてさあ……大きい方もコレでしろってのか? いや、待てッ、肝心の紙が無いしッ!)
 長洲からトイレ用として渡されていたバケツを見つめ、弥富はどうでもいい葛藤の真っ最中だった。
 バタンッ!
 長洲が部屋に戻ってきて、バケツと見つめ合ってる弥富の姿を直視する。
「条件があるわッ!」
「……………………は?」
 いきなりビシッと指で差してきたもんだから、弥富の顔面が完全にホワッツだ。
「器の大きいアタシからのサービス★ 今後、Mr.アルビノがアンタの身柄を引き取りに来るまでの間、特別に家の中全ての移動と使用を許可したげるぅ〜〜♪」
「マジで?」
 どうやらバケツにまたがるという奇行は回避できたようだ。
「ただしッ────────────────────お金貸して」
「────────────────────は?」
 弥富の口が腹話術の人形みたいにパカッと開いた。そう、パカッと……。

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