小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[人質になった際は自己責任で宜しく頼むよう]

 こんちゃ〜〜っス! うちの名前は出雲いいます、よろしゅう♪ 見た目は水着姿のグラビアアイドル風(自称)やけど、本性は禁魚っちゅう魚類なンや。チャームポイントは赤髪のツインテールと、安産型のヒップ☆ スリーサイズは上から96・(わァ〜〜お!)・90のムッチリ系。うち等禁魚は今、世間一般のしがらみのせいで、とっても偉い御役人さんに見張られながらネットの海を泳いでるンや。『Mr.キャリコ』っちゅうアホが電薬管理局を脅迫するっていう事態に陥り、そのやんちゃをなんとか阻止すべく、試行錯誤を繰り返してる真っ最中。敵さんはうち等と同じ禁魚である浜やんの肉体――つまり、仮死状態で保存されとるらしい深見素赤の身体を要求。国家調査室の責任者まで同席しとって、面倒なハナシになってきとる。それにしても、誘拐されたうち等の飼い主であるさっちんは無事やろか……?

「こんなバカげた話があってたまるかッ! 引きこもりのハッカーごときに政府の直轄機関が脅迫されるなど……宇野課長ッ、この件に関する一切の情報が外部に漏れぬよう、周知徹底を図ってくださいッ!」
 国家調査室の杜若室長が声を荒げる。
「ご心配なく。ファイアーウォールは正常ですし、ハッキングがあれば禁魚共がいち早く察知するでしょう」
 課長が冷静な口調で返答した。
「課長……管理局側はどう動くつもりでしょうか?」
 ついさっきまで着ていた派手な魔女っ娘衣装を脱ぎ、いつものスーツに着替え終わったエージェント・津軽が神妙な顔つきで課長の傍らに立つ。
「イカレたハッカー達のハッキングや姑息な脅迫はいつもの事だが、今回はレベルが違う……ついに『偽P・D・S』の生みの親が登場だ。当然、脅迫に応えるつもりも交渉の余地も無い。早急に居所を突き止め、逮捕するまでだ」
「しかし、そのためには……」
「そう、手掛かりが必要だ。脅迫の電話はスクランブルがかかっていて、逆探知による居所の絞り込みは不可能だった。なんとかネット回線でこちらにつないでくれれば、禁魚共が泳いでいき確実に根城を割り出す」
「それにしても、本当に管理局は深見素赤の身体を保管しているのでしょうか? いくらオリジナルP・D・Sを開発した本人のモノとはいえ、仮死状態にした民間人の身体を保管するという事は、機密保持のため本人に関する社会的情報や戸籍データを改ざん、あるいは偽の情報を造り上げて生きているように見せなければなりませんわ。政府の直轄機関が一個人に施す域を逸脱してますわよ」
「インフラへのサイバー攻撃を臭わせる陽動までネットに流していた以上、先方は遊びではない。本気の要求だ。あまり考えたくはないが……管理局と享輪コーポレーションとの間に何かしらの秘密協定が結ばれていたか、あるいは深見個人と……」
「一応、局長に問い合わせた方が宜しいのでは? 今後の管理局の出方次第でわたくし達の対応も変わりますわよ」
「……そうだな。では──」
 と、宇野課長がケータイを取り出し、コールしようとしたその時、検査棟の全ての端末が何かを受信してモニターにソレを映し出した。
「──────ッ、杜若室長! 見てください!」
 宇野が手近のモニターを凝視しながら声を上げる。
「何だねッ? 一体、な……に、が…………!?」
 杜若室長が立ったまま固まった。モニターに映るのは、薄暗い部屋の中で悠然と佇む見知らぬ男と、その側で両手を縛られ、猿轡をかまされて正座させられている60歳前後くらいの老人だ。
<やあ、諸君。初めてこの不細工な顔を見せたワケだが……今の気分はどうだい? 絶好調に浮足立っているかい?>
 その見知らぬ男はそう言って、テーブルの上の懐中電灯で隣の老人の顔を照らし出した。
「なッ────、局長ッ!? そんなバカなッ!?」
 宇野課長の顔色が変わる。
「…………なるほど。と、いうことは……オマエが例の『Mr.キャリコ』というハッカーだな?」
 杜若が威圧するような顔をモニターにグッと近づけた。
<“ハッカー”? アハッ♪ そんな陳腐な呼び方はよしてくれ。この場はもっと真に迫った感じで“テロリスト”と呼んでくれ。その方が愉快で気分が良い>
 彼――Mr.キャリコは完全に主導権を握った様子で、余裕の笑みを浮かべている。
「では、テロリストのカス野郎に一つ質問だ。その男性をどうやって拉致したかは大体察しがつくが、本物の電薬管理局・局長であると証明できるかね?」
 杜若が目を細めて探りを入れる。
<アハハハッ♪ 簡単なコトさ〜〜。管理局に電話して直接聞いてみればいい>
「宇野課長ッ」
「少々お待ちを」
 冷や汗で額を濡らしながら宇野が管理局にコールする。
<ふむふむ、隅の方に大きな水槽が見えるねえ。やはり、禁魚の手を借りて享輪コーポレーションがおかれている状況を把握したようだね。よし、よ〜〜し。思ってたより利口で融通がきく。安心した>
「ああ、そのまましばらく安心していたまえ。発見され、拘束された時の驚愕する顔が拝みたいからね」
 杜若がネクタイを緩めながら挑発する。
<いやいや、申し訳ないがその望みは叶わないよ。私の仲間が安全なネット環境を確保するため、攻性フィルターを展開しているからね。禁魚達が無理に突破しよとすれば、そちらのサーバーがダウンしちゃうよ、アハハ〜〜ン♪>
 Mr.キャリコは絶対の自信をもって通信してきたのだろう……余裕の態度を崩す様子は全く無い。
「室長…………悲報です。管理局によると、しばらく前から局長との連絡が取れなくなっているとの事です……」
 ケータイを手にした宇野が杜若の傍で囁くように言った。
「そんな………! いや、信じられん……!」
 室長の喉がゴクリと鳴った。
<そうかあ〜〜、未だに信じられないかあ〜〜。なら、この加齢臭が気になるオッサンからケータイを取り出して…………っと。電源を入れて……さあ、コールしてみたまえ。実動課の責任者なら番号は知っているだろう?>
 Mr.キャリコは人質のスーツの内ポケットからケータイを取り出し、テーブルの上に置いて悪戯な笑みを浮かべる。
「…………ッ」
 宇野は不愉快そうに口元を歪めつつ、登録してある局長の番号にコールした。すると──

<スカート、ひらりひるがえし〜〜♪ 走りたくなる時がある〜〜♪>

 テーブルの上のケータイから流れる着うた。
「このクソ野郎がッ!!」
 激昂した杜若が端末のモニターを両手で挟んで声を荒げた。
<アハハハッ♪ これはまた。男性機能が裏切りだす年頃でしょうに、イイ趣味をされてますねえ!>
 Mr.キャリコが手を叩いて爆笑している。
(最悪ですわね…………!)
 このやり取りを静観していた津軽が戦慄を感じ、両手にジワリと汗を滲ませる。電薬管理局は国内、及び国外からのサイバーテロやハッキング行為を監視し、違法行為が発見され次第、該当者逮捕のため警察機関へ通報する任を受け持つ。場合によっては、軍部の兵員を動かす権限を行使できるのだ。つまり、ネット社会に正常な秩序を固定する最強の砦……その砦が今まさに揺るがされている。万が一、このライブ映像が外部に流れたら、世界中のハッカーやテロリスト達がこう考える────“最強の砦が瓦解した。ヤルなら今だ!”────と。
 スッ……
 津軽はインカム・βを装着し直して水槽に歩み寄る。
「ピンチをチャンスに変えるには今しかありませんわ。頼みますわよッ」
 水槽の前に一列に並んだ禁魚達&糸ミミズのアバター。
「アホの居所を突き止めるンやろ? 任しいや☆」
「ボク等が本当の意味で社会に貢献できるんですね。なんか嬉しいです!」
「上手くいけば、御主人の捕らわれている場所も分かるかもしれんしのう」
「おおォ〜〜、ついに事件の核心へ突っ込むワケだぞ〜〜! ハードルは高い……が、ハードルは高ければ高いほどくぐりやすくなるんだぞッ!」
 くぐるんじゃねえよ。
「じゃが、アノ男が言う通り攻性フィルターが展開しているとなると、実動課のサーバーがダウンする可能性は高い。管理局ほどではないにしろ、ココもハッカー共から常に狙われとるハズじゃ。サーバーの再起動時を利用して侵入ルートを特定されかねんぞ」
 土佐が津軽を睥睨しつつ言及する。
「構いません。全ての元凶である偽P・D・Sの『親』が手の届く所に現れた。この機を逃すくらいなら、喜んでトカゲの尻尾となりましょう」
 津軽が尋常ならざる執念を垣間見せた。
「勝手に実動課の方針を決めるんじゃない。責任者は私だ」
 津軽の肩に宇野の手がポンッと置かれる。
「で…………どうしますか?」
 郡山が何かを期待するような視線を送った。
「しくじれば実動課は間違いなく責任を問われて閉鎖される……だが、首尾良くMr.キャリコを逮捕できれば、国内に潜む有象無象のハッカー共を一斉検挙できる。一応、聞いておく。成功確率はどのくらいだ?」
「………………神のみぞ知る」
 土佐が天を仰ぎながらポツリと呟く。
「結構、充分だッ」
 宇野の口から発せられるゴー・サイン。水槽の中の禁魚達が勢い良く遊泳しはじめ、糸ミミズも懸命にウネウネしている。
「課長、一つ疑問が残るのですが……何故、敵勢力は弥富殿を拉致したのでしょう? 特に取り引きの要求はございませんし、彼が何か役立つとも思えませんわ」
 さりげなくヒドイ。
「確かに懸念材料ではあるが、このミッションが成功すれば全て片付く。彼の存在は今のところ記憶から消して、目の前の事象に集中しろ」
「了解ですわ」
 やっぱりヒドイ。


「────さて、ネットの世界平和を守る連中へ宣言はした。まずはどう出るかな?」
 薄暗い部屋の中でMr.キャリコは両手を組み、肘をテーブルについて横目で捕らわれの無様な局長を睨んだ。
「んぐぅぅぅぅ────! むぐッ、むぐぅぅぅぅ────!」
 猿轡をされたままで何を言っているかは分からないが、局長は御怒りのようすで油っこい顔面を真っ赤にしている。
「はいはい、負けた負けたッ! 降参しま〜〜す!」
 部屋の隅に立つ浜松が、両手をブラブラさせながらMr.キャリコの方に歩み寄ってきた。
「…………降参? 何がだい?」
「保管されているあたしの身体(バックアップ)が欲しいんでしょ? ここまで本気見せられたら、こっちも応えないとね」
 そう言って、床に座らされている局長を見下ろした。

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