小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [ドキドキ♪ DT弥富の同棲生活(初日・夕方だよう)]

 おい〜〜っス。自他共に認める国際的アイドル・ポチだぞォ〜〜♪ 見た目は子供、頭脳は大人に成り損ねの糸ミミズなのだァ〜〜! フリル付きのワンピースに麦藁帽子、手には時々大きなハサミとか装備してる。三白眼がとってもキュートだって近所のガキ共が空き缶を投げつけながら噂する、そんな今日この頃──ポチ達の飼い主である弥富更紗がダイナミックに拉致されちまって行方不明。マスコミの攻撃に怯える不様な大人達と協力し、事の元凶である『Mr.キャリコ』ってヤツをとっつかまえるのに奔走中ッ! 首尾良く拘束できたあかつきには、ラフレシアの花の隣でカレーを食わせるという拷問を執行予定だぞッ。で、更紗の居所をついでにサクッと吐かせちゃうんだぞォ〜〜! ……にしても、拉致った張本人はカナリの危険人物と聞いてる……もしやッ、ニート野郎・25歳の貞操の危機が迫っているのでは────!?

(マジかよ…………俺、人生初の貞操の危機にさらされてないか…………?)
 弥富更紗が引きつった表情で固まっている。夕暮れ時――真夏の太陽はまだ元気なため、外は充分明るい。近所からはプールや海から帰ってきた子供達の喧騒が聞こえ、出迎える両親等の朗らかな声も。で、俺は──

 カポ〜〜〜〜ン♪

 ────湯船に浸かっていた。そう、ここは風呂場である。入浴中なのである。この家の長女であるヤンデレコメット――『長洲しるく』の命令。「うわッ、汗臭ッ! 風呂入りなさいよ、風呂ッ!」……いや、部屋のエアコンが壊れてたのは俺のせいじゃねえし。まあ、人質ではあるが、人並みの自由を与えてくれたコトには感謝している。ただ、差し迫った問題がある。それは──
「…………あのさあ、どういうつもりか…………な?」
 湯船の中で両脚を折り曲げて浸かっている俺は、横目でその相手に問いかけてみた。
「どうもこうも、“監視”よ。忘れたの? アンタは大事な捕虜。ここは外から鍵がかけられないから、こうやって直に見張ってるワケ」
 洗い場に立って事も無しげに言う長洲しるく。しかも、学校指定の紺色のスク水を着用……事情を知らない人間から見れば、完全にイメクラの営業時間中だ。
「さ、左様で……」
 言い返せない。一応、人様の家で入浴させてもらってる身。文句はよそう。そして、なるべく彼女を視界に入れないようにしよう。JKのリアルなスク水姿は、免疫の欠片も無い弥富にとっては壊滅的パワーを持つ。ヘタをすれば、下半身が制御不能になりかねない。鎮まれッ、俺の余計な血液! 鎮まれッ、俺の海綿体!
「あ、あの〜〜……湯船から出て頭を洗いたいんだが」
「ん? ええ、いいわよ」
 そう言ってシャワーチェアーを差し出してきた。
「…………い、いや……そうじゃなくて、湯船から出たいから出て行って欲しいんだが」
 弥富、彼女の顔をどうしても直視できない。
「何でよ?」
「………………おい」
「はいはい、タオル使えばいいでしょうが」
 そう言われて手渡される一枚の白いタオル。
(ちっくしょう〜〜……最近のJKってこうなの!? これが平均値なの!? 実家の父と母よ……俺、金も度胸も無いから風俗は一度も行ったことないけど、本日、ヤバイ病気をもらっちゃいそうです)
「ケンコウホケンカニュウシトケヨ、ドウテイヤロウ」
 耳元で実家のオウムが囁いてくる。
 サパッ──
 弥富は湯船の中でタオルをしっかりと装備し、なるべく長洲の方に前面を向けないようにして立ち上がる。
「あのさぁ……せめて後ろを向いておくっていう心配りは無いワケ?」
「うん、無いワケ★」
 ちょっぴり楽しそうに返答されちゃった。
 シャアアアアアァァァァァァァ──────
 シャワーから勢いよくお湯を出し、弥富は自分の頭を濡らした。
(俺が誘拐されてもう半日経つワケだが…………津軽さん、本当に助けてくれるんだろうか?)
 彼はシャンプーで頭皮をガシガシやりながら考える。一応、人並みの生活は許可されたみたいだが、このままこの家にいれば、いずれは『Mr.アルビノ』っていう不審者が迎えに来てしまう。そうなったら、俺が実動課に救出される可能性は更に低くなってしまうだろう。今、この時……俺が外部に何かしらの信号を送って、津軽さんを導かねばならないのでは?
 ジャバジャバッ! ジャバジャバッ!
 シャンプーを洗い落とし、次はコンディショナーでガシガシ。
「ところで、さっきのハナシなんだけどさぁ……」
「ハナシ?」
 背後から長洲が神妙な口調で呼びかけてきた。
「お金の件」
「はい、却下」
 弥富、即答。斬り捨て御免だ。
「ちょ、ちょっと! 少しは聞いてくれてもいいじゃん!」
「あのなあ……俺、ニート。職無し、友無し、実家からの兵糧も先月から断たれた甲斐性無し。そんなヤツに金銭をせがむんじゃねえよ」
 バシャバシャッ! バシャバシャッ!
 毅然とした物言いで断りながら、コンディショナーを洗い落とす。
「ふっふ〜〜ん♪ アタシ知ってんだからねッ☆」
「…………何を?」
 不吉な予感がする。根拠は特に無いが、弥富の役に立ったためしのない第六感がそう告げている。
「『友人』はいなくても、少し変わった『知り合い』が数人いるハズでしょ?」
「………………(汗)」
 長洲のその言葉によって、弥富の脳内に出現してしまう黒いスーツ姿の珍人物共──そう、『偽P・D・S友の会』の連中だ。
「少しずつでいいからさぁ〜〜、人生に当惑する可憐な女子高生に寄付してくんないかなぁ〜〜♪」
 むにッ★
(────────おふッ!?)
 弥富の背中に不意に押しあてられる二つの膨らみ。人生初の感触ではあったが、背中に軽くのしかかってくる長洲の体勢から、感触の対象はすぐに理解できた。こりゃ〜〜イカン! 実にけしからんよォ〜〜! じ、実に…………じ……。弥富の脳内が瞬時にしてホワイト・アウトする。
「ねえ、聞こえてる?」
「……………………ッ、フヒヒwww……じゃなくて、ああ……聞こえてる」
 危うく何か得体のしれないモノに引きずり込まれる寸前だった。ネットのネタとしては当たり前に目にしていたが、JKの攻撃力……恐るべしッ! 甘えた声で肉体を武器にしてくるJKのパワーは、ナウ○カの巨神兵にも匹敵する。

女神A:「コイツ、腐ってやがる。早すぎたんだ……」

 案の定、いつもの幻聴がしているし。
「イイ歳した成人男性やらオバサンが集まって、働きもせずに偽P・D・Sで一日中グダグダやってんでしょ? しかも、実家で。ということは、家はちょっとした金持ちで金銭的に余裕がある可能性が高い。そう思うワ・ケ・よ♪」
「ま、まあ、そうかもしれんが。俺はつい先日連中とは知り合ったばかりだし、それに、向こうから一方的に接触してきただけで、連中の人となりを知ってるワケじゃないし」
 ペチャ、ペチャ──
(うおおおおおおおォォォォォ〜〜! 背中を手がッ、ボディソープでヌルヌルになった手が這っとるぅぅぅぅぅ────!)
 ヤバイ! 完全になんちゃってソープだ。しかも、気持ちイイ……否、良過ぎるッ★ 
「でも、向こうはアンタに友好的なんでしょ? なら、ちょっと頼んでみてよ。どうせ親の金をムダに浪費するくらいなら、もっと人のためになる使い道をアタシが教えてあ・げ・る♪」
 ヌルヌルッ〜〜、ヌチャヌチャ──
 背中から脇腹を滑りながら通過し、今度は胸元をまさぐるように手が這う。コイツ、上級者だ。
「ちょ、ちょ、ちょ、もういいって! 自分でやるからッ!」
 湯の熱以外ですっかり顔が真っ赤になった弥富が、シャワーチェアーから思わず立ち上がろうとしたが──
(あ………………しまった)
 断念。ここでクイズの時間。正解された方にはハワイ・サイパン7日間の旅をプレゼント。
 【問題】=弥富はどうして立ち上がれなくなったのでしょうか?
 それでは皆さん、お答えください。
女神A:「はいッ」
 それでは、今日も満面の笑顔で他人の人生に余計な味付けをする女神さん、正解をどうぞ。
女神A:「立ち上がろうとしたが、別のモノが先に勃っていたから★」
 正解ッ。
「そもそも、そんなに金の無心なんかしてどうすんだよ? これだけ立派な一軒家に住んでるなら、多少の蓄えがあるだろ?」
「無理。両親の口座はダレかに凍結されてて使い物にならないの。だから、お金はアタシの裏仕事での稼ぎ次第。確かに仕事一件分の稼ぎは大きいけど……それでも足りないのよ」
 長洲の声のトーンが微妙に落ちた。その様子に、弥富は自然と彼女の機微を読みとった。
「………………要するに、手術にかかる金か?」
「………………そうよ。アタシにはもう朱文しか家族はいない。だから、せめて……アノ子に不自由をさせたくはないのッ」
 弥富に人の言葉の真偽を精査する才能など無い。だが、今の彼女が口にする言葉に嘘は無い……そう思いたい。だから──
「はいはい、分かったよ。一応、コンタクトをとってやる。けど、あんまり期待はすんなよ。イカレた連中という点ではオマエの雇い主と変わらないからな」
「ん…………ありがと、ね」
 長洲は急にしおらしくなり、弥富の背中に頬をあてて静かに呟いた。
「え〜〜っとだなぁ……まずは俺のケータイと、連中からもらった冊子が必要なんだが、どっちもアパートに置いたっきりだな。朝一でオマエに拉致られたから」
「じゃあ、後でアタシが取りに行く。その間、朱文と遊んであげてて」
「ああ、引き受けたよ。ここ数日で他人の面倒見るのに慣れたしな」
 空気が──────変わった。

 ──── よ〜〜く考えて選んだモノならぁ、たとえ予定外の結末に至ったとしてもぉ、悔いは無いと思いますぅ ────

 弥富の脳裏に、以前、アンジェリーナから言われた言葉が浮かび上がってきた。
(そうだよな。俺は善い事をしている……間違ってないよな)
 自分から望んだ現状ではなかったが、結果として俺は人とのコミュニケーションってヤツに触れられた。イイ歳したバカな大人が少し成長したような感じがした。

女神A:「ええぇぇぇ〜〜! 飛行機はエコノミーなのぉぉぉ〜〜! 機内食マズそうでヤダぁぁぁ〜〜!」

 電波に乗ってやって来る幻聴はいつも通りだが……。

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