小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [100の努力をしたけれど、1の僥倖に負けたよう]

 皆様、おはようございます。昨今の日常を非日常に変えている禁魚の一匹、郡山です。リクルートスーツが良く似合う好青年、和金のオスです。ここ最近思うのですが、ボクは最初の方から出演しているのに、何故か出番が極端に少なくてキャラが薄いような気がしてならないんです。これは単なる思いすごしでしょうか? それとも、作者の綿密なる意図でしょうか? “存在感が無い”っていうのは特徴になるのでしょうか……ボク…………鬱が……って、今はそんな事を云々している場合じゃありませんッ! ついに一連の事件の首謀者である『Mr.キャリコ』が姿を現し、実動課に直接回線をつないで接触してきたのです。今まで電薬管理局の捜査網をすり抜けてきたMr.キャリコ……非常に用心深く、したたかな敵ではありますが、今回はまさに千載一遇のチャンスです。ボク達は懸命にネットの海を泳ぎ、回線という釣り糸をたぐって、その先に展開されているであろう強固で危険な攻性フィルターを────────────あれ?

「発信元を特定ッ! IPアドレスを検索中ッ!」
 作戦開始から5分――検査棟の分析官が端末を操作しながら声を上げた。
「…………………………何?」
 宇野課長の口からマヌケで拍子抜けな声が漏れる。最悪のパターンとして、実動課のメインサーバーがダウンし、世界中からのハッキングを防衛しているファイアウォールが無効になるのを恐れていたのだが、突破した? こうも容易く?
「こちらのシステムに何か異常は生じているか?」
「いえ、正常です。全ての機能、オールグリーンです」
「妙ですわね……」
 分析官が操作する端末のモニターをのぞきながら、津軽が訝る。彼女は水槽の方に一瞥をくれるが、禁魚や糸ミミズにも変異は見られない。優雅に泳いでいるだけだ。
「IPアドレス判明ッ、住所は………………ッ!?」
「どうした?」
 不動産リストとの照合を終えた分析官の手がキーボードの上でピタリと止まり、一瞬、息を呑んだ。
「この住所は…………バカなッ、弥富更紗のアパートです!!」
「──────────なッ!?」
 フロアに緊張がはしる。課長が杜若室長と目を合わせた。
「こちら国家調査室長・杜若。緊急出動を要請。屋内制圧部隊一個小隊を編成した後、これから送信する情報を元に作戦を開始せよッ! これは訓練ではないッ、繰り返す……これは訓練ではないッ!」
 ケータイで軍部に連絡しながら端末を操作する。ついに────始まった。
「課長、わたくし────」
「みなまで言うな。行ってこい」
「──────承知!」
 エージェント・津軽は水槽から糸ミミズをすくい出し、ビニールの袋に入れる。そして、自分のクラッチバッグをつかみ取り、彼女はポニーテールの黒髪を翻して走り抜けていった。


「急にどうしたんだね? 素直に君の肉体(バックアップ)を引き渡してくれるのはいいが、どういう心境の変化だい?」
 実動課への宣戦布告を済ませたMr.キャリコが訝りながら問う。
「このオッサンの身に何かあったら、あたしのバックアップもただじゃ済まないってコト」
 バニーガールのコスプレした浜松のアバターが、床に座らされている局長のハゲ散らかった頭を指差している。
「んんんッ────!! んんッ、ん──ッ、ん────ッ!!」
 顔面を脂汗でテカテカにさせながら、猿轡を噛まされたままの局長が何かを訴えかけている。
「はいはい、今外してあげますから。あまり激昂すると脳血管がブチ切れますよ。アハハッ♪」
 そう言って苦笑するMr.キャリコが局長の猿轡を外してやった。
「深見ッ! 貴様ァァァァァ……よくも裏切ってくれたなッ!」
 開口一番、浜松にかみついてきた。
「裏切るぅ? あたしは単に“実地訓練”をしてるだけ。契約は守るっての」
「黙れッ! 勝手に禁魚の中に逃げ込みおって……享輪コーポレーションから突然姿を消したと聞かされ、私は今日までストレスで押し潰されそうになっていたッ!」
「へえへえ、イラついてるねえ。デリヘルでも呼んで溜まったストレスをヌイてもらえばぁ?」
 浜松はまともに耳を貸そうとはしない。
「ちょいちょいちょい、ちょっと待ってくれ。そちらサイドで勝手にハナシを進められては困る。まずは…………そう、“契約”とは何の事だい?」
 Mr.キャリコが浜松と視線を合わせて質問した。
「局長、しゃべっちゃってもイイよね?」
「フザケるなッ! 断じてならんッ! 契約内容を忘れたのかッ!?」
<うるさい高齢者だクマ〜〜。拙者も浜松のハナシに興味津津だから、再度口を塞いでもらうんだベア〜〜>
 プー左衛門がモニターの中でプラカードを掲げてて、「ヤっちまいな★」って書かれているし。
「仕方ありませんね。では、もうしばらく御静かに──」
 そう言いながらMr.キャリコは猿轡を手にして歩み寄ったが、局長は彼をキッと睨みつけて……
「待てッ…………よし、分かった。どうせこの裏切り者が話してしまうのなら、私から話そう。あること無いこと誇張されてはたまらんからな」
「アハッ♪ さすがは全ハッカーの宿敵・電薬管理局長。潔し」
 Mr.キャリコは納得した様子で椅子に座り直し、テーブルの上に両肘をついて両手を組んだ。
「数年前……管理局は動物の脳髄を使った有機コンピューターの開発に着手していた。世界規模で発生するサイバーテロや、有象無象のハッカー共によるハッキングへの完璧な対抗手段としてだ。ソフトメーカーや警察機関が新しい防衛システムを開発すれば、ハッカーはそれを突破するウイルスやスパイウェアをすぐに造り出す。システムの強化と更新はハッカー共を刺激し、すぐに新しい突破手段が開発される。まさに堂々巡り……だから、次世代のシステムが必要だった。レジストリを決して解析されず、不正な侵入を感知すれば相手のネット環境を著しく破壊できるシステムがな」
「ま、いくつかのウワサは耳にしてましたが、局長御自身から聞かされると重みが違いますね。それにしても……どうして動物の脳髄を?」
「もちろん、人間の脳髄を使用する案が先に挙げられた。だが、シミュレーションの結果……システムの中枢を担う役目には適さないと判断された。人類の脳みそは複雑に進化し過ぎたせいで、多様な感情がどうしても制御しきれずエラーの発生が止まらなかった」
「『シミュレーション』? 局長、もしかして……アハハ〜〜ン♪」
 Mr.キャリコが嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そうだ。ネット住人が大好きな“都市伝説”だよ……。<電薬管理局は人体実験を経て、特殊なスパコンを設計・開発している>……身勝手な大衆の妄想がネットに氾濫した時、私はゾッとした」
<ニート万歳ィィィ〜〜、ヒッキー万歳ィィィ〜〜、妄想の力が情報機関に目潰しをくれてやったクマ〜〜♪>
 プー左衛門がクルクル回りながら喜んでる。
「話の流れは大体把握できましたよ。確か……禁魚とP・D・Sをネット上でリンクさせた際、禁魚は『生きたファイアウォール』になる。つまり、次世代の有機コンピューターという攻撃手段を開発した結果、それに適応できる防衛機能も必要となった。“攻撃と防御”――その二つがそろってはじめて大局を制御できる存在となる」
「…………そうだ。そして、“防御”を受け持つのが深見の役目だった。オリジナルP・D・Sを共同開発した過程で、我々は生命のデジタル化も実現にこぎつけた。これにより、管理局は不動の正義をネットの世界に固定できるハズだった。海賊ソフトの摘発、マルウェアの排除、敵性情報の追尾……全てが思うがままになるッ! ……ハズだった。だが、この女は姿を消した。自分の身体を管理局に冷凍保存させたままなッ!」
 腸が煮え繰り返るような表情で、局長はバニーガール・浜松を睥睨する。
(やれやれ、まるで親子ゲンカだね)
 少々呆れた感じで軽く溜息をつき、Mr.キャリコが浜松の泳ぐ水槽に近づこうとしたその時──

 ──────────────────────────────────キンッ!

「…………ん?」
 金属同士が高速でぶつかったような乾いた音がした。玄関の方からだ。Mr.キャリコと局長が同時に玄関戸に視線を向ける。小さな玄関戸がゆっくりと……非常にゆっくりと内側へ開いていく。同時に、真夏の西日が薄暗い部屋の中にユラリと差し込み、西日が戸の一部を照らし出した。
(鍵が………………斬られた────ッ!?)
 Mr.キャリコが息を呑んだその直後──

 ボコオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ────────────ッッッ!!

「────────ッ!?」
 自動車の衝突事故みたいな轟音とともに、部屋の壁の一部が派手に爆裂し吹き飛んだ。そして、ポッカリと開いてしまった壁の大穴から、数人の武装隊員が突入してきた。
「端末から離れろッ! 我々は軍部の者だッ、国家調査室長の命令によりオマエを拘束するッ!」
 隊員の一人がマシンピストルの銃口を向けながら警告する。
「えッ…………あぁ……そ、そんな…………どうして……?」
 Mr.キャリコは魂をブチ抜かれたみたいに茫然自失。ゆっくりと床の上に両膝をつき、目の前の光景を凝視している。
「とうとうこの瞬間を迎えましたわ。裁きの時ですわよ」
 カッカッカッ──
 ヒールの足音。全開した玄関戸のすぐ側に、黒のフォーマルスーツを纏った女が一人……毅然として立っていた。その手には手斧が握られ、ギラギラと西日を反射させていた。
「おお……! 君は確か、実動課の……」
 ずっと床に座らされていた局長が、安堵の表情でゆっくりと立ち上がる。
「御待たせ致しました、局長。もう安心ですわ」
 電薬管理局・実動課エージェント──津軽六鱗がその勇姿を現し、ついに事件の発端となった張本人を逮捕。あらゆるネット犯罪の発信源となった部屋が制圧された。
 

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