小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [ラスボスより強いザコがいるのがRPGの定石だよう]

 ふむ、こんにちは。土佐じゃよ。禁魚として15年も生きとる琉金のオスじゃ。人間で言えばヨボヨボの老人。実際、アバターの外見は……電車の駅近辺で段ボールハウスを建設して住んどる輩にそっくり。冬でも日焼けしとって、白いヒゲが伸び放題で、腰は曲がって見事な猫背。近所でアルミ缶や空のペットボトルを大量に回収し、錆びついた自転車に乗せてウロウロしとっても違和感が無いレベルじゃよ。じゃがなッ、儂はこれでも禁魚達の中で一番の博学での、ネットの海から得られた情報の記憶はもちろん、情報の断片から鋭い洞察力で物事の水面下を見抜く技にも長けとるんじゃ! ぬッ、信じておらんなッ……いくら儂が郡山と同様に影が薄いというても、キャラ立ちの努力は怠らんのじゃから────ん? 儂……何の話をするつもりだったんじゃろ? あ、ああ〜〜……そうじゃった! ついに、儂等は敵の親玉である『Mr.キャリコ』の追跡に成功したんじゃ! ただ、よく分からんのは……Mr.キャリコが言っとった攻性フィルターが展開されておらんかったのじゃよ。じゃから儂等は容易に侵入できて、相手のIPアドレスから位置を特定できたんじゃが、なんか妙じゃのう。


「それにしても…………まさか、弥富殿の部屋のすぐ隣に潜んでいたとは。灯台下暗しとはまさにこのコトですわね」
 玄関の土間で背中に夕日を浴びながら、実動課エージェント・津軽六鱗が腕組みして呟いた。
「…………えぇぇぇ? は、あ…………あれぇぇぇ……?(汗)」
 一人暮らし専用の非常に狭いアパートの一室では、現在、数人の武装隊員と実動課から派遣された分析官が現場を調査中。壁に大穴を開けた際にできた瓦礫を無造作に踏みしめながら、皆が忙しそうに歩き回っている。そんな中で床の上にヘタリこみ、何を見ていればいいのか分からないような目をした青年が一人……。その手には既に手錠がかけられ、武装隊員がすぐ側に立って見張っている。
(不様なモノですわ。天才と狂人は紙一重と申しますが……核心に位置する人間程、意外と脆い)
 津軽が冷たい眼差しでその青年──Mr.キャリコを見つめる。見た目にはドコにでもいそうな男性だ。特に際立って何かとんでもない事を成し遂げようとしている人間には……見えない。実動課は、電薬管理局は、こんな男一人に今まで煩わされていたのか?
 カッカッカッ──
 津軽は自分のバッグに手斧を仕舞い、ヒールを履いたままでフローリングの床に踏み込む。彼女は片手に提げていたビニールの袋(糸ミミズ入りの)にインカム・αを取り付け、自分にインカム・βを装着。
「ダイナミック・逮捕に成功したぞォォォ〜〜! 本日の一連の流れはまさに手にアレ握る……じゃなくて、手に汗握る展開だったぞォォォ〜〜!」
 大興奮しているポチが出現したんだが、何故か……車イスに座っている。で、浜松が泳いでいる小さな水槽に目をやった。
「おおッ、我が友にして主食ッ! よくぞここまでぇぇぇぇぇぇ〜〜!」
 とっても歓迎ムードな笑顔の浜松が出現したんだが、何故か……名作アニメで見かけそうな粗末な服姿。そして、始まる──
「ポチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「浜松ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 ──────── ク○ラが立った☆ ク○ラが立った☆ ────────
                  ↓
   ────── ク○ラが歩いた♪ ク○ラが歩いた♪ ──────
                  ↓
     ──── ク○ラが走った!? ク○ラが走った!? ────
                  ↓
           ── クロスカウンター!! ──

 ズドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ────────────ッッッン!!

 ついさっきまで抱き合うような雰囲気だったのに、出会いがしらに強烈なパンチ。お互いの頬にお互いの拳がメリ込んで、ものすごく険しい表情で立ち尽くしてやがる。
「や、やるじゃない……いつの間にこれほどまで腕を上げ…………けふッ!」
「そ、それはこっちのセリフだぞ〜〜……さすがは汚れたヒロイン……がはッ!」
 浜松とポチはわざとらしく吐血し、この勝負──引き分け。
「では、深見素赤。この場で簡単な事情聴取をさせていただきますわよ」
 津軽、二人のショートコントをものすごい勢いで無視。
「うっわぁぁぁ〜〜、空気読めよォォォ〜〜! のっかってこいよォォォ〜〜!」
「さあ、羞恥心をサクッとかなぐり捨てるんだぞ〜〜! レッツ・黒歴史の序曲!」
 浜松とポチがそろってオモシロ顔で誘ってくるが、津軽、一般人がドン引きするくらいの無視っぷり。
「どうしてなのさッ!? いくら禁魚でも、あの攻性フィルターを突破できるワケが……ねえ、プー左衛門……答えてよッ! ねえッ!」
 自分の置かれている状況が未だにハッキリと把握できないのか、Mr.キャリコは床に尻もちをついたまま声を荒げている。
「御静かに。アナタの聴取は実動課へ連行した後、ゆっくりとさせていただきます。壁の修理費用と床のクリーニング代は、アナタの口座を凍結した上でこちらで引き落とさせていただきますので、あしからず」
 津軽の攻撃的な瞳が敗残者を見据える。
「ハナシが違うじゃないか……君はいつだって完璧に、そう、いつだって上手くやってくれてたのに……どうしてッ!? 私の言葉が聞こえないのかいッ!?」
 津軽の存在を無視し、Mr.キャリコはテーブルの上のノートPCに向かってひたすら呼びかけている。だが、モニターに映る可愛いクマのヌイグルミはピクリとも動かず、一言も喋らず、ただのヌイグルミとして佇んでいるだけ。
「フザケるのはやめてくださいまし。それとも、心神喪失を演じて裁判に備えているおつもり?」
 生憎、実動課の者達が得てきた情報はMr.キャリコに関するモノのみ。彼にどんな人脈があって、何者かと共謀していたかどうかは分かっていない。だから、現状の津軽達や武装隊員等には、プー左衛門や裏のスポンサー達の情報は無い。Mr.キャリコが見えない何かに懸命に話しかけている――そんな痛々しい光景にしか見えないのだ。
「エージェント・津軽、私は今からデスクトップのHDを検査棟に持ち帰って調査に入りますが、一緒に戻りますか?」
「いいえ。わたくしはもうしばらく現場検証を行いますわ。弥富殿の救出に役立つ手掛かりがあるかもしれませんし」
 分析官に促された津軽だったが、弥富の拉致を許してしまった責任は健在する。一連の事件の司令塔が指示を出していた場所だ。必ず有力な手掛かりが落ちているハズ。と、考えた津軽が最初に視界にとらえたのは────ノートPC。特に変わった周辺機器は付いていない。相手の姿を見ながら会話ができるよう、カメラと専用のスピーカーが取り付けられているだけだ。モニターの中では、木製の小さなデッキチェアに座ったクマのヌイグルミが一つ。Mr.キャリコは必死になって話しかけていたが、当然、こんなモノが──

<くぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>

 ──しゃべった!?
「──────ッ、何ですの!?」
 ノートのキーボードに手を伸ばそうとした津軽が、ビクリと身体をうねらせて硬直する。急に大音量でクマのヌイグルミが笑い出したものだから、周りで作業をしている武装隊員達も何事かと振り向く。

<んんん〜〜〜〜〜〜〜〜ミュージックぅぅぅぅぅぅ、スタートぉぉぉぉぉぉぉぉ!!>

 ──── ぼくのおしりにプーさん♪ ムーニーマンのプーさん♪ ────
   ──── 世界で一番好きなんだ〜〜♪ だけどやっぱりママが好き♪ ────
  ──── はっかせるおムツ♪ ムー・ニー・マン♪ ────

 軽快な音楽にノってクマのヌイグルミが跳んだり回ったり、ムーンウォークをきめてダンシング。
「……………………………………はい?」
 津軽はどう対応すればいいのか分からず目が点だ。
「おおッ、プー左衛門! 一体、どうしたっていうんだよッ!? 私はこんな形で終わるワケには──」
<じゃかあしいィィィィィ〜〜! ヘタレの引きこもりは黙ってるんだクマ〜〜!>
「なッ、プー左衛門……!?」
 クマのヌイグルミは仲間だったハズのMr.キャリコを切り捨てた。
「何者ですの?」
 津軽の危険を察知する本能が働き、モニターの不審なクマを睨みつける。
<はっじめましぃぃぃてぇぇぇ☆ 拙者の名はプー左衛門。片手にハチミツがタップリの壺(備前焼)を持ち、上着は着ているのに下半身は裸というルックスの変態だベア♪ 若い女性からは“プーちゃん”って呼んでもらいたいクマ〜〜★>
 ものすごく陽気な口調で自己紹介してきた。
「わたくし、電薬管理局・実動課のエージェント・津軽と申しますわ。趣味はアナタ方のような小悪党を捕らえ、完膚なきまでにその腐った性根を滅却する事。後は、街角で発見した可愛い少年を追跡し、その生態状況を観察して癒されるコトですわ」
 ものすごく冷静な口調で己の性癖を紹介しちゃう始末。
「プー左衛門……私を裏切ったのかい? ア……ハハハッ……そんな事はないよね? 今まで一緒に協力して目的をはたして──」
<協力ぅ? くぅ〜〜マッマッマッwww。一介のスクリプトキディに過ぎなかったオマエが、『偽P・D・S』で荒稼ぎできたのはダレのおかげクマ? 調子にのって“生命のデジタル化”に手を出そうなんて、寝言は職安行ってから言うんだベア〜〜!>
「そ、そんな…………!」
 悪党共の仲間割れは実に醜いが、一方的に利用されてトカゲの尻尾にされたMr.キャリコの姿は、見るに堪えない不様なモノだった。
「ところでさぁ、アンタは“何が”したいワケ?」
 カウンターパンチを食らって口から流血したままの浜松が、ゆっくりと近づいてきてプー左衛門に問いかける。
<ん〜〜〜〜……“何がしたい”というより、“何ができる”のかを教えてやった方が分かりやすいクマね★>
「どういう意味ですの?」
 と、津軽が目を細めた瞬間──

 ドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ────────────ッッッン!!

「────ッ、何事!?」
 アパートの外から大きな衝突音が聞こえてきて、津軽と武装隊員達が一斉に部屋の外へ走り出す。
(これは……!?)
 アパートのすぐ近くの十字交差点で、普通乗用車とトラックが衝突事故を起こして大破している。そして、津軽だけが即座に気づいた……交差点の信号機が全て青になっている状況に。

<くぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>

 訪れる夕闇の帳にプー左衛門の笑い声が木霊した。

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