小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [歴史はド深夜の寝室でつくられるよう]

 皆様ごきげんよう。わたくし、津軽六鱗と申しますわ。ネット世界の秩序と正義を管轄する電薬管理局、その実動課に属するエージェントですの。チャームポイントはキメの細かい髪質のポニーテールと、攻撃的なアイシャドウ。年齢は26歳。そろそろスキンケアに気をつかわなければならない御年頃……しかし、現在重要なのは肌年齢ではなく、水面下で進行中の単独作戦。偽P・D・Sが関係している一連の事件――その裏側で常に北叟笑んでいた男──『Mr.キャリコ』がついに逮捕されました。しかし、彼と共謀していたと思われる数人のスポンサーの行方は未だ不明。その内の一人、『プー左衛門』と名乗るPCモニターの中のヌイグルミは、現場に踏み込んだわたくし達の前でMr.キャリコを裏切る発言を残し、姿を消しました。しかも、ヤツは自分に“何ができるか”を証明すべく、信号機のシステムに侵入し、現場近くの交差点で事故を誘発させましたの。正直、イヤな予感が致しますわ。昔、SPとして配属されていた国営企業でも修羅場を何度か経験しましたが、今回の一件……事後処理を怠ると、とんでもないテロに発展するような気が致しますわ。


(ここからは時間との勝負……迅速に弥富殿を発見できれば、こちらが確実に有利となりましてよ)
 アパートでの現場検証を実動課の分析官と軍部に一任し、津軽は交通局のシステムにアクセスするため実動課のオペレータールームにこもっていた。拉致した張本人の面はハッキリと覚えている。“オバサン”と罵っていたアノ声も耳から離れてはいない。マヌケな自己主張を反映した置手紙のおかげでもあるが、問題は……交通局のカメラも全ての道路に設置されているというワケではないという事だ。主要な国道や高速道路、公園や国の管理する施設付近などはほとんどカバーできているが、住宅街の中を迷路のようにつながった狭い市町村道を使ったとなれば、カメラによる発見成功率はグンと落ちてしまう。相手は明らかなDQNではあったが、仮にも裏仕事を請け負う身。退路の確保にぬかりがあるとは思えない。これは完全に賭けだ……時間はもう日付変更時刻を迎えようとしていたが、先天的な奇病の影響で睡眠をとる必要のない彼女に睡魔はやってこない。置手紙の文面から受けた屈辱を倍返しにすべく、アドレナリンを分泌しまくっている。複数のモニターに延々と流れる映像を、眼球をフル回転させて見ている。
(さあさあさあッ、恥ずかしがらずに出てきてくださいましッ!)
 まさに、砂漠の砂から一粒のダイヤを拾い上げる作業。相手の移動手段すら判明していない状況……乗用車か? バイクか? 走って連れ去ったなんてのは無いだろうが、誘拐を働くからには、周囲の人間からなるべく見られたくはないハズ。そうなると、乗用車を使った可能性が最も高くなるが──
「────────ッ、なッ!?」
 津軽、発見。住宅街と繁華街の間を通る国道を通過する一台の原付。ほんの数秒間だけだが、斜めに横切る光景が。ただの原付なら普通に見逃していただろうが、その原付の運転手は脇に成人男性を一人抱えていた。道路交通法違反以前の問題だ。
 カタカタカタッ……
 彼女はキーボードを操作して原付の映像を拡大する。そして、プレートのナンバーを即座に特定。
(よし、盗難車でなければすぐにカタがつきますわッ)
 津軽は仕返ししたくてしようがない疼きを抑えつつ、実動課の分析官にケータイでコールした。


 ────────────── 1時間後 ──────────────
「ここですわね……」
 津軽は原付の持ち主を特定し、ついに長洲家の住所にたどりついた。時刻は既に午前1時を過ぎ、周囲の住宅の殆どは灯りを消して寝静まっている。
(早速、参りますわよッ)
 通りに人の気配は全く無く、彼女は正門の塀を側に建っている電柱を利用して三角跳びの要領で器用に越えると、敷地内に着地と同時に持ってきたクラッチバッグから愛用の凶器──二本の手斧を取り出した。
「…………さて」
 キッと二階を睨みつける。窓の数や構造的に幾つかの部屋に分かれているようだが、灯りがついている部屋が一つ。まずは、消灯している部屋から侵入するのが常套。
 ヒュッ──
 先程と同様に塀を蹴って三角跳びし、闇夜を舞うムササビのごとく身軽に軒先へ乗り移る。そして、素早く部屋の窓に接近し、バッグからガラス切りを取り出して窓の一部を円形に切り取った。
(さあ、行きますわよ……)
 カチャ──
 窓に開けた穴からゆっくりと手を差し込み、鍵を開ける。彼女は音がしないよう、手慣れた感じで窓を半分程開いて侵入。
「………………」
 部屋は大して広くないようだ。光源は外から差してくるささやかな街灯の光のみのため、目が完全に闇に慣れるまでは動き回るワケにはいかない。彼女は中腰で固まったまま息を殺し、耳をすます。
(──────ッ、気配が……寝息?)
 すぐ近くからとても小さく聞こえてくる人の息使い。間違いない……何者かが寝ているのだ。もしかすると、偽メイド本人にいきなり当たったのかもしれない。津軽は緊張で額に汗を滲ませながら目をこらす。布団だ……床に布団を敷いてダレかが寝ている。壁の方を向いて寝ているため顔は確認できないが、明らかに例の偽メイドとは体長が異なる。
(家族の一人……?)
 情報機関に属する正規のエージェントとしてはあまりとりたくない手段だが、ここはこの人物を拘束し、人質として敵である偽メイドに人質交換の交渉を迫るのが常套。
「失礼致しますわッ」 
 バッ──!
 まさに“寝込みを襲う”。津軽は相手の首に片腕を回して強引に上半身を起こさせると、もう片方の手に握った手斧の刃を相手の背中に当てた。
「あうッ────、えッ……何? ダレ? オ姉チャンなの!?」  
 背後から羽交い絞めにされ、相手の口から驚きの声が漏れる。
(声のカンジは子供のようですわ……そして、今、“オ姉チャン”と……偽メイドの外見年齢から察するに、コレは弟かしら?) 
 津軽は冷静に洞察力を働かせ、彼を布団の中から引きずり出した。
「どうか、御静かに。心を静めてわたくしの言う通りにしていただければ、危害は加えませんことよ」 
 そうは言っても無理なハナシだ。ド深夜に侵入してきた見知らぬ人物が、刃物と思しき物体を背中に当てながら耳元で囁いてくるのだ。どんなに胆がすわった人間でも平常心ではいられない。
 グイッ──
 津軽は彼を無理矢理立たせて周囲を見渡す。廊下の照明だろうか、部屋のドアの隙間から淡い光が漏れているのが確認できた。
「や、やだッ! オ姉────ッ、んぐッ……」 
「声を上げてもロクな事にはなりませんわよ。さあ、アナタの姉上の御部屋まで案内してくださいまし」 
 大声を出しかけた口を津軽が手で塞ぎ、有無を言わさぬ威圧的な態度で背を押す。
「………………う、うん……」
 カチャ……
 彼はビクビクと怯えつつ部屋のドアを開け、津軽を先導する。廊下に出て左に曲がり、突き当たりの部屋の前で止まった。津軽が耳をそばたてる。見たところ普通の民家……ドアに何かしらのトラップがあるとは考えにくいが、慎重を期するにこしたことはない。
 バタバタバタッ!
(────!?) 
 部屋の中から何者かが争っているような物音。そして……
「いいかげん観念しなさいよッ!」 
「よ、よせッ! やめてくれッ!」 
「ウフフフ〜〜♪ 別に死ぬワケじゃないし、見た目より痛くはないって。すぐに慣れるわよ★」
「な、何で俺がこんなめに…………はぐぅぅぅぅぅ!」 
 男女が言い争っている。声の主が例の偽メイドと弥富であることはすぐに分かった。
(拷問? もしや、何かしらの重要な情報を弥富殿から引き出そうと……?) 
 これはマズイ事態だ。一刻も早く救出しなければ。津軽は意を決して──

 ――――――――――バンッ!!

「そこまでですわよッ!!」
 荒々しくドアを蹴り開け、人質を盾にした状態で津軽が突入。

「なッ……………………!?」 
「あッ……………………!?」

 一瞬にしてフリーズする一組の男女。部屋の中に居たのは確かに弥富と偽メイドであったが、津軽が想定していた事態とは少々異なっていたようで。両手首を縛られて仰向けに寝そべった弥富に偽メイドが馬乗りになり、弥富の上着を強引にめくり上げながら、手に持った専用のピアスを彼の乳首に装着しようとしていた。そんな状態で固まった二人……マヌケだし、恥ずかしいし、青少年保護条例が黙っちゃいないし。
「…………………………失礼致しましたわ」 
 バタンッ
 なんか申し訳なさそうな声でドアを閉める津軽。で、数秒間の沈黙と思考。結論──
「そこまでですわよ、犯罪者ッ!」 
「ちょッ……アタシの弟から離れなさいよッ! この犯罪者ッ!」
 再度、ドアを蹴り開けて津軽と偽メイドの不毛な口論。画的にはどちらも色々と犯しちゃってるし。
「つ、津軽さん!?」
 貞操の危機に颯爽と現れたヒロインの名を呼ぶ弥富。
「弥富殿ッ、御無事で!?」 
「一応、無事っぽいですけど。画的にはあまり無事っぽくありません」 
 確かに。
「オ、オ姉チャン……一体、どうなって……!? この人って……!?」
 目が見えない彼──朱文はすっかり怯えきっている。
「くッ……この卑怯者め〜〜!」 
「朝駆けして人を誘拐するような輩に言われたくありませんわ。こんな所で無駄な時間を費やしているヒマはありませんの。弥富殿を今すぐ引き渡しなさい。さもなくば、アナタの弟さんを……」 
 そう言って津軽が背中に当てていた手斧を彼の頬に近づける。そこで、部屋の照明に照らされ、朱文の顔が初めてハッキリと津軽の目に映った。

「────────――――まあ☆」

 朱文の顔を目の当たりにして津軽の口から漏れた声。とっても不吉な要素を含んだ声。
(なんという運命の悪戯ッ、わたくしのハートにドストライクな美少年♪) 
 朱文にとって残念(?)なお知らせ。彼は“人質”から“戦利品”に昇格してしまいました。                                             
 

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