小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[ド深夜に暴れると御近所の奥様方が勘違いし始めるよう]

(マズイ……津軽さんの常識欠落症が炸裂しかけている。しかも、社会的に大問題な性癖と共に)
 俺──弥富更紗は床に寝転がされた状態で、ついにやってきた救出者を笑顔で迎えたワケなんだが、その笑顔はすぐにとっても引きつった感じの笑顔に変わった。何故かというと、津軽さんが朱文を人質にして俺との交換を迫った……まではよかったが、彼女がどうも朱文に一目惚れしちまった様子で。要するに、大事故発生である。
「アンタ、それでも政府の役人なのッ!? アタシの弟に何かしたら……!」
「お黙りなさい。この家がアナタの根城ということは、ここに住む者も調査対象となりますわ。大人しく弥富殿を返しませんと、弟さんを犯し──いえ、共犯とみなして逮捕しますわよ」
 津軽さん……冷静な素振りではあるけど、心の中はムラムラ中だ。
「ま、待ってよッ! 弟は事故で全盲なの……それに、まだ13歳。逮捕なんかされて妙なトラウマができたら……」
「13歳? まあ、まさに食べご──じゃなくて、若いのに御気の毒ですわ……」
 津軽さん、もう少し頑張って本音を隠してくれ。
「ところで、この有り様は一体、何ですの? 弥富殿はわたくしの護衛対象者。経緯を説明していただきますわよ」
 そう言ってキッと睨みつけてくる。
「ええっとですねぇ〜〜……(汗)」
 当惑する弥富。SMチックなアイテムで拘束され、しるくに馬乗りにされていたのには深いワケがありまして……。

 ────────────── 十数分前 ──────────────

「はぁ〜〜い☆ それじゃあ、今から撮影始めるんで脱いで♪」
「……………………………………は?」
「脱・い・で♪」
「まずは理由を述べろ。その回答いかんによっては要請を却下。あるいは、窓から御近所様めがけて“エロイ子はいねえかあァァァァァ〜〜!”って叫ぶ」
 弥富、目が真剣だ。
「だからぁ、とある作品の趣旨とテーマにのっとった動画を作りたいワケ」
 そう言いながらクローゼットから取り出したのは、とてつもなくコアな趣味関係の道具一式。ボンテージなレザースーツとブーツ・細い鎖の付いた首輪・ギャグボール・ニップルリング・アイマスク・低温ローソク…………おい、一介の女子高生がそろえていいラインナップじゃないぞ。
「ちょっと待てッ……オマエの言う“作品”って何だ?」
「もちろん、『ナナとカ○ル』★」
「よ、要するに……俺が脱いで卑猥な道具一式の犠牲になり、そっちが責めるってこと?」
「イエス、高須クリニック!」
「待てぇぇぇぇぇぇい! 立場逆じゃねえかよッ!」
「もちろん、別バージョンも撮るわよ。アタシが拘束具付けてそっちが責めるヤツ。ま、有料動画としてアップするけどね」
「…………え? 俺が責め…………マジでいいの? 社会的に問題は無い? オマワリさん踏み込まない?」
 弥富、静かに嬉しそう。

コスプレ神:「やったね、たえちゃん。余計な性癖が増えるよ☆」

 おい、やめろ。そのネタはマジでヤバイから。(ネタ元をググってはいけません)
「そんじゃあ、上も下もポポポポ〜〜〜〜ッイといっちゃって♪」
「いやいやいや……えらく当然みたいな言い方だけどさ、丸裸になる必要はないよな?」
「だってぇ〜〜、拘束具の構造上、服の上からじゃインパクトないし。アタシも楽しめないし」
 思い出した……コイツ、自分が見ている前で俺に排尿させようとしてたんだった。
「下半身は勘弁してください。弁護士を呼んでください。心の貞操が遺書を書こうとしてますから」
 弥富、しぶる。
「う〜〜ん……じゃあ、こう考えてみて。アダムとイヴは禁断の果実を食べちゃってピュアな心を失い、羞恥心が芽生えて服を着るようになった。ということは、露出狂の人は失われたそのピュアな心を取り戻しつつある素晴らしい人類ではないか……ってワケよ!」
 どんだけ強引な曲論だよ。
                    ・
                    ・
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「──────っという事がありまして、結局、コイツに無理矢理剥ぎ取られそうになったトコロに、津軽さんが現れてくれました」
 端的に説明し終えて少し落ち着いた様子の弥富。使い道の無い貞操は守られたが、“別バージョン”の撮影チャンスを逃した事実でちょっぴり残念。
「状況は把握致しました。では、早速──」
 ヒュッ──!
 手の平で軽やかに踊る二本の手斧。津軽は朱文を優しく部屋の外に押し出し、敵である長洲しるくと対峙した。
(やっばァ〜〜……このオバサン、完全にヤル気じゃん)
 殺陣の空気を感じ取ったしるくが、額に冷や汗を滲ませる。津軽がこうも早く監禁場所を特定して現れる事自体が想定外。自室とはいえ、こんな狭いスペースでは地の利もクソもない。先に凶器を装備した方が圧倒的に有利だ。
「どうやら、前回のようにマネキンを振り回すというワケにはいかないようですわね。つまり、準備の無いアナタに勝機は皆無。わたくしも畜生ではありません……抵抗しないのなら傷つけはしませんことよ」
 厳然たる態度で言い切った津軽。自分の勝利を確信したこの余裕に感化され、低下しかけていたしるくの士気が急上昇。
「ナメんじゃないよッ、オバサン!!」
 ジャラッ──!
 足元に落ちているSM用アイテム一式に手を伸ばし、細い鎖付きの首輪を拾い上げて構えた。
(ふんッ、所詮は素人ですわね。このような狭い場所では、間合いの微妙な調整が必要なロングレンジの武器は不利)
 津軽の口元がわずかにニヤける。鎖を武器として有効活用するには、ある程度のリーチを保たなければならないが、一般家庭の一室で使えば、すぐに壁や天井・家具にぶつかって威力を失ってしまう。
「それでは、御仕置きと参りましょう!」
 ダンッ──!
 しるくとの距離は床の一蹴りで無くなる程度。鎖をどの方向から振り回してきても、確実に手斧の一撃が先に入る。例え防御として使ったとしても、SMグッズとしての鎖……防ぎきるだけの太さも強度も無い。
「あはッ★ 計画通り♪」
 フッ──
 しるくは腰を垂直にストンッと落とし、真横に薙がれた手斧の一撃を回避すると同時に、超低姿勢の状態から鎖を津軽の足首に絡ませた。
 ――――ドスンッ!
「うぐッ!?」
 カウンター気味に鎖で脚を引っ張られたため、全く受け身がとれないまま仰向けに床へと倒れ込む。しかも、後頭部を強打してしまい……気絶。
「ぅぅぅ…………」
 津軽が小さな呻き声を漏らし、一瞬にして勝負がついてしまった。
「えッ、ちょッ────!?」
 弥富が津軽としるくを交互に見ながら慌てる。
「フフフフフぅぅぅ〜〜★ イイ事思いついちゃったぁぁぁ〜〜♪」
 今度はしるくの口元がニヤける番だった。そして……

 ────────────── 10分後 ──────────────
「うお〜〜い。起きてちょうだいな」
 ペチペチッ、ペチペチッ
「…………ッ、んん……うぅぅぅ…………?」
 片頬を軽くはたかれる感触に意識が覚醒し、津軽は後頭部に鈍痛を感じながら瞼を開いた。

「超ざまぁぁぁぁぁ〜〜〜〜! プギャー!m9(^Д^ )m9(^Д^)9m( ^Д^)9mプギャー!」

 起き抜け一番に視界に入った、とっても不愉快なしるくのどや顔。イラッとした津軽がすぐに立ち上がろうとしたが、手脚が上手く動かせなくて尻もちをついた。
「くッ、迂闊ッ……!」
 10分も意識を失っていれば、当然、生殺与奪の権利を敵に奪われる。さすがに殺されはしなかったのだが、手首には手錠がかけられ、脚はさっきの鎖で縛られていた。
「夜中に不法侵入して家族を人質にとったり、刃物を振りかざして襲ってきたり。こんな危険人物はすぐに通報してやりたいけど、アタシの立場上、そうはいかないからね。かと言って、このまま解放してやるほどアタシもバカじゃないもんねぇ〜〜」
「だ、大丈夫ですか……津軽さん?」
 しるくの後ろから心配そうに声をかけてくる弥富であったが、何故だか気恥ずかしそうに目を逸らしている。理由は単純。10分の間に、彼女はしるくの手によっていいように弄られちゃったから。
「――――なッ、わたくしのスーツが…………やってくれましたわね(汗)」
 今の津軽は下着姿。着ていたフォーマルスーツは部屋の隅にポイされてる。
「一応、拘束してはいるけど、政府の役人様は仕事熱心だからさ。這ってでもこの家から脱出しかねないと思ってね。ヌフフフ〜〜♪」
 イヤラしい笑みを浮かべながら、没収した手斧を津軽の前でチラつかせてからかう。
「甘いですわ。例え全裸にされたとしても、わたくしが任務を放棄するなどあり得ませんことよッ!」
 本人の印象とは裏腹に、ピンクのビスチェとTバックのショーツ。しかも、シースルータイプなんで野郎の目にはとっても毒だったり、御褒美だったり。
「あっそ。それはそうと……歳の割にはイイ肌艶してんじゃん。下着はえげつないけど」
 ザ・JKが上から目線で余裕の物言い。
「わたくしは実動課のエージェント。しばらく連絡が無ければ上司が不審に思い、黙っていても電薬管理局が動きますわよ」
「ああ、それなら平気。さっきケータイを叩き壊しといたから、GPSで探知される心配無いし。それに、わざわざ単独でやって来たということは、この場所を他の人間は知らされてないという事だろうしね」
「うッ……」
 DQNのクセにこういう駆け引きでは妙に頭がまわる。
「さあさあ、撮影しちゃうわよォ〜〜★ 電薬管理局の現役エージェントが、エロエロな格好で出演する動画となれば、世界中のハッカーが我先にと金払ってダウンロードするでしょうね。ヌフフフフッ、臨時収入げぇ〜〜っと♪」

 ………………実家の父と母よ、良い報告と悪い報告があります。良い報告は、津軽さんの下着姿をオフィシャルな感じで堂々と観れた事です。悪い報告は、全くもって事態が好転しなかったという事です。

コスプレ神:「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 こうして夜はますます更けていった。

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