小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[突撃、隣の朝ごはん! …………は限りなく迷惑だよう]

 やあ、みんなッ! 今日も偽P・D・Sライフを満喫しているかな? そう、すみす・ブラックだよ。『偽P・D・S友の会』をしきる35歳で無職なナイスガイさ☆ 我々ってほとんど出番が無いけども、精一杯生きているつもりだ。いつも社会でまっとうに働いている人達の冷たい視線にさらされながら、特に用事も無く街を闊歩してみたり、頼まれもしないのに家に引きこもったりするのだよ。クソ虫? 害虫? ……笑いたければ笑って結構。自分の生きる道を省みることなく突っ走るのもまた“勇気”。病気になっても健康保険料払ってないから病院行けない。老後は年金もらえない。そんな腐り切った連中を引き連れ、私は夕日に向かって吠える──「我々は死ぬ瞬間まで一緒ぉぉぉぉぉ! “仲良死”だぁぁぁぁぁ!」←「不吉な単語を作るんじゃねぇぇぇぇぇ!」


 チュンチュン──チュンチュン──
 外から聞こえる早朝を告げし生物の鳴き声。つまり、スズメの群れが「朝だ。起きろよ、バカヤロー」って言っているのだ。深夜に発生した救出劇があっけなく失敗に終わり、拘束されてしまった津軽さんは、しるくのイヤラしい瞳とワキワキしている指に襲われて、年齢指定が必要な動画の撮影を強要されそうになったのだが、さすがにド深夜……ちょっぴり暴れたという理由もあり、眠くなってたしるくは部屋の外から鍵をかけて弟の部屋で寝てしまった。で、彼女の部屋には鎖と手錠で拘束されたままの津軽さん(下着姿)と、上半身裸のまま(しるくに上着とられた)で床に雑魚寝している俺――弥富の二人だけ。正直、空気は微妙。津軽さんは先天性の奇病のせいで睡眠をとらないから、俺が寝ている間、ずっと同じ空間で見られていたことになる。なんか……とっても珍しいプレイに興じるカップルみたいだ。
「弥富殿、御目覚めですか?」
「…………え、ええ……はい……」
 眠れたといっても4、5時間程度。しかも床の上。体に残る疲れと局所的な痛みのせいで、睡眠をとった気には到底なれない。一応、部屋にベッドはあるのだが、普段はしるくがその身を委ねているベッド。本人の許可なしに嬉々としてベッド☆インするのは、良識がとりあえず残っている者としていかがなものか……そう思い遠慮した。現役JKの体臭に抱かれて睡眠──クソニートにとっては、喉から手と同時に足まで出ちゃうくらいのプレミア。だが、待てッ……俺の中の妖精さん! その最後のスイッチを押してしまったら、きっと俺は引き返せなくなる。正常な社会人にはなれなかったが、正常な人間を諦めるつもりはないんだァァァァァ!

妖精さん:「だが、断る」

 ポチッ……
 弥富の中の妖精さん、何の躊躇いもなくスイッチ・オン。
「さらばだ、今までの俺ッ! ようこそ、新しい俺ッ!」
 弥富は意味不明な言葉を呟きながら立ち上がると、しるくのベッドめがけて突☆入。
「……………………弥富殿?」
 突然の奇行に津軽は目が点。
「見ないで、津軽さんッ! 旧弥富は死に、新弥富が就任の儀式を執り行っているんですッ! 分かってくれとは言いません。せめて、母の真心的な目で見逃してくださいッ!」
 全くもってワケの分からんコトを言いながら、他人様のベッドの中で身をよじらせている弥富。質感を楽しんだり残り香を嗅いだりで大忙し。そんな変態ヤローを他所に、津軽は考えていた。
(とりあえず、作戦の第一段階は成功しましたわね)
 彼女が口元をニヤッと小さく歪める。そう……現状の津軽の状態は、彼女が望む理想の展開だったのだ。颯爽と侵入したのに、バカみたいに返り討ちにされたのにはワケがあった。そう……相手に悟られないよう、わざと捕まってみせたのだ。
(所詮は平和ボケした学生風情。簡単な演技に引っかかってくれましたわ)
 ド深夜の攻防戦で弥富を奪取するのは難しくなかった。だが、津軽はもう一手先を読んで行動した。Mr.キャリコの逮捕には成功したが、彼を裏からバックアップしていたスポンサーの手がかりは皆無。そこで、一連の事件の重要な関係者(被害者)である弥富更紗の拉致を利用する手を思いついた。要するに、何の社会的地位も持たぬニートを拉致って、しかも特に金品を要求してこないという事は、弥富自身に用があるのか……あるいは、人質として何かしらの交渉材料として使われるかなのだ。当然、しるくみたいな一介の高校生にスポンサーとしての財力やネットワークがあるハズもない。何者かに雇われて弥富を拉致したと考えるのが自然。しるくの家に監禁してあるのは、その雇い主に弥富を引き渡すまでの中継地点としてだろう。
「弥富殿、ここに監禁されてから何か新しい情報は得ましたか? 今後の予想される展開で有利に働く情報があれば、どんな小さな事でも────って、聞いてらっしゃいます?」
「ああ〜〜、ヤベぇ〜〜、マジで良い匂いするぅ〜〜★」
 ついに心のストッパーが決壊し、タマっていた色んなモノがあふれ出たらしい。今の弥富の様子は、オマワリさんが無線で応援を呼びかねないレベルだ。
 ガチャ──
 ドアの鍵が開く音がした。
「うぅぅぅ〜〜……ねむぅ〜〜……」
 明らかな寝不足フェイスでしるくが入って来た。で、最初に視界に飛び込んできたのは、もちろん……
「なッ、ちょッ──何やってんのよ、このセクハラ生命体ッ!!」
 ベッドでクネクネしながら悶える弥富。ネコが好きな物に自分の臭いをつける行為の逆バージョン。しっかりとJKの体臭を楽しむ変質者に対し、しるくは躊躇無く跳び膝蹴りをブチ込む。
「おふッ!? あ〜〜う〜〜ちぃ〜〜…………って、俺は一体、何を……?」
 我に返る一匹の童貞。生還オメデトウ。
「朝一でとてつもなくキモい物見せないでよね……ほらッ、アンタは一階のキッチンに来て」
「え? あ、ああ……分かった」
 腕を引っ張られて部屋を出る弥富。ドアを閉めようとするしるくは、拘束されたままの津軽にチラッと一瞥をくれる。
「残念だけど、アンタは家ん中を自由にウロつかせるワケにはいかないから。ちなみに、部屋のPCで外と連絡取ろうとしてもムダだからね。パスワードを設定してあるから」
 ――――バタンッ!
 ドアが閉まる。部屋に残された津軽はチッと軽く舌打ちをし、格子付きの窓から差し込む朝日をボンヤリと眺めるのだった。


「じゃあ、買いに行くよ。一緒に来て」
「買いに行く……って、何をだ?」
 キッチンに連行された弥富に対し、しるくが冷蔵庫を力強くオープンする。
「コレがこの家における食料自給率」
「うっわァ〜〜……見事に何もねえし」
 大きめの冷蔵庫なのに、中身はチューブのワサビと脱臭剤だけ。まるで、盗難にあった直後みたいだ。
「昨日、朝ゴハン作ってくれるって言ったよね? だから、まずは買い出しに行くのであ〜〜る!」
 そう言って財布を装備したしるくは、何故だか学校指定のジャージ姿。
「おい……他人のファッションに文句言える立場じゃないんだが、ソレで買い物する気か?」
 さすがの弥富も眉間にシワだ。
「別にいいじゃん。24時間やってるスーパーの早朝は、客なんかほとんどいないし。それに、アタシがコスプレするのは裏仕事と動画作製の時だけなの」
 あのね、そっちは大して気にしてないと思うけどさ、一緒に連れて歩かされるこっちはとっても人目が気になるワケだよ。
「けど、いいのか? 家を空けている間に津軽さんが逃げるかもしれないのに」
 二人は玄関で靴をはいて外に出る。
「ああ、その心配は無いんじゃない。あっちは“わざと捕まった”みたいだし」
「──────ッ、え?」
 家の前の歩道に出た弥富が足を止める。
「ナメんじゃないわよ。学校の中間考査ならいざ知らず、裏仕事の一環でアタシは状況を読み違えた事なんて無いんだからね」
 そう言ってスーパーのある方向に歩き出す。
「わざとって……どうして分かるんだよ?」
「あのオバサンの実力はアキバの街で把握済み。部屋の中で暴れた時、オバサンの微妙な動きの調整ですぐに気づいたっての♪」
 えらく得意そうに話すが、ジャージ姿のせいで貫禄がいまいち感じられない。
「だとしても……何でわざと捕まったりしたんだよ?」
「そんな事までは知らな〜〜い。公務員の道楽か何かでしょ」
 どうやら肝心な所は予測できていない。で──

         ──────── 数十分後 ────────

「お、重い…………まさか、米の備蓄まで無かったのかよ」
 片手に10?タイプの米袋を抱え、もう片方には適当に食材を詰めまくった袋。いくら家から近い店で買ったとはいえ、ニートの体力と筋力でカバーしきれる量ではない。
「ガンバレ、ガンバレ、ロクデナシ♪ タダ飯食いたきゃ汗水流せぇ〜〜♪」
 隣で手ぶらのしるくが愉快そうに笑っている。
「ど、どっちか持ってくれ……腕のとっても大事なパーツが分解しそう……(汗)」
「や〜〜だ〜〜よォ〜〜☆ 男連れて歩いてんのに、荷物持ってんのってカッコ悪いもん♪」
 ダメだ。コイツは真性のS女だ。
「朱文、帰ったよォ〜〜! もう、起きたァ〜〜?」
 家に着くなり、しるくは二階への階段を上りながら弟を呼ぶ。が、彼女が目にしたのは眠たそうな弟の姿ではなく、解錠されて半開きになった自分の部屋のドア……。
「──────ッ、まさか!?」
 顔色が一変したしるくが自分の部屋に跳び込むが、案の定、津軽の姿が無い。
(しくじったァァァァァァ! けど、どうやって!? 外から鍵をかけたのに……)
 ドアを無理矢理こじ開けた痕跡は見られない。方法は不明だが、巧みに解錠してみせたようだ。
「──────朱文ッ!?」
 彼女の背を悪寒がはしる。津軽は朱文を人質にして交渉を迫ってきた。もしかすると、彼を人質として捕らえる機会を見計らうため、わざと捕まったのか!?
 バンッ──!!
 しるくが弟の部屋に勢い良く突入。そこで目にしたのは、冷房をつけっぱなしでスヤスヤと眠っている朱文の姿。
「ふうぅぅぅぅぅ〜〜……セ〜〜フ……」
 額に滲む汗をぬぐいつつ深呼吸する。が、津軽には逃げられた……これは決定的にマズイ。てっきりわざと捕まったとばかり考えていたのだが、迂闊だった。このまま家に居れば、確実に津軽は実動課の応援を引き連れて舞い戻って来るだろう。
(くっそ! どうすりゃいいってのよ…………………………ん?)
 思案するしるくの視界に映る、“不自然な光景”。寝ている朱文の掛け布団が、明らかに不自然な盛り上がりを形作っているのだが……。
「…………………………(汗)」
 しるくが無言で掛け布団を引っぺがす。
「うぅ〜〜ん、朱文殿ォ〜〜♪ とても良い香りですわ〜〜★」
 津軽、夜這いならぬ朝這いを実行中。眠る朱文の首に片腕を回して抱きしめるように添い寝しとる。

「助けてアグネスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ──────────────ッッッ!!」

 長洲家の一日がまたしても始まる。
 

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