小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[ムダに高い生活力で少子化が促進されるよう]

 やあ、諸君。私の名は杜若(かきつばた)。今年で38歳になる一介の公僕だ。現在、『国家調査室』という情報機関の責任者を務めており、国内外からのテロ攻撃に対する防衛・捜査や、敵性因子の可能性を含んだ組織・個人・物資・情報などの監視・管理を本業としている。今回は電薬管理局との合同調査により、偽P・D・S関連の事件の裏で暴利を貪っていた男の逮捕に成功した。が、まだ調査は完了していない。男に資金提供し、同様に甘い汁を吸っていた共犯者達も拘束せねばならない。男は今、電薬管理局の地下施設に拘置されており、昼夜を問わず厳しい尋問を受けている。だが、今のところ……裏のスポンサーにたどりつける情報は得られていない。管理局の分析官から交通局のシステムに不正アクセスがあったと報告を受けたが、敵の最終目的は何だ? それと、誘拐された弥富更紗くんはドコでどうしているのか……心配だ。よし、まずは朝食(コンビニ弁当)を済ませてからだ。今の季節、食中毒は生死に関わるから安物は決して買うな。機動戦艦ナ○シコを観ながら、一晩中激痛に苛まれる回収屋(バカ)にはなりたくないからな。(実話)


「はぁ〜〜い☆ 本日も蒸し暑く気だるい朝がやってきましたぁ〜〜! つ・ま・り、3分クッキングなんてクソ手際の良い仕事とかは無理なんで、『約30分クッキング』の始まりでぇ〜〜っす♪」

 ─――― ♪『おもちゃの兵隊のマーチ』・BGMが大音量で流れてる♪ ――――

「………………(汗)」
 エプロン姿のしるくの横で、何故かおさんどんの格好をさせられた弥富が突っ立っている。しかも、微妙に似合っている。
(コイツ……生活習慣をいちいちイベントにせんと気がすまんのか?)
 キッチンのテーブルに並べられた食材の数々――魚沼産完全無農薬コシヒカリ・有機栽培国産大豆使用の無添加味噌・天然にがりで固めた豆腐・高級白身魚のみ使用のかまぼこ・有明産一番摘みの味付け海苔・良好な環境とミネラル豊富な飼料で育てた鶏の鶏卵・富士山のバナジウム天然水…………など。
「いやぁ〜〜、さすがにこれだけ買いそろえると壮観ですね、先生☆」
「うん、そうだな。スーパーのレジのオバサン、ものすごく迷惑そうな顔してたな。早朝から意味不明な大人買いすんじゃねえって面だったよ…………って、先生とか呼ぶな」
「それでは先生、まずは米を炊いてみたりしたいんですが」
 そう言ってカナリ多機能な炊飯器を指差すしるく。その顔は、難解な数学の問題に恐れをなす学生の表情だ。
「はいはい、それではまず米をしっかりと研ぐぞ」
 ジャッジャッ、ジャッジャッ――
「研ぎ過ぎると旨みの成分まで流れ出ちまうから注意だ」
「研いだ米をお釜に投入しま〜〜す」
「で、水道水は使わずに、買ってきた天然水を入れる。できたらこのまま30分くらい水に浸けた後に炊くのが良いが、今回は時間が無いので――スイッチ・ポン」
「さっすがは先生! 炊飯なんて危険行為を容易くクリアしちゃいましたねッ!」
 爆弾処理かよ……。
「では、炊いている間に卵を焼いたりかまぼこ切ったり、ええっと〜〜……オマエは人数分の皿でも並べてて」
「承知しました、先生♪ ところで……“コレ”はどう料理するんでしょうか?」
 しるくが指差した先には、荒縄でグルグル巻きにされて床に転がる津軽の姿が。
「基本的には食えないから、このままそっとしてあげなさい。それが大人の優しさというもんだ」
「はぁ〜〜……無情ですわぁ〜〜」
 朱文に朝這いをしかけ、しるくにこっぴどく怒られた彼女は、本懐をとげられなかった乙女の顔でとっても残念そう。
「オ姉チャン、オハヨウ…………あれ? 朝ゴハンの準備してるの?」
 貞操の危機を迎えていたコトなど微塵も気づいていない朱文が、眠たい目をこすりながら慣れない生活音に反応する。
「そうそう、そうなのッ、そうなのよォ〜〜! 偉大なる朝ゴハン担当者の登場により、長洲家の朝は充実の一途をたどっているワケよ!」
 どんな誇大広告だよ。
 ズリズリズ〜〜リ……ズリズリズ〜〜リ……
「あふぅ〜〜ん★ 眠たそうな朱文殿の御顔もまたキュートですわぁ〜〜★」
 手脚の自由がきかない津軽が、朱文の立つ方向に尺取り虫のごとく接近。
「――えッ? 何? この声って……足元の方から聞こえてくるんだけど!?」
 全盲の彼にとって、フローリングを這ってくる奇妙な音は恐怖だ。
「ふんッ!」
 げしッ……
「うぐぅぅぅぅぅぅ……」
 ゴキブリを駆除する瞬間の主婦みたいな面で、しるくが津軽の背中を踏みつけて進行を阻止。そんなこんなで調理に勤しむ弥富。顔を洗って着替える朱文。無様に暴れる津軽とソレを観察するしるく……やがて時間は過ぎ、テーブルに朝ゴハン一式が並ぶ。
「まあ、何ということでしょう♪ 先生、見事な自炊能力です。この調子で家中の掃除と洗濯もお願いしまぁ〜〜す☆」
 食卓に着き、早速食べ始める三人。津軽はテーブルの真下でもがいてる。
「ああ、別にいいけど…………って、何だよ?」
 弥富の返事が予想外だったのか、しるくが小さくビックリした表情で一瞬固まっていた。
「……え、あ……いや、悪ノリして冗談言ったつもりだったんだけど、マジレスされちゃったから……アハハハハッ(汗)」
「気にすんな。誘拐された身だけどよ、他人様の家にタダで寝泊まりしてタダ飯食わせてもらってんだし。最低限のコトはしてやるよ」
「むッ、もしかして……そうやってアタシの心証を良くし、逃がしてもらおうって腹じゃないでしょうね?」
 カマボコに醤油を垂らしながらしるくが睨みつける。
「そこまで器用ならニート予備軍なんかになってねーよ」
 だし巻き卵を箸でつまみながら、弥富はごく自然に呟いた。
「ふ〜〜ん……じゃあさあ、もし……もしものハナシなんだけどさ。万が一、アンタをアタシの雇い主に引き渡す必要がなくなったなんて事態になったら、頼み事聞いてくれる?」
「どんな?」
「うちの専属家政夫として雇われてよ」
「…………何だそりゃ」
 弥富の視線が冷たい。
「別にいいじゃ〜〜ん。アンタ、バイトもしてないし、将来の展望とかも特になさそうだし。このまま惰性で一人暮らししててもさ、社会の害悪にしかならないよ。だ・か・ら……ね?」
 そう答えるしるくの顔は笑顔だが、言ってる内容は失礼極まりなしだ。
「オマエなあ……俺の生きる気力を削ぎたいの? それとも、朝からドSの性癖がうずいて仕方がないの?」
 弥富、自嘲気味の面持ちで豆腐入りの味噌汁をすする。
「気にしないでください。オ姉チャン……最近、ちょっと寂しがってるだけだから」
 味付け海苔で御飯を巻きながら朱文が呟いた。
「ちょ、朱文ッ! 変なコト言わないでよッ!」
「だって、父さんも母さんも……まだ戻ってきてくれないし」
「戻ってくるワケないじゃない。何も言わずに娘と息子を残して蒸発するなんて……理由はどうあれ、そんな親なんかいらない。朱文、アナタはアタシが責任をもって育てるし、その目も必ず治してあげる。約束よ」
「オ姉チャン……」
 空気がとってもシリアスで重い。
「朱文殿の事ならわたくしが力になりますわ。良い医者を紹介致しますし、身の回りの世話もそれはもうかいがいしく――」
「変態はお黙りッ!」
 ゲシッ……
「はぐぅぅぅぅぅぅ……」
 テーブル下の住人が蹴られた。

 ─―ピンポ〜〜ン♪ ――ピンポ〜〜ン♪
「おはようございますッ! 宅配便でぇ〜〜ッす!」

 玄関口から元気の良い声が聞こえた。
「おおっと、もう着いたんだ。さすがはアタシの雇い主。乙女の逸る心を分かってるぅ☆」
 しるくは箸を置くと玄関まで走って行った。
「何だ? えらく楽しそうだったが、何が届いたのか聞いてる?」
「い、いえ……ボクは何も……」
 朱文も困っている様子だ。
「ひゃっほォ――――――い! さあ、さあ、さあ、ついに手に入ったわよ!」
 数分後、食卓に戻ってきたしるくの手には、立方体の形をした少々大きめの物体が二つ。厳重に包装されている。
「えらく大事そうだが……お中元でも届いたのか?」
「うんにゃ。コレはアタシの雇い主からの特別報酬よ〜〜ん★ とって貴重なペットを二匹ももらっちゃった♪」
「ペット? 珍しい爬虫類とか猛禽類か?」
「禁魚」

「ぶぅうううううううううううううううううううううううう――――――――――ッッッ!!」

 弥富が盛大に味噌汁を吹いた。
「なッ……な、な、な、何でだよッ!? 禁制品だって知ってるだろッ!?」
「うっさいなあ。四匹も禁魚飼ってるヤツに言われたくないわよ」
「い、いや……俺の場合は成り行きで仕方なくであって……って、オイ!」
 しるくが早速、包装紙を破る。中から出てきたのは、専用のアクリル水槽で泳いでいる魚類。見た目には合法的な愛玩動物である金魚と大して変わらないが、その本性は非常に多感で人間性を理解する高等動物だ。本来は、重度の精神疾患を治療するために遺伝子操作で生まれた生物だが、現状の法律では所持するだけでも重罪に問われる危険物。
「こりゃカワイイ〜〜☆ 色艶も良くて健康そうだし、名前をつけて後で大きな水槽に移してあげないとね。ねえ、何かイイ名前思いつかない?」
 禁魚は『ピンポンパール』が一匹と『東錦(あずまにしき)』が一匹。どちらも金魚の市場では人気の高い品種だ。
「水槽の下の所にシールが貼ってあるけど、ソレに書いてあるのが名前じゃねえのか?」
「あ、本当だ。ええっと〜〜……ピンポンパールの方が『堀口(ほりぐち)』で東錦の方が『三卯(さんう)』か。う〜〜ん、名前のセンスは大失格って感じね」
「そんな事より……オマエ、禁魚なんかどうする気だよ? 専用インカムも同梱されてるしよ」
「もちろん、偽P・D・Sを使って仮想空間でコミュニケーションをとるのよ。全ては朱文のためにね」
「…………なに?」
 急に真剣な表情を見せたしるくに弥富はただ動揺するしかなかった。

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