小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[敵キャラが重要な情報をゲロするのは死亡フラグだよう]

 うん? ああ……私かね? 私は電薬管理局・実動課の責任者を務める宇野という者だ。現在、逮捕した超重要敵性因子を尋問している。相手の名は『Mr.キャリコ』――若干28歳にして国内における最大規模のサイバーテロを画策し、それを実行しかけていた張本人だ。彼はニート予備軍で特に取り柄もない弥富更紗と同じアパートに身を潜め、すぐ隣で活動していた。これには我々実動課も完全な想定外で、逮捕に執念を燃やしていたエージェント・津軽にとってもやりきれない事実だった。が、今は電薬管理局の地下施設で拘留されている。もう逃げ場は無い。これにより、偽P・D・Sが原因となる事件は確実に減少するだろう。しかし、実動課としてはまだ安堵するワケにはいかない。Mr.キャリコを合法ギリギリまで絞め上げ、共犯者達に関する情報を吐かせなくては……。それはそうと……津軽からの定期連絡が全くこなくなったんだが、何かトラブルに巻き込まれているのでは?


「どうかね、朝一からこんな無機質な空間で取り調べを受ける気分は?」
「…………極めて眠い」
「だろうな。不摂生な夜型生活をしていた人間には耐えられんだろう。だが、これから先は健康的で時間のルールにしっかり縛られた生活が送れる。死ぬまでな」
「だろうね」
「社会に相応の損失を与えた者は、それに見合った刑罰を受けねばならない。家のガラス窓を割ったら親に正直に話し、許しを乞う。子供にも理解できる理屈だと思うんだが」
「私の親は何も言わなかった。窓を割ろうが飼い犬を殺そうが……子供に対して無関心だった。だから、一度ぐらい叱られたくて包丁で刺したんだ。そしたら、何も言わずに死んじゃったよ……クククククッ、アハハハッ、アハッ♪」
「………………」
 時間は午前7時。場所は電薬管理局の地下拘留室。前日まで住んでいたアパートよりも狭い空間で簡易テーブルを挟み、実動課長の宇野とMr.キャリコが向かい合って座っている。今のところ、有用な情報は得られていない。
「君の出生と経歴に関して調べておいた。本名は『平賀青文(ひらが あおふみ)』。都内の情報システム系大学を中退後、行方をくらまして社会とも親戚とも一切の繋がりを消している。で、数年前……偽P・D・Sという非常に依存性の高い“薬物”を開発し、ネット社会の裏舞台に君臨する」
「“他人の力を頼りにしてはいけない。頼るべきものは、ただ己の力のみである”」
「…………ナポレオンか。自分はネットの海を支配する皇帝とでも言いたいのかね?」
「ネットの世界は偉大だ。差別なく平等に情報を与えてくれる。まさに、人類に残された最後の聖域……だが、国家はその聖域ですら統括し、自分達の監視下に置こうとする。だから、私が汚れ役を担った。もう少しだった……後一歩のところで本懐を遂げられたッ!」
「なるほど。コルシカ島という安アパートに座し、自分の力を表の社会でも誇示したい欲求に耐えられなかった。結果、最も大事な瞬間に油断した君は仲間に裏切られ、こうして現代のセントヘレナ島に拘留されている。ナポレオンはこうも言った――“戦いの結果は、最後の五分間に決まる”と」
 宇野が哀れむような声で言う。
 ヒュイィィィィィ――――――
 出入り口のドアが上にスライドし、スーツ姿の男が一人加わった。
「アハハッ……これはこれは、公僕の親玉がこんな朝早くから御出勤とは。この国が相変わらず平和であると再確認しましたよ」
 入って来た中年男性に対し、Mr.キャリコは皮肉タップリに鼻で笑った。
「何か使える情報は?」
「いえ、頑固一徹です。自分のした事を肯定したくて仕方がない、依怙地なガキと同じです」
 入って来た男――国家調査室長・杜若に溜息混じりで答える。
「ネットの海でふやけたままの頭にも理解できるよう、私が非常に分かりやすく言ってやろう。君が関与したと思われる事件全ての罪状を合わせると、世界一の弁護士を雇えたとしても無期懲役は逃れられん。要するに……テロは終わった」
 杜若は席に腰を下ろし、Mr.キャリコを指差しながらキッパリと言い放った。

「アハハハハッ……アハァァァァァ〜〜ハッハッハッハッハッハッ――――――――!!」
 抱腹絶倒。

「そんなにオモシロイ事を言ったつもりはないんだがね」
 杜若室長が怪訝な顔をする。
「いやはや、失礼、失礼。あまりに見え透いた警告だったもんで、我慢しきれず……アハッ♪」
「………………?」
 宇野課長の方は何事かという表情だ。
「情報機関の人間が相手の完全な敗北を宣告し、勝手に量刑を押しつけてくる時は大概の場合、手詰まりで進展が無い事の証明だよね。要するに、私とつながりのあった連中を一網打尽にするためには、私から情報を引き出すしかない。しかも、決められた短時間で」
「室長……まさか、司法取引を御考えですか!?」
 宇野が思わず立ち上がる。
「事件の中心人物を拘束したにも関わらず、解決の目途がたたないでは済まないのだよ。これは、上層部からの指示だ」
 杜若は少し悔しそうな口調で呟いた。
「しかし、この男の免責を認めれば、ネット内に巣食う“子”や“孫”共をより一層活気づかせる事になります。ネットの裏社会において『Mr.キャリコ』の名はまさに英雄。全ハッカーから敵視される電薬管理局が保釈せざるをえなかった……そんな事実が露見すれば、連中はこう考えるでしょう――――“電薬管理局は決して無敵ではない。やり方次第で攻略できる”……と」
 今のところ、電薬管理局がサイバーテロの脅威に屈した前例は無い。今回の件もカナリ危うかったが、なんとか収拾できた。が、それはハッカー達が常に単独で攻撃を仕掛けてくるからであり、単純に組織の物量の前に敗退しているだけ。もし、連中が何かの気まぐれで手を組み、組織として機能し始めたら非常に危険だろう。で、Mr.キャリコの免責はその“気まぐれ”を発生させるのに充分なファクターを含んでいるのだ。
「上層部が注目しているのは、偽P・D・Sを巧妙に一般へ広め、必然的に発生する裏の経済効果の恩恵を最も多く受けている者だ」
「要するに、新型の偽P・D・S開発に必要な設備やネット環境に投資してきた連中……陰からコイツを擁護してきたクズの事ですな?」
 宇野はMr.キャリコ――本名・平賀青文を指差して目を細める。
「そうだ。現在までに確認された偽P・D・Sの全てのバージョン……ネットで手軽に無料で配布されているモノから、裏サイトで直接購入するしかない高級品まで、そのクズ共が必ず一枚かんでいて、売り上げの一部がヤツ等のマージンとして徴収されるシステムになっている。その額は一つのバージョンだけをとっても莫大。にも関わらず、中心人物と目されていた平賀は何のセキュリティも無い安アパートに住み、現場検証した分析官からは、金を持て余している人間の生活臭は全く無かったと聞いている」
「なるほど。金の流れに不審な点が多いワケですな?」
「そういう事だ。この場合、考えられる金の行き先は三つ……一つは、単純に平賀には金銭に関する興味が薄く、クズ共がその殆どを蓄えている。二つめは、今回のような大規模なサイバーテロの準備に必要な費用として、既にハッカーや裏仕事を専門とする非合法員(イレギュラー)にバラまいてある。そして、三つめだが――」
 杜若は座っている平賀の背後に歩み寄り、彼の両肩にポンッと手を乗せた。
「オマエの隠し口座を見つけたんだが、残高は3600円しかなかった。で、引き出された全額は国外の銀行に移されていて、既にこちらからは手を出せない状態だった。これは一体――」
「――――――――――――――――アハッ☆」
 平賀の瞳がパッチリと開き、してやられたみたいな苦笑いを浮かべた。
「『3600円』というのは“彼”に残ったわずかな人間臭さの証明さ」
「…………彼?」
「プー左衛門の肉体だよ。あのヌイグルミは私が近所の量販店で買ってあげたヤツ。処分セールで3600円だった」
「そうか。良い仲間だな。恩義の分はしっかり残し、後は自分のおかげで稼げた分だから根こそぎ持ち逃げ。トカゲの尻尾にされたヤツにはいつも同情するよ」
「同情、結構。プー左衛門には裏切られたけど、スポンサーとして貢献してくれたおかげで、政府の情報機関をここまで焦燥させられた。そして、これからネット住人のダレもが知る――“完璧な絶対性など無い。どんなに強固な組織にも穴はある”ってね」
 平賀が杜若を睥睨する。
(やはり、そうくるか……!)
 宇野の表情が一層険しくなった。
「室長、少々宜しいでしょうか?」
 彼は出入り口のドアを開けると、杜若を拘留室の外に誘う。
「…………ああ」
 どんな議論をふっかけられるかは予想できる。杜若の顔も重々しい。
 ヒュイィィィィィ――――――
 ドアが閉まり、二人が顔を突き合わせる。
「室長、薬物の使用の許可を」
「――――――ッ、課長!?」
「自分の国の法律は知っています。薬物を使って自白を強要する事、拷問や暴力で情報を引き出す事……どちらも違法でモラルの是非を問われます。が、モラルは平常な社会であってはじめて必要なモノ。このまま免責と引き換えにヤツを解放すれば、確実に平常な社会が失われていきます」
「だが、しかし……」
「上層部の指示を直接受けたのは室長だけです。なら、私は室長からその指示内容を聞かされる前に、既に強引な尋問を試してしまった……そうすればいい。これならバレても私がクビになるだけで済みます」
「宇野課長……」
 杜若室長はただならぬ気迫に押され、アゴに手をあてて俯き加減で思案する。国家調査室とて、クリーンな任務ばかりを実行してきたワケではない。違法な秘密工作を国内外で実施した例はいくつもある。
「…………いいでしょう。自白剤の使用を許可します。ただし、拘留室内の監視カメラは切って――」

 ――――――――ピッ

「何だ?」
 急に拘留室のドアの電子ロックが起動し、施錠された。
「おい、どうした?」
 宇野課長が隣のモニタールームに駆け込み、尋問の様子をモニターしていた分析官に声をかける。
「わ、分かりません……! 急にエラーが発生して……システムがこちらのアクセスを受けつけません!」
 分析官の焦りようから、単純な誤作動や電圧異常が原因ではなさそうだ。そして――

<くぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>

 けたたましく不吉な笑い声が地下施設中に響き渡り、宇野と杜若に戦慄がはしる。モニタールームの全モニターと、拘留室内のテーブルに置いてあるノートPCのモニターに映る……可愛らしいクマのヌイグルミ。
「やあ、プー左衛門」
 一人だけ全く動揺する様子の無い平賀。彼はPCモニターにそっと指を添え、口元を歪めて微笑んだ。

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