小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[とりあえず、見なかった事にしよう]

「よし、二人で一気に引っ張り出す! 踏んばるのじゃ!」
「わ、分かりました……」
 床下よりニュッと現れた手を、土佐と郡山の二人がかりでガッチリつかみ――
「せいやああああああああああッッッ!!」
 ズルリ……
 捕獲完了。
「あの……どちら様?」
 いつも通りのリアクション。またもや妙な人物が増えた。
「御主人よ、この女を使えば上手く死骸を処理できるぞ」
「…………おい、ジジイ。ちょっと、こっち来てくれるか」
 そう言って弥富と土佐は物陰へ。未だに倒れてる浜松を軽く踏みつけながら。
「いくらなんでもアレはマズイって……いや、マジで」
「何がじゃ?」
「その……アレだよ、キャラの作り過ぎっていうか……ほとんどエロゲーのキャラだぞ」
「みなぎるのは構わんが、気をつけよ。危険な女じゃ。外見に惑わされてはいかん」
 土佐の言う外見――フォックスタイプの銀縁メガネをかけ、黒髪の太い三つ編み。年の頃は三十代半ばくらいで、結構な長身。そして、最も目についてしまうのは……
「出おったな、エロ人妻がッ! その爆乳とデカ尻が不愉快なのよッ! 少しくらい分けろよ、バカヤロー!!」
 浜松が甦ってツバを吐く始末だ。
「浜松とメガネキャラかぶってるだろ。空気読めよ。そして、ポチはつるぺったん」
 幼児体型が新キャラの脚をポコポコと蹴ったりする。
「や、やめてください〜〜、痛いですぅ! 子供達が怖がってますぅ!」
 彼女の周りを囲むようにして、小さな男の子と女の子が二人ずつ、ビクビクしている。まるでプチ保育園だ。
「オマエのガキ共なんかポチがいじめてやるぞ〜〜」
 と、両手を振り上げてプチ保育園へと突っ込んでいく。
「はいはい、黙りなさ〜〜い」
 ポ〜〜ンと投げ込まれるゲーム機とヌイグルミ。キャッ♪ キャッ♪ と、群がってくる四人のガキ共……+ポチ。
「あの〜〜、ところで何か用ですかぁ?」
 肉感美女が困った声で呼びかける。
「アンジェリーナよ、オマエに人間の死骸を処理してもらいたい。できるな?」
 土佐が女を睨みつける。それにしても……
(病原体に『アンジェリーナ』って……ドコの女優だよ?)
 弥富の視線は何故かさっきから彼女に釘付け。
「ちょいと、こー君。さっちんの様子が何か変やで」
「ええ、確かに。なんだかドキドキしてますね」
「なんとふしだらなッ! 性欲センサーが振り切れてるしッ!」
 三匹の野次馬がヒソヒソと。つーか、性欲センサーって何?
「あ、あの〜〜……アンジェリーナさん? 俺、ここの住人なんスけど、どうして床下に?」
 弥富、少々耳が赤い。
「ちょいと、こー君。さっちんたら、敬語使っとるで」
「ええ、確かに。なんだか落ち着きがありませんし」
「目を覚ませ、更紗ッ! オマエは今、病んだ性癖に惑わされているんだッ!」
 情緒不安定は黙ってろ。
「わたくし暖かい場所が苦手でしてぇ、子供達と床下でひっそり涼んでいたんですぅ」
「さ、左様ですか。ところで、コレなんですが……」
 弥富が深見・父の遺体を指差す。業者さんに仕事を頼むような感じで。5千円とか8千円とかで。
「あらまぁ〜〜、御可哀そうに」
 そう言って彼女はメガネを外し、遺体の傍にしゃがみ込む。そして――
 ――――カプッ☆
 噛みついた。遺体の首筋に躊躇なく噛みついた。
「おいッ、ジジイ!」
「何じゃ?」
「どうなってんの!? 何か噛んでるしッ! 吸ってるしッ!」
「ふむ。そのようじゃな」
 完全に他人事だ。
「うわ〜〜〜い♪」
 更にはアンジェリーナの子供等が駆けて来て、背中や腕や頭へと食いついていく。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ―――――――――――ッッッ!!」

     ※描写に適さない光景のため、しばらくお待ちください※

「落ち着け、更紗ッ! 連中はああやって、生物から養分を吸い取るんだよ……なんとおぞましい!!」
 浜松が彼の身体を揺さぶりながら声を上げる。
(そんなバカな……現実には存在しないアバターで遺体を!?)
 遺体はみるみる干からびていく。まるで、塩化ビニールの人形から空気が抜けるみたいに、小さくしぼんでいくのだ。
「やっぱ……ヤバイ人なのか?」
 弥富が少々引き気味で郡山に問う。
「ええ、もちろん。この時季ですから大人しいですが、春先や秋口だったら非常に危険でした」
「う〜〜ん……外見的にはとてもそうは見えんが」
 この猟奇現場は別として、弥富にとってはまさにストライクゾーン。マジで恋する5秒前だ。
「男はすぐ外見に騙されるからなァ……ええか! 女なんてのはな、神様から男を騙すための肉体をもらっとンねん! 赤ん坊はマネキンの乳首に食いつき、中学生は日々変化するクラスメイトの体を凝視して、男性ホルモンを分泌させる! で、アキバ系は二次元からの脱出を諦めるンや!」
「いや、完全にそりゃ偏見だ」
 とか言ってる内に、深見・父の遺体は文字通り骨と皮だけになってしまった。
「ふぅ、ごちそうさまでしたぁ♪」
「ごちそ〜〜さまでした〜〜☆」
 母と子供達が口元をフキフキ。
「では、御主人。後はコイツを燃えるゴミの日に出せば、問題無しじゃ」
 さらっと完全犯罪が成立した。コレばっかりはコ○ン君にも解けまい。
(やっちまった……俺、とうとうやっちまったよ!)
 ゴム手袋着用。ゴミ袋用意。空気の抜け切ったダッチワイフみたいなのを、ガサゴソとお片付け。

           ―――――― 10分後 ――――――
「はいはい、皆さんそろったかな? これより、第二回『人類と魚類の朝まで生討論会』を始めるよ〜〜」
 本日も世界は平和。だけど、このアパートの一室だけは悪ノリ全開中。弥富がホワイトボードの前に立つ。現在、1LDKはキャラの増員により、芋を洗い過ぎ状態。現実ではないのに、みるみる湿度が上昇しているように感じてしまう。これもP・D・Sの驚異と言える。
「さっちん、一つ質問やけど」
「はい、質問は体中の汗を拭いて、下着の汗染みを隠してからにしろ」
 出雲、却下された。
「更紗先生、質問ッ!」
「何だ? 落第生の浜松」
「反省の色って何色ですか?」
「オマエの脳ミソと同じ色だ。だから、反省して廊下に立ってろ」
 浜松、バルコニーで直立不動。
「いいか! 今、最も俺が知りたいのは……コレが一体ダレなのかだ!」
 そう言って弥富はゴミ袋の中身を指差す。
「深見素赤さんの父親ですね」
 郡山が事も無げに言う。
「絶対違うだろッ! 言動が完全にスパイ臭かったぞッ!」
「弥富さん……スパイとか諜報員とか、悪の秘密結社なんていうのはフィクションです。本気にしてはいけない」
「そうじゃな。が、この男の通信内容から察するに、電薬管理局に雇われた可能性が高い。身元云々はともかく、この男からの連絡が途絶えたとなると、御主人は確実に怪しまれ、先方はより強引な行動に出るだろうて」
 土佐がとっても不吉な事を言う。つまり、25年の平凡過ぎる人生に、逮捕フラグが立ちまくったワケだ。
「けど、おかしいなァ……うち等は超高性能な生体ファイアー・ウォールやで。いつの間に突破されたン?」
「ええ、そこなんです。突破された痕跡はボクも確認していません。となると、ゴミ袋の中身は深見素赤さんを監視する役目を担っていて、彼女の最近の行動からここを突き止めたのでは?」
「監視って……実の父親が娘をか!?」
「弥富さん……実の父とは限りません」
 郡山が意味深なことを呟く。
「俺は葬式で姿を見ている! 間違いない!」
「御主人よ、可能性だけで推測するのでは切りがない。ここからは課外実習といこう」
「――――は?」
 土佐が何かガサゴソと準備し始めた。丈夫なビニール袋、携帯型エアレーション、ポチ。
「この部屋に引きこもっていても解決せん。情報を足で拾いに行くとしよう」
「よっしゃああああああああああああああああッッッ!!」
 反省していた浜松が万歳ポーズで雄叫び。窓ガラスを突き破り、一回転して華麗に着地した。
「………………おい」
 弥富が今後の展開を予想して、あまりにイヤな顔になっている。俺を一体どうする気なんだ? 外に行くだと? バカなッ、オマエ等は知らんのだ。外の……現実社会の恐ろしさをッ! オマワリさんがいつもウロついてて、獣みたいに目を光らせている。この小説の作者なんか、大学生時代に逃走中の殺人犯と間違われて、道端でパトカー2台に前後から挟まれ、不審尋問された事があるんだぞ!!(実話)
「ボサッとするな、更紗ッ! 40秒で仕度しなッ!」
 無理だバカヤロー。空を見上げてもラ○ュタは飛んでねえよ。それはそうと、浜松は何がそんなに嬉しいのか、やたらとはしゃぎながらコスチュームチェンジ中。
「ま、要するに、袋に水をタップリ入れて、ボク等といっしょに調査に出かけるワケです」
 郡山に悪意は全く無い。ただ、禁魚全員に言えるのは――
(コイツ等、絶対ノープランだろ……)
 多分、俺は試されているんだ。神様の与えた試練なんだ。クリスマス当日のコンビニが、男性アルバイトばっかりになるのと同じ仕組みなんだ。そうだ、そう考えよう……。
「では、各自速やかに外出の準備をッ」
 土佐の号令に従い、とりあえず悪意は無い連中が散る。部屋にはポチだけが残り、膝を折ってポツンと座っていた。
「…………何だよ?」
「外は嫌いか?」
「ああ。遠出すると不安になる」
「ポチは水槽から出たことない。だから、連れてけ」
「うらやましいな……好奇心一杯でストレスも感じない。こんなに人間臭いのに」
「オマエは人間のくせに、人間らしくないな。どうしてそうなった?」
「無表情で聞くなよ。事情聴取受けてるみたいだろうが」
「ポチ達に人類のような感情は無い。だから、無表情」
「じゃあ……禁魚達のバカみたいな言動は何だ?」
「P・D・Sに不可能は無い。感情は常に演出される」
 クスッ……
 一瞬だけ、ポチの口元が歪んだように見えた。俺はインカムを外し、またもや一人ぼっちになった部屋で、混沌とした胸中を制御しようと苦しんでいた。

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