小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

[振り返ればヤツが……増えてるよう]

「全員整列ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜ッッッ!!」
 ――ザッ!
「これより点呼をとる!」
 ――ザッ!
「郡山!」
「は〜〜い!」
「出雲!」
「はいな☆」
「土佐!」
「うむ」
「ポチ!」
「さあ、食えよ」
 ――ザッ!
「ここに精鋭四名と携帯食がそろった。弥富の言う通り、外にはいかなる危険が待ち受けているか、想像もつかない。よって、諸君等には命をかける程の覚悟をしてもらう……分かったかッ!?」
「質問宜しいでしょうか? 浜松軍曹」
「何だ? 郡山伍長」
「ボク達……何で軍服?」
「あたしの趣味こそが最優先事項だッ!」
「質問ええかなァ?」
「何だ? 出雲兵長」
「うち等……ドコ行くンや?」
「地平線の彼方だッ!」
「ちょっと、いいかのう?」
「何だ? 土佐二等兵」
「お主の真後ろで、ダレかが拳を振り上げとるぞ」
「ぬッ、殺気ッ!!」
 ぐしゃ……
 浜松軍曹の顔面にめり込む一撃。
「静かにしろよ、バカ共」
 弥富がものすごく厳つい面で登場。足下に鼻血を吹いた浜松軍曹が転がる。
「質問するぞ、弥富少佐」
「何だ? ポチ衛生兵」
「ドコで何をすればいい?」
「街に出る。そして……『享輪コーポレーション』に行く」
 弥富は覚悟した。ここで引きこもっていても、確かに進展は無い。人が死んでいる……しかも、自分の部屋でだ。警察に届けるワケにもいかない現状、彼は初めて感じる衝動にかられていたのだ。
「弥富少佐、具体的に享輪コーポレーションで何をするんですか?」
「深見素赤について調べる。彼女がオリジナルP・D・Sとどう関係しているのか……どうしてそんなモノを俺に託したのか……知っておくべき事は山程ある」
「おおッ、さっちん少佐が珍しくシビアやで!」
「で、会社のある『アキバ』という街へ行くのか?」
「ああ。そうだ」
「それって……隣町じゃぞ」
「だから何ッ!? 電車で一駅の距離だとマズイのッ!? それ以上の遠出なんて怖くてできるかッ!! 俺は新宿駅で迷子になって、ガチで泣きそうになった事がある筋金入りなんだぞッ!!」
 本日もヘタレっぷりを暴露中だ。

 ―――――――― で、一同はアキバの街へ ――――――――

 ※この街の特徴を下記にまとめてみました。
           ↓
{カメラを首からさげた白人のカップルが2、3組は必ずいる}
{ケバブの店が妙に多い}
{野郎率が高過ぎて、屋内は湿度が急上昇する}
{リュックサックは体の一部}
{美女が商売して、ブサイクが金を出す}

 ――そんなカンジ。そんな街に着くまでの電車の中で、弥富はなんかもう……憔悴していた。混雑する車両の中で、タップリの水が入ったビニール袋を抱えて立ってるから。しかも、中には四匹の大きな魚類が泳いでるもんで、注目されるコトこの上なし。
(見ないで……俺を見ないで……)
 他人の視線がチクチク刺さってイタイ。電車よ、頼むから早く止まってくれ。
 キイィィィィィィィィ――――
 止まった。弥富は俯き加減で足早に電車を降り、階段を駆け下りる。そして、一目散に駅のトイレへと駆け込んだ。
バタンッ!
 勢いよく閉められる個室の扉。便器のフタの上に腰かけ、荒い呼吸を整えようとする弥富。他人様から見れば、圧倒的に不審者だ。
「よし。とりあえず、第一ポイントに到着だな」
 浜松軍曹がビシッと起立している。今度は眼帯まで装着して、悪ノリは絶好調だ。
「…………おい」
 弥富がうんざりした感じで呟く。今、禁魚の入った袋にインカム・αが付けられ、カバンの中のラップトップにはポータブルHDがつながっている。外でもネットにつながるよう、専用のプリペイドカードを使っているのだが……腰かける弥富を中心に、周囲にはいつもの四匹が立ってるワケで。
「自分で言うのもなンやけど……うち等、何をしとンねん?」
 確かに。一つの個室に総勢五人が集合。しかも、アーミーなコスプレで。
「痴れ者がッ! これより、今後の作戦内容を説明するのだよッ! 諸君、コレを見たまえ!!」
 と、浜松軍曹が紙キレを一枚ずつ配る。そこには下記のように書かれていた。

         『作戦名・当たって砕けた★』
 作戦の手順…………1.正面から本部ビルに突入
                ↓
          2.深見素赤の勤務していた部署に突入
                ↓
          3.それっぽいHDを根こそぎブンどる。
                ↓
          4.笑顔で無事に脱出
                             ――以上。
「…………おい、ハナっから砕けてどうする」
「つーか、浜やん軍曹……完全に勢いだけやン」
「ええ、ただの無謀ですね」
「若いモンは死に急ぐのう」
 不平不満の空気が漂う。
「知恵が足りない分は根性でカバーしろッ! 我々は特攻野郎・Zチームであるッ!!」
 要するに、行き当たりばったりです。
(………………よし)
 ちょっと勇気が足りなくて、無理矢理絞り出してみたデリケートなヤル気が、この場において役に立たなかった。亡き友人のため? 所詮は自己満足じゃないのか? ……そんな自問を始めそうになったから、弥富はインカム・βを外した。そして――
 カチャ……
「よし、しばらく大人しくしてろ」
 弥富は軽く何か始末をつけたかのように頷き、禁魚の入った袋をコインロッカーに入れた。つまり、彼の現実逃避タイム。日本有数のオタク街は、いつも癒しを与えてくれるから。
「あ〜〜☆ アドレナリンが良い具合に分泌される〜〜☆」
 弥富、ヘヴン状態。そこいら中に立っているメイドに声をかけられ、店頭モニターは最新機種を宣伝し、ギャルゲーのBGMが流れている。オタクに生まれてよかったあああああッッッ!!
 彼はすっかり街に溶けている。ダレからも干渉されず、ダレにも干渉せず、ひたすら一人で街をねり歩く感覚が好き。この街の空気はいつもと変わらない……ハズだったのだが、何か……妙だ。ほんのごく一部、周囲と明らかに同調できていない箇所が、弥富の背後から接近しつつある。その距離、約5メートル。黒のフォーマルスーツに黒のサングラスを着け、紺のネクタイに革靴。オールバックにした黒髪に少々厳つい面。この威容がオフィス街だったなら大した問題ではなかったが、ここはオタク街。メチャクチャ目立っていて、周囲の視線を独り占めしちゃってる。まあ、コスプレ歓迎の街だから色んな人が集まってくるにしても、やっぱ様子がオカシイ…………つーか、何か俺の方をやたらと見ていないか? サングラスを着けてるから、視線の先がドコに向けられているか断言はできないが……。
(と、とりあえず……しばらく歩こう)
 不可解な事件に巻き込まれている身だから、余計な想像力が働いてしまうのだろう。なんか、殺気にも近い空気を感じる。まさか……
 弥富がゆっくりと振り向く。すると――
(…………増えてる?)
 さっきまで確かに一人だけだったのが、いつの間にか三人になっている。全く同じ格好して、同じ面したのが増えている。
(いやいやいや、あり得ねえって……!!)
 弥富に悪寒がはしり、自然と歩くスピードがアップする。振り向いてはいけない。コレは単なる偶然のイタズラだ。彼は自分にそう言い聞かせてみたが、危険に対する反射と好奇心には勝てず、再度、そっと後ろを振り返る。

(ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――――――――――ッッッ!?)
 また増えとるッ! 五人になっとるッ! なんちゃら戦隊になっとるッ!

 ――――ダダッ!
 弥富はダイレクトに身の危険を感じ取り、駆け出した。それに合わせて無言の追跡者達も走り出す。
(追われているッ! 間違いなく狙われているッ!)
 もう、泣きそうだ。涙で視界がボヤけだしている。とにかく、止まってはいけない……が、ドコまで行けばいい? やはり、交番か? よし、左の横断歩道を渡った先に見える! 緊急事態に対処するにはオマワリさんに限る! 弥富は“他力本願”の四文字が大好きだった。

-8-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える