「さぁ、どうする? この取引、チャンスだと思わない〜?」
怪しげな猫なで声が頭の回転を鈍らせるが、答えはすぐに出ていた。
「―――…働くよ、また、あんたんとこでさ」
そう言ってやれば店長は、奇声を発し、その次にフニャリとした喜びの声をあげる。
耳がキーンとしてたまらない、。
「それはそれは、嬉しいなぁ。っははは、これは予想外だよ。君という人間は随分とレディーファーストなんだねぇ、これこそ日本人のあるべき姿…! ははははっはは」
「…あたりまえだ、それよりも綾乃はどこにいる? 取引はもう終了したんだから教えてくれ」
「フフ、じゃあ彼女のいる場所を今から教えちゃうから、覚えな」
やけにすんなりと教えてくれたような気がするのは気のせいなのか、?
「2丁目、西製鉄工場……」
念のためメモした場所があっているかどうか言った。
「そう、それであってるよ。早く行ってお姫様を助けるんだね、王子君っ」
弾んだ声で店長は返事し、姫だか王子だかってうるさい。どうでもいいのでスルー。
「さようなら、2度と会いません」
「そーだねっ! 私と君はもう2度と会えないよ、永遠にね。 あ、がんばってね、ちゃんと姫を救い出しなね! 結末はもう…」
プツリ
電話を耳からはなして綾乃のいる場所へ足を急いだ。
「待ってろよ、綾乃!」
一時間ほどたったのだろうか、電車を降りて工場のほうへ行き、今自分はその目的地の中へ入った。
中は薄暗く、錆びた鉄のにおいが充満していてお世辞にもいいものではない。
積み上げられた鉄細工をどかし、綾乃を呼ぶ。
「あやのーーーっ」
呼んでも返事は無かった。
ただ、自分の視界に゛ソレ゛が入ってきた。
「(…なんだ、これ? 水?)」
どこからか流れてきたその液体に好奇心で指先をつける。
―――――ぬめりっ。
生暖かい感触がサッと皮膚を伝わり、体内から変な汗を引き起こす。
意味のわからない感覚に陥ったせいかいつもならするはずの無い事をした。
その、ぬめりとしたものを舌に擦り付けたのだ、自分は。
敏感な舌はジーンとしたソレの味を引き伸ばし始める。
口内で広がるソレはまさしく、…血液だった。
自分は、ソレがそういうものだったとわかると同時にソレを口内から床に吐き出す。錆びた鉄のような風味が離れてくれぬまま、その血液の流れを見つめ、たどる。
ずっと、どこかへ続いていく血液はだんだんと量が多くなり錆びた鉄のにおいもそのぶん強くなる。
そしてようやく、見つけることができた。
「う、嘘だああああああああああああああああああああああああああああっ!」
血まみれの綾乃を。