―原因を作ったのは私―
矢木矢さんは目を寂しげに細めてはにかんだ。
「これで俺の話はおしまい」
その低音の声にさえ今は悲しさが宿っている。
「あーつかれた」と言って彼は畳につっぷし、私を下からチラリと見た。
あたしはその視線にどう答えてあげればいいのかわからなく目をそらした。スカートの裾を強く握り締める。
それは矢木矢さんの話に出てきた店長、その人の言動が許せなくつい自分の行動にでただけ。
そんな人間大嫌い、大っ嫌い…!
なんでそんな奴の身勝手な理由で矢木矢さんと綾乃さんが被害を受けなきゃならないの?
なんで大人のくせに、あたしよりも年上のくせに、どうしてそんな簡単なこともわからなかったの。自己中すぎる行動とって何が面白いの何が快楽だ。
「なんで、おまえが泣くんだよ」
畳につっぷした矢木矢さんが黒い瞳を揺らしながら不思議そうに聞く。
なんでって、だってこんなひどい話聞いたら誰だって泣くよ。
「な、なにも悪い事してないのにこんな事するなんて…酷すぎる。自分勝手な理由で矢木矢さんと綾乃さん傷つけて傷つくって危害加えたやつは傷つかないでいるなんて不公平すぎるよ! 警察行こうよ矢木矢さん、少しは新しい情報も入ってるかもしれないよ!」
こうしちゃいられない、と靴を履こうと部屋から出ようとした。でもそれはできなかった、なぜなら矢木矢さんがあたしの腕をつかんでいるから。振りほどこうと思ってもその手は解けなく抵抗するたびに握る力も強くなる。あたしは矢木矢さんをキッと睨み上げる。
「なんで、止めるのっ?」
矢木矢さんは次の瞬間信じがたい事を口にした。
「店長は死んだ、だから警察なんて行ったってどうしようもないんだよ」
言われた瞬間、とてもじゃないけれど信じられなかった。
「死んだ…?」
「そうだ。2週間前に路上で死んでたらしい、多分…自殺って警察が言ってた」
…そんな、じゃあ罪を償ってもらえないよ。謝ってももらえないよ。会うことすらできないよ。
どれだけ2人は苦しめばいいの?
「ホント、笑っちゃうよなぁ。やっと見つけたかと思ったらまさかのソレってさ、警察は殺人犯を生きた状態で捕まえられなくて悔しそうだったよ」
矢木矢さんはいつもみたいに口元にニッと笑みを浮かべるけど、瞳には涙が溜まっていた。そして一つの言葉があたしには引っかかった。
「店長が゛殺人犯゛ってことは綾乃さんは」
目を潤ませた矢木矢さんに不安とそうであってほしくないという気持ちで聞いた。けれど現実は酷だ。
矢木矢さんはそっと目をつぶり静かに告げた。
「……もう、綾乃はいない。あの病院で数時間後息を引き取ったから」
なんてことだろうか、なら矢木矢さんは一人で高校生のときから今まで、いや、これからずっと先までその消せない傷跡を引きずって生きていくの? そう考えるとぞっとする。これから先もなんて。
フゥッと小さくため息をして呟くように矢木矢さんは言った。
「俺は一人でこの傷をずっと背負っていこうとは思ってない」
その言葉が何を表しているかなんて今の私には到底わからなかった。
ただ、矢木矢さんの瞳がゆらりと暗く揺れたのは見逃さなかった。なんだか嫌な予感がする。
「なぁ、そういえば聞いた事が無かったな」
矢木矢さんは畳に寝転がりながら天井を見つめる。
あたしは覚悟した。
「それは、あたしがなぜ自殺をしようとしたのかっていう理由ですか」
「ああ」
外はまだ雨が降っている。