小説『君が死んだ日【完】1000hit達成!!』
作者:ハル()

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バスの中には客がいなかった。
平日の午後ですからねえと呑気に答える運転手。とりあえず座ろう。
そして香奈の両手は相変わらず小刻みに震えている。



「大丈夫か、手」

香奈は「えっ!」とびくつき、震えているのに気づかれたのを焦ったのか両手を背後に隠した。

「なんか、すいません。あたしから行こうって言い出したのに・・・ハハ」

・・・大事な事に向き合う時に無機質でいれる方が変だろ。


「続き、話せよ。お前の友達のこと」

「・・・まだ最後まで話してませんでしたね」



――――――――――――――――――

「寺田、無視してんじゃねーよ」

「委員長がそんなんじゃ迷惑なんですけど」

「教科書の一つや二つ買いなおせばいいじゃん。あんた馬鹿?」

キャハハと笑い出す3人の女子。
彼女たちはついこの前、咲のノートを千切りにして使いものにならなくした。
その後、咲への嫌がらせは徐々に増えていきクラスの皆も気の強い3人に押されてか咲を避けるようになっていた。
でも咲は

「そうだね、教科書ぐらい買えばどうにかなるもんね。ごめんごめん」

そう笑って顔の前に手を合わせながら明るく言う。

(ノートも教科書もいろんなものを隠されたり壊されたりしたのになんでそんな明るく笑えるの?咲・・・)

本当は傷ついているのに明るく振舞う咲がなんだか見苦しい存在に見えてしまっていた。
でもよく考えれば咲は人を責めることがあまり得意じゃなかった、だから自分の気持ちを犠牲にしてまで明るく振舞うことを選んだのだろう。

それでも日増しに増える嫌がらせは刻々と酷さを強くしていった。
それから咲はもう笑わなくなり、彼女自身疲れきった顔をしていた。体力だけでなく精神的にも時々学校を休むようになった。

そしてとうとう、その日が来た。

咲が登校してくるやいなやいつもの3人の女子が周りを囲んで彼女の悪口を言う。それをみてクラスの皆はヒソヒソと何か話していたり意地悪く笑っている奴もいた。地獄だ。
あたしはただ無表情のまま何もしないでいた愚か者。


もうあたしと彼女は親友という関係ではなく他人というものに移ろいでしまっていたんだ。

その日の3時間目前の中休みに例の3人組があたしのところにやってきた。

「ねえ、香菜ちゃん。寺田の机にさぁピンクのシャーペンあんじゃん?」

(絶対何か考えてるっ)

「あ、うん・・・」

咲の斜め前の机に視線をやると確かにピンクのシャーペンがある。
とてつもなく寒気がした。
(どうしよう、なんでこんなにビクビクしなきゃなんないの。なにあたし怖がってんの?)


「でさあ」

意地悪く彼女たちは広角をふにゃりと上がらせた。その動作は妙な気味の悪さを感じさせる。


「あのシャーペン、とってきてくんない?」

「え・・・」

どう答えばいいのかわからなくつまっていると3人の1人がジロリと睨みつけてきた。
寒気がひどくなり変な汗が出る。
でもあのシャーペンはどうみても咲のやつで・・・それでもあたしは「うん」と気持ち悪く了解してしまった。


一歩二歩と咲の机に近づく自分。
クラスメイトもなんだと面白げに視線をこっちにちらつかせ始める。
変な汗がドクドクと肌を湿らせて気持ち悪い。
そして、指先がシャーペンに触れたその時だった。


「・・・香奈? 何やってるの・・・―――」


トイレから帰ってきたのかハンカチを持っている。
首を人形のようにカタッカタッと横に向けるとその先には彼女がいた。



「さ、咲っ」


(どうしよう。あたしなんてことしてるんだ・・・・・・)

罪悪感で指先が震えだしたその時、クラスメートたちの狂った笑い声が教室全体を覆い尽くした。
なんで・・・笑うの?

咲は笑い声が聞こえるなり綺麗な顔を青ざめた。
その姿にはまさに絶望という言葉があっている。

例の3人のうちのリーダー格の女子が長い毛をいじりながらこう言った。

「寺田」

「えっ?」

名前を呼ばれるなり震え出す咲。それを見て笑いがどっかんと酷く増す。


「香奈ちゃんがさぁ あんたのシャーペンを取ろうとしてたけどなんでだと思う?」

クスクス   バーカ笑うなってえの でもさあクスクス ねぇークスクス

クスクスクスクスクスクスクス―――――――

耳を塞ぎたくなる笑い声。

(違う、取ろうとなんてしてない! あんたたちが取れって言ったから・・・!)


「ちがっ」

咲にあたしの声は届かなかった。
そのかわりあいつの悪魔の囁きが届いてしまった。



「言ってあげる。香菜ちゃんはあんたが大嫌いだからだよ」



――まるで時が止まったようでした。

シャーペンが床に転がった。

笑い声は静まった。

ただ悪魔の声はいつまでもループし続けている。




あんたが、大嫌いだからだよ




その沈黙を破いたのは意外にも咲だった。

「・・・帰る」

自分のスクールバックをしょってドアの方へと歩を進めていく咲。

後ろからはクラスメートの帰れコール。
廊下に出る間際咲はあたしの方へ振り返った。



彼女が泣いている。ポロポロと雫が床に落ちる。
泣いている彼女と青ざめたあたしは最後の会話を交わした。


「咲、これはちがっ」

「わかってる。私あなたのこと信頼してるから香奈のこと絶対に憎んだりしないよ」

小さく彼女は微笑んだ。

思い出がループする。

小さい頃から一緒に遊んでた咲。
いつもあたしを励ましてくれたり楽しませてくれた咲。
ずっとなんでも憧れだった咲。

こんなあたしをこんな時まで許してくれた大切な人。


咲 さき さき さき さ―――――

潤んだ目をギュッと横に細めて広角を上げて咲は挨拶をした。


「さよならっ!」


笑顔で。







その次の日、彼女は亡くなった。


――――――――――――――――――

そんな酷い結末への引き金を引いたのはあたしなのだろう。

大切な人は一人で旅立った。

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