『相変わらずなんだね、君は』
赤茶色のウェーブした髪をなびかせて唇に笑みをにじませる女性。
矢木矢がどん底の中で愛した女性の魂。
彼女――綾乃は酷な殺され方をされたにもかかわらずその魂は恨み妬みといった汚れのない純粋なものであった。
桃色のガーベラを綾乃へ供えると、先ほどまでふいていなかった風が暖かな空気を抱えながらやってきた。
鳥の鳴き声も耳に入る。まるで春のようだ。
矢木矢はソッと後ろを振り返り目を細めてこう言った。
「いるのか、綾乃」
そう言って、彼は誰もいない背後の地を愛おしそうに見つめるのです。
綾乃はその様子に少しギョッとしたが、嬉しくてたまらないのか目に涙を浮かべる。
そして彼女は、けっして音にはならない、風にのって彼のもとへ届かない言葉をつむぐのです。
『いるよ。ずっとあなたを見守ってた』
そうやって。
彼は供えたガーベラをまた持ち、自分が愛おしく見つめる先へソレを差し出すのです。
まるでその光景ははたから見ればおかしなものなのでしょう。
ですが、彼らにとっては大切な関わり。
不器用に差し出されたガーベラを見て彼女はまた涙をこぼしていた。
『・・・まるでプロポーズだね。君はしゃがんで花を差し出し、立っている私はそれを受け取る。今日は得したなあ。だって君のロマンチストな面を見れたんだから。ハハハ・・・』
彼女は雫を落としながら、優しく桃色のガーベラをなでた。すると、どういうわけか彼女がソレに触れたあと、ガーベラの花びらがヒラヒラと紙吹雪のように全て地面へと抜け落ちたのだ。
「―――――――・・・綾乃。いるんだなやっぱり」
フッと彼は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、抜け落ちた花びらを一枚つまみ上げて太陽にかざした。
桃色がかすかに透けていて綺麗だ。
その様子を嬉しく見ている彼女の魂は消えかけている。
もう少しで上にいかなければいけないのだろう。永遠の別れは間近に迫っている。
それに気づいた彼女は涙を拭い、心を決めて最後を告げるのです。
『・・・私はあなたのことが今でも好きっ。本当だよ? 逝なくなった後もずっとあなたを見てた。あなたは長い間悔やんでたね、私を巻き込んでこんなことになったことを。知ってるよ、何度もあなたは逝なくなろうとした。でも死ねなかった。相当苦しかったよね・・・でも私は嬉しかった。だってあなたはまだ、上に来ない方がずっといい人。寂しいけれどそれでいい、私以外に犠牲を出したくないの。それにあなたを必要としてる子がこんな近くにいる。私はその子からあなたを奪えないな。ちょっと悔しいけどね。・・・私の分まで生きてください。それでまたどこかで落ち合おうね―――』
彼の頬から一筋の涙が流れ落ち、指先の花びらは蝶のようにひらひらと風と共に空をはいだす。
地面に転がっていた花びらもつられるようにヒラヒラと空へ流れ出す。
まるで花吹雪だ。
そして綾乃の魂はその花びら達に包まれて青の空へと溶けていきました。
見届けた彼は雫というものをボロボロとこぼし、両手で顔を覆いました。
恋人たちの面会は終わり、あとに残るものは懐かしい記憶と狂おしい切なさ、そして幸せ。
ずっとずっと大切な人は空の中。
もう会えないけれどまた会いましょう。
その日を信じて夢を見ながら歩くのです。
その日は近いのだ、と。
会えたら何をしてなにを話そうと考え、時を刻むのです。
君を近くで感じられたらずっといいのにな。
ガーベラの残った茎を供えて霊園の出口へと歩みだした。
「俺は、おまえにまた会いたいから少し夢を見るよ」
愛した彼女の墓に手を振った。
―――花は散りゆくけれど何度でも君を思い出せるよ。
―――それが百年たった後だとしても君を覚えていられる自信があるんだ。
―――魂がきっと覚えているから