―マッドハッターな女たらし―
「矢木矢さん」
「何? ちょっと眠いんだけど」
そう言う矢木矢さんの目元には薄くクマがあった。
夜更かしでもしていたのだろうか。ふわあぁなんて大きなあくびをしている。
「あと何駅で着きますか?」
「…二駅」
今、あたしたちは電車の中にいる。ガタガタとゆれる電車の中には女子高生が結構乗っていて、さっきから矢木矢さんを見ている娘がちらほらいる。
今さっきは『あの人カッコイイよね』なんて声も聞こえたっけ。
でもね、この男はルックスだけはいいけど性格最悪ですよ、お嬢さん方。破廉恥ですからね、この男あなどれないからね、どS野郎ですよ。どS!
「あの、よかったらメールしてくださいっ」
急にピンク色の声が間近で聞こえた。
何事かと見れば、なんとあのS野朗に可憐なお嬢さんが白い紙を渡しているじゃないか!?
なんだこれは。事件だ。事件が発生してるぞ。間近で事件だ。
「どうも」
なっ この男はなんて適当な返事をしているんだ。しかも超真顔じゃ…
あ、でもあの娘満面の笑みで仲間たちのところに帰っていったよ。頬を染めてキャーキャーしてる。いいなぁ青春じゃん。
そしてこの男はまたもやため息をついている。
「……矢木矢さん、そのメルアドが書いてある紙って今日だけで何枚もらいましたっけ」
「5枚か7枚。ハァー…」
またため息ついてる。
「そんなにもらうの嫌なら断ればいいじゃないですか。いりませんって」
「それ前に言ったことあるんだけどさ、なぜかその娘の友達っぽい人にスッゴイにらまれてさぁ。トラウマなんだよねぇ」
女は怖いですからね。そりゃ言いにくいだろうな。
にしてもこの男にトラウマなんてものが存在していた事に驚いた。
だって矢木矢さんって怖いものなんてなにもなさそうに見えるから意外だった。
女の妬みにはこの男も太刀打ちできないようだ。
「おい、着いたぞ」
「はい」
電車を降りてあたしは彼に質問した。
「矢木矢さん、そのメアドの紙たちはどうなさるおつもりですか?」
「捨てる」
そしてこの男はためらいもなく、その愛が詰まった紙たちをプラットホームのゴミ箱に捨てたのだ。
コイツ… 信じらんないっっ!!!
何がトラウマだ。その行動を見てしまったあたしのほうがトラウマになるんだけど。男ってこんなに冷たいの?って思っちゃうじゃないか。
「さぁ 行くよ」
あんな行動をしたばかりだというのになぜそんな冷静な態度なんだ。
おまえはイケメンの皮をかぶった悪魔かっ!?
このどSめ…あなどれん…