「いいから帰れ」
矢木矢さんの口調が強くなる。
「嫌です」
「帰れよ」
「嫌です」
「帰れ」
「嫌っ」
同じことの言い合いをあたしと矢木矢さんは繰り返す。
徐々に、矢木矢さんの表情は苛立ちで怖くなる。
「…いいから帰れつってんだろっ!」
とうとう矢木矢さんは声を荒らあげた、あたしに向かって。
やっぱり男の人が怒鳴ってる姿は怖い。
でも、目の前にいるいつもと違う矢木矢さんにあたしは手を差し伸べたかった。
だって怒鳴ってる矢木矢さんは小さな子供が泣いてるような目をしていたから、まるで小さな男の子が感情に任せて声と涙を荒ら流しているような苦しい姿だった。
――――これがあの矢木矢さん…?
「帰れよ… もう、こんな奴置いて帰れよ…」
弱弱しく地面にしゃがみんで矢木矢さんは泣いている。
何を言ってるんですか、そんな状態のあなたを置いて帰るなんてあたしはできませんよ。
だってあたし、あなたに…
「一緒に、帰りましょう。矢木矢さん」
「…なんでだよ」
「え?」
「なんでこんな俺と帰ろうとすんだよ」
「あたしが悲しそうな人を置いて帰る度胸がないからですよ」
それにあたしはあなたに借りがある。
「…小心者」
「なんとでも言って下さい」
だってあの雨の屋上の日。
あなたは、あたしを助けてくれたでしょ?
「帰りましょう」
しゃがんでいるあなたにあたしは手を差し伸べる。
あなたは意地を張ってなかなか手をつかんでくれなかったけれど、少ししてようやくつかんでくれた。
「…帰るか」
「はいっ!」
黒い瞳が少し赤くなっていた。
「矢木矢さん」
「ん…?」
「…月が、綺麗ですね、、、」
「そうだな」
電車が元の町へと2人を乗せて戻っていく。
まるで時をさかのぼっているみたいだ。
――――――――。・。・。・。・。・。
矢木矢さん、聞きたいことがあるんです。
いつか、聞いてもいいですか…?
あなたがなぜ、泣いたのか。
あたしに教えてくれませんか。