「店長、すみませんがバイト辞めます」
「………は?」
「辞めます。お金ももう集まったので…」
「ふざけんな」
「――――――っ!」
そのときの店長の目が忘れられない。
いつもの笑顔は無かった。
その時の店長は俺が生きてきた中で関わった人間のなかで見たことが無いほどの冷酷な目をしていた。
「私がおまえをどれほど甘やかしたと思ってるの…? 上玉をやっと手懐けられて売上も上がったっていうのに…」
「っ」
「……やっと、やっと…私の天下が来たというのにっ!!!」
店長の様子が変だ。おかしい。正常じゃない…。
「(逃げよう…ここから……)」
本能が、そう告げた。
「おまえは私の駒だ。駒が私から離れるなんて言語道断だよ」
「(…3)」
「そのくらい、おまえにだってわかってるんだろう? 矢木矢君」
「(…2)」
「辞めるのならそれ相応の見返りをしてもらうから―――」
「(…1。 今だっ!!)」
合図とともにドアを開け、ビルの階段をかけ下りる。
「待てーーーーー! 」
店長の怒り狂った声が聞こえる。それが耳に入るとともに走る速度は増す。
怖くて怖くて息が苦しかった。
商店街を出て、すぐに綾乃の家にかけこんだ。
だれでもいいからかくまってほしかったのだ。一瞬だけ。
「ど、どうしたの…!」
綾乃は俺を驚きながら揺れた瞳で見る。
「…っく…はっ……バイト辞めるっ…ていったら、ダメだって言われて逃げてきた…」
クソ、息切れが痛い。
「バイトって風俗…?」
「そう。あの店長、狂ってる……!」
あのさっきのやり取りを思い出すだけで体が震える。
「―――――――っ!」
「とりあえず落ち着こう? 大丈夫大丈夫」
綾乃に背中をさすられ、俺は泣いてしまった。
少しだけ安心、した。