小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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また、休診日に勝手に患畜を入院させれば怒鳴られるのは分かりきった事なのだが、通常の診察日でも患畜を入院させようとすると一悶着起きる。
人と同じく、動物でも時間のかかる検査や点滴が必要になる場面は多々ある。
その間、オーナーにずっと待っていてもらうというのも時間の無駄なので、それらが日中で終わる場合は一時預かりをして夕方迎えに来てもらうという事がよくある。
この一時預かりならば、診察時間内なので従業員が頻繁に様子を見て、『容態が急変してないか』とか『点滴は順調か』とかをチェックすることになるので、院長には負担がかからないため、まったくお咎めは無い。
むしろ、一時預かり料金を徴収できるので、「できるだけ検査や点滴を勧めて入院用畜舎を埋め尽くせ。」という指示が出るくらいだ。
ところが、日中で検査や点滴が終わらないような場合は当然、入院の話が出てくるが、その話になった途端に院長は一転してシビアに患畜の選別をし始めるのだ。

ある時、手の施しようが無いくらい状態の悪い瀕死の患畜がやってきて、オーナーと相談した結果、入院してダメ元でできる限りの治療をしてみることになった。
オーナーも、その患畜の具合がかなり悪いというのは十分理解しているようで、『夜の間は頻繁に様子を見ることもできないし、翌朝気付いたら死んでいたという可能性も十分あり得るがそれでも入院治療という事で良いか?』をいう条件も了承してくれた。
それらを踏まえて院長に入院の許可を求めに行くと…、もちろん、キレている。

院長「何でそんな今にも死にそうな奴を入院させんだ!?よく考えろよ!!バカが!!もう死ぬに決まってんだろ!?最期の時ぐらい飼い主に看取らせてやろうって優しさはねえのかよ!!第一、入院させたら飼い主が了承してても夜中に様子を見ないわけにはいかんだろが!!その夜中の様子見や世話は誰がすると思ってんだよ!?あぁ!?お前が泊まって様子でも見てくれるってのか!?おぉ!?」
『……はい、泊まります。』
院長「アホウが!!そういう問題じゃねえんだよ!!無駄な治療や入院をさせんなって言ってんだ!!バカ!!誰も見てない時に死んだら訴訟問題に発展する事もあるんだぞ!!分かってんのかよ!?飼い主も、治療しないと「非情な人間」と思われそうで嫌だから仕方なく治療してくれって言ってるだけだろ!?「静かに看取ってやるのも愛情です。」とか言っときゃ、どうせ治療しない事になるに決まってんだよ!!もういい!!お前じゃ話にならん!!オレが話つけてくるわ!!お前はさっさと次の診察行って来い!!ボケェ!!」
(オーナーが治療を希望してんだよ!!優しくないのはどっちだよ!!しかも、「泊まるのか」って聞いといて、『はい』って言ったら「そういう問題じゃねえ」って、何が言いたいんだ!?『そこまではできません。』とでも言うと思ったのかよ!?お前じゃねえんだ!!人を見くびるのも大概にしろ!!)

その後、院長に説得されたオーナーは自宅で看取ることを決め、痛み止めの飲み薬だけを持って帰っていった。
診察終了後、院長が穏やかな口調で語る。

院長「いやー、ホントにね、最期の時に治療するかしないかは明確なラインが無くて難しいんですよ。ただ、最終的にはやっぱり飼い主さんに決めてもらうしかないんです。そこで重要なのがしっかり説明して納得してもらうって事なんです。それにはコツがあるんですよ。あの飼い主さんも最初は治療していいものか半信半疑だったのに、僕の説明を聞いた後はちゃんと納得してもらって家で看取ることになりました。先生と僕は何が違うと思いますか?」
『…説得力のある説明ができるかできないかですか?』
院長「違うわ!!それじゃオレの口が上手いだけみてえじゃねえか!!…そうじゃなくて、しっかり患畜の事を考えてあげるって事なんです。飼い主さんにも伝わるんですよ、そういうのは。先生の診療方針は病気だけを見ていて、患畜を見ていないんですよ。自分の身に置き換えて考えてみれば分かります。先生だったら、無駄な治療を続けて病院で孤独死するのと、最期の時は家族に看取られて安らかに眠るのとどっちがいいですか?」
『…僕は治療の可能性に賭けてみたいですけど…。』
院長「そりゃ、お前だけだ!!…そうじゃなくて、世間一般の人は孤独死よりも家族に看取られて成仏したいと考えるもんなんです。動物だって人と同じなんですよ。だから、次からは病気じゃなくて、しっかり患畜を見て診療方針を決めてあげてくださいね。」

なるほど。
確かに僕は、病気を何とか治そうと意気込むあまり、患畜の容体は二の次で無意味な治療をしようとしていたかもしれない。
「治療は必要無い」というオーナーの真意も(本当にオーナーがそう思っていたかは分からないが)考えすら及ばなかった。
しかし、院長が本当に患畜の事を考えて診療方針を決めたのかは疑う余地が十分にある。
「もう死ぬに決まってんだろ。」は患畜の事を考えている時はなかなか出ない言葉だろうし、院長が何よりも気にしているのは「夜間に患畜が死んで訴訟問題に発展すること」であるのが彼の言葉の節々から伝わってくるのがお分かりいただけるだろう。
また、最初は治療を希望していたオーナーが、院長の説明後には何の遺恨も無く治療を諦めたというのは、やはり院長の説得が功を奏したからに他ならない。
「説得力がある」というのはなかなか的を射た意見だったと思うのだが、何故それが「口が上手いだけ」と捉えられて怒鳴られなくてはいけないのかが分からない。
そもそも、話の内容云々の前に「オーナーにとって、院長と若い獣医師ではどちらの意見に信用が置けるか」という要素の方が大きい気がするが、院長はどうあっても「患畜の事を考えた」という点で自分の意見が採用されたことにしたいらしい。
わざわざ「患畜のため」と強調するのは、従業員に自分が思慮深い優しい院長だとアピールしたいからとかの理由だろうが、従業員からの嫌われ様を見ると、残念ながらこの作戦はまったく効果を発揮していないと言わざるをえない。
それにしても回りくどい言い回しをするものだ。
途中にわざわざ問いかけを挟んできているのは、「一方的に諭すだけでは、相手の意見も聞かないで持論を展開する自己中野郎と思われる。」とでも考えたのか?
あるいは、質問の答えまで全て予想して思い通りの語りをすることで、物事を見通す力を持った見識の高い人物を気取るつもりだったのか?
いずれにしろ、院長の中の正解と僕の中の正解が食い違っていたため、結局話のテンポが崩れただけで、最終的には「一方的に意見を押し付ける自己中野郎」みたいになっている。
しかも、自分の答えと万人の答えが一致しているという自信がよっぽどあったようで、思うような答えが返ってこなかったために一瞬キレている。
自分にとっての常識が誰にとっても常識であると考えているとは、どこまで自己中心的でいれば気が済むのか。
ちなみに、その患畜はその日のうちに亡くなったそうだが、翌日にオーナーから「最後の瞬間を家族で看てあげれて良かった。院長先生によろしく。」という感謝の言葉が病院に寄せられた。
その言葉を聞いた時の院長の「なっ?」って感じの得意顔がひたすらムカついたが、機嫌が悪くなられても困るので『さすがです。お手本にします。』みたいなお世辞を言っておく。
ともかく、我が病院に入院できる資格があるのは夜間に死ぬ可能性がほとんど無い軽症患畜のみなのだ。

それにしてもこの院長、あまりにも訴訟問題に怯え過ぎではないか?
確かに訴訟問題は怖い。
昔よりも厳しい判決が下るようになってきているし、それだけで廃業に追い込まれる場合もある。
しかし、それはオーナーにしっかりインフォームドコンセントをすることで回避できることではないのか?
この時はそんな疑問を抱いていた…。
だが、全てが終わった今なら言える…、残念ながら院長は正しい。
オーナーにしっかりインフォームドコンセントをすることの難しさと訴訟の恐怖は、僕もこの後、実体験することになるのだ…。
訴訟対策はいくらやってもやり過ぎるという事は無い。
訴訟の可能性が少しでもありそうなら、できるだけ避けて通るべきだ。
不要なリスクを負ってまで患畜を治療する必要は無いのだ。
助かりそうにない重症患畜は自宅で静かに息を引き取ってもらうのがベストである。
獣医師も所詮人間…、熱意や理想だけでは食べていけない。
あなたがこの先治療を拒否されても、どうかその獣医師を怨まないでやってほしい。
彼らも自分の生活や人生がかかっているのだ…、気楽に冒険はできないのだ…。
怨むなら簡単に訴訟ができる世の中を怨んでほしい。
……僕は何を書いているんだ…。
こんな事が書きたいんじゃないんだ…。
申し訳ない…、ちょっと感極まって変な事を書いてしまった。
今のはどうか忘れてほしい……。

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