小説『データ・オーバーアライブ』
作者:いろは茶()

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   3

学園大食堂。

一般的な食堂とは比べ物にならないほどの広さと面積を誇るここは、この学園がマンモス校と言われる所以の一つにもなっている。
日々寮の学生たちが毎日のように利用しているせいか、年がら年中人でごった返しているようだ。そうなってしまったとして挙げられる理由の一つは、単純に料理が絶品だからである。
さらに言えばうまいし安い。
おまけに種類まで豊富なのだから文句のつけようもない。たった今午後七時十五分を回ったところだが食堂内での人だかりはまだ消えそうになかった。

時刻はすっかり夜。

霧斗は大食堂から少し離れた第二連絡橋にいた。

放課後、屋上で眺めていた学生寮につながる大きな橋だ。

とある二人の少年たちに指示され今現在にまで至っている訳だが、霧斗が見る限り肝心のアンドロイドらしき姿はどこにもなくこの学園の生徒の姿さえ見当たらない。

唯一あるものと言えば、周辺のあちらこちらで小さな光を放つ首の長い外灯と遠くで目を瞑るほどの輝きを見せる大食堂のみだ。

しばらく辺りを見渡していた少年は何もいないことを悟るとため息交じりに、

(この作戦で本当に倒せるのか?)

手に握った黒い拳銃を自分の目の位置にまで持ち上げた彼はそんなことを思った。

学園大食堂内部。

つい最近学生の増加に伴って増築された大食堂の二階はすでに部活が終わった生徒や腹を空かせた生徒達ですっかり満員状態になっている。

内部の人の密度が異常にまで達した二階の隅で、金髪ツインテールの少女は平然とした様子かつ無表情で混雑した周りに人気は目立ちながら立っていた。

「こちら小鳥遊です。狙撃班、戦闘班およびバリケード班の準備が完了。そろそろ頃合いかと。」

そう言った彼女の右耳には小型の通信機が取り付けられている。

その数秒後、通信機から知った声が聞こえてくる。

『ザザ…そう、わかったわ。…あんたさっき爆発で吹っ飛んでたわよね?え、なんでここに入んの?』

あすかにしては珍しくどうでもよさそうな口調だった。

小鳥遊は棒読みで感情のない声を装いつつ薬と無表情のまま笑って、

『ひどいことを言いますねあすかさん。まぁ、私は悪運だけは言い様なので』

しかし、言った後の返答はなく通信は途絶えてしまった。

これは何かのミスで引き起こってしまった偶然なのか、それとも相手の声の主がただ一方的に通信を切ったのか。

一人食堂の二階で乗り残されてしまった少女はそんなことを考え叶うなら後方であってほしいと切に願いつつそう思うのであった。

同時刻 学園大聖堂内部一階。

通信を終え改めて周りを見渡すあすかはそのあまりに増えた生徒の数に頭が痛くなった。しかし、残された作戦開始までの時間はすでにあと五分を切ってしまっている。

どうやら二階と一階でも人の数は変わらないらしい。

ナビゲーション担当・小鳥遊の話によればすでに各班の準備は万全のようだ。自分もそろそろ行動を始めなければならない。最後に彼女は腕時計に目をやって時刻を確認する。

そして、

「さて、始めますか」

あすかがこの食堂にいる理由。

それはこの人ごみに紛れ込んだ新型アンドロイドを単独で殲滅することだ。

同現在 第二連絡橋。

しばらく何も起きず連絡橋内を訳もなく往復していた霧斗だったが、お互いが連絡し合えるようにとついさっき小柄な少年に渡された通信機に知ったメガネバカの声が響き、それを聞き終えた霧斗が突然身震いをして後ろに振り返る。

「…本当に表れるのかっ!?アンドロイドがここに……ッ!!」

何もいないところに向けられた銃口が意味なくただ震える。

天空では雲に覆われたはずの月が徐々に露わとなり、少年のあたりを強く照らし始めた。

そんな中。

ジジジ…ジ…少年の前方で妙な機械音が響いた。

直後だった。

ゾワッ!!!!と。
悪寒めいた感覚と共に、何もないところから一人の人影のようなものが出現する。

そこにいたのは白いボディーで身を固めた人を基盤として造られたロボットだった。
その右手には二メートル近くある細く長い太刀のような刃物が握られていた。暗闇には赤く染まった瞳が紅蓮に輝き、その視点が霧斗に向けられる。

何もないはずだった。
隠れる場所などどこにもないはずだった。

にも拘らず。
いる。

ロボットが。

これがアンドロイド。
そう呼ばれるロボットの類。

人伝の話に出てくるだけの推測や目撃談とは違う。改めて、初めて明確にこの目で見る、本物の敵対者。
発せられるのは、明確で分かりやすい威圧感とは違う。

譬えるなら異物感。

あってはならない者がそこにある気持ち悪さ。見過ごせば賛辞を招くであろうと推測される焦燥。
怯えや恐れは生命の危機を知らせるシグナルとして機能するものだが、その純度が増している気がした。

恐怖と言う強い感情ではなく、危機と言う繊細な信号が、霧斗の思考を強引に研がらせる。

「あすかのやつ、出現場所をあらかじめ予測しておいて俺をここに置いたのか」

出現範囲はおそらくこの学園全域。

だから簡単にアンドロイドを発見して浮かび上がらせ、出現させた。

しかし、相手は特に慌てた様子はない。
アンドロイドは不意に細長い太刀を持った右手を振るった。

次の瞬間。

ゴオォォ!!と。
斬撃にも近い振動波が連絡橋の中央から炸裂し、少年のすぐ横を一気に切り裂いた。

砕け散った橋の地面からはバラバラになった鉄くずが舞い上がる。

「ッ!!」

少年はその異様な光景に唖然とした。

…こんな奴に勝てるのか?

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