作戦開始時刻 10分前。 第二連絡橋 付近
大村と渦巻は連絡橋の下にいた。
鋼鉄で作られた大橋が月の光を反射してしまうため辺りは薄暗く、唯一聞こえるものと言えば川のせせらぎくらいだろうか。
先端科学で埋め尽くされたところに、まるで絵本から切り取られたかのような昔の良き風景がここには残っている。
「なんか、不思議な気分になるね。」
小柄な少年は懐かしそうな口調で呟いた。
それを聞いてうんざりしたように顔をしかめたのは木刀を肩に担ぐどこかやつれた男で、
「けっ、そうだな」
どうでもよさそうに渦巻は吐き捨てる。
そもそも、ここは偶然できたようなところだった。
この学園のグランドは相当広く造られているが、それと同時に下との高低差が非常に激しくもある。そのため、グランドの終わりにはいたるところに大きな急傾斜が存在した。
その一つが『ここ』、連絡橋の真下である。
つまりその急斜面により偶然生み出された場所を危険と判断した学校側が新たに作ったのがこの第二連絡橋と言う訳だ。
しばしの沈黙。そして、
「…で、霧斗くんを橋に待機させておいていったい何する気?」
唐突そう言って首をかしげたのは何も知らない大村だ。
一方でその少年を黙って連れてきたのは自称木刀男、渦巻で、
「ああ、ここに連れてこさせたのはほかでもねぇ、また我らがリーダーの命令が下ったって事だよ。」
「ええっ!!」
純粋に驚く大村はこの件についてはあまりいい思い出を持ち合わせていない。
つまり、それだけ作戦開始前に発令されるあすかの裏命令にはおおよその確率でかなりのリスクが伴うのだ。
たとえば、『二人とも水中に潜ってアンドロイドを闇討ちしなさい!』なんて作戦があってもおかしくない。
しかもその水が泥水だと承知したうえであすかは笑いながら『鼻でもつまんでおけば大丈夫よ!』と、平気な顔で切り出してくる。
か弱い少年が当然耐えられるはずもなく、取りつかれたように頭を抱えて呻く大村は半泣き状態で地面に屈み込んでしまう。
そこで小さく呟いた。
「…またアンドロイドのおとりになって学園中走り回るのかなぁ…それも永遠に。ハハハ、どうしてこんな代役ばっかし僕が任せられるんだろう…。」
すっかり落ち込む大村を見て渦巻は、ふと提案した。
「もうどうしたってやるしかねぇんだから、せめて発破をかけるしかねぇんじゃないの?」
「どういう事?」
「酒でも飲んでテンション上げちまえよ」
数分後。
「う〜い、命令でも作戦でもどーんと来い」
持参したペットボトルのミネラルウォーターを自己暗示で酒に見立てて飲ませたらこんな感じに出来上がってしまった。
やってみると案外成功するもんだな、と渦巻は思う。
べろんべろんになった少年にため息を漏らしつつ、男は命令の用件を伝える。
「リーダーの命令によると、ここ第二連絡橋の下に爆弾を設置してそのまま逃亡しろ…だとよ。」
「って、あれ?逃亡する爆弾なんてあったっけ?」
「そんなのあるわけねーだろっ!!つーか、もう作戦始まっちまうよ!!」
「ガウガウ」
「もはや人語じゃあ無くなっちまってるし!!てか、自己暗示の効き目すごいな!!」
ポケットから自動起爆式爆弾を取り出した渦巻だったが、問題の少年はどうやら本当に水で頭がいってしまったらしい。そのまま男の元を離れてふらふらどこかえ歩いて行ってしまう。
このまま逃がすととんでもない事になる。
具体的に言うと、あすかからボコボコにされるとか普通にあり得る。
直感でそう判断した渦巻は慌てて水で酔った大村の後を追う。
「ちょっと待てよ、待てって!ふざけんな、命令はどうすんだよ!いい加減自己暗示解けてもいいんじゃねえか!?」
「あへ?命令ってなに、おいしいの?」
「こんの…い・い・か・げ・ん・に・しろーォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
と、思わず木刀を振り落す渦巻。
彼は実のところこのチームの戦闘員だったりする。しかも刀系統の武器の扱いは最高クラス。
そのため『思わず出ちゃった』一撃もかなりの破壊力を生み出すはずなのだが、
「ふにゃり」
「な、何ぃ!?」
泥酔者特有の不自然な動きで回避され、思わず顔を青くする渦巻。
もはや刀の腕前など不要。
そういう事か。
「おもしれぇ…」
自分は散々彼を慰めるために頑張ったというのにこの少年にとってはほんの些細なことに過ぎないのか。
うつむいた渦巻の内側から熱を帯びてふつふつと湧き上がってくる久しぶりの感覚。
好戦的な感情。
ベロンベロンになった大村はそんな木刀男を見ながら、
「おー、ニヤニヤしちゃってー。なんかいい事でもあったの、巻ちゃん?」
「笑ってねぇよ!あと、何だ巻ちゃんって!!」
「でもあれぇべろべぶろべらべらじゃね?」
「ええい!!言ってることはよくわかんねぇけど否定しておいた方が良いテンションだな!!」
渦巻は木刀を片手でぶんぶん振り回しつつ、
「俺の木刀には極めて広い応用性にこそ価値がある!!それがどれほど多彩な攻撃法を生み出すか、お前の目に焼き付けさせて……ってあれぇ!?」
渦巻が輝く指先で相手を指さそうとしたときには、もう小柄な少年はどこにもいなかった。
慌てて首を振って周囲を確認すると、少し離れたところをふらふらと歩いている。
ただし、状況は刻一刻と変化する。
彼の思考が追い付かないほどに。
直後。
キシキシキシィィイイイイイイイイイイイイ!!と。
真上にあった大橋が軋むような音を立て崩れ始める。
―――アンドロイドが現れたのだ。