小説『データ・オーバーアライブ』
作者:いろは茶()

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学園 大グランド

逆転のチャンスか、それとも欲が張った時こそ最大の危機か。

ガシャガシャと言う二本脚の駆動音を聞いて、霧斗はとにかくハチの巣となったグランドから離れようと考えた。

軍用の機種なら並の自転車でも振り切れるかどうか分からないが、相手の図対の大きさを利用すれば、逆手のとりようはあるかもしれない。

(それより、回り込まれて右腕の巨大太刀を振り回される方が問題か。あれは『対人』専用に調節されているはずなんだから)

何にしても、近づかれて得をする事はない。

狭いルートを通るのが定石だが、あの滑腔砲と刀の斬撃で無理矢理にこじ開けられた今のグランドには敵から丸見えである以上、やはり『絶対に安全』とは言えない。

(逃げ道……)

霧斗は黒の拳銃を強く握り、動きの体勢に入る。

(何か、あいつの裏をかいて一気に逆転できるような方法があれば……)

分かっていても即座に打開策が出てくる訳ではない。結果として霧斗はグランドに残った複数の細い道を思い浮かべてしまう。とにかく足を動かさなければ、という思いが、最も敵の読まれやすい選択肢を選んでしまう。

しかも。

かくん、と。霧斗の膝から、唐突に力が抜けた。

自身の体さえ支えることが出来ず、地面に膝をついてしまう。何とか倒れるのだけは防げたが、この調子では新型のアンドロイドから一端逃げるどころか、もともにまっすぐ歩くことすらままならない。

原因は簡単だ。

何度にわたる砲のような銃撃と斬撃は霧斗を殺すには至らなかったが、ダメージはゼロではなかった。両方の衝撃波は少年の心から体力を奪い、同時に平衡感覚を狂わせていたのだ。

(や、ばい)

霧斗は息を吸おうとして、自分の顎がこわばっていることに初めて気付く。

(自分で自分のダメージに気付いてないとか、どれだけ黄色信号なんだっての)

たった数十メートルにある細い逃げ道が、異様に遠い。

このままでは逃げ切れない。

芋虫のような速度では、アンドロイドの追跡を振り切ることはできない。人間を平然と攻撃していることを考えると、校舎の角へ逃げ込むぐらいでは諦めさせるのは不可能だ。

『追って』は、確実に霧斗を殺そうとしている。

その二本脚がギシギシと立てる音が、少年の耳につく。
破壊されたグランドの欠片を踏みつけ、何か巨大な影が、ぬっと前方から現れた。顔をのぞかせる、という表現が似合う動きは妙に人間的で、それが逆に霧斗に寒気を覚えさせる。

当然のように、言葉などなかった。

ただロボットは正確に右腕を霧斗に向けた。
左腕にあった予備のサブマシンガンではなく、対人用に特化した右腕の先端科学技術の塊を。つまり、巨大な刀である。

(く……っ!!)

正直、ここまで付き合う必要はなかったはずだ。
あすかが目指す、その明確な目的。

だがそれは、あくまで可能性や予測に過ぎない。強制力はない。たぶん、普段の彼のロジックなら、自分が確実に生き残るために不利な条件は全て切り捨てるはずだった。

しかし。

全長ニメートルを超える巨大な刀に対して無意味と知りつつも、霧斗はとっさに銃を前に構える。何故そうしたのか、そこからどういう結果に繋げたかったのか。それを考える猶予もなかった。

直後に、アンドロイドの太刀が勢いよく振り下ろされる。

正確に。

無慈悲に。

ただし。
それは霧斗や彼の拳銃を狙ったものではない。

ガォン!!と。
空中からトップスピードで落下してきた、数十個ものミサイルに対してだ。

考えるまでもなく、ロボットの周囲の踏み込んだ時点で、ミサイル全ての特殊コーティングがグシャグシャにひしゃげた。表面部分が砕け、さらに火が付く。

一気に起爆した。

ミサイルは、アンドロイドどころか霧斗の元にすら届かなかった。
熱と煙と突風だけが、まとめて彼の肌へと吹きつけられる。

(クソッ、どこの馬鹿だ!?おせっかいな攻撃しやがって……ッ!!)

だがそれでも金属フレームだけになったミサイルは直進した。元からあった加速度だけで、ロケット全体を回して進んでくる。

二本脚は無言のまま左腕のサブマシンガンを構えた。

あの程度の勢いでミサイルが直撃しても、アンドロイドにダメージは届かないだろう。ロボットが警戒しているのは、ロケットの中に爆発物がある可能性だ。

躊躇なく、銃撃があった。

閃光と共に放たれた銃弾は霧斗の頭上を飛び越え、空中のミサイルの残骸を、さらに爆発させた。今度こそ前進は許さない。そもそも、残った金属フレームそのものが四散する勢いで爆発は巻き起こっていた。
床に伏せたはずの霧斗が、さらに転がされるぐらいの爆風が生じた。

目を覆いたくなるほどの破壊。

だが、

(……なん、だ……)

ごうごうと炎を噴き出すミサイルの残骸。しかし、そんな状況下で、

(ま、さか、……)

炎が一段と輝きを増し、熱風が霧斗の頬を撫でる。倒れたまま、思わず彼は顔を背けた。
そして。

アンドロイドの真後ろから迫る、もう一つの人影を見た。

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