小説『データ・オーバーアライブ』
作者:いろは茶()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

学園 大グランド

あすか。
対アンドロイド用に装備を備えた少女が、人型ロボットへと忍び寄っている。

通常であれば。
どんなに音を殺しても、アンドロイドは三六〇度すべての情報を取得し、接近する者の数と位置を正確に把握していたはずだ。ミサイルや人間を問わず。『大きな弁当サイズの、自由に動き回る地雷』をも正確に感知できるように設計されている二本脚が、たった一人の高校生の接近を見逃すとは思えない。

ただし、一つだけ例外がある。

それは、

(銃撃、斬撃、直後の……反動と、衝撃波で……ッ!?)

そのための、おとりとして数十発のミサイル。
新型アンドロイドに張り付くためのきっかけ作り。

そして、おそらくは周辺の作業メンバーからもぎ取ってきたであろう、あすかが両手で抱えている装備の名前は、

HsLH-02。
鋼鉄の扉を破るための、電磁力式ハンマーだ。

一見するとバズーカ砲のような外見だが、中身は先端の平たくなった巨大な杭だ。あすかはそれを一度振り子のように後ろへ降ると、砲口先端をアンドロイドへと叩き付けた。

引き金は必要ない。

砲口付近に衝撃を与える事で、重量二〇キロの巨大な杭は亜音速で標的を叩く。

ゴンッッッ!!と。
金属同志の激突する轟音が炸裂した。

あすかが狙ったのは、二本脚の一本……今まさに移動のために重量を乗せて地面に下がろうとしていた脚だった。横殴りの一撃はアンドロイドの脚を払うような格好で、そのバランスを大きく崩す。
二本脚の左半身が大きく沈み、それでも横転は免れる。

そこへ二発目。

あすかのリニアハンマーがサブマシンガンの肘の辺り……通常であれば、高さの関係で手の届かなかった場所へと容赦なく叩き込まれる。機械の内側から何かがなじれるような嫌な音が響き、あれだけ巨大だったサブマシンガンが釣り竿のように揺さぶられた。

だが、それだけだった。

銃が千切れる事も、折れ曲がる事もない。

(駄目か!?)

霧斗は歯噛みした。リニアハンマーは『貫く』ではなく『破る』装備だ。杭の先端は平たくなっていて、扉全体に衝撃を与えて蹴破るように開け放つために設計されているのである。
扉をこじ開けるのならそれで十分だろうが、装甲をぶち抜くためには不向きなのだ。

アンドロイドは左腕を揺さぶられた以上の力で、サブマシンガンをあすかの方へ勢いよく向け直した。
しかしそこで何か気づいたように、二本脚は動きを止める。

左肘。

あすかがリニアハンマーを叩きつけた場所。
そこには銃弾を装填するための補充口があるはずだった。普段はスライド式防護扉で守られているが、その防護扉がわずかに歪んでいた。

そして、わずかだろうが何だろうが、歪んだ防護扉がスライドしなくなれば、もう開かない。銃撃を装填できなければ、サブマシンガンを放つ事はできない。
仮に銃の他に銃弾が残っていたとしても、気密性に問題があれば、銃身を破壊しかねない。

アンドロイドの肩が不規則に上下した。
その動きには、明確な怒りが宿っていた。

だがあすかも黙ってはいない。

二本脚が左腕のサブマシンガンをあすかへ向けようすると、あすかが片手でつかんで空中に放り投げたボックス状の灰皿の底へリニアハンマーを叩きこんだのはほぼ同時だった。

盗難防止のためかわざと重く作ってあった灰皿はぐしゃぐしゃにひしゃげ、凄まじい勢いで発射された。アンドロイドの左手首に直撃し、サブマシンガンの狙いをそらす。

ドガガッ!!と、短い連射があすかとは関係のない地面を砕く。

その間にあすかはリニアハンマーを操作し、二〇キロの杭を銃身内へ引っ込める。今度は下から上へすくい上げるような円軌道で、強引にリニアハンマーの先端を突き上げる。
電磁力式のアッパーカットが、二本脚の胴体下面にあるセンサー群をまともに叩いた。特に精密照準に重要な、レーダーが受信部をひしゃげさせる。

そのあたりが限界だった。

二本脚の一本が、あすかのリニアハンマーを下から叩き上げた。それだけであすかの両手からリニアハンマーが弾かれ、近くの床に突き刺さる。電子制御で正確な姿勢制御を行うアンドロイドは、さらに役立たずの左手を動かした。サブマシンガンは使えないとはいえ、機械の力で振り回される複合装甲の塊だ。

あすかの胴が、くの字に折れた。

拳というよりは歪なラリアットに近い攻撃を受けたあすかの体が、地面に叩き付けられて何度もバウンドした。

「ぐ、がァァああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「あすか!!」

「げ、ぶっ……は、しって。今なら逃げ切れる……ッ!!」

霧斗の間近まで転がせられたあすかは、それでも起き上がり、動けない霧斗の腕を取って移動を始める。霧斗は自分の手の中から拳銃が滑り落ちそうになっていることに気づき、

「あ、すか、先に行ってくれ……頼む」

「もう馬鹿!!あんたも一緒に逃げるのよ!!」

あすか達は熱風にもひるまず、破壊させ尽くしたミサイルのわきを通ってグランドに残ったわずかな細道へ向かう。

アンドロイドは左腕を動かした。
十八ミリのサブマシンガンが即座に火を噴く。

だが、電波を使った精密照準が使えず、補助として利用した赤外線装置は燃え盛る廃ミサイルの熱風によって、使い物にならなくなっていた。
有視界の光学照準も、黒煙のせいで補正が利かない。

最後はほとんど運に助けられた。

霧斗、あすかの二人は、階段を使って校舎に飛び出す。

De-tao-ba-araibu 32 end

-32-
Copyright ©いろは茶 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える