小説『絶対に笑ってはいけないLIAR GAME』
作者:カテゴリーF()

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移動中-2



 バスに乗車してきたのは70代後半ぐらいの男性だ。ちなみに、彼はプレイヤーたちを笑わせるために事務局が送り込んだ仕掛け人だ。杖をつきながらよたよたと歩き、福永の向かいの座席に座ろうとして身を屈めた。すると……。


 ポロッ……。


 その拍子に彼の入れ歯が外れ、落ちてしまった。

「アハハハハ! 入れ歯落ちた! 入れ歯墜落!」


 デデーン♪
『フクナガ様、アウトです』


 それを見た福永が爆笑し、アルサブが彼のアウトの宣告をした。

「しまったぁぁぁぁぁぁ!」

 車内に福永の絶叫が木霊する。これで福永はアウト2つとなり単独最下位だ。バスが停止し、乗車してきた事務局員が福永にゴムパッチンを食らわせ、去っていった。

「落ちましたよ、おじいちゃん」

「すまんのぅ。助かったわい」

 バカ正直で超がつくほどお人好しな直はそんなことでは笑わず、落ちた入れ歯を拾い老人に手渡した。礼を言う老人に、直も思わず笑顔になる。


 デデーン♪
『カンザキ様、アウトです』


 判定音が鳴り、彼女はアウトとなってしまった。理由はどうあれ、笑ってしまったのは事実だ。バスの扉が開いて先ほどの事務局員が再び現れ、彼女は2回目のゴムパッチンを受けた。これでアウトの数は福永と並んだ。そして再びバスが動き出した。

「……」

 そんな中、葛城は持参した本を黙読していた。彼女は本に意識を集中することでアウトを免れようとしていた。これも立派な作戦だ。

 しかし、彼女は左隣から絡みつくような視線を感じていた。

「白髪頭さん、私に何か?」

 視線の主はヨコヤだった。

「これは失礼しました。あなたの読んでいる本に少し興味がありまして……自己紹介が遅れました。私はヨコヤノリヒコと申します」

「……葛城リョウです」

 簡単に自己紹介をする2人。それから葛城は視線を本に戻した。彼女が読んでいる本のタイトルは『極限状態における心理変化の考察(著者:秋山深一)』だ。

「これがアッキーが書いた本かぁ……なるほど、さっぱりわからん。なんか頭痛くなってきた」

 葛城の右隣に座る福永も、彼女の読む本の中身を盗み見る。しかし、心理学に関しては素人の彼に理解できるものではなく、キノコヘアーを両手でおさえて本から視線を外した。


 それから少し時間が経ち、前方に停留所が見えてきた。そしてバスが停まり、そこにいた客二人を乗せた。一方は肥満体型であり、もう一方は痩身体型だ。二人ともアニメのキャラクターが描かれたTシャツを着ており、背負っているリュックサックには丸めたポスターが差し込まれていた。俗に言うオタクである。彼らも事務局が送り込んだ仕掛け人だ。

「応募しまくった甲斐があったな。なんせ、ペア20組40名様限定の貴重なものだからな」

「ああ。今日のために残業しまくったからな。思いっきり楽しもうぜヒャッハー!」

 盛り上がるオタク2人。

「何そのシャツ……ププッ」


 デデーン♪
『フクナガ様、アウトです』


 太っている方のオタクは、シャツのサイズが合っていないため下腹が出ており、プリントされているキャラクターの顔が伸びてしまっていた。それを見て笑う福永。判定音とアルサブの宣告により動いたばかりのバスが停車し、事務局員が福永に制裁を下した。

「痛ッ! ちっくしょぉ〜……」

 ゴムパッチンを受け、悔しがる福永。

「おい見ろよ。あの子三次元の女子にしてはかわいくね?」

 バスの発車と同時に、痩せている方のオタクが直を指さして言った。かわいいと言われた直は頬を染め、少し照れている。

「確かに三次の女の中じゃいい線いってるな。だがどちらかと言えば俺はあっちの本読んでる方が好みだな。是非ともあの人に罵られてみたい」

「おまえ真性のドMだもんな。どちらかと言えばSな俺にはその思考が理解できん」

 太っている方のオタクは葛城のことを気に入ったようだ。しかし葛城の表情に変化は無かった。

「秋山さん……」

「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

 直が真剣な表情で秋山に声をかけた。

「結局何なんですか? SとMって」

 直が素朴な疑問を投げかけた。バスの中は静まり返り、秋山らプレイヤーの視線が彼女に集中した。

 秋山はライアーゲーム2回戦『少数決』において、SとMについて「Sは攻め」「Mは守り」と簡潔に直に説明したことがあった。そのときはゲームの最中だったこともあり直は納得したが、オタクたちの会話を聞いて再び疑問が生まれたようだ。

「……俺より葛城の方が詳しい。こいつに聞け」

「ッ!? 常に成績トップだった秋山くんともあろう者が説明できないのですか」

 秋山は葛城に丸投げした。彼の葛城を見る目にはあからさまな悪意が込められていた。

「これに関しては私よりあなたの方が詳しいと思いますよ、ヨコヤさん?」

「いやいや、これは福永さんの専門分野ですよ」

 葛城も秋山にならってヨコヤに振ったが、ヨコヤはさらりと受け流し全責任を福永に押しつけた。

「はぁぁぁ!? 何でそうなるんだよ! てめぇふざけんなよ!」

 まんまとハメられた福永は、ヨコヤに激しく抗議した。

「ふざけてなどいませんよ」

「私も福永くんが適任だと思いますよ」

「おいキノコ、しっかりやれよ?」

 ヨコヤ、葛城、秋山の3人が、福永に一斉に嘲笑をくれてやった。


 デデーン♪
『ヨコヤ様、カツラギ様、アキヤマ様、アウトです』


 ほどなくして判定音が鳴り、3人のアウトが宣告された。事務局の判定基準はかなりシビアなようで、秋山がついにアウトとなった。

「迂闊でした……」

 ヨコヤが額をおさえながらつぶやいた。

「……」

「秋山さん……」

「これで秋山くんのパーフェクトゲームは無くなりましたね」

 秋山は黙ってはいるが、今回初めて食らったゴムパッチンは彼の想定以上の痛みがあったようだ。そんな彼を直は心配そうに見つめ、葛城は彼のパーフェクトゲームが崩れたことを指摘した。

(よっしゃっ、秋山アウトッ!)

 福永は心の中でガッツポーズし、強敵秋山のアウトを喜んだ。そして、直の注意がSとMについてのことからゴムパッチンを受けた秋山にそれて有耶無耶になったため、彼はとりあえずこの場を乗り切ることができた。


 それから数分後、またバスが停留所の前で停止した。扉が開き、アリスと同年代くらいの小学生男子が乗り込んできた。彼は太っているオタクの前に立ち、服の胸ポケットからミヤマクワガタを取り出して太っているオタクの鼻を挟ませると、バスから降りて走り去っていった。

「痛だだだだだだっ! でも気持ちイイッ!」

「何でクワガタ!? つーかおまえも喜ぶなよっ!」


 デデーン♪
『フクナガ様、アウトです』


「おでこ痛ぇよ……」

(痛そう……でも何であの人喜んでるんだろう?)

 笑いながらオタクにツッコミを入れ、またしてもゴムパッチンを受ける福永。そしてSとMの理解が無い直は、痛がりつつも喜ぶオタクに疑問を抱くのであった。

-5-
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