『第20話 計画と魅惑の妖精亭』
「明日から夏季休暇ね!」
「そうだな」
「……(こくり)」
トリステイン魔法学院の女子寮でキュルケとルシファー、タバサが集まり、計画の打ち合わせをしていた。
そう。タバサの母親をキュルケの実家にかくまう計画である。
「とりあえず事を秘密裏に進めるために、正規ルートは使わずに移動は転移魔法を使う。だけど俺はキュルケの実家の場所を知らないから、タバサの実家からキュルケの実家に直接転移魔法で移動できない」
「それで、どうするの?」
「まずは、ここからタバサの実家に移動。本物のタバサの母親とペルスランを連れて、この学院に連れてくる。そして、夜の闇と俺の魔法で姿を隠してキュルケの実家に向かう」
「それなら、大丈夫ね! 前もって手紙で許可も貰ってるし」
「わたしも、前の任務のときに言ってある」
「じゃあ、さっそく明日行きましょう」
キュルケはタバサの頭を優しくすかして微笑む。
「ありがとう」
タバサもほんの少しだが微笑んだ。
そして、いったん解散し、用意をしてから夜が更け始めた頃。キュルケの部屋に集まった。
「それで、転移魔法でどうやって移動するの? 実際に見るのは初めてなのよね」
「ああ。まあ、言葉で説明するのもなんだし、実際にやってみるか」
ルシファーはおもむろに部屋の鏡を手に取った。
ルシファーが魔力を流して、「転移」と呟くと鏡から光が溢れだし、部屋を覆った。
光がやみ、目を閉じていたキュルケとタバサが目を開け、周りを確認すると、そこはタバサの実家の一室だった。
「ここは、タバサのご実家?」
「すごい」
キュルケとタバサが目を見開いて、きょろきょろと辺りを見る。
「さてと、急いで2人を集めてトリステインに移動するぞ」
ルシファーはそう言って、タバサの母親とペルスランの元へ行った。
「あ、あなたは……、それに、シャルロット様にツェルプストー様もいったいどこから?」
ペルスランが驚きの声をあげた。
「これが、前に言った転移魔法だ。速く用意を始めろ見つかる前に移動するぞ」
急いでタバサの母親とペルスランに移動の準備をさせて、再びトリステイン魔法学院に転移した。
「こ、ここは?」
タバサの母親が驚きの声をあげた。
「トリステインにある魔法学院です」
タバサが驚く母親とペルスランにこれが転移魔法だと説明した。
「ここから今度は、闇にまぎれて風竜でゲルマニアに向かう」
寝静まった魔法学院の広場に風竜を降ろし、一行は黒いマントを羽織ってゲルマニアに向けて飛び立った。
◆
魔法学院を出発してから、次の日の夕方にゲルマニアについた。
「なんでこんなに堂々と飛んでいるのに気づかないんですか?」
風竜で空を移動しているにもかかわらず、農民や国境にいる衛士が全く気づかないことを不思議に思ったタバサの母親が質問した。
「ああ。それは風竜を中心に結界を張っているからだ」
「結界……、ですか?」
「簡単に説明すると、他人に姿を見えなくする壁を作っているんだよ」
「そんなことが……」
「すげぇだろ?」
ルシファーは説明が面倒になり、にかっと笑った。
「っ! そ、それはすごいですね……」
タバサの母親は顔を赤らめ俯き。それ以上話さなくなった。
それから騒ぎにならないように地上に降り、風竜に学院に戻るように指示をだし、【王の財宝】から『普通の』馬車を取り出して、街道をどんどん進み、キュルケの実家の屋敷についた。
「ここがキュルケの実家かー」
ルシファーが目の前に立った大きな屋敷を見ながら呟いた。
「そうよ。さあ、早く行きましょ。両親に紹介するわ」
キュルケが屋敷の前に居た衛士に「帰ってきた」と伝えるように命令した。
キュルケは屋敷に入ると、まずはタバサの母親とペルスランを両親に紹介した。
キュルケの父親はなかなか大物のようで、二つ返事で匿うことを了承してくれた。
「ところで、きみが娘の使い魔と言うのは、ほんとうかね?」
「ああ。我はルシファー。ルシファー・ベルモンド・サーゼルベルグ。異界の王だ」
「な、なんだと?」
キュルケの両親は目を見開いて驚いた。こいつはなにを言ってるんだ? という目で見てくるが、キュルケやタバサたちの様子や国境を越えずに、しかも、ガリアでタバサの母親を回収してから、キュルケの実家に来た際にかかった時間などから、事実と悟ったらしい。
「我は魔界という。こことは違う世界からキュルケに召喚されてな」
ルシファーは簡単に身の上を説明した。
「あ、あの……、なぜ娘の使い魔になる事を了承したのですか? こう言ってはなんですが、あなたは王なんですよね。貴族の娘とは釣り合わないと思うのですが……」
ルシファーが正体を明かすと、途端にキュルケの両親は低姿勢になった。
「あっはっはっは。我が身分なので女を選ぶと思うか? 我は魂……、人柄を見て愛する女を決めるからな。そんなお飾り程度の身分などは関係ない」
キュルケの肩を抱きながら言い放つ。
「ダーリン……」
「ふふふ、娘はいい男を堕とした見たいね」
キュルケの母親が妖艶に微笑んだ。
いまいち納得の言っていない父親から、屋敷に居る一番の使い手を戦ってみないか? と言う提案をだした。
ルシファーはそれを二つ返事で了承し、魔法を使わずに格闘技術だけで一番の使い手というメイジを一瞬で屠り、絶句させた。さらに、キュルケの父親が用意した使い手を金色の炎で倒したことから、キュルケの父親は態度を一変させ、正式な婿候補。婚約者として認めた。まあ、気に入られると早いものでキュルケの両親は、俺とキュルケが2人っきりになれるように策をめぐらせたり、キュルケの母親は、キュルケに色々と夜の技のレクチャーを受けさせようとしたらしいが、キュルケを仕込んでいるのは俺なので、逆にキュルケの身につけた性技に興味をひかれたらしい。
ていうか、まじでツェルプストー家の手は早く、婚約が決まると、執事やメイド、領民までも、俺の事を若様とか婿殿とか言い出した。
その後。キュルケの家に5日ほど滞在したルシファーたちは、これ以上滞在して、国境を越えた事を悟られるわけにはいかないので、転移魔法の入り口をキュルケの実家の一室に設置し、キュルケの両親にタバサの母親、ペルスランに見送られながら転移魔法を発動し、学院へと戻った。
キュルケの両親が部屋から一瞬で姿を消した事に驚き、再び絶句した。
学院に戻り、タバサから改めてお礼を言われ、タバサの母親の件はひとつの区切りを見せた。
◆
キュルケの実家から戻った次の日。トリステイン魔法学院の寮塔の一室。キュルケの部屋に3人が集まっていた。
今は夏季休暇で授業もなく、ルシファーとキュルケ、タバサの3人は朝からだらけていた。
「あー、涼しい……」
部屋の中でキュルケはあられもない格好でベッドに横たわりいる。シャツのボタンどころか上着とスカートを取り下着一枚で横たわり、ルシファーもその隣に下着一枚で横たわりだらけ、唯一きちんと制服を着た。だらけていないタバサはベッドに腰かけて、ずっと本を読んでいた。
「ふふふ、さっすがダーリン。真夏の寮でこんなに快適に過ごせるなんてね」
部屋の中央のタライに置かれた氷の塊りを眺めながらキュルケは言った。
そう。この蒸し風呂とも言える女子寮で何故快適に過ごせているかと言うと、ルシファーが作った簡易クーラーのおかげだ。一見、タライに氷を乗せただけに見えるが、氷の周りに緩やかな風の渦を起こしていて、氷の冷気が常に部屋中に送られると言う仕組みで、更に壁や床のから熱が伝わらないように、部屋に結界を張るといったひと手間も加えていて、室内は過ごしやすい快適空間になっているのだ。
「涼しい」
タバサも本を読みながら呟いた。
それから3人は部屋の中で快適に過ごしていた。
しかし、そのとき……。
階下から悲鳴が聞こえてきた。
一瞬、顔を見合わせ、キュルケとルシファーは急いで着替え、部屋から飛び出した。タバサも杖を片手にそのあとを追う。
◆
悲鳴がした階下の部屋の扉を開けると、夏季休暇を学院の寮で過ごしていたギーシュとモンモランシーがベッドの上で騒いでいた。
「……なんだ。取り込み中だったの」
ため息混じりにキュルケが言う。
真顔になったギーシュが立ち上がり、優雅な仕草で、「おや、モンモランシーのシャツの乱れを……、直しておりまして」
「押し倒して?」
呆れた顔で、キュルケが問う。
「直しておりまして」
ギーシュは繰り返す。モンモランシーが冷たい声で言った。
「もう! いいかげんにしてよ! 頭のなかはそればっかりじゃない!」
ギーシュの顔が赤らんだ。
やれやれといった調子でキュルケが口を開く。
「あなたたち、随分とやっすい恋人ね……。なにもこんな暑っ苦しい部屋なんかでしなくても」
「そうだぞ。こんな部屋でしたら熱中症になってしまうぞ」
「なんにもしないわよ! ってかあんたたちこそなにしてんのよ。今は夏季休暇よ」
「そんなこと百も承知よ。あたしたちは、いちいち国境を越えて里帰りすのが面倒だから、学院に残ってるのよ。あなたたちは、じゃあなにしてたの?」
「わたしたちは、その……」
言いにくそうにモンモランシーはもじもじする。
「ま、魔法の研究よ」
「ったく。なんの研究をしてたんだか。ねえ?」
「まったくだ。媚薬の生成でもしてたのか?」
「っ! そんなもん作るわけないでしょう! ヘンな研究をしたがったのはギーシュよ! まったく、暑さで頭がやられちゃったの? 少しは冷やしてよね!」
そう言われてギーシュはしょぼん、とうなだれる。
「そうね」とキュルケが呟いた。
「なにが、そうね、なのよ」
「出かけましょ。ずっと寮に閉じこもってるのもなんだし、居残り同士、
、皆で街にでも出けましょ」
「そうだな」
「そうだね。ぼくも街で冷たいものを飲みたいな……」
ギーシュも頷く。モンモランシーも同意した。
「冷たいものを飲めば、少しは頭も冷えるでしょ」
「冷やす。神かけて」
「で、そこのおちびさんはどうするの?」
モンモランシーが本を読んでいるタバサを指差した。キュルケが頷く。
「行くって」
「……そんなちらっと見ただけで、わかるの?」
「わかるわよ」
キュルケは当然でしょ、といわんばかりの顔で言った。
タバサはそれから本を閉じると、つかつかと窓に向かい口笛を吹き、馬代わりに風竜を呼んだ。ばっさばっさと羽音が聞こえ、タバサは窓から飛び降り、次にルシファー、キュルケと続いた。
「はやくいらっしゃいよ! 置いていくわよ!」
窓から顔を出した。ギーシュとモンモランシーにキュルケが手を振った。
それに、ギーシュが先に飛び降り、風竜の背中に乗ると、続けて飛び降りてきたモンモランシーを受け止めた。
すると、モンモランシーは触らないで! とか、いやらしい目でみないで! とか言って、せっかく受け止めてくれたギーシュを苛めるのだった。
「そんな……、受け止めただけじゃないか」
「どこ触ってんのよ!」
「あんたたち、恋人同士じゃないの?」
呆れて、キュルケが呟き。ルシファーもはあー、とため息をついた。
◆
トリスタニアの城下町にやってきた一行は、ギーシュの先導でブルドンネ街から1本入った通りを歩く。
「そういや、噂の店があってね。一度、行ってみたいと思っていたんだが……」
「ヘンな店じゃないでしょうね?」
その声の調子に、色っぽい何かをかぎつけたモンモランシーが釘をさす。ギーシュが首を振った。
「全然ヘンな店じゃないよ!」
「どういう店なの?」
ギーシュは黙ってしまった。
「やっぱりヘンな店じゃないのよぉ〜〜〜! 言ってごらんなさいよぉ〜〜〜!」
モンモランシーがその首を絞める。
「ち、違うんだ! 女の子が、その、可愛らしい格好でお酒を運んで……、ぐえ!」
「ヘンじゃない! どこが違うのよ!」
「面白そうじゃない。そこ」
キュルケが興味をひかれたらしく、ギーシュを促した。
「そこに行ってみましょ。ありきたりな店じゃつまんないし、ねえ、ダーリンもいいでしょう?」
「ああ。いいぞ」
「なんですってぇ!」
モンモランシーがわめく。
「まったくどうしてトリステインの女はこう、そろいもそろって自分に自信がないのかしら? イヤになっちゃう」
キュルケがルシファーの腕を抱きながら小バカにするような声で言ったので、モンモランシーはいきり立った。
「ふん! 下々の女に酌なんかされたらお酒が不味くなるじゃないの!」
しかし、キュルケに促されルシファーも了承したので、ギーシュは跳ねるような調子で歩き出し、モンモランシーは仕方なしにと、ギーシュのあとを追った。
「ちょっと! 待ちなさいよ! こんなところにおいていかないで!」
◆
「いらっしゃいませ〜〜〜!」
店に入ると、背の高い、ぴったりとした皮の胴着を身に着けた男が出迎えた。
「あら! こちらおはつ? しかも貴族のおじょうさん! まあ綺麗! なんてトレビアン! 店の女の子がかすんじゃうわ! それになんていい男! わたし好みだわ! あっ! わたしは店長のスカロン。きょうはぜひとも楽しんでってくださいまし!」
そう言って体をくねらせて一礼。キモい店長だが、綺麗と褒められ機嫌が良くなったのか、モンモランシーが「お店で一番綺麗な席に案内してちょうだい」と、すまして言った。
「当店ではどのお席も、陛下の別荘並みにピカピカにしておりますわ」
スカロンは一行を席へと案内する。店は繁盛しているようだった。なるほど噂のとおり、きわどい格好の女の子たちが酒や料理を運んでいる。ギーシュはすでに夢中できょろきょろしはじめモンモランシーに耳を引っ張られる始末。
一行が席につくと、桃色がかったブロンドの少女が注文を取りにきた。慌てた調子で、咄嗟にお盆で顔を隠す。全身が小刻みに震え始めた。
「なんできみは顔を隠すんだね」
ギーシュが不満げに問いかけた。その少女は答えずに、身振り手振りで「注文を言え」と示す。その少女の髪の色と身長で、キュルケがすぐに何かに気づき、特大の笑みを浮かべた。
「このお店のお勧めはなに?」
お盆で顔を隠した少女は、隣のテーブルを指差す。そこにはハチミツを塗って炙った雛鳥をパイ皮につつんだ料理が並んでいた。
「じゃあ、この店のお勧めのお酒は?」
少女は傍のテーブルで給仕をしている女の子が持った、ゴーニュの古酒を指差す。
そこでキュルケは、驚いた声で言った。
「あ、使い魔さんが女の子口説いてる」
少女はお盆から顔を出し、きっ! とした目つきできょろきょろ辺りを見回した。キュルケと、実は最初から分かっていたルシファーをのぞく一行はあらわれた顔を見て、大声をあげた。
「ルイズ!」
キュルケがにやにやと笑っている事に気づいたルイズは、自分が騙された事に気づき、再びお盆で顔を隠した。
「手遅れよ。ラ・ヴァリエール」
「わたし、ルイズじゃないわ」
震える声でルイズが言う。キュルケはその手を引っ張り、テーブルの上にルイズを横たえる。キュルケは右手を、ギーシュが左手をつかむ。タバサは右足を、モンモランシーが左足をつかみ、ルシファーは目からはルイズのスカートの中が丸見えとなった。幸いルイズはそれに気づかずに、動けないルイズは横を向いて、わなわな震えながら言った。
「ルイズじゃないわ。離して」
「なにしてるの? あなた」
ルイズは答えない。ぱちん! とキュルケが指をはじくと、タバサが呪文を唱えた。風の力で空気がルイズの体に絡みつき、操った。ルイズはテーブルの上にぴょこん! と正座させられた。
「な、なにするのよ!」
再びキュルケは指をはじいた。無言でタバサが杖を振る。ルイズを操る茎の固まりは、見えない指となってルイズの体をくすぐり始めた。
「あはははは! やめて! くすぐったい! やめてってば!」
「どんな事情があって、ここで給仕なんてしてるの?」
「言うもんですか! あはははは!」
空気の指が散々にルイズをくすぐりまくる。それでもルイズは口を割らない。そのうちぐったりとしてしまった。
「ちぇ、口のかたい子ね。最近あなたって、隠しごとがほんとに多いわね」
「わかったら……、放っておきなさいよね……」
「そうするわ」
キュルケはつまらなそうに、メニューを取り上げた。
「早く注文言いなさいよね」
「これ」
メニューを指差して、キュルケが言った。
「これじゃわかんないわよ」
「ここに書いてあるの、とりあえず全部」
「は?」
きょとんとして、ルイズはキュルケを見つめる。
「いいから全部持ってきなさいな」
「お金持ちね……。はぁ、うらやましいわ」
ため息混じりに呟くルイズに、キュルケが言った。
「あら? あなたのツケに決まってるじゃないの。ご好意はありがたくお受けしますわ。ラ・ヴァリエールさん」
「はぁ? 寝言言わないでよ! なんであんたに奢んなくちゃならないのよ!」
「学園の皆に、ここで給仕やってる事を言うわよ」
ルイズの口が、あんぐりと開いた。
「言ったら……、こここ、殺すわよ」
「あらいやだ。あたし殺されたくないから、早いとこ全部持ってきてね」
ルイズはしょぼんと肩を落とす。
「あ、さっきのゴーニュとかいう酒はボトルで2本ほど持ってきてくれ」
肩を落としたルイズにルシファーが追加で注文した。
「なっ! なに言って……」
声を荒げて怒鳴ろうとしたルイズにキュルケが「学院」と呟くと、ルイズは肩をさらに落とし、いろいろなものにぶつかりながらよたよたと厨房へと消えていった。
ギーシュが首を振りながら、「きみはほんとに意地の悪い女だな」と言えば、キュルケは嬉しそうに、「勘違いしないでいただきたいわ。あたしあの子嫌いなの。基本的には敵よ敵」
キュルケはそこで言葉を切ると、タバサのマントが乱れていることに気づき、ちょちょいと直してやった。
「ほらあなた。呪文を使うと、髪とマントが乱れる癖をどうにかしなさいな。中身も大事だけど、女の見栄えはもっと大事なのよ?」
「ああ、そろそろタバサも色気づいてもいい年だ。これからは女の子としての身だしなみにも気をつけないとな」
姉が妹を、母が娘を気遣うように、キュルケはタバサの髪などをいじり、ルシファーもその様子を父親のように温かく微笑んでいる。
ギーシュとモンモランシーは、3人が出す親子のような様子を不思議そうに見ていると、見目麗しい貴族たちが店に来客してきた。広いつばの羽根つき帽子を粋にかぶり、マントの裾から剣状の杖が覗く。王族の士官たちであるようだった。
3人の士官たちは陽気に騒ぎながら席について辺りを眺めると、口々に、店の女の子について品定を始める。いろんな女の子が入れ替わり立ち替わり酌をしたが、どうにもお気に召さない様子であった。1人の士官がキュルケに気づき、目配せをした。
「あそこに貴族の子がいるじゃないか! ぼくたちと釣り合いがとれる女性は、やはり杖を下げていないとな!」
「そうとも! 王軍の士官さまがやっと陛下にいただいた非番だせ? 平民の酌では慰めにならぬというものだ。きみ」
口々にそんなことを言いながら、こっちに聞こえるような声で誰かが声をかけにいくのかを相談しあう。キュルケはこういうことには慣れっこなのか、平然とワインを口にしてルシファーと会話を楽しんでいた。しかし、ギーシュは気が気ではない。ワインを持つ手が震えてしまう。なにせルシファーの規格外の強さを知っているからだ。決闘を挑んだ数人の貴族たちや、上級生の使い手を瞬殺し、オーク鬼の頭や学院の『固定化』がかかった壁を遠く離れた位置から、『遠当』とかいう不思議な体術で破壊したのだ。しかも、広場で学院長の『オールド・オスマン』に土下座までさせた男を怒らせたら、王宮の士官たちでも殺られてしまう……と、ギーシュは頭を抱えた。
そのうち声をかける人物が決まったらしい。1人の貴族が立ち上がる。20歳を少し超えたばかりの、なかなかの男前だった。可哀想に……。
自信たっぷりに口ひげをいじりながらキュルケにちかづくと、典雅な仕草で一礼した。
「我々はナヴァール連帯所属の士官です。恐れながら美の化身と思わしき貴女を我らの食卓へとご案内したいのですが」
キュルケはそちらのほうを眺めずに答える。
「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですし、婚約者もいますので」
ギーシュが婚約者という言葉に反応して言葉を上げそうになった。
断られた士官だったが、仲間たちからの野次に、ここで断られては面子が保てないと思ったのだろう。熱心な言葉で貴族はキュルケを口説きにかかった。
「そこをなんとか。曲げてお願い申し上げる。いずれは死地へと赴く我ら、一時の幸運を分け与えてはくださるまいか?」
しかしキュルケはにべもなく手を振った。
はらはらとルシファーの顔色を覗っていたギーシュは、貴族は残念そうに仲間たちの下へ戻っていったことに安堵の息を吐いた。
「お前はモテない」と言われ、その首を振る。
「あの言葉のなまりを聞いたかい? ゲルマニアの女だ。貴族と言っても怪しいものだ!」
「それに婚約者だと! あの黒い髪の男かよ! ははは!」
「ゲルマニアの女は好色と聞いたぞ? 身持ちが固いなんて、珍しいな! それとも婚約者とやらの前だからか!」
「おそらく新教徒なのだろうな!」
酔いも手伝ってか、悔し紛れに貴族たちは聞こえるように悪口を言い始めた。ギーシュはこのバカ貴族! と心の中で罵倒しながら、モンモランシーに顔を見合わせ、「店を出ようか?」とキュルケに聞いた。
「先に来たのはあたしたちじゃない」
そうじゃないんだ! ルシファーが暴れたら……、とギーシュが視線で訴えたが、キュルケは立ち上り、続いてルシファーまで立ち上がってしまった。
キュルケの長い赤髪が燃え盛る炎のようにざわめく。横目で事の成り行きを見守っていた他の客や店の女の子たちが、いっせいに静まり返る。
「おや、我らのお相手をしてくれる気になったのかね?」
「ええ。でも、杯じゃなく……、こっちでね?」
すらりとキュルケは杖を引き抜き、ルシファーの前に立った。
男たちは笑い声を転げた。
「およしなさい! お嬢さん! 女相手に杖は抜けぬ! 我々は貴族ですぞ! それに婚約者様とやらは杖も抜かないで、くくく、どうやら婚約者は金で貴族になった成り上がりの貴族らしいな!」
「怖いの? ゲルマニアの女が」
ルシファーをバカにされた事で、顔色は変わっていないが恐ろしいほどの怒気を出していた。
ギーシュはルシファーから静かに出される殺気にガタガタと震えた。こいつら命が惜しくないのか!
「まさか!」
カラカラと士官たちは笑い続ける。
「では、杖を抜けるようにしてさしあげますわ」
キュルケは杖を振った。人数分の火の玉が上の先から飛び出し、貴族たちがかぶった帽子へ飛び、一瞬で羽根飾りを燃やし尽くした。店内がどっと沸いた。観客に向かって、キュルケは一礼する。
笑いものにされた男たちはいっせいに立ち上がる。
「お嬢さん、冗談にしては過ぎますぞ」
「あら? あたしはいつだって本気よ。それに……、最初に誘ったのはそちらじゃございませんこと?」
「我らは、酒を誘ったのです。杖ではない」
「自分の男よりも数万倍劣っていて! しかも! フラれたからって負け惜しみを言う殿方とお酒をつきあうだなんて! 侮辱を焼き払う、杖ならつきあえますが」
店内の空気がぴきーんと固まる。
1人の士官が決心をしたように口を開く。
「外国のお嬢さん、決闘禁止令はご存知か。我らは陛下の禁令により、私闘を禁じられておる。しかしながらあなたは外国人。ここで煮ようが焼こうが、貴族同士の合意の上なら誰にも裁けぬ。承知の上でのお言葉か?」
「トリステインの貴族は口上が長いのね。ゲルマニアだったらとっくに勝負がついている時間よ」
ここでナメられては引き下がれない。士官たちは目配せしあった。それから帽子のつばをつかみ、1人の貴族が言い放つ。
「お相手をお選びください。あなたにはその権利がある」
顔色は変わっていないがキュルケの中では猛火のような怒りが渦巻いていた。キュルケは怒れば怒るほど、言葉が余裕を奏で、態度が冷静になっていくのであった。
「ゲルマニアの女はあなたがたのおっしゃった通り、好色ですもの。ですから全員いっぺんに。それでよろしいわ」
キュルケの勇ましい言葉で、店内が拍手が沸いた。士官たちはこの侮辱に顔を真っ赤にして怒りくるった。
「我らは貴族であるが、軍人でもあるのです。かかる侮辱、かかる挑戦、女とて容赦はしませんぞ。婚約者とやらも、参られい」
表へ、と士官たちは顎をしゃくった。ギーシュはことの成り行きで震えている。モンモランシーは我関せずといった顔でワインを飲んでいる。ルイズはあのバカ女ってほんとに余計な火種ばっかつくるんだからと厨房で頭を抱えていた。才人は例によってさっきむしゃくしゃしたルイズの怒りの捌け口となり、理不尽にも散々痛めつけられて気絶していたので介入できなかった。
キュルケとルシファーが表に出ようとした時、タバサが立ち上がった。
「あなたはいいのよ。座ってて。すぐ終わるから」
しかし、タバサは首を振る。
「どうしたタバサ? 本当にすぐ終わるぞ?」
すぐに終わると言ったルシファーにギーシュがびくんと震えた。
「わたしが行く」
「あなたには関係ないじゃない」
キュルケが言うと、タバサは首をふる。
「わたしはルシファーに忠誠を誓った騎士。それに2人には借りがある」
「はっはっは、俺の騎士か」
ルシファーがタバサの頭をぽんぽんと撫でた。
「騎士のことは後で聞くとして、この前の事はあたしたちが好きでやった事だから気にしないでいいのよ?」
「そうだ。この前の事は別に借りなんかじゃないぞ?」
「キュルケには前に1つ借りがある」
キュルケはその言葉で思い出す。
「また随分昔の話ね」
キュルケは微笑んだ。
それから2人はちょっと考え込む。そして結局、タバサに任せることにした。
「どうした! 怖じ気づかれたか! 今なら謝れば、平に容赦してもかまわぬぞ」
「その代わり、たっぷり酌をしてもらうがな!」
「酌ですめばよいが!」
士官たちは笑った。キュルケはタバサを指差した。
「ごめんあそばせ。この子がお相手さしあげますわ」
「子共ではないか! そこまで我らを愚弄するか!」
「勘違いしないでいただきたいわ。この子、あたし以外の使い手なのよ。なにせ彼女、シュヴァリエの称号まで持っているんだから」
士官たちは、まさか、と言った顔つきになった。
タバサはなにもしゃべらずに店の入り口へと向かう。
「あなたがたの中に、シュヴァリエの称号をお持ちになっている方はおられるの?」
士官たちは首をかしげた。
「なら相手にとって不足はないはず」
キュルケはそう言うと、自分の役目は終わったと言わんばかりに椅子に腰掛け、ルシファーとワインを飲み始めた。
「大丈夫なのかい?」
ルシファーが暴れずにすんだ事は幸いだったが、代わりに決闘するタバサのことが気になり尋ねた。
キュルケは優雅にワインを飲んでいる。
「あの子ってば、つまらない約束をいちいち覚えているんだから」
嬉しそうに呟く。
◆
タバサは店の表に出て数分もしないうちに、士官たちを巨大な『エア・ハンマー』で一瞬で倒して戻ってきた。
士官たちを軽く倒したタバサに店内が拍手で沸くが、タバサは気にした様子もなく席について本を開いて読み始めた。
キュルケは満足そうにタバサの杯に、ワインを注ぎ、ルシファーもぽんぽんと頭を撫でた。
「じゃあ、乾杯しましょ」
ギーシュが首をひねりながらキュルケに尋ねる。
「なあキュルケ……」
「なあに?」
「きみたちは、いったいどうしてそんなに仲がいいんだ? まるで親子みたいじゃないか」
「ふむ。親子か、なら俺はさしずめ父親と言ったところか」
ルシファーがうんうんと頷くとキュルケはタバサを間にルシファーを抱き寄せ「じゃああたしは母親で若奥様ね」と微笑んだ。
間に挟まれたタバサが何故かギーシュをじーとにらみ。その視線に耐えられなくなったギーシュは強引に話題を変える事にした。
「君とタバサってそんなに仲がよかったけか? それにルシファーが婚約者だなんて。いったい何があったんだい? 教えてくれよ」
モンモランシーも興味をひかれたのか、身を乗り出す。
「何があったのよ。教えなさいよ」
キュルケはルシファーとタバサのほうを見た。それからタバサに視線を移し、頷いた。
「そうね。婚約の話は今度にして、もっと前の、1つ目の貸しのことなら、タバサもいいって言ってるから、いいわよ まあ、たいした話じゃないけどね」
キュルケはワインが注がれた杯を手に取った。
くいっと飲み干し、とろんとした目でキュルケは語り始めた。
◆
それからキュルケは、入学してすぐはタバサと仲が悪かった事や、新入生歓迎の舞踏会で事件が起き、犯人の策略から決闘にまで発展し、決闘の途中で事件の犯人がお互いでないことに気づいた2人は、決闘させた犯人を見つけ懲らしめた事などを語った。
キュルケの話を聞き終わったモンモランシーが呆れたように言った。
「ド・ロレーヌや、トネー・シャラントたちが、髪と服を燃やされてから塔から逆さ吊りになっていたあの事件はあんたの仕業だったのね」
「そうよ」
キュルケは楽しそうに頷いた。
ギーシュは大きく頷いた。
「つまり、さっきタバサが『一個前の借り』と言って決闘を引き受けたのは……、そんとききみがタバサの分の仇も、まとめて討ったからなんだな?」
キュルケは頷いた。
「そうよ」
給仕をしていたルイズや皿をあらっていた才人もいつのまにかテーブルの輪に加わり、話を聞き入っていた。
キャミソール姿のルイズもあきれた声で言った。
「でも、そんときあんたは、自分がド・ロレーヌたちを痛めつけたくって、勝手にタバサの分まで横取りしただけでしょ? そんなの貸しでもなんでもないじゃないの」
「そうとも言うわね」
「きみはひどい女だな」
ギーシュがせつない声で言った。
「あたしってばきっと……」
「きっと、なんだね?」
「すっごいわがままなのかも、しれないわね」
首を振って、悩ましげにキュルケが呟く。こいつ気づいてなかったのか、と一同は深いため息をついたが、ルシファーは腕を組んでキュルケに微笑んだ。
「俺はそれでもかまわないぞ。そこもキュルケの魅力だからな」
「ダーリン……」
キュルケは熱い視線をルシファーに送り、一同はやれやれと首を振った。
「あと、ド・ロレーヌとか言うヤツには今度は地獄を見てもらうかな」
ルシファーの言葉にギーシュとルイズが慌てて止めた。
「ルシファーくん! ド・ロレーヌはこの前きみが倒したばかりで引きこもっているから!」
「そ、そうよ。これ以上は死んじゃうわ……」
「ふむ。じゃあ、回復してからだな」
「「…………」」
「えっ! ド・ロレーヌとか上級生のメイジを瞬殺した悪魔って、ルシファーだったの! どおりでギーシュが……」
ここでやっと、モンモランシーがギーシュが貴族たちが絡み始めた頃から震えだしていた理由を知り、ルシファーの顔を凝視した。
そんな中、キュルケが「ふぁあああああああ」と大きくあくびをした。
「飲んでしゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「そう。なら、帰りなさい」
冷たい声でルイズが言う。
「面倒だから泊まるわ」
「お金は?」
「ごちそうさま」
「ふざけないで! あんたどれだけ飲み食いしたと思ってるのよ!」
「学院の皆にバラすわよ。まあ、あたしとダーリンは1つのベッドでいいから、タバサも合わせて、一部屋でいいわ」
ルイズは黙って俯いた。
「行きましょダーリン」
「ああ。すまないが、もう少しだけ飲んでからいくよ。先にタバサと部屋に行っててくれ」
「うーん……、それじゃあ、仕方ないわね。行くわよタバサ」
キュルケはタバサを促して二階へを消えていく。
「あああ、あの女。いいい、いつか絶対に殺してやるんだから……」
わなわなとルイズが震えている。
それから、ギーシュはモンモランシーはここに泊まる金の事でルイズと才人ともめ、醜いつかみ合いになろうとしたとき……。
店の中に、先ほどタバサに倒された貴族たちが顔を見せた。
ルシファーたちに気づいて、近寄ってくる。
「なんだあんたたち?」
才人は言った。ギーシュとモンモランシーは、ぎょっとして震え始めた・年かさの貴族が口を開いた。
「先ほどのレディたちはどこに行かれた?」
「う、上で寝てます:
モンモランシーが震えながら答えた。
士官たちは顔を見合わせた。
「逃げられたか」
「そのようだね。でもレディのフィアンセはいるみたいだ」
「な、なんの用ですか?」
ギーシュが尋ねる。にっこりと貴族は笑みを浮かべた。
「いやなに、是非とも我ら、先ほどのお礼を申し上げたいと思ってな。しかし、我らだけでは十分なお礼ができそうにないもので、ほら、かのように一個中隊を引っ張ってきた」
ぎょっとして、一同は外を見つめる中、ルシファーは残念そうに呟いた。
「これだけか……」
「なんだと!」
先ほどまで笑みを浮かべていた貴族の顔が怒りの表情に変わる。
「はぁ〜、全然足りないな」
「き、きみ何を……」
ギーシュが椅子から転げ落ちそうになりながら呟いた。
「ルイズ。酒の用意をして待ってろ。ほら早く表に出るぞ。このままでは店の」
「あんた! あいては何百人も!」
「いいから酒の用意をしてろ」
そう言ってルシファーは、入り口に向かった。
「おのれ! 身の程知らずが!」
「あの女の前に婚約者から始末してくれよう!」
貴族たちもそれに続き表に出た。
◆
ルシファーが店の表に出ると、軍服姿で剣状の杖を構えた貴族たちが整列していた。
「くくく、女の代わりに1人で我らに立ち向かうとは、見上げた根性だな」
タバサに一撃で倒された貴族が杖を構えて言い放つ。
「我々は成り上がりの貴族ではなく、生粋のメイジでな。こちらは魔法を使わせてもらうぞ?」
今度はキュルケを誘った男が言った。
「ふん。雑魚に魔法など使う分けなかろうが」
ルシファーがそう呟くと、貴族たちは皆怒りをあらわにして杖を構え、先頭の隊長だろう男が「後悔するなよ!」と怒鳴り杖を振り下ろした。
あらゆる魔法がルシファーを目掛けて飛ぶが、ルシファーの前に突然現れた2メートルほどもある両刃の斧に阻まれ、ルシファーに魔法が届くことなかった。
その様子が店の窓から覗っている才人たちははっきりと見え、驚きのあまり言葉を失った。
「はははは! どうだ? まいったか!」
しとめたと思った貴族が高笑いをあげるが、魔法の余波が起こした煙が消えると、貴族も言葉を失った。
「なんだ? この程度か?」
ルシファーは、つまらなそうに呟く。
「なんだ! その斧は!」
貴族が斧を指差してわめく。
「これは武器だ。お前らごとき雑魚に魔法はもったいないからな」
そう言ってルシファーは自分の身長よりも高い斧を掴み、軽々と持上げた。
「まあ、雑魚の血でこの通りを汚すものなんだし、斬りとばすのも殺すやめてやるよ」
「な、なにを……」
それから、ルシファーによる駆逐が始まり、ものの10数分で数百人の貴族たちを殺すこともなく全員倒した。
店の中にその様子を見ていた才人たちは、絶対にルシファーを怒らせない事を心に誓った。
「はぁー、少しはストレス発散になったか。ルイズ、酒」
「は、はい!」
数百人の貴族を倒しておきながら一切の疲労を見せずに、テーブルについたルシファーに、ルイズはおとなしく酌をしたのであった。
そして、2時間後……。ルシファーがあがって来ないから迎えに来たキュルケは、奇妙な光景を目にした。
それは、テーブルに座ったルシファーに、あのわがままで高慢ちきなルイズが酌をして、店の外を遠めで眺めている才人やギーシュやその隣で気絶しているモンモランシーの姿だった。
「おお、キュルケ。お前も飲むか?」
キュルケが店に下りてきたことに気づいたルシファーが言った。
「ええ。飲み足らなかったとこよ」
キュルケが席について杯をだすと、ルイズはおとなしく酒を注いだ。
「あら、ルイズ? 素直に注ぐなんて何かあった?」
おとなしく酒を注いだルイズにキュルケが不思議そうに尋ねた。
「……うるさいわよ」