スーツの女は俺に切っ先を向けたまま悠然と構えている。
俺は女の懐に飛び込んで拳を突き出した。
「甘いです!」
拳が女の身体を捉える直前で剣を右に凪ぎ牽制される。
前のめりになった身体を急停止させ、上半身を後ろにのけぞらせた。
ヒュンという風を切る音と共に白刃が目の前を通過していく。
後ろにのけぞった態勢で地面を蹴る。
サマーソルトキックの姿勢となった俺の脚が女の頭部に向かっていく。
それを女はバックステップで回避する。
着地して向き直った瞬間、女が凄まじい速度で突っ込んできた。
流れるような動きで振るわれる剣を俺は紙一重で避けていく。
だが、どんどん剣が加速していき、避けるのが困難になっていく。
避けられない一撃は鎧を使って巧く弾く。
「あれだけ吠えておいてその程度ですか!?」
女は尚も剣を握る手に力を込めていく。
一撃。
俺の右肩に剣が突きささる。
肩の鎧は粉々に砕かれ、むき出しの状態になる。
「そこ!!」
女は無防備になった右肩にむけて大きく剣を振りかぶった。
しかし、素直に一撃を貰う俺じゃない。
「舐めんなよ!!」
大振りの一撃を右足を軸にターンしてかわす。
それと同時に左脚を掲げ、相手の脳天目がけ踵を落とす!
ドゴンッ!!
大きな破砕音を響かせ、駅のホームが鳴動する。
俺の踵が着弾した地点は大きく抉れ、亀裂が走る。
女は空に逃れ、俺の様子を窺っていた。
外套の男も何時の間に駅のホームから移動し、少し離れた場所で傍観している。
「余裕じゃねぇか……!」
俺は募る苛立ちに身を任せて女に手を突き出す。
魔力を手に集中させイメージを膨らませる。
女の周りの空間を爆発させる様な術式をランサスから引き出す!
ランサスのデータからそれに適合する魔法を探し出し、咄嗟にそれを実行に移す。
女の周囲の空気が揺らいでいく。突然自分をつつんだ陽炎の女は戸惑ったような表情となる。
急いで逃れようとするがもう遅い。
バァァァァァァァァァァァァァ!!
魔力を込め、女の周囲を爆発させた。
爆煙が女を包みこむ。
「次はお前だ」
俺は外套の男へと向きなおる。
だが男は愉快そうに笑うだけだった。
「お主にそれができるかいのう?」
「ほざけっ!この不審者がっ!!」
翼を動かし移動しようとしたが……
「まだロスヴァイセは負けておらんぞ?」
外套の男の声が耳に届くと背中に強い衝撃を受けた。
「ガァッ!」
衝撃に耐えて首を後ろに回すと先程のスーツの女が俺を蹴り飛ばしていた。
否、スーツじゃない。神話にでてくるヴァルキリーのような格好を、女はしていた。
更に追い打ちをかけるように至近距離で見たこともない術式を展開した。
そこから様々な属性の魔法が俺に向かって放たれた。
ドォォォォオォォォォォォ!!
「油断大敵じゃのう」
外套の男は顎鬚をさすりながら俺に言う。
魔法の直撃を受けた俺はボロボロで、鎧は完全に砕けていた。
痛む身体に力をこめて何とか起き上がる。
ふらつく足を抑えながら二人を睨みつけた。
「今の術式……ここの神話体系のもんじゃないな」
他の神話体系の魔法に関しては何の知識も無い俺は打つ手がない。
スーツ姿から美しいヴァルキリーへと変貌した女は俺に剣を向けた。
「これでわかったでしょう。あなたの魔法は私には通用しないのです」
「そうかもな……でも、それはさっきまでの話だ」
俺は笑みを浮かべると魔力を全身に込めた。
「ランサス!分かってるな!?」
『任せておけ。あの程度の術式の複製など容易い』
再び鎧を身につける。
「百倍にして返してやるよ!!」
背に幾つもの魔法陣を展開する。
その一つ一つが今までにない模様を浮かべていた。
「まさか!?」
二人は俺のしようとしている事に気付いたのか身構えるが構うもんか。
「……さっき見せてもらった術式を参考にお前等の神話体系を割りだし、通用する術式を組んだ。
これでもくらえ!!」
背の魔法陣から幾筋の光芒が奔り大地を蹂躙していく。
一斉掃射が済んだ後に残ったのは焦土と化した大地だった。
煙が濛々と立ちこめている。
「ハァハァ……」
『エージ、魔力の限界が近い。鎧が維持できなくなるぞ』
「まだだ……もうちょっと耐えてくれ。まだあいつ等がどうなったのか確認してない」
「こりゃ驚いたわい」
背後からの声に俺は振りかえると、そこには外套の男が女を抱えて立っていた。
「ちょっと!早くおろしてください!!」
「五月蝿い娘じゃのぉ〜」
暴れる女を地面に降ろして、改めて男は俺を見据えてきた。
「若いのに大した悪魔じゃ。これからの冥界がたのしみだのう」
「そりゃどうも……北欧の主神からの賛辞とあれば嬉しいもんだ」
俺の一言に男は感嘆の声を洩らした。
「ほぅ。気付いておったのか。ならばこんな格好をしている必要もなかろう」
男は外套に手を掛け、それを脱ぎ去った。
そして現れたのは長い白髪の杖をもった男だった。
その右目は不思議な色をしていて、見ていると可笑しな感覚に襲われた。
「如何にも儂は北欧の主神、オーディンじゃ。コイツは儂の秘書みたいなもんじゃ」
「……オーディン様付きのヴァルキリー、ロスヴァイセです」
憮然とした表情で女も自己紹介をする。
「何時から気付いていたんじゃ?」
「……あんた等の神話体系はロスヴァイセさんの術式を解析して分かった。
あんたがオーディンだっていうのは……あんたから感じる力が魔王様クラスだったからだ」
下手したら魔王様よりも強いかもしれない。
「力の差が分かるのはいい事だ。無謀に命を捨てる事がないからのう」
さも愉快そうに笑う北の主神。
イメージと全然違うんですけど。
「むっ……この気配は」
急にオーディンが顔をしかめたかと思うと、目の前に何かが降り立った。
「やっぱりあんたか……急に出向くんじゃねぇよクソジジィ」
黒い翼を広げたアザゼルさんだった。
「エージ、詳しい事は後でじっくり聞くからお前はもう帰れ」
「えっでも……」
俺はいきなり現れたアザゼルさんに戸惑っていた。
「いいから帰れ。これは命令だ」
「………わかりました」
有無を言わせない剣幕に俺は怯んで了承してしまった。
空に飛びあがり、屋敷への道を模索していると、オーディンから声をかけられた。
「お主、名は何と言うんじゃ?」
「…古城英志です」
神様からの質問に答えない訳にもいかづ俺は口を開いた。
「ふむ、覚えておこう」
俺は列車の線路をたどりグレモリー家への帰路に就いた。