「あれ……?」
目を覚ますと既に朝日が昇っていた。
俺は首を動かして辺りを伺う。
確か俺はゼノヴィアに膝枕されてそのまま寝ちゃったんだよな。
だが、そのゼノヴィアの姿はなく俺は枕で寝かされていた。どうやら先に出ていったらしい。
俺は身体を起こしてベッドから降りた。
今日は魔王様主催のパーティーがあった筈だ。
正装で行った方がいいよな……?
俺にとっての正装ってやっぱ駒王学園の制服だ……でも、パーティーなんだからスーツとかの方がいいんじゃないか?
幸い、この部屋のクローゼットには俺のサイズぴったりのスーツが何着か用意されてるし。
サービスまで完璧だな、グレモリー家!流石は部長の実家だぜ!
「よう、起きたか?」
入り口付近からの声に視線をやると、制服を着込んだイッセーが手を振って立っていた。腕にはグレモリーの紋様つきの腕章をつけている。
「おう、イッセー。お前もやっぱり制服なのか?」
「木場とギャスパーは知らないけど俺は制服にしたよ。やっぱり一番しっくりくるからな」
「そうか。なら、俺も制服にするか」
俺はクローゼットから制服を引っ張り出した。
「俺達は客間で待機するように言われてるから、着替えたら早く降りてこいよ」
ヒラヒラ手を振ってイッセーは去っていった。
俺は手早く着替えを済ませ、客間に向かう。
「今日は若手悪魔も集まるから……犯人捜しもしなきゃならないのか」
テロリストに情報を流している裏切り者を捜しだし、捕獲する。
これが俺に魔王様直々に与えられた使命だ。
三大勢力が和平を結んだ今、この平和を守るために少しでも力になろう。
「……全然捜査は進んでないけど」
溜め息をつきながら階段を降りる。
客間は……こっちか。
記憶を頼りに客間へと足を動かす。
すると前方から大勢のメイドさん達が歩いてきた。
その先頭にいるのは……グレイフィアさん。その傍らには紅い髪をした可愛らしい少年がいた。
「おはようございます、グレイフィアさん」
俺は会釈してグレイフィアさんに挨拶をする。
それと同時にメイドさん達が俺から距離をとった。
以前のアザゼルさんの悪戯のせいで俺はグレモリー家に仕えてるメイドさん全員に「メイド服を狙う野獣」とか「メイド好きの不審者」と認知されてしまったのだ。
メイドさんとすれ違うたびに悲鳴やら冷たい視線を貰うのは勘弁してほしかった。
人間界と扱いが変わらないのは何でだろうな。
「おはようございます、英志様。失礼ですがもうそのような時間ではないかと」
グレイフィアさんは廊下の壁にかかっている時計を指差した。俺もつられて目をやると既に時計は十二時を過ぎていて十三時に突入しようとしていた。
「……こんな寝てたのか」
俺は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。そんな俺を見てグレイフィアさんは溜め息を吐いた。
うぅ……申し訳ない
「今日はリアス様にとって大事な行事があるのですから眷族である英志様にはその自覚をもってもらいたいものです」
「……返す言葉もありません」
的確な指摘をくださるグレイフィアさんに俺は頭が上がらなかった。
「あなたがリアスお姉さまの言っていたエージさんですか?」
ふと、グレイフィアさんの隣に立っていた紅い髪の少年が声をかけてきた。
リアスお姉さまって……この子は何者だ?
「えぇっと……リアス・グレモリー様の『兵士(ポーン)』で古城英志って言うんだ」
とりあえず自己紹介をしておこう。俺は屈んで少年と目を合わせながら言った。
「はい!リアスお姉さまから聞いてます。とっても強くて格好いいと!」
「お!嬉しいこと言ってくれるねぇ、少年。将来大物になれるよ」
俺は調子に乗って少年の頭に手を置いて撫で回した。
「ゴホンッ」
わざとらしい咳払いをしたグレイフィアさんを見ると、その回りにいるメイドさん達の顔色が変化している事に気付いた。
顔面蒼白とはこのことかな。
「英志様、その方はミリキャス・グレモリー様。魔王サーゼクス・ルシファー様の御子息です」
時が止まった……
それくらいの衝撃が俺を襲ったのだ。
冥界の頂点に立つ魔王様の御子息。
その御子息の頭に手を置いた上に馴れ馴れしい口調で話た。
これ程の粗相を犯した俺の頭の中には「死刑」の二文字が浮かんでいた。
「……すいませんでした!ルシファー様の御子息だとは露知らず、とんだご無礼を……」
俺は姿勢を但し頭を下げた。
「気にしないでください。お姉さまの眷族なら僕の家族と同様です。顔をあげてください」
おぉ……なんて心が広いんだ……
流石は魔王様の息子さんだ。
「英志様、ミリキャス様はこう仰られていますので……」
「…す、すいません。ありがとうございます!」
グレイフィアさんに促されて俺は勢いよく顔を上げた。
ミリキャス様は朗らかな明るい笑顔を俺に向ける。
「明日のレーティングゲーム、頑張ってください!僕も応援しますから!」
「は、はい!」
俺、ゲーム参加できないんですけど…
「それでは英志様、ミリキャス様はお先にパーティーの会場に向かわれるのでこれで失礼いたします」
グレイフィアさんが丁寧なお辞儀をする。
俺もそれに倣ってお辞儀を返した。
顔を上げたグレイフィアさんはミリキャス様を促して歩き出した。
ミリキャス様ご一行を見送っているとミリキャス様が無邪気に俺に手を降っていた。俺はどうしようか迷ったが小さく手を振った。
ミリキャス様ご一行が完全に見えなくなってから俺はガックリと肩を落とす。
「あれがルシファー様の息子さんか……まだ幼いのに魔力は結構あるな」
ミリキャス様が大きくなったらどうなるのか楽しみだ。
「おっと、客間に急がないと」
俺は止まっていた足を再び動かした。
客間への扉を開くと、そこにはイッセーと……生徒会の男子がいた。
確か……匙って名前だった気がする。
「遅いぞエージ」
イッセーが俺に気付いたようで声をかけてきた。
「わるい、ちょっと世間話してたんだ」
俺も適当に誤魔化してイッセーに近付いた。
すると、匙がイッセーに小声で話しかけた。
イッセーは何が可笑しかったのか顔を綻ばせる。
「そんなこと気にしなくていいって、話しかけてみろよ」
「いや、でもなぁ……」
イッセーと匙は俺の目の前で何か言い合っている。
何だ?
俺が疑問に思っていると、匙が観念したように溜め息をついて俺に話しかけてきた。匙の浮かべた笑顔はどこかギコチナイものだった。
「お、俺、匙元士郎だ。よろしくな」
「?あぁ」
突然の自己紹介に俺は間の抜けた声を返してしまった。
途端にイッセーが笑いながら答える。
「匙のやつ、エージにビビッてたんだよ。何せ、色々問題を起こしてるからな」
「なっ!?言うなよ兵藤!」
匙が焦ったような声をあげる。
俺は……同じ学校の同級生にそんな風に見られてたのか……ショックだ。
「いや、違うんだ!だってあのコカビエルを倒したんだろ!?どんな奴か気になるしゃないか!!」
コカビエルか……少し前の出来事なのに凄く昔の事に感じる。
「アザゼルさん達のお陰だよ。コカビエルを倒せたのは俺一人の力じゃないさ」
そこから他愛もない話をするうちに匙と打ち解けることができた。
それになにより……匙も俺とイッセーと同じ様に女の子が大好きな男子だった!
こんな所で同志を得ることが出来るなんて……神様に感謝だよ!!
あっ……神様居ないんだった。
部長達が来るまでの間、客間には男が三人。
自然と話題は女の子の話になっていった。
「山にずっと籠ってたから女の子の体が恋しいよ…人間界に帰ったらエロ本買わないと」
「イッセーはいいよな。俺なんて隠してたエロ本を燃やされた事あるんだぞ」
「兵藤と古城は大きいのと小さいのどっちが好きなんだ?」
こんなエッチな話をしているうちに時間は過ぎていき、客間の扉が開かれた。
「待たせたわね二人とも。あら…匙君もきていたのね」
客間の入り口には奇麗なドレスを着た部長達がっ!!
うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
可愛いィィィィィィィィ!!
姫島先輩は和服だけじゃなくてドレスも似合うな!!アーシアさんは恥ずかしいのか顔が真っ赤だけどそれがまた可愛い!!ゼノヴィアも困惑してるみたいだけどスタイルがいいから見事に着こなしている!!
塔城さんも他のメンバーに比べると小さなドレスを着ていて可愛らしい!!
そして、男のギャスパーも部長達に紛れてドレスを着込んでいた。
似合っているのが余計に腹立たしい。
「ちょっと、エージ。なに黙っているのよ?」
部長がちょっと拗ねた様な口調で俺に問いかけた。
「す、すいません。その……ドレスが凄く似合っていて見惚れてました」
頭を掻きながら俺は早口にそう答える。
だってドレス姿の部長、胸元とかが強調されてて目のやり場に困るんだもの。
俺がそう答えると部長は一変して顔を紅潮させた。
「そ、そうかしら?」
「えぇ、本当ですよ。まるでお姫様みたいですよ」
「褒めすぎよ…でも、嬉しかったわ」
顔を真っ赤にしてお礼を言う部長も可愛い!!
俺の両隣にはその部長の笑顔に見惚れてる、イッセーと匙が突っ立っている。
俺たち悪魔になって良かったな!!
「イッセー君、どうかな?」
チラッと後ろを見ると、タキシードを着た木場がイッセーに感想を求めていた。その顔は赤みを帯びていてる。
イッセーは顔をひきつらせて反応に困っているようだ。
ドンマイ、イッセー……
「匙、お二人に迷惑をかけていませんね?」
部長の後ろから現れたのは駒王学園の生徒会長、ソーナ・シトリー先輩。
部長の親友で、匙の主だ。
「会長!迷惑なんてかけてませんよ!!むしろ古城と仲良くなった位です!!」
匙がそう返すと生徒会長さんの視線が俺の方に向けられた。
正面から見ると、やっぱり美人さんだな!
「ちゃんと話すのは初めてですね。ソーナ・シトリーと申します」
ソーナ会長は俺に対して上品にお辞儀してくれた。
言われてみれば生徒会長さんとは何回か会った事はあったけど話すのは初めてだ。
俺も姿勢をただして頭を下げる。
「ご丁寧にどうも……リアス・グレモリー様の兵士、古城英志です。
宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いするわ」
生徒会長さんはそう言ってニッコリ笑った。
クールなイメージが強かったけど、笑うと一層可愛いな。
「……ギリッ!」
なにやら背後で何か聞こえたが無視だ。
きっと匙が俺に殺意の籠った視線を送っているんだろう。
「それと貴方に謝らなくてはならないわ」
「え?何をですか?」
俺には生徒会長さんの真意が分からなかった。
生徒会長さんに謝られる謂われが分からない。
「先日、お姉さまが迷惑をかけたようですね。あの人には私がキツク言っておくので…」
「なるほど、レヴィアタン様の事ですか」
生徒会長さんのお姉さまは四大魔王様の一人、セラフォルー・レヴィアタン様だ。
前は俺の家に泊まりにきて大変な目にあったっけ。
「問題ないですよ。俺が氷漬けにされただけですし。いい経験でしたから」
「そうですか?あなたがそう言うなら……」
渋々といった感じで生徒会長さんのは納得してくれたみたいだ。
「部長、そろそろ迎えが来ますよ」
イッセーが俺の背中を押しながら部長に言った。
時計の針はパーティー開始の時刻まであと一時間を指していた。
「迎えってなんだよイッセー?」
俺は怪訝な声をあげる。
イッセーは不敵な笑みを浮かべ、客間に備え付けられた窓を指差した。
ズズゥゥゥゥゥゥゥンッ!
直後、グレモリー邸を揺るがす衝撃が俺達を襲った。
揺れは直ぐに収まり、かわりに窓から声が聞こえた。
「約束通り、迎えにきてやったぞ」
そこには逞しい巨駆を誇るドラゴン、タンニーンさんが顔を覗かせていた。
「ありがとうなっ!タンニーンのおっさん!!」
イッセーは最上級悪魔であるタンニーンさんに物怖じすることなく気軽に声をかけている。
それに応じてタンニーンさんも口角を吊り上げた。
「赤龍帝との約束だ。無下にもできまい。外には私の眷族が待機している。早く外にでてこい」
迎えってタンニーンさんかよ……
イッセーが大物に見えるぞ。
俺がポカンと口を開けて呆けているのを見て、タンニーンさんは鋭い視線を俺に向けた。
「……そこの貴様からも龍の波動を感じるな。しかもかなり強力なものを」
ギラギラと輝く瞳に射ぬかれて俺は背中を冷や汗が伝うのを感じた。
カラカラになった喉を潤す為に無理矢理唾を飲み込む。
「リアス・グレモリー様の『兵士』古城英志。古代龍を宿してる」
俺はタンニーンさんに向かって自己紹介をした。
気圧されそうになるけど、部長の眷族として恥ずかしい所は見せられない。
「なるほど…お前が噂に聞くあの古代龍か。サーゼクス様から聞いているぞ。これからの冥界を担うに相応しい悪魔だと」
最上級悪魔からのなけなしの賞賛を受けて、俺は身震いした。それにサーゼクス様が俺の事をそんな風に見ていてくれて嬉しい限りだった。
『龍王からの賛辞とはいたみいるな。これも一重にお前の努力の成果だぞエージ』
珍しくランサスも声をかけてきた。その声からはどこか嬉しそうな響きを感じる。俺の身体から発せられたドラゴンの声に、タンニーンさんは反応した。
「お前が古城英志に宿っているドラゴンか。
名をなんと言う?」
視線は相も変わらず俺に向けられているが、この問いは俺ではなく、俺に宿っているドラゴンに向けられたものだ。
『紹介が遅れて申し訳ないな魔龍聖。ランサスという。
古城英志の身体を借りている身だがお見知りおきを』
やけに丁寧な口調に俺は違和感を感じるが、その違和感の正体を探る前に、タンニーンさんが口を開く。
「ランサス……?何処かで聞いた覚えがあるが……」
タンニーンさんは首を捻って何かを思い出そうとしている。
俺はタンニーンさんが呟いた言葉が気になり、問いただそうと口を開きかけたが、イッセーが俺の前に躍り出た。
「おっさん!世間話もいいけど、今は早く出発しようぜ!遅刻しちまうだろ!!」
時計を気にしながらタンニーンさんに意見するイッセー。
その声で我に還ったタンニーンさんは罰の悪そうな声を出す。
「あぁ…すまない。もう支度はできたか?」
「俺とエージ以外はもうおっさんの眷族のドラゴンに乗っかって空で待機してるよ」
イッセーに言われて辺りを見回すと、客間には俺とイッセーしか居なかった。俺がタンニーンさんと会話してる間に外に出ていたらしい。
「分かった。ならば赤龍帝と古代龍よ、私の背に乗るがいい」
そう言ってタンニーンさんは俺達に背を向けた。
「いや、タンニーンさんにそこまでしてもらうのは悪いので……俺は自分で飛んでいきます」
「遠慮は要らんが、お前がそう言うなら好きにするが良い」
俺は窓枠に足を掛けながらそうタンニーンさんに発言した。
足に力を込めて、跳躍。
空に身を投げ出した俺は翼を展開して、羽ばたいた。
「俺はまだ上手く飛べないからおっさんの世話になるよ」
恥ずかしそうに頬を掻きながらイッセーはタンニーンさんの背に飛び乗り、タンニーンさんの頭の上に腰を下ろした。
「しっかり捕まっておけ」
タンニーンさんは頭の上のイッセーに忠告し、翼を動かし始めた。徐々にタンニーンさんの巨体が宙に浮き上がりる。
「それでは、出発するとしようか」
タンニーンさんを先頭に、タンニーンさんの眷族のドラゴンが追従する。冥界の紫色の空の下、数体のドラゴンが優雅に飛行する姿はまるで神話の一ページの様だった。
俺は思わず苦笑する。まさか、自分がこんなファンタジーな体験をするとは思わなかったからだ。
あの時、堕天使に殺されなかったら。闘うことを選ばなければ。こんな体験はできなかったんだろう。
人間、選択しだいでこんなにも人生が変わるものなんだな。
○パーティー会場
魔王様主催の会場であるビルの前に着陸した俺達は、送ってくれたタンニーンさん達にお礼をしてビルの中に入った。
豪華なエントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
おもむろに部長が口を開いた。
「この会場には冥界の重鎮達が集まっているわ粗相がないようにね」
主の発言に俺達眷族は首肯した。
重苦しい停止音と共にエレベーターの扉が開く。
その正面にある扉に向かって俺達は足を進めた。
中なから聞こえる喧騒は、酒宴が開かれている事を知らせるには十分だった。
部長が扉に手を掛け、開いた先にはきらびやかな装飾を施したシャンデリア、点在する多くのテーブルの上には美味そうな料理の数々が!!
それを囲むように大勢の悪魔が楽しそうに談笑している。
「まったく……このパーティーは若手悪魔がメインと言っておきながら先に始めていては世話がないわ……」
部長は呆れたように呟いて一歩を踏み出した。
すると、さっきまでとは違うざわめきが会場に巻き起こる。
「リアス姫…なんと美しい」
「サーゼクス様も鼻が高いでしょうな」
それは部長の美貌に対して感嘆の声だった。やっぱり部長は冥界の人気者だな。
「ひ、人が…人がいっぱぃぃ……無理ですぅ〜」
俺の後ろにはガクガク震えるギャスパー(♂)がいた。
引きこもりヴァンパイアのギャスパーがパーティーで緊張するのは無理もないけど、俺の背中に引っ付くのはやめろ。
ドレス着ててただでさえ目を引く程可愛いのに、そんな可愛い子が男の背中に隠れていれば勘違いされても言い訳できない。
比較的に若い悪魔から部長に向けられる羨望や憧れの感情とは別の、妬みや嫉妬の籠った目で捉えられる。
これで俺の後ろに引っ付いているのがギャスパーじゃなければ俺もいい気分なんだけど……
残念、コイツは男なんだよ!騙されないでくれぇぇぇぇぇ!!
「それじゃエージとイッセーは私に着いてきなさい。挨拶回りをするから」
「え、俺とイッセーがですか?」
不意に部長が振り返り、俺とイッセーに向けて言った。俺はたまらず疑問を投げ掛ける。
「貴方達はドラゴンを宿した珍しい悪魔なのよ。上級悪魔の中にも興味がある方々がいらっしゃるわ。その方々から是非とも挨拶をしたいとの要望があったのよ」
「なるほど」
俺は部長の説明に納得して、部長の後に続く。
結局、挨拶回りはフロアを一周して終わった。部長のお母さんから指摘されて以来、学んできた紳士的な振る舞いが役に立ち、部長の眷族に相応しい応対ができたと思う。
普段あんな受け答えはしないので妙に疲れた……
「やっと休める……」
俺はパーティー会場の片隅のテーブルに腰かけている。正面には同じく疲れた様子のイッセーが机に突っ伏していて、その隣にはアーシアさんがイッセーを心配そうに見ていた。
「お疲れさま二人とも」
気がつくとゼノヴィアとギャスパーが料理が盛り付けられた皿を持って立っていた。
「おぉ、悪いな」
「お、重いですぅ」
皿を持つギャスパーの腕はプルプル震えている。いつ皿を落としてもおかしくない。
「男なんだからもうちょっと力つけようなギャスパー。ほら貸せ」
「ありがとうございます…面目ないです」
ギャスパーから皿を受け取り、テーブルに並べる。ゼノヴィアも持っていた皿をテーブルに置いていった。
並べ終えると、俺の右隣にギャスパーが座り、左隣にゼノヴィアが座った。
「アーシア、喉が乾いているならこれを飲むといい」
ゼノヴィアは今度は持っていたグラスをアーシアさんに差し出した。気が利くなぁ。
「ありがとうございますゼノヴィアさん。緊張して喉がカラカラだったんですよ」
苦笑しながら差し出されたグラスを受けとるアーシアさん。グイッとグラスを煽る。
そして……
「がふっ…ごふっ!!」
盛大に噴いた。それを受けたのは横でうつ伏せていたイッセー。突然の出来事にイッセーは身体を起き上がらせた。
「なんだ!?って酒くさっ!!」
「アッハハハ、引っ掛かったね」
ゼノヴィアは愉快そうに笑っている。俺はアーシアさんの持っているグラスを取り上げ、顔を近づけた。
「うぅ…気持ち悪いですぅぅ」
グラスからは強烈なアルコールの匂い。飲んだことないけど葡萄の香りがすることからワインの一種かもしれない。
アーシアさんが口を抑えて苦悶の声を上げた。
「こんなに簡単に引っ掛かるとは思わなかったよ。ほらっ水」
ゼノヴィアはまだ笑いながら、別のグラスをアーシアさんに手渡す。若干警戒しながらもアーシアさんはグラスを煽り、一呼吸ついた。
どうやら今回は大丈夫だったみたいだ。
「ゼノヴィア〜、アーシアになにしてんだ!」
イッセーが肩を怒らせて、ゼノヴィアに説教するがゼノヴィアは右から左へ聞き流している。
まったく……ゼノヴィアも程ほどにしろよな。
テーブルの上の料理を口に運びながら俺は辺りを見渡した。
部長と姫島先輩は女性の悪魔の方々とお話をしてらっしゃる。木場は女の子に囲まれて困ったように微笑んでいた。
いっぺん死ねよイケメンがっ!!
俺は、耐え難い現実的から逃避するために食べる事に集中した。
「………て」
あっ、この料理美味い!なんて料理だろ?
家で作れないかな?
「…しくて?」
梓乃は家にいないし、自分でやるしかないか。
人間界に帰ったら真面目に料理してみるのも良いかもしれない。
「聞いていますの!?」
「んぐっ!?」
耳元で怒鳴られて俺は口に入っていた料理をぶちまけそうになるが、そこは根性でこらえた。急いで水を口に含み、流し込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんだ!?テロか!?」
「違いますわ!!」
更に追い討ちをかける怒声が俺の鼓膜を揺らす。
耳を押さえて俺は声の主を確かめるために首を動かした。
「んっ……?誰?」
こんなことするからには俺の知り合いなんだろうと思ったが、よく考えるとここは冥界で俺の知り合いは皆無だった。
そこに居たのはドレスを着た女の子。金髪を頭の両端でドリルのような縦ロールにしている。目付きはキツく、高飛車な雰囲気。典型的なお嬢様のようだ。
「まったく!この私が声をかけているのだから一声で返事をして欲しいですわ!」
女の子は怒り収まらずといった感じで両手を腰の辺りに添えて、呆れたような声をあげている。
「いや、どちら様ですか?」
俺の疑問は消えていないので女の子に問いかけたのだが……
「なんだ、焼き鳥野郎の妹じゃねぇか」
イッセーが女の子を視界に捉え、そう言った。
自然と俺の顔と纏う雰囲気が険しくなる。隣にいるギャスパーと目の前の女の子は気圧されて後ずさった。
「フェニックス家の者か?」
俺の口から発せられた声は自分でもわかる程に冷たい一言だった。
「そ、そうですわ。だからなんだというんですの?」
フェニックス。
その名を聞くだけで嫌でも思い出す。あの身体を焼き尽くす炎の熱を。俺の弱さを嘲笑うアイツの表情を。
大きな火傷はしなかったが、小規模な火傷はまだ身体の至るところに残っている。
「俺がお前のところのライザー・フェニックスに何をされたか知ってるか?」
「伺ってますわ。私の兄によって大きなダメージを受けながら行方不明になったと」
「そうか……なら俺がライザーの事をどう思っているか分かるよな?」
俺は語気を強めて淡々と発言する。
騒がしいパーティーの喧騒がどこか遠くに感じられる。
「……そのことについては兄に代わってお詫び申し上げますわ。ですが、理解なさってくださいな。兄にも悪気があった訳ではないのです」
女の子は気丈に振る舞いながら俺に相対する。
大した根性だ。
「それでも……俺がライザーに殺されかけたのは変わらない事実だろ?俺には……お前等フェニックス家に復讐する気があるかもしれない。そうは思わなかったのか?」
俺は立ち上がり、女の子の前まで歩み寄ると手を翳した。
女の子は堪らず目を閉じる。脚が微細に震えていた。
「先ずは…お前から……」
「おい、エージやめ……」
ボンッ!
間抜けな音が響き、俺の行動を固唾を飲んで見守っていたイッセー達は呆けた顔をしていた。
女の子も閉じていた目を開き、何が起きたのかをその目で認識して固まっていた。
「ハッハハハ!俺がそんなことするわけないだろ?」
俺が翳していた手には翼を羽ばたかせるような姿勢をとった炎で出来た鳥が生まれていた。
「えっ?これは……?」
未だ状況が把握できない面々に向かって俺は宣言した。
「確かに、俺はライザーに敗けたよ。そのせいでいろいろ大変な目にあった。でも、俺はその困難を越えて力をつけた。あの時、ライザーの炎が切っ掛けで俺は変わったのかもしれない。ライザーはイケメンでナルシストで気に食わない奴だけど……もう恨んじゃいないさ」
呆気に取られていた女の子は次第に顔を引き締め俺に言った。
「では、これはなんですの?」
俺は翳した手を握る。すると炎の鳥も姿を変え丸まっていく。それを空いている方の手で握る。
「俺なりに、フェニックス家を歓迎してるんだ」
そして手を開く。
すると、そこには炎のように赤い宝石をあしらったブレスレットが精製されていた。
「魔力で造ったブレスレットだ。やるよ」
俺はそれを女の子に向けて放る。
ブレスレットをキャッチした女の子は複雑そうな表情をして俺を見返した。
「いいんですの?生きていたといえど、兄のせいで生死をさ迷ったのは事実でしょうに」
「さっき、君も謝ってくれただろ。それに、俺の代わりにイッセーがライザーをボコボコにしてくれたんだ。なら俺から言うことはないよ」
俺は女の子の頭に手を置いてワシャワシャと撫で回す。
パシッと無言で俺の腕を弾いて、女の子は距離をとった。その顔は赤く、照れているようだ。
「それでも兄が迷惑をかけたのには変わりないですわ!私の気が済むまで、諦める気はありません!」
俺は呆れて肩を落とす。
「……やっぱりライザーの妹なんだな」
強情なところとかがソックリだ。
「私の名前はレイヴェル・フェニックス!忘れないでくださいまし!」
「俺は古城英志。エージでいいよ」
俺は声をあらげる女の子――レイヴェルに向けて自己紹介をした。
「エ、エージ様ですわね!?覚えましたわ!覚悟して待っていなさいなっ!!」
そう早口で言い捨ててレイヴェルは去っていった。よく分からん娘だな。
一息つくために俺は再び椅子に腰を下ろした。
「エージ先輩怖かったです……」
おずおずと進言したのはギャスパーだった。
俺は苦笑してギャスパーに言う。
「ビビらせて悪かったな。ちょっとしたサプライズのつもりだったんだ」
「そうですか…演技にしても凄い迫力でしたよぉ」
尚もビクビクしてるギャスパー。
うぅん……そんなに怖かったのかな?
そんな俺の視界に気になるものが映る。
アレは………塔城さんじゃないか?
塔城さんは辺りを見回して何かを警戒しているようだ。険しい顔で、フロアから出ていく。
俺は怪訝に思い、後を追う為に席を立った。
「ごめん、みんな用事を思い出した」
俺はこの場にいるメンバーに謝罪を述べた。
「おいおい、もうすぐ魔王様から挨拶かあるんだぞ?早く戻ってこいよ」
イッセーが俺に念を押すように言う。
「アザゼルさんに頼まれてたの忘れててさ。できるだけ早く帰ってくる」
俺は苦しい嘘を吐いて皆から離れる。
嘘を吐くのは心苦しいが、大事にしないためにもしょうがない。
塔城さんが出ていった扉の前に到着した。
「やあ、リアス・グレモリーの『兵士』君」
急いでる俺に声をかける輩がいた。俺は苛つきながらも振り返る。
「そんなに怖い顔をしないでほしいな。僕はディオドラ・アスタロト」
優しそうな感じの金髪の優男がそこに立っていた。
なんで今日に限って俺に挨拶をする人物が多いんだ。
俺の苛々は更に加速する。その理由は目の前の男、ディオドラがイケメンな事が一つ。
もう一つは……コイツが纏う雰囲気が不穏なものだったからだ。
どうもコイツとは仲良くなれる気がしない。
「何の用ですか。俺は急いでるんで」
俺は感情を隠しもせずに苛立ちをディオドラに向けて発した。それでもディオドラは爽やかな笑顔を崩さない。
「いや、リアス・グレモリーの自慢の下僕がどんなものか見ておきたくてね。なるほど……これなら彼等が警戒するのも頷ける」
ディオドラの発言はパーティーの雑踏に紛れて後半が殆ど聞き取れなかった。
「じゃあ、僕の用事は済んだから失礼するよ。
君をどうにかしないと僕の計画にも支障がでそうだ」
一瞬、ディオドラの顔から笑顔が消えたのを俺は見逃さなかった。
冷徹に思考を巡らせる。そんな表情をディオドラは覗かせていた。
ディオドラ・アスタロト……不気味な男だ。
「って!アイツのせいで結構時間取られちまった!早く塔城さんを追いかけないと!!」
扉を開いて廊下にでる。エレベーターを使っている時間も惜しい!
俺は人気のない場所を探して走り出した。
そして、辿りついたのは伽藍とした廊下の一角。
薄暗く、窓から差し込むか細い光が俺を照らしていた。
「ここなら大丈夫か?」
目を閉じ神経を集中させる。塔城さんの魔力を感知するんだ。
パーティー会場からは多くの魔力を感知。やはりこの中に塔城さんの魔力は感じられない。
このビル全体まで範囲を広げる。
最上階から一階まで……やはり塔城さんは居ない。
なら……もっと広範囲で探す!
集中力を振り絞り、ビルだけではなく辺りの森までくまなく探していく。
すると可笑しな事に気付いた。
あそこだけ……魔力がまったく感じられない。
冥界の動物は少なからず魔力を帯びている。森となればおびただしい数の動物の魔力が感じられる。
だが、森の一部だけは何故か魔力の反応がない。
考えられるのは……感知から逃れる為に何者かが結界をはっているということ!
「見付けた……!」
目を開いて俺は額の汗を拭う。
魔力探査は集中力が重要で、体調が万全の時にしか出来ない。
俺は窓を開けて、森に向かって飛び出した。
翼を広げて急旋回。目標の地帯には直ぐに到着した。
間近で見るとかなり強力な結界で破壊するのは難しそうだった。
「ランサス、結界の解析頼む」
『任せろ』
俺は結界に両手を張り付け、魔力を少しずつ込めていく。
『破壊するには此方もそれなりの準備が必要だな。だが、結界に侵入するだけなら然程困難でわない』
「分かった」
ランサスの考察を聞いて俺は結界を割くように両手を大きく開いた。
結界は容易く引き裂かれ、ポッカリと穴が空いた。
俺はその穴に飛び込み、地面に着地した。
空を見上げると俺が開けた穴は徐々に塞がっていきものの数秒で完全に閉じた。
結界の中からは……二つの似た魔力が感じられる。
一つは塔城さんのもの。もう一つは……
「……黒歌か」
塔城さんの姉、SS級のはぐれ悪魔。
これは俺も油断できないな。
待ってろよ!塔城さん!!