一章 十話 軽音楽部
職員室に行ったのはあの時。クラスでいじめが発覚してから。
あの時は廊下が迷路みたいで職員室が唯一の出口だった。しかし今日は違う。
今日は出口じゃない。始まりだ。
「失礼します。」
少々上ずった声で楓は職員室のドアを開ける。
緑茶の匂い。紙の匂い。あの時とは違ったのどかな職員室。
熊田は楓を見るとこちらに近づいた。
「どうした?氷川。具合でも悪いのか?」
「大丈夫ですよ。毎回具合悪かったらどんだけ病弱なんですか。
今日は・・・あの。軽音楽部についてお尋ねしようと思って来ました。」
冗談まじり。笑顔で笑って見せる。
その笑顔に熊田は安心した。
「軽音楽部か。ウチの軽音は歴史が浅くて・・・たしか二年前だったっけな?
とにかく軽音なら顧問に聞いてみるといい。」
熊田は職員室を見渡した。すると顧問を見かけ。事情を話す。
顧問はずいぶん歳をとっている女性教師。白髪長い髪を高く一つに結んでいる。目のシワが目立つ。冷たい印象。
楓も顔をしっていた。自身も取っている選択音楽の教師だったからだ。
「あなたは。たしか選択音楽を取っている子ね?」
顧問は楓をまじましとみる。歳を取っているせいか魔女のようにみえる。
生徒に媚びない愛想の悪い表情。
「はい・・・氷川です。軽音楽部に入りたくて。というかどんな感じなのかなと思いまして。」
「それなら今日部活をやってるから見学に来なさい。
あなたと同い年の子が結構いるわよ。
私としてはチャラチャラした軽音楽部なんかよりも伝統ある吹奏楽部の方がずっと良いと思うんだけどね・・・」
「はぁ・・・」
ちくり と嫌味を言われたような気がして笑顔が引きつる。
とにかく部室に移動しよう。魔女がそういうものだから心の準備もなく部室に移動することになった。
部室は第二音楽室。第一音楽室と比べ部屋は一回り小さいがバンドで使用する機材が保管されている。
大きい第一音楽室が吹奏楽部が使用していて、軽音楽部は隣にある第二音楽室を部室で使わせてもらってる形だ。
魔女が説明するものだから余計卑屈に聞こえた。
「軽音楽部。仮入部の子入れるよ。」
魔女が軽くノックとする。と、ドアの向こうで生徒がどうぞと返事をする。
とたんに緊張が高まった。心臓の音が聞こえる。手にじんわりと汗が滲む。
楓の心には二つの思いがあった。
一つは部活で兄のように楽しい高校生活にしたい。
二つ目は部活でもクラスのような雰囲気だったら自分は何を支えに高校生活を乗り切ればいいんだろう。
どうか二つ目は的中しないでほしい
一年間クラスがつまらなくても部活はせめて楽しくいたい
小さな思いを胸に楓は部室に入った