小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第十話 真剣勝負】

 盗賊のアジトに向かって、ルーウィンは黙々と道を進んだ。一度捕まったことが吉となり、どの獣道を行ったらよいか検討は付いていた。カヌレの村をだいぶ離れ、ガーナッシュの街から奥まった森の中を進む。ルーウィンは不意に足を止めた。

「出てきなさい。そこにいるんでしょ」

 彼女の顔は前を向けたまま。ということは、気配で完全にばれていたのだ。フリッツは静かに木の影から姿を現した。ルーウィンの声は冷ややかだった。

「リベンジのつもり? あたしはさらわれた女の子を助けに来たのであって、この盗賊どもを壊滅させにきたんじゃないのよ」
「足手まといにはならないよ。多分」

 自信のなさそうなフリッツの返事に、ルーウィンは腹を立てた。

「わかってないわね。足手まといにならないっていうのはね、あんたがドジして人質になった場合に舌噛んで、あたしに迷惑がかからないように出来るってことよ? あんた、この場で死ねる?」

 きつい言葉だった。フリッツはひるんだが、その足は来た道を戻ろうとはしなかった。ルーウィンはフリッツを睨みつける。

「帰って」
「い、嫌だ」
「帰れ!」
「邪魔になったら置いていってくれて構わない!」

 フリッツはルーウィンの視線を真正面から受け止めた。思わず逸らしたくなってしまうような鋭く冷たい、矢のような視線だ。フリッツは手と足に力を入れて踏ん張った。ヘビににらまれたカエル、というのはまさにこういう状態を言うのだろう。身動きが取れない。
 しかしフリッツの意向を通してもらうには、ルーウィンに認めてもらうしかない。
 ルーウィンも退くことはなく、しばらく二人はそうして黙ってお互いの目を見ていた。

「…勝手にしなさい」
 ついにルーウィンが折れて、フリッツは表情を緩ませた。

「ありがとう!」

 ルーウィンはふいと前を向くと再び歩き出した。その後にフリッツも続いた。

「ルーウィンはどうしてさらわれた子を助けようと思ったの?」

 ルーウィンにとっては赤の他人だ。危険を冒して助けに行く義理立てはない。カヌレ出身のフリッツですら、自分が村から出て行った後に生まれた子供なので直接の面識はなかった。

「別に。手持ちがそろそろ危なくなってきただけ。一稼ぎしようと思ってたところよ。あいつらにやられっぱなしっていうのも腹立つし、一泡吹かせてやるわ」

 実情面と、意地の問題。どちらもルーウィンらしい理由だ。

「それにあいつの尻拭いは、あたしがやらなきゃ」

 ルーウィンはふと小さくつぶやいたが、フリッツには上手く聞き取れなかった。

「今何か言った?」
「なんにも。さあ、急ぐわよ」

 木々の間を抜けると、岩肌がむき出しになった場所にでた。天辺は見えるが、わりと切り立った崖だ。そこにぽっかりと洞穴が口を空けている。いまは蔦などで入り口を塞いであった。もし子供たちが見つけたら大喜びで入っていきそうな場所だ。捕まったときは逃げるのに必死で、振り返って見もしなかったが、確かに隠れ家らしい隠れ家だった。
 浚われた少女の母親の話によると、彼女は親の言いつけを破って以前からこの辺りをこっそり散策していたらしく、盗賊団のアジトを見つけてしまったことで今回のことが起こったのではないかという話だった。

 フリッツはルーウィンの指示で入り口からは少し離れた茂みの中に身を隠した。アジトへの入り口の岩壁にルーウィンはぴったりと身を寄せた。中の様子を窺うが、幸い人の気配は感じられなかったようだ。ルーウィンからフリッツにサインが出され、フリッツは駆け寄った。

「いないみたいだね」
「仕事中なのかもよ、好都合ね。でも見張りは絶対にいるはず、気を抜かないで」

 ルーウィンはしばらく様子を見ていたが、この時が最良だと判断したようだ。

「行くわよ」

 ルーウィンの言葉に、フリッツは黙って肯く。そして二人はぽっかりと暗い口を開けた洞窟に足を踏み入れた。フリッツの心臓は早く脈を打った。もし見つかったらと思うと気が気でない。よく見れば、洞窟は大の大人がゆうに歩けるほどの高さと幅を持っていた。

「これだけあれば、ちょっとした立ち回りやるぶんには困らないわ」

 小さくルーウィンが呟く。その手にはナイフを忍ばせていた。フリッツも木刀の柄をしっかりと握った。
やや開けた、部屋と呼べるような空間に出た。幸運なことに、広間と思われるそこには誰もいない。

「あの子がまだ殺されてないことを祈るしかないわ。牢はどっちだったか覚えてる?」
「あんまり何度も曲がったりはしなかったとは思うけど」
「それぐらいあたしにだってわかるわよ」

 二人ともが一度来たことがあるとはいっても、あの時は急いでいて周りを見ている余裕など無かった。結局振り出しからの捜索だ。

「仕方が無い。しらみつぶしに探そう」

 横穴がいくつか分岐しており、二人はそのうちの右手から進んだ。そしてひときわ大きな横穴に辿り着いた。大きなテーブルに、幾つもの椅子がきちんと整列している。テーブルクロスこそないものの、小さなビンにスミレの花が挿されていた。フリッツはその光景を見て違和感があったが、その正体がわかってはっとした。

「そうか。きれい過ぎるんだ」
「それがどうしたのよ。中にはきれい好きな盗賊だっているでしょうが。ここはダイニングってとこね」

 フリッツはテーブルを指でなぞる。やはり、きれいだ。それどころか横穴であっても清潔感さえ漂うこの空間。しばらく無縁な世界であったが、覚えが無いわけではない。嫌な予感がした。敵に見つかったとき、果たして自分は全力で戦えるだろうか。
 しかし考え事をしている場合ではなかった。目の端でごそごそと動くルーウィンを捕らえ、フリッツは顔色を変えた。

「ちょっと、ルーウィン何してるの?」

 驚くべきことに、ルーウィンは部屋の隅に詰まれた食材の入った木箱の中を漁っていた。先ほどまで声を低くして敵を警戒していた人間と同じだとは思えない。食べ物を目の前にしたルーウィンは緊張感のかけらもなかった。ルーウィンは木箱の中に身を乗り出し、片手にいかにも美味しそうなハムをつかんで嬉々として掲げてみせた。

「これ知ってる! すっごい美味しいハムなのよ。盗賊の分際で生意気ね。あとフリッツ、水の入った樽があったら教えてね」
「だからって、こんなところで。それにそれ、泥棒だよ」

 フリッツの心配などお構いなしに、ルーウィンは右手にハムの燻製、左手にリンゴを持ってむしゃむしゃと食事している。

「いいじゃない。どうせ悪者なんだからさ。どっかから奪ってきたものでしょ。あ、段取りはさっき話したとおりだから」

 そんな様子を見て、フリッツはため息をついた。へんに萎縮しないのはいいが、ここまで好き勝手にやるのはどうだろう。

 不意に、フリッツは身構えた。出入り口に人の気配を感じたのだ。誰かいるかもしれない。
 柄に手をやり、緊張が走る。あの通路に、大人ひとりが隠れられるスペースはないはずだ。ぎゅっと握り締める。思い違いであればいいと祈った。しかし待てども、通路からはなにも飛び出してこない。ダイニングを出る。意を決し、ゆっくりと慎重に歩みを進めた。
 そこにいたのは、子供だった。小さな男の子だ。さらわれたニーナは少女だ、この子ではない。フリッツは驚いた。

「きみ、どうしてこんな」

 ところにいるの、とは続けられなかった。後頭部に鋭い痛みを感じて、フリッツの意識は遠のいていった。そして、ゆっくりと崩れ落ちた。







「やっとお目覚めかい、ボーズ?」

 ぼやけた視界に、大柄な男の顔が飛び込んできた。後頭部はまだずきずきと疼く。おそらく気絶させられていたのだろう。意外なことに体を拘束されてはいなかった。しかし周りをずらりと盗賊たちが取り囲んでおり、身動きは取れない。フリッツの体の自由を奪わなくとも平気だという、無言の圧力だ。

「お前バカか? せっかくここから抜け出したってのに、なんでまた戻ってきたんだ」

 正直に答えるべきかどうか迷ったが、嘘をついても何にもならない。身の安全の確保のためにも、ここは素直に答えたほうが良さそうだと判断した。

「カヌレ村の女の子がここにいるはずです。その子を返してもらいに来たんです」

 それを聞いた盗賊たちはいっせいに笑った。

「本当にバカだな! アジトの場所を知ったガキを村に返せると、本気でそう思っていたのか?」
「そんなわけないじゃない! だからこっそり連れ戻しに来たって言ってるでしょうが!」

 ルーウィンが叫んだ。見るとルーウィンは手足の自由を奪われている。先日数人の盗賊を倒しただけあり、しっかり警戒されているのだ。

「あの女、本当にうるさいな。お頭、殺っちまいますか」

 山賊の下っぱがフリッツの前に居る男に目配せする。どうやらこの一番体格の良い男が、盗賊の頭領のようだ。

「まあ待て。あんなにピンピンした女も珍しい。後でじっくり料理してやろうぜ」

 古い言い回しのセリフに、ルーウィンは心底嫌そうな顔をした。盗賊の頭領はフリッツの周りを、威圧的にゆっくりと歩く。

「しかしまんまと捕まっちまったなあ。その無謀さには感心するぜ。よほど腕に覚えがあるんだろうなあ。どうだ、おれと勝負してお前が勝ったらガキもお前らも離してやる。ただしお前が負けたら、お前ら全員血祭りだ!」

 一斉に笑いが起こり、洞窟の中にこだました。ルーウィンが悔しそうに唇を噛む。完全な出来試合だ。正々堂々勝負し、フリッツが勝つ見込みなどほとんどない。勝ったとしても、大勢の盗賊たちの口裏あわせでどうにでもなるのだ。フリッツは自分の腰に下がっている木刀の柄を握り締める。窮地に立たされ、緊張でカラカラになった喉で、小さく答えた。

「…やります」

 選択肢を与えられてはいるが、それは意味のないものだ。フリッツは戦うことを強制されている。盗賊たちは退屈しのぎに、フリッツが逃げ惑うさまを見たいのだろう。フリッツは覚悟を決め、腰に下げているホルダーから木刀を抜いた。それを見た頭領は鼻を鳴らした。

「なにやってやがる! まさかそんな木の棒っきれでおれ様を倒そうってんじゃないだろうなあ」

 頭領の視線はフリッツの背負っている真剣に注がれていることに気がついた。師匠におつかいで預けられた、修理に出すはずだったなまくらの真剣だ。

「でもこれはぼくのじゃなくて」
「この際そんなのはどうでもいい。男なら男らしく、真剣で勝負だ。早くしろ、こっちのチビさんがどうなってもいいのか?」

 頭領の言葉で、洞窟の奥から少女がひきずられてきた。おそらくこの子がさらわれたニーナだろう。捉えている男が彼女の頬にナイフを押し付ける。小さな悲鳴が漏れたが、さらに強く刃を押し付けられたことで少女は口を閉じた。しかし少女の顔は蒼白で、唇が震えているのがわかった。

「ちょっと! 丸腰の女の子相手になにしてんのよ」

 卑怯な盗賊の振る舞いに怒ったルーウィンが叫んだ。

「丸腰じゃない女一人だけを人質に取るほど、こっちもバカじゃないんでな。しばらくそうしていろ」

 フリッツは出来るだけ時間を稼ごうと、真剣に手を伸ばすのをためらっていた。実際、今まで木刀でやってきた人間が、いきなり慣れない真剣を握ったところで結果は目に見えている。

「早くしろ! おれは気が長くない」

 なかなか動こうとしないフリッツに向かって頭領は怒鳴った。ちらと少女のほうに視線を走らせ、フリッツは背中の荷物を降ろす。紐を解き布を取り、中からは古めかしい剣がでてきた。鞘から引き抜く。こんなことにでもならなければ、おそらく一生無縁であったはずの真剣だ。くすんだ刀身には、情けない自分の顔が映っている。

「その剣、アーノルド流派か。その年でその流派とは、古風なのか流行遅れなのかわからねえな」

 金属の重みがずしりと伝わる。しかし、予想していたほどの違和感はなかった。その時初めてフリッツは、自分の手にしていた木刀と背負ってきた真剣の形が非常に似通っていることに気がついた。にぎりの部分は確かに同じで、手になじむ感覚に驚いた。
 しかし、慣れないものは慣れない。たった今手にした剣で戦って、勝てるわけがない。
 フリッツはマルクスの下で修行していたが、外に出て戦うことを経験するのは初めてだった。もちろん、真剣で勝負をするのも初めてだ。

「さあやるぜ! 退屈してるおれ様の部下たちに、享楽を味あわせてやってくれ!」

 言うや否や、頭領は腰に下がっていた剣を抜いた。やるしかない。
 フリッツは剣を構え、身構えた。頭領はにやにやと笑いながら、勢いよくフリッツのほうへ突っ込んでくる。予想通り、大柄な身体を利用した力任せの攻撃が振り下ろされる。フリッツはそれを受け止めずに左へ避けて受け流した。いちいち受け止めていたらかなりの体力の浪費になるし、第一受け止めきる自信はなかった。

「ほう、ひるまなかったか。だがこの限られた空間の中で、そういつまでも逃げられるかな」

 頭領の言うとおりだ。フリッツも最後まで避けきれるとは思っていない。しかし力で勝てるとも思えない。

(考えるんだ! なんとかこっちが優位に立てる状況にもっていかなきゃ!)

 二、三度同じような攻撃が繰り出され、フリッツはそれもなんとか避けた。盗賊たちから「戦え!」「逃げるな!」と野次が飛ぶ。

「逃げてばっかじゃつまらねえだろ? 今度はボウズの番だ。ほら、かかってこいよ」

 完全になめられている。しかし悲しいかな、人からなめられることには慣れっこだ。フリッツが挑発に動じることはなかった。

(こっちが受け止める側じゃ、力で押し負かされる。ならこっちから仕掛けるしかない!)

 フリッツは息を整え、一歩踏み出した。相手の思うつぼになるが、勝機は他に見出せない。頭領は身体が大きく力はあるが、隙が多く芸がなかった。懐に入り込めば、急所を狙うことも可能だ。問題は、自分がそれを本当に実行できるかどうか。
 フリッツは正面から攻撃を仕掛けた。力では勝てないが、身体の小ささが幸いし、速さではフリッツがやや上だった。姿勢を低くし素早く切り込む。しかし頭領はなんなくそれを受け止めた。

「軽い! 軽すぎるぜ、なんだこの重みのない攻撃は!」

 フリッツは同じ攻撃を繰り返し、頭領はそれを受け止める。何度も攻撃することで剣にも慣れ、フリッツは繰り出す速度を少し上げた。フリッツの刃が捕らえきれないとふんだ頭領は、一旦受け止め、力をこめて弾き返す。フリッツは飛び退いたが、無様にしりもちをつくようなことはなかった。
 しかし、ほんの少し頭領が力をこめただけで、飛ばされてしまった。やはり、力では勝てない。

 一方、頭領のほうは少し息を上げていた。なめきっていたフリッツは、予想していた以上には強かった。命乞いをしながら逃げ回るフリッツを追い掛け回すのが当初の予定であったが、そこからは大きく外れてしまったことで、少しばかり動揺し、そして苛々していた。目の前の気弱そうな顔つきの少年に、自分は未だに傷一つつけることが出来ない。

 盗賊たちに囲まれて身動きの取れないルーウィンも、フリッツを見て驚いている者のうちの一人だった。フリッツの実戦は初めてに等しいはずだが、なかなかの戦いぶりだ。
 そういえば、フリッツが戦っているところを一度も見ていなかったと、ルーウィンは思った。フリッツの師であるマルクスは、ああ見えてなかなかの剣の使い手と見えた。マルクスと剣を交えて修練をしていたというのなら、フリッツもある程度の力量があってもいいはずではある。しかし道中、フリッツは戦うことを避けてきたため、その実力を推し量ることはなかった。
 ルーウィンはいつの間にか、余裕を持ってフリッツの戦いを見ていた。ただ単に、フリッツの力が見たくなったのだ。

 フリッツはすぐに態勢を整え、次の攻撃に移った。その切り返しは早かった。頭領が一息つく前に、すぐ目の前にフリッツは飛び込んだ。あわてた頭領は応戦するが、バランスを失って後ろに倒れかけた。しかしなんとか頭領はその場に踏ん張り、フリッツも相手が立て直したのを見て一旦退く。

「お、おい。なんか結構時間がかかってるな」
「お頭はおれたちを楽しませようとしてるんだ! 粋な計らいだぜ!」

 盗賊たちが声援を送り始めた。もちろんフリッツへの野次も忘れない。それを横目に見て、頭領はぺろりと乾いた唇を舐めた。

「そうだな。そろそろ本気を出すとするか!!」

 頭領は自分を奮い立たせた。モンスターのような品のない雄叫びをあげながら、力まかせにフリッツに突っ込んでくる。この渾身の一振りをくらえば、助かる見込みはない。勢い良く突っ込んできた頭領に押され、フリッツは壁際に追い詰められた。

 これで勝負が決まる。盗賊どもは声高らかに勝利を叫び、ニーナは涙目で顔を背けた。ルーウィンは固唾を呑んだが、目は逸らさなかった。
 頭領が柄に両手をやって大きく振り上げた。標的であるフリッツはもう手の内だ。腕を振り下ろせば、確実に決まる勝負だった。
 それと同時に、フリッツの命は失われる。頭領は吼えた。

「もらったあああああ!!」

 フリッツは覚悟を決めた。
 その動作の一瞬を狙って、フリッツは首領の股の間をすり抜けた。頭領は驚いて目を見開く。しかし気がついても身体への命令が追いつかず、振り下ろされた重剣は止まらない。勢いをつけた重剣は重力に逆らえず、力強くフリッツの居た場所に突き刺さる。そこに獲物はいないにも関わらず。

 同時に、頭領は首筋に冷やりとした感触を覚えた。そして、背後に人の気配を感じた。
 頭領は岩壁に向かって両膝を突き、なにもないところに重剣を深く突き刺し、その後ろには頭領の首筋にぴたりと真剣を当てるフリッツが立っている。



 誰がどう見ても文句なしの、フリッツの勝利だった。



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