小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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〔第1章のあらすじ〕

 気弱な見習い剣士フリッツは、弓使いでギルド潰しのダンテの弟子・ルーウィンと出会う。師匠マルクスの差し金により、ルーウィンに同行することになったフリッツ。
 ガーナッシュへ辿り着いた後、フリッツはその足で里帰りすることになり、家庭崩壊の危機を知る。そこへ少女が盗賊にさらわれ、ルーウィンとフリッツは少女を奪還しに向かう。見事盗賊たちに勝利したフリッツは、両親に家へと帰って来て欲しいと言われる。
 しかしフリッツは平和な家庭を取り戻すため、事の発端である兄アーサーを捜す旅に出ることを決意した。






【第2章】

【第一話 求む、魔法使い】

 フリッツとルーウィンはガーナッシュを過ぎ、そこそこ整備された街道を辿り、数日かけて次の目的地に到着した。キャルーメルは昔から魔法修練所が多くあることで有名で、ほとんどの魔法使いはこの街から輩出されるといっても過言ではない。

 なかでもキャルーメル高等魔法修練所の評判は高かった。「高等」とつくだけあって、ただの魔法修練所ではない。歴史に名を残す偉大な魔導師・魔術師は例にも漏れずこの修練所出身である。
 しかし、入れば誰でも立派な魔法使いになれるわけではなく、素質と努力がものを言う実力社会だ。今まで年齢、階級、民族、出身地に関わらず広く生徒を受け入れてきたとされている。求められるのは、魔法使いとしてのスキルのみ。
 受験者は各地からやって来て、その中のほんの一握りが入学することを許される。留年せずストレートに進級する者は少なく、最低でも二年間は同じ学年に留まることが多い。

 そして二人は、そのキャルーメル高等魔法修練所の門の前で足を止めていた。鉄で出来た門はやたらと高く、大型モンスターでもゆうに入れそうなほどだ。シンプルな蔦のデザインが施されているだけだが、その大きさに威圧感を与えられる者も少なくはないだろう。しばらくぽかんと口を開けて見ていたフリッツは、ようやく言葉を発した。

「なんだか、すごく場違いな気がする」
「あたしたちは紹介状持ってるんだから、追い返されたりしないわよ」

 ルーウィンがフリッツの背をぱんと叩いて活を入れた。ルーウィンの手にはマルクスの持たせた紹介状が握られている。マルクスがルーウィンに協力を申し出、北への旅路を手助けする手段として用意したのは、キャルーメル高等魔法修練所への紹介状だった。
 魔法使いがいれば、たしかに北への旅路はずいぶんと楽になる。しかし、たかだか人探しが目的のたった二人のパーティに、こんなに敷居の高い修練所出身の魔法使いが入ってくれるとは到底思えない。フリッツは修練所を目の前にし、さっそく恐れおののいていた。

「でも師匠なんかが書いた紹介状が、こんな大きなところで通用するとは思えないよ」

 フリッツは、マルクスにいっぱい食わされているのかと勘ぐった。しかしマルクスは紹介状をルーウィンに渡したのだ、そんなはずはない。フリッツがおどおどしている一方で、ルーウィンはまったく動じていなかった。

「わからないわよ。案外、マルクス師が魔法使いだったりしてね。あのひと剣士ってより魔法使いっぽいし」

 適当なことを言って、ルーウィンがさっさと門をくぐり敷地内に入っていくので、フリッツは慌てて後を追いかけた。
 立派だが、やたらと長い並木が続いていた。銀杏はちいさな若葉を芽吹かせている。秋になれば葉が黄金に色づいてさぞ壮観だろうとフリッツは思った。奥には背の高いセコイアが空に向かって真っ直ぐに伸びている。修練中なのだろうか、通りには人っ子一人おらず、しばらく歩いて二人は修練所に辿りついた。

 フリッツが今まで見た中で、最も大きく立派な建物だった。ガーナッシュの街のものと比べるまでもない。白亜の石材ばかりを使って作られた建物は、本当に修練所であるのか疑わしいほど立派だった。これがグラッセルの王宮だと言われても、思わず信じてしまいそうだ。階段の上に大きな四本の白亜の柱が立っており、入り口はその奥にある。フリッツは恐々と階段を上った。

「すごいね。こんな修練所見たことないよ」
「国営だもん。都の支援があるんでしょ、そりゃ立派だわ。ほら、行くわよ」

 ルーウィンはフリッツを促し、二人は本館に足を踏み入れた。
 中に入るとちらほらと門下生たちの姿が目に入る。おしゃべりをしたり、本やノートに没頭したり、早足で目的地に向かったりとさまざまだ。男子は紺の簡素なローブに身を包み、中には清潔な開襟シャツ。女子はさらにお揃いのベレー帽を頭にちょこんと載せ、膝下からは可愛らしい編み上げブーツが覗いている。
 門下生が制服であるため、逆にフリッツたちは嫌でも目立つ。しかし冒険者が魔法使いを求めて修練所を訪ねてくるのはよくあることなのか、門下生たちはフリッツたちには見向きもしなかった。フリッツはほっと胸を撫で下ろした。

 内装も白で統一されており、広間は吹き抜けで、高い天井を数本の白い柱が支えている。その両側にはいくつかの小規模な講堂がある。入ってすぐのところに案内所があって、所長室を訪ねると、案内係はあっさりと教えてくれた。本来ならその案内係が付いてくるべきなのだろうが、彼は仕事にはあまり興味がないらしく、大きなあくびをかいていた。
 示された通路を通ろうとすると、何人かの門下生がその場に座り込んで話をしている。邪魔でフリッツが通れないでいると、後からやってきたルーウィンが門下生の前に立ちはだかった。

「そこ、通してくれる。所長室に用があるの」

 話を邪魔された門下生たちは、明らかに気分を害したようだった。

「なんですか、あなたたち。ああ、ここへ魔法使いでも雇いに来たんですか?」
「ここをどこだと思っているんだ。天下のキャルーメル高等魔術修練所だぞ。これだから貧乏人の冒険者は困る。ぼくたちを雇うだけの資金を、きみたちは持っているのかな?」

 今度はルーウィンと門下生とのケンカになるのではないかと、フリッツははらはらした。しかし態度の悪い門下生たちに、意外にもルーウィンは動じなかった。

「貧乏でなにが悪いのよ。あたしはちゃんと自活してるの。親のスネ齧るだけが取り柄のおぼっちゃんに言われたくないわね」

 おそらく何も言えないほどに、ルーウィンの言った内容が当たっているのだろう。ぐうの音もでない門下生たちは怒りと恥ずかしさにわなわなと震え始めた。

「こら、きみたち! そこでなにをやっているんだい」

 通路の向こうから、座り込んでいる門下生たちよりやや年上の門下生が現れた。座り込んでいた門下生は澄ました顔をしてなんでもないふうを取り繕った。

「大したことないですよ。こいつらがふっかけてきたんです。さあ、授業が始まりますのでぼくらはこれで」
 門下生たちはいそいそと講堂のほうへと駆けていった。

「すみません、後輩が失礼を致しました。みんな勉強でピリピリしていて。不快な思いをされたでしょう」
 
 好青年の門下生はフリッツとルーウィンに詫びた。フリッツはぶんぶんと首を横に振る。

「いえ、こちらも言葉が悪かったので」

 ルーウィンはフリッツを睨んだが、フリッツは気づかないふりを決め込んだ。好青年はにっこりと微笑み、一礼すると広間に消えていった。






「これがマルクスの紹介状でなければ、一笑して返してしまうところなんだけど。おっと、すまない。気を悪くしないでね。ただ君たちほど若い冒険者はそう多くないから。ここで現実の厳しさを若者に突きつけてやることも、またわたしの仕事なんだよ」

 修練所長のガルシェは長い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな男だった。こんなに大規模な修練所の所長を務めるにはまだまだ若すぎるはずだ。よほど強力な魔法使いなのだろうとフリッツは思った。

 ガルシェは所長室に二人を案内し、座るようにと促して自分も所長席に収まった。丸渕眼鏡が反射して光っている。所長室はなんの変哲もない部屋で、来客用のテーブルとそれを挟んで肘掛け椅子が置かれ、本棚や観葉植物が置いてあり、魔法使いの道具らしきものはなにひとつなかった。
 フリッツが肘掛のついた椅子に腰を下ろすと、ふわふわとしたクッションに身体が沈んだ。初めての感覚に感動する。ルーウィンも多少驚いたようだが、腕と足を組んで悠然と座った。

「さて、ここまでよく来てくれたね」

 ガルシェはすこし身を乗り出して、離れたアルコールランプに火を点けた。

「うちでは免許皆伝後もちゃんと責任を持って就職先を見つけてやることになっている。卒業した門下生の中から、北へ行ってもいいという変わり者を探してみるよ。だが、あまり期待はしないでくれ」

 フラスコの中の水が煮立って、ぶくぶくと音を立てる。フリッツはその様子を覗き込むように眺めていた。なにかの実験の機材かと思いきや、ガルシェはどうやら二人にお茶を出してくれるつもりらしかった。その一連の様子を見ていたルーウィンが口を挟んだ。

「魔法で火をつけたり、お茶を出したりは出来ないの?」

 それを聞いて、ガルシェはにこりと笑った。

「このキャルーメル修練所長に質問するとは、なかなか度胸のあるお嬢さんだ。そしていい質問だよ」

 ガルシェは二人に湯気の立つティーカップを手渡した。ルーウィンは一口飲んで「苦っ」と言い放ち、フリッツは舌の先を少しやけどした。

「答えは簡単。疲れるからだよ。お湯を沸かすのにいちいち体力を消耗するなんてバカげているだろう?
魔法はぼくたちに先天的に備わっているものじゃない。無理して身につけたものだ。だから疲れる。それにきみたちは魔法でさっと入れられたお茶より、人の手で真心込めて注がれたものの方が美味しいと思わないかい?」

 ルーウィンは渋い顔のままだった。

「これ美味しくないし。魔法で入れた方のお茶に興味あるんだけど」
「ルーウィン!」

 フリッツは小声で叫び、ガルシェの人当たりのいい笑みが一瞬にして凍りついた。

「…フリッツくん。ぼく結構いいこと言ったと思うんだけどなあ」
「はあ。すみません」

 言ってフリッツはもう一杯お茶を口に運んだ。やはり熱くて苦かった。フリッツはガルシェの様子を見、気になっていたことを尋ねた。

「あの、どうしてうちの師匠なんかが、所長さんに紹介状なんて書けるんです?」
「ちょっとした昔の知り合いでね」

 ガルシェは言葉を濁すようにお茶をすすった。フリッツはふうんと思って、さほど気にはしないことにした。ガルシェは棚から分厚いファイルを取りだし、ぱらぱらとめくり始める。

「肝心の魔法使いだけれども。さあて、どうしようね。きみたちがいくら報酬を出せるかにもよるとは思うが」

 その時、扉をノックする音がしてガルシェは視線を上げた。どうぞと言って、部屋の中に一人の生徒を招き入れる。部屋に入ってきたのは、先ほどの好青年だった。

「ああ、紹介するよ。こちら、最高学年生のクリーヴ。ちなみに、今年の首席だ。クリーヴ、こちらフリッツくんとルーウィンちゃん。魔法使いを所望している。適当な相手が見つかるまで、しばらくここの街に滞在することになった」

 クリーヴはフリッツたちに向かって会釈した。

「魔法使いが見つかるまでお暇なら、修練所内を案内しましょうか。ぼくはもう午前の部が終わったので予定はありません。先生はお忙しいようですし、よろしければぼくがお相手しますよ」

 その言葉を聞いてガルシェは顔を輝かせた。

「それは助かる。実は論文の締め切りが今夜に迫っていてね。おっと、きみたちの件もちゃんととりかかるから。それじゃあ頼んだよ、クリーヴ」

 厄介払いをされたような気がしないでもないが、探してくれると言ってくれたからには信じるより他ない。クリーヴは、フリッツとルーウィンに向き直った。

「クリーヴです。さっきはどうも、改めてよろしく」
「あっ、こちらこそ」

 フリッツは言うと同時に軽く頭を下げた。続いて、慌ててカップを口に持っていき、残りを最後まで飲む。苦かったが、最後まで飲み干すのが礼儀だと師匠に叩き込まれていたため、味わうことなく喉に通した。

「ごちそうさまでした」
「まあ、咽は潤ったわ。まずかったけど。ごちそうさま」

 不遜な態度のルーウィンに、ガルシェは肩を落とした。慌ててフリッツはルーウィンを連れ出し、クリーヴに付き添われ所長室を後にした。
 一人残されたガルシェはどさりと椅子に座り、くるりと向きを変えて外の景色に目を遣った。セコイアの若葉がそよそよと風に揺れている。風に揺られて、ざわざわと葉の揺れる音が聞こえた。

「…マルクス、か。あのじいさん、まだ生きてたんだなあ」

 ガルシェは一人呟いた。



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