小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第2章】

【第五話 真犯人は誰だ】

 自分たちの通う修練所の一角で火事があったというのに、門下生たちは現場には見向きもせず平然としていた。彼らにはあまり興味のない出来事だったらしく、皆おしゃべりをしたり、いそいそと次の講義や実技の準備にとりかかっている。クリーヴのようにゆったりとした時間割の門下生は少ないようで、早足で移動していく門下生がほとんどだった。
 一見たわいもない会話をしているようで、その手にはしっかりと魔術書やノートが握られている。しかし、逆に本を開いてはいるもののおしゃべりに興じているという場合もあり、皆で寄り集まって教えあうことが効果的な勉強法かどうかは定かではなかった。

 そんな自分の目の前のことしか見えず、また興味もない門下生たちに火事騒ぎの一件を聞き込むことは容易ではなかった。ただでさえ人見知りの気があるフリッツが、無関心な門下生たちに「あのう」と声をかけるのは至難の業だった。声が小さくなってしまって聞こえないか、聞こえても関わりたくなくて聞こえないフリをする者もいる。
 そんなフリッツを見かねたルーウィンの助けもあり、言い換えれば彼女のイライラが絶頂に達し手を出さずにはいられなかったからなのだが、なんとか数十人に話を聞くことは出来た。

「ああ、あの子のことね。彼、無愛想だからよくわからないわ。他を当たってくれる?」
「あんまり彼とは話したことがないんだよね。というより、出来るだけお近づきにはなりたくないタイプなんだな」
「放火犯の彼? ああ、あの目つきの悪い。ぼくはなにも知らないよ。急ぐから、そこ退いてくれない?」
「ええ、彼犯人じゃないの? 犯人彼だって聞いて、すごく納得しちゃったんだけど。あなたが証言したんじゃなかったの?」
「あいつならやりかねないだろ。日ごろの鬱憤も溜まってただろうし。ねえ、きみかわいいね。良かったらお茶しない?」

 二人で協力してラクトスのアリバイを確保するために聞き込みをすること丸一日。結局有力な情報は何一つ出てこず、無駄に時間を浪費するだけに終わった。
 フリッツは深いため息をつき、修練所の庭の片隅のベンチに腰を下ろした。フリッツの苦労などよそに、暖かい午後の日差しがさんさんと降り注いでいる。

「こんなに探し回っても、なにもないなんて」
「だから言ってるじゃない。やるだけムダだって」

 ルーウィンは売店で買ってきたリンゴジュースを飲んでいる。フリッツは頭を抱え込んだ。

「しかも聞き込みすればするほど、ラクトスくんの悪い話ばかり耳にしちゃうし」

 実際、ラクトスの評判の悪さは相当なものだった。フリッツたちが話を聞きたいというや否や、彼とは関わりたくないからといって逃げてしまう門下生までいる。目つきが悪いというただの悪口に始まり、金に汚いだの品がないだの、講義は居眠りして不真面目だの、挙句彼が授業料を盗んだという噂まである。

「掘れば掘るだけボロが出てくるわね。やっぱ犯人はあいつで決まりか」

 ルーウィンは大きく伸びをした。フリッツはまた深くため息をついた。

「頑張ってるみたいだね。調子はどうだい?」

 やってきたのはクリーヴだった。小脇に魔法書を抱えたまま、フリッツの横に腰を下ろす。

「ぜんぜんだめだよ。ラクトスくんに有利な情報が、何一つ出てこない」
「ばかね。もともと上流志向強いところに飛び込んだ数少ない庶民なのよ。愛想もあんなだし、周りから良く思われてるわけないじゃない。最初からムリだったのよ、あいつを助けるような証言を集めようだなんて」

 それを聞いて、クリーヴは端正な顔をしかめた。

「恥ずかしながら、ルーウィンさんの言うとおりだ。確かに彼はみんなから良く思われていない」

 フリッツは肩を落とした。こんなに周りに敵が多いとは予想していなかったのだ。

「こんなことは言いたくないけど、やっぱり彼はどこか違うんだ。雰囲気とか所作に、それはいやでも表れてしまう。いろんな意味で目立っていたからね。でも彼、確か成績はいいほうだったと思うけれど」
「フォローありがと。もっとも、あんたからもらってもなんの役にも立たないんだけどね」
「力になれなくてごめんね」

 ルーウィンの言葉をクリーヴはまともに受け取った。

「少し状況を整理してみようか」

 クリーヴが言って、フリッツは顔を上げる。

「ラクトスくんは、あの火事のあった現場に居合わせ、かつフリッツくんの証言があった。そこですぐに否定しなかったのが、彼の処分を大きく左右したわけだけど。確かに状況から見て、あの火事をおこしたのはラクトスくんで間違いない」

 その場で自分はやってないと言っていてくれたらよかったのになあと、フリッツは今更ながらラクトスを恨めしく思った。クリーヴは続ける。

「でも、フリッツくんには証言をしたときの記憶がない。それはおかしい、というわけだよね」

 そう言われて、フリッツは頷いた。

「そこから考えられることは二つ。フリッツくんはくぐつの魔法にかけられ嘘の証言をさせられた。そしてあの場に居たラクトスくんではなく、そこには居なかった第三者が火をつけたとしたら、遠隔での発火魔法が必要になる。ラクトスくんが犯人ではないと仮定した場合、最低でもこの二つの魔法が働いていると考えられるんだ」
「その、くぐつの魔法っていうのはどんなふうにかけるのよ?」

 黙ってジュースを飲んでいたルーウィンが口を挟んだ。

「対象を、六角星をベースにした魔法陣に入れ、術をかける。フリッツくん、何か魔法陣の中に入った記憶は?」
「…ありません」
「だよねえ。火事の前後の記憶でさえあやふやなんだし」

 記憶がないというのは、なんとも不甲斐ないことだった。フリッツはクリーヴに尋ねる。

「遠隔での発火魔法っていうのは?」
「これも魔法陣だね。遠隔操作系はちょっと手間がかかる。ただ、この修練所内でこの術の実習はけっこう頻繁に行われているんだ。ここ最近の三日間くらいなら、魔法の痕跡を辿ってどこでその術が発動したかわかるかもしれない」

 それを聞いて、フリッツは顔を明るくした。

「そんなことわかるの?」
「ああ。可能だよ」
「じゃあ、その痕跡全部を洗い出して、誰がいつどこでその魔法を使ったかも」

 そこまで言うと、クリーヴは少し渋い顔をした。

「残念ながら、それは聞き込みの作業になる。わかるのは、ここ数日間でその魔法が使われた場所だけだ。
それを誰がいつ使ったかは、自分たちで聞き込んで、照合しなきゃならない。全部を当たるのは大変だけど、それでもやる?」

 フリッツは迷わず頷いた。

「やる。なんとしてでも本当の犯人を探さなきゃ。協力してくれる?」

 クリーヴは少し驚いたような顔をしたが、彼も言い出してしまった手前腹を決めたようで、微笑んで頷いた。

「わかった、ぼくにできることなら力を貸すよ」
「助かるよ、ありがとう!」

 頼れる助っ人も参戦し、もうひと頑張りしようとフリッツは意気込んだ。






 しかし結局その日もなんの進展もないまま終わってしまった。
 遅くまでつきあってくれたクリーヴと別れ、フリッツとルーウィンは修練所をあとにして宿屋に向かった。日はさっき沈んでしまったところで、薄暗い通りを二人は歩いていた。一定の間隔ごとにしゃれたデザインの街灯が並び、その灯はやはり魔法であるとのことだった。燃料を必要とせず、半永久的に燃え続ける明かりだという。
 キャルーメルの街の中心はそこそこにぎやかで、夕闇が迫ると仕事帰りの勤め人や修練所帰りの門下生でにぎわっていた。立ち並ぶ店はいたって普通のものが多いが、軒先を魔法のおもちゃのようなもので飾っている店は多い。色とりどりの輪っかの煙が次々と出てくるランプや、絶えず一定のリズムで揺れている花など、人々の生活の中に当たり前のようにして少しだけ不思議なものが混ざっている。魔法修練所の門下生を相手にしている店も多く、ただの文房具屋にはじまり、魔術書や古書などを揃えている店もあった。
 時間を割いた割には何も得るものがなく肩を落として歩くフリッツを見て、ルーウィンは言った。

「あんたさあ、自分の目的忘れてない?」

 ルーウィンの非難めいた声に、フリッツは思わず身を硬くして構える。

「忘れてなんかないよ」
「じゃあ言ってみなさいよ。はい、あんたの旅の目的は?」

 フリッツはルーウィンの言わんとしていることがわかって、つい下を向いた。

「兄さんを捜すこと。それで、父さんと母さんが悲しんでる理由をはっきりさせて、なんとかする」
「でしょ。なのになんでこんなことに巻き込まれてるんだか。さっさとしないと、兄さんの手がかりが消えちゃうかもしれないわ。ほっときゃいいのよ、あんな性悪ツリ目は」

 ルーウィンの言うとおりだった。たしかにフリッツにはこんなところで余分に油を売っている暇はない。早急な旅でもないが、単なる物見遊山でもない。ルーウィンの師であるダンテは彼女を捜して動き回ってしまっているかもしれないし、フリッツの兄アーサーもグラッセルにいるはずだがそれも定かではない。一刻のすれ違いが、一生の行き違いになることだって有りうるのだ。

「でも・・・」

 このままラクトスを放っておくことはできない。操られていたかもしれないとはいえ、フリッツが彼を追い込んだのは事実だ。

「あたしは気が長くないの。とっとと片付けなさい。あと一日あげる。明日にはあたしたちの魔法使いの件もなんとかなりそうだって所長が言ってだから」
「わかった」

 しかしルーウィンがあと一日と言ってくれるのは、彼女なりにかなり譲歩した結果なのだろう。本来なら、しびれをきらして今怒鳴られてもおかしくないくらいなのだ。
あと一日。明日が勝負だった。






 翌朝、フリッツはルーウィン、クリーヴと所長室に訪れた。前日の調査の結果を直々に報告するためだった。ラクトスの処分はとりあえず謹慎ということで保留にしてある状態で、まだ確実に退所処分が決まっているわけではない。ガルシェも事態が事態なだけに、フリッツの意を汲んでくれていた。

「これです」

 クリーヴが修練所の見取り図を取り出し、テーブルの上に伸ばした。

「事件が起きた日だけを特定することは出来ませんでしたが、ここに三日の単純な発火魔法と遠隔での発火魔法の痕跡を書き落としました。この×印が、実際に魔法で炎が現れた形跡がある場所、△が遠隔での発火魔法の魔法陣が描かれたと思われる場所です」
「×はざっと△の倍か。遠隔の△は演習場に集中、しかもそれぞれ誰が発動させたかがちゃんと判明している。△の発動に伴って同じ数だけ×があるから、残りがただの発火のほう。こちらは修練所のあちこちでみられる。うんうん、みんなちゃんと自主的に練習しているんだね、偉い偉い」

 ガルシェは最後にやや見当違いなことを言いながらも、クリーヴの容易した見取り図にしっかりと目を落とした。

「これだけの数を、誰がいつ発動させた魔法かを特定するのは大変だったでしょ?」
「はい、苦労しました」

 ガルシェが尋ねて、フリッツは涙目になって答えた。クリーヴは優秀で人望もあるらしく、門下生に聞き込みをすることはそう苦ではなかったのだが、フリッツは話しかけるだけで冷たい目で見られ、何度も心が折れそうになった。しかしこれもラクトスの無実を証明するためと自分に言い聞かせ、自分に鞭を打つ思いで頑張ったのだ。

「件の納屋でも発火魔法の形跡はやはりありますが、ここだけは誰が発動させたか特定することはできませんでした」
「そりゃそうだよねえ。だってそれが犯人だもんね。結局なにも手がかりは得られなかったというわけだ」

 ガルシェはうーんと唸った。

「この調査の結果が正しいとすると、あの火事に遠隔の発火魔法は使われていなかったことになる。すると当然、誰が発動させたかわからない事件現場での発火魔法は、現場にいたラクトスくんってことになっちゃうねえ」
「そんな」

 フリッツは声を上げる。

「発火魔法の発動範囲はうちの門下生レベルならせいぜい半径2、3メートル。事件当時現場付近に彼しかいなかったことを鑑みても、やっぱり犯人は彼で決まりかな」
「ガルシェさんがそんなこと言い出したら、ラクトスくんはおしまいなんですよ」

 思わずフリッツは恨みがましいセリフを口にした。ガルシェは困った顔をして眼鏡を掛けなおす仕草をした。

「そう言われてもねえ。現に結果がそれを物語っているし。ぼくは彼の人となりをよく知らないからなんとも言えないけれど、なかなかいわくのある人物像だそうじゃないか」

 フリッツはうっと言葉に詰まった。確かにここ数日で得た情報といえば、ラクトスの評判が非常に悪く、誰も彼が犯人であることに疑いを抱いていないということだけだった。

「だいたいね、フリッツくん。きみは旅に出てまだ数日しか経っていないそうじゃないか。旅の疲れと火事を見たショックで、証言をしたときの記憶があいまいだという可能性はないのかい?」
「うう。なんとも言えません」

 フリッツの様子を見て、ガルシェは息を吐いた。そして見取り図を手に取り、眼鏡のつるに手をかけまじまじと眺めた。

「一応これはこちらからも調査させてもらうよ、ダブルチェックだね。結果は明日には出るだろう。そうそう、肝心の魔法使いだけど、そっちはもう少してこずりそうなんだ。悪いけど、しばらく滞在してくれるかな」
「えー。もう今日にはなんとかなるって言ったじゃない」

 見ていただけのルーウィンが不満の声を上げた。ガルシェはそうくるだろうと思っていたらしく、案外落ち着いていた。

「その予定だったんだけどね、ほら、火事の一件があったからさ。色々段取りが悪くなってしまって」
「なによ、それまでずっとこの犯人探しをしてろっていうの?」
「犯人が他にいるなら、そういうことになるね」

 文句を言うルーウィンに対して、あくまで冷静にガルシェは言った。






 その日は行き詰ったままで、展開は望めそうになかった。クリーヴは講義へと戻っていった。
 すっかりやる気をなくしてしまったルーウィンに引きずられ、フリッツはガーナシュの中心街へ来ていた。ガーナッシュの街でまだ美味しいものを食べていない、これもあんたの犯人探しに付き合わされたせいだとさんざん喚かれ、仕方なしにフリッツも付いてきた。フリッツは諦めたわけではなかったが、希望がなにも見えず、どうしたらいいのかわからずにいた。

「よう、デコっぱちとピンクいの。犯人捜しは進んでるか? それとも慰謝料用意できたか?」

 知り合いのいないはずの街中で声をかけられ、フリッツは顔を上げる。そこには稀に見る目つきの悪い青年、ラクトスが八百屋の前掛けをして立っていた。その無愛想さで客引きが出来るとはとても思えなかったが、不思議と前掛けは似合っている。

「きみのうち、八百屋なの?」
「いいや、これはただのアルバイト。掛け持ちはいくつかしてるけど、あくまで本業は門下生だからな。まあそれも終わりになる」

 言いながらラクトスは野菜のたくさん詰まった箱を持ち上げて移動させた。

「さっきうちの門下生のやつらが、火事のこととかおれのこととか聞いてきてうるさい、って言ってたぞ。夜道には気をつけるんだな」

 それを聞いて、フリッツは深いため息をついた。

「ほんとうに申し訳なくて会わせる顔もないよ。結局なにもわからないままなんだ」
「当たり前だろ? お前相手をナメてんのか。魔法使いだぞ。タネも仕掛けもなく、普通の人間には出来ないことをやってのけるのが魔法使いだ。足がつかない自信がなきゃ、魔法修練所でボヤ起こすなんてしないだろ」

 その通りだった。しかしなにも証拠がないからといって諦めていては、それこそなにも変わらなくなってしまう。隣で聞いていたルーウィンが口を挟んだ。

「ごもっともな意見ね。まあ結局犯人はあんたで決まりになりそうよ?」
「あーはいはい、好きにしてくれ」

 ラクトスは手をひらひらと振る。フリッツは不安げにラクトスを見上げた。修練所に復帰することはすっかり諦めて、もうずっと働くつもりだろうか。手拭でヨウナシを磨きながら、ラクトスは言った。

「お前等、ちょっとでも自分が悪かったと思うなら何か買っていけよ」
「安くするの?」

 ルーウィンはすかさず聞いた。どうやらフルーツの一つが彼女のお目に留まったらしい。

「しない。無駄にだべってる暇はねえ。買うのか買わないのか」

 ルーウィンはしばらくヨウナシを見つめ、悔しそうにコインを投げる。受け取ると同時に、ラクトスはヨウナシを投げた。

「まいど。じゃおっさん、おれ次行くわ。せいぜい罪滅ぼしのために頑張るこった」

 ラクトスは前掛けをてきぱきと外し、店の裏からさっさと出て行った。ルーウィンは憤然として言った。

「感じ悪いわね。あんなやつのためにこれ以上してやることないじゃない」
「まあそう言いなさんなお嬢さん。あの子はそう悪くない奴だよ。無愛想で接客にはちょっと向かないが、売上の計算するときは頼りっぱなしだ」

 奥のほうから中年の女性が顔を覗かせた。

「魔法使いになりたいだなんて、ちょっとあたしらには理解できないけどね。でもこの街はたくさんの魔法修練所を抱えてはいるけど、地元民で魔法使いになれる人間はほとんどいないんだ。だからあの子の夢も応援してやりたかったんだけどねえ。世間知らずの門下生どもの鼻っ柱を折ってくれるような気にもなってたし。こんなことになって残念だよ」
「身の丈考えずにでけえもんになろうとするからだよ」
「うるさいね! あんただって残念がってただろ?」

 八百屋の主人が口を挟んで、おかみらしき女性は怒鳴った。フリッツはそのやりとりを見ていた。

 その後もふらふらとガーナッシュの街を練り歩き、興味のあるものを見つけてはつまんでいたルーウィンは上機嫌だった。一方、フリッツはまたしても考え込んでいた。

「やっぱり、ラクトスくんは犯人じゃないと思うんだ」

 フリッッツが呟き、ルーウィンは苦々しい顔をする。

「あんたね。いくら外での評判が修練所より悪くないって言っても」
「あと少しで卒業なのに、こんなこと起こすわけがないってことだよ」

 フリッツは続けた。

「さっきのおばさんが言ってたこと。鼻っ柱折ってくれるってやつ。それがほんとうなら、やっぱりラクトスくんのこと気に入らない連中ならたくさんいるってことだよ」

 金持ち揃いの中に一般市民。成績はまあまあであの性格とくれば、気に食わないと考える門下生も多いだろう。

「となると犯人の候補はたくさんいるわけだ。結局振出しじゃない」

 ルーウィンは先ほど買ったヨウナシを一齧りする。

「人間って、自分とは違うものをとことん排除したがるものね。それにどんなによく出来た人間だって、嫉妬くらいはするでしょうし。まあ、仕方が無いといえば仕方が無いけど」

 ルーウィンの言っていることは正しい。しかしフリッツは首を横に振った。
 
「それでも、やっぱりこんなことするのは間違ってる。頑張ってるひとが邪魔されるなんて、ぼくはそんなの嫌だ」
「ところが世の中、そうはいかないのよねえ」

 シャリ、とルーウィンは音を立てて果実に齧りついた。






 宿屋に戻り、フリッツはベッドに転がって天井を見つめていた。精根尽き果てて、どうしたらいいのかわからずにいたのだ。頭を働かせてみてもいい考えは思いつかず、完全に八方塞だった。

「…ラクトスくん、このまま黙ってるつもりかなあ」
「知らないわよ、あんなやつ。なによ、自分だけは世の中の酸いも甘いも知り尽くしてますって顔して」

 ルーウィンは自分のベッドに横になってチキンに噛り付いていた。フリッツがぼうっとしていると、窓からひらひらとなにかが入ってきた。

「やだ、蛾が入ってきた。追い出しといて」
「違うよ、ちょうちょだよ。それにこれ、魔法みたい」

 窓からゆっくりと入ってきたそれは、蝶の形に折られた紙切れだった。部屋の中をゆっくりと旋回すると、フリッツの顔の前でぴたっと羽ばたくのをやめた。フリッツが反射的に両手で受け止めようとすると、蝶はきらきらとした粉になって、フリッツが瞬きするとそれは手紙になっていた。

「本物の魔法だ。きれいだったね」
「え、なに。ちゃんと見てなかった」
「もういいよ、ルーウィンは。ずっとそこで鶏肉に齧り付いていればいいんだ」

 フリッツはルーウィンのデリカシーのなさに口を尖らせながら手紙を開いた。文面に目を走らせ、フリッツはおもむろに立ち上がる。

「ルーウィン、ぼくちょっと行ってくるよ」
「あっそう。せいぜい気をつけて行ってらっしゃい」

 ルーウィンの興味は完全に齧り付いているチキンにのみ注がれていた。フリッツは身支度をし、宿屋の階段を駆け下りると、夕闇の迫り始めた道をキャルーメル高等魔法修練所に向かって走り出した。


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