小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第2章】

【第六話 魔法のタネと仕掛け】

 夜の修練所はどこか物悲しい。昼には若者で溢れ、笑い声が飛び交うこの中庭も例外ではなかった。
 空は雲ひとつなく、満月だった。街は煌々と照らされていたが、さすがにこの林では月光の進入もさえぎられる。地面から伸びた根に足を取られながら歩き、フリッツは手紙で指定された場所で待っていた。講堂へとまっすぐに伸びる道の脇、セコイアの並木林の中だった。

「こんばんは。来てくれたんだね。突然のことだったのに、こんな遅くにありがとう」

 クリーヴが現れた。夜の林の中に一人は心細かったので、フリッツは顔を明るくした。 

「ううん。お礼を言うのはこっちだよ。ぼくがおかしなことをしちゃったばっかりに、クリーヴまで一生懸命になってくれて」
「それは言わないで。ぼくだって、無実の彼があんな処分になるのはいたたまれないもの。良心に従って、こうして行動しているだけだよ」
「クリーヴってほんとうにいい人だよね。魔法使いの鑑だよ」

 クリーヴは微笑んだ。

「そうかな。照れちゃうよ。そういうフリッツくんだって、本当に人が良い」

 言葉に少しひっかかるものがあったが、フリッツはそのまま受け流した。

「ねえ、ちょっとお願い聞いてくれるかな。その剣、よく見てみたいんだ。ぼく杖ばっかりだから、あんまり剣って見たことなくて」
「いいけど、こんな暗いところで?」
「大丈夫。ぼくが明かりをつけるから」

 なるほど、魔法ならいつどこでも明かりをつけられる。便利だなあと思いながら、フリッツは剣を二本とも渡した。

「はいどうぞ。こっちは木刀。こっちは真剣だよ、錆付いてるけどね」
「うん、ありがとう。ごめんね」

 クリーヴは二本の剣を受け取るや否や、それを地面に放り投げた。
 フリッツがそのことに疑問を感じる暇もなく、クリーヴは魔法の光をフリッツの目に押し付ける。突然目潰しされたフリッツはなにがなんだかわからなかった。次いで腹部に強い痛みが走る。クリーヴに杖で思い切り叩きつけられたのだ。
 背を樹の幹に打ち付けたフリッツは、そのまま押さえつけられ、腹に再び痛みを覚えた。今度は膝で強く蹴りを入れられたのだ。数回容赦のない蹴りと打撃が繰り返され、フリッツはぐったりとして地面に崩れ落ちた。まだ頭が混乱していて、一体何が起こったのかわからなかった。
 いつもとは違う、低く悪意のこもったクリーヴの声が上から降ってくる。

「きみは本当に人が良い。お人よしだね、バカがつくほどの」
「…クリーヴ?」

 地面にうつ伏せに転がったフリッツを、クリーヴは足で蹴飛ばして仰向けにさせた。フリッツの目はまだ治っておらず、世界はまだちかちかしている。比喩ではなく、たくさんの星が点滅していて、視界にはそれしかなかった。クリーヴは再び杖の先に魔法の明かりを灯した。

「この前は下準備があったから、こんな手荒なマネはせずに済んだんだけど。今日はそんな悠長なことはしていられないんだ。だからちょっと痛むけど、もう少しの辛抱だから。少しだけこの光を見つめて、魔法にかかってくれればそれでいい」
「どういう…こと?」

 フリッツは何とか口を動かした。ピリリとした痛みが走って、口の端から血が流れる。

「またちょっとだけ、ぼくのお人形になってくれればいいんだ。もう嘘はつかなくていい。こんどはこれ以上何も詮索せず、黙ってこの街を出て行ってくれれば、それでいいんだよ。ね、簡単だろう?」

 フリッツは顎をつかまれ、無理やり向けられた杖に目線を合わせさせられた。

 その時、クリーヴが杖を取り落とした。クリーヴは手首を押さえ、その後杖をすぐに取った。同時にフリッツから少し距離をとったようだ。フリッツは相変わらず見えていなかったが、鼻腔にかすかな焦げ臭さを感じ取った。

「こんな遅くに出歩いたらいけないだろ。先生に言いつけるぜ、優等生」

 フリッツはその声と物言いに聞き覚えがあった。現れたのは、魔法使いの杖を持ち肩にひっかけたラクトスだった。クリーヴは口の橋を歪ませる。

「それはお互い様だろ、ラクトスくん」
「おれはバイトの帰りに、たまたま通りかかっただけだ」
「謹慎処分中だろう? それに火遊びはもうたくさんなんじゃないか」

 二人のやり取りを聞きながら、まだ状況が飲み込めず、フリッツはぼうっとしたまま地面に転がっていた。

「おい」
「痛っ!」

 ラクトスがフリッツの額を指で弾いた。

「いつまでぼさっとしてるんだ、デコっぱち。危なくまたやられるところだったんだぜ」
「またやられる?」

 やっとのことで視界を取り戻しつつあったフリッツは、咳き込みながら鈍い痛みの残る身体を起こした。

「お前はバカか。また魔法かけられるところだったんだぞ。助けてやったんだ、感謝しろ」
「助けるだなんて大げさな。結局のところ、自分の身を護りにきただけだろう」

 ラクトスの言葉に、クリーヴが反応する。

「ああそうだ。こいつを助けに来たわけじゃねえ。おれはおれの身の潔白を証明するために来た」

 フリッツは徐々に状況が飲み込めつつあった。
 突然フリッツを呼び出し、襲い掛かってきたクリーヴ。それを止めにきたラクトス。二人は優等生と不良で大した面識もないと思っていたが、それはどうやら違うようだ。二人は間違っても友達などではないが、この広い修練所で多くの門下生がいる中、お互いにその存在を認識している。
 クリーヴはラクトスを目障りだと思い、ラクトスもそれに気がついていたようだ。

「お前の考えてること、ここ数日でやってきたこと。全部当ててやるよ」

 ラクトスはクリーヴを見据えた。

「このデコっぱちを呼び出したのは、話し合いをするためなんかじゃない。くぐつの魔法をかけ直すためだ。いつまでも犯人探しをやめないデコっぱちが目障りになって、人気のないところに呼び出し、この街を自ら出て行かせようとした。違うか?」
「そんなわけないじゃないか。ぼくはただ、フリッツくんときみが犯人じゃないってことを証明しようと話し合うためにここに来たんだよ」
「けっ、白々しい。こんだけ殴る蹴るしてまだ言うか」

 フリッツはそれを聞いて悲しくなった。これだけ親切に接してくれたクリーヴが、自分にこんなことをするとは思ってもみなかった。しかしこれが現実だった。ラクトスは続ける。

「くぐつの術の発動条件は、対象に自らが魔法にかかることを承知したうえで術式が組み込まれた光を見つめさせなきゃなんねえ。つまり、おれは今からあんたの魔法にかかってやるよ、って前提が必要だ。しかし対象に気づかせないためにくぐつの術をかける方法は別にある。それが六角星の魔法陣を描くやり方だ」
「そのとおり。だけどフリッツくんはそんな魔法陣に覚えは無いと言っているよ。あの火事の前、ぼくがいつフリッツくんにそんなことをしたのかな」

 クリーヴはいつもの穏やかな調子に戻っていた。ラクトスはそれを見てけっ、と吐き捨てる。

「お前はデコっぱちに修練所内を案内したそうだな。しかもずいぶん効率の悪いルートで。所長の部屋、講義室、標本室、温室に機材室、そして所長室に戻る。それはお前らの足取りで、気づかせないよう六角星を描いていたからだ。そうして最後の仕上げに、杖から放たれた光を見せた。デコっぱちに感づかれないようくぐつの魔法をかけ、デコっぱちがおれの近くに移動したら納屋を燃やし、おれが犯人だという証言をさせる。しち面倒くさいことしやがって」
「いったいなんのことを言っているんだい?」
「とぼけるなよ、犯人、お前だろ」

 ラクトスのその言葉を、フリッツは信じたくなかった。
 しかしそれなら話の筋は通る。あれだけ丁寧に修練所を案内してくれ、あれだけ一生懸命魔法の痕跡を辿ったり聞き込みをしてくれたクリーヴが、実はラクトスに罪を被せようとした張本人だったのだ。
 あっけにとられてしまったフリッツとは逆に、クリーヴはぷっと吹き出すと声を立ててしばらく笑った。

「どうして僕なんだい? 証拠はあるのかな?」
「証拠なんてない。それが、お前が犯人だっていう証拠だ」

 ラクトスが大真面目に答えて、クリーヴは苦笑する。

「証拠がないことが、僕が犯人だっていう証拠? どういうことだい? それは何かの言葉遊びなのかな」
「犯人は凡人ではなく、天才だってことだよ」

 ラクトスはクリーヴに向き直った。

「確かにあの手の遠隔魔法の手段はよく使われる。でも、お前なら出来るんだろ? 遠く離れていても、意のままにある事象を起こすことが。遠隔の発火魔法なんてもの使わなくても、この修練所の敷地内くらいなら、どこに居たって好きなところに炎くらい出せるよなあ」

 クリーヴは静かに微笑んでいるだけだった。

「クリーヴが一緒に犯人を探すのを手伝ったのは全部演技だ。おれが犯人じゃないと疑い始めたデコっぱちに、このままおれが犯人だと思い込ませるのはムリだとでも判断したんだろう。ヒントを与えてやり、デコっぱちはそれを鵜呑みにして犯人を捜そうとする。
 しかしその痕跡はどれも、犯人には辿り着かない。結局真犯人は捕まらないまま、時間だけが過ぎていき、デコっぱちは犯人探しを諦め、おれは退所処分になる。なあ、こんな筋書きだろ?」

 フリッツは愕然とし、クリーヴは再び声を立てて笑い始めた。フリッツは恐ろしくなった。
 あの親切で優しかったクリーヴが、今目の前で笑っている。それもどこか狂ったような、毒されたような笑みだった。
 クリーヴは両手で顔を押さえてひとしきり笑った後、酷く傲慢な声音でラクトスに言った。

「きみは昔から僕をかいかぶりすぎだよ。ガリ勉貧乏のラクトスくん」
「お前は昔からおれの前では素直だったよなあ。いいこぶりっこのクリーヴくん」

 そして二人は、ほぼ同時に杖を構えた。

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