小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第2章】

【第九話 旅は道連れ】

 翌朝、キャルーメル修練所の木立は何事もなかったかのように整然と並んでいた。昨晩この場所で人知れず魔法での決闘が行われていたことなど、通りを行く門下生たちは知る由もなかった。幻で誤魔化しているのか、それとも魔法で本当に樹木の再生をやってのけたのかはわからない。門下生たちがおしゃべりをしながら修練序内に消えていくのを、フリッツは不思議な気持ちで眺めていた。
 いくら木立が直されていても、フリッツの身体に付いた打撲や切り傷はそのままで、フリッツは顔に絆創膏を二つと頬にガーゼを当てていた。しかし左足の牙の跡はある程度消えていて、歩くのには不自由しなかった。どうやらガルシェが最低限の治癒魔法を直々に施してくれたらしかった。

 フリッツはルーウィンに付き添われ朝一番でガルシェとの面談に来ていた。事の子細を自分の口から伝えなければと思ったのだ。ラクトスは無実であり、真犯人はクリーヴであるということ。彼らはそれぞれの在籍をかけて決闘をしたこと。そしてラクトスが勝ったこと。

 勝手に行った決闘が果たして有効なものであるのか、フリッツにはわからなかった。だがラクトスの無実は、なんとしてでも証明しなければならない。しかしその証拠は一つもなく、昨晩ガルシェがその様子を見ていたなどとは知りもしないフリッツは、ラクトスの破門をどうやって止めさせたらいいのかと必死になって考えていた。その隣で、ルーウィンはのん気にあくびをしていた。

 しかし所長室に通されたフリッツを待っていたのは、ガルシェの口から発せられた驚くべき言葉だった。

「どうしてですか? なんでラクトスくんが出て行かなきゃならないんです?」

 眉を下げながらも必死になって食い下がるフリッツを、ガルシェはまあまあと言ってなだめた。

「ぼくのせいじゃないよ。だからそう怒らないで。まずは話を聞いて欲しい」

 椅子に座るよう促され、フリッツはしぶしぶ、ルーウィンはどかっと席に着いた。テーブルにはラクトスが書いたらしき退所届けが置かれている。

「彼が持ってきたんだ。こっちはまだ受理してないよ。彼が言うには、自分は犯人じゃないけど、容疑者が修練所にいるのは他の門下生にも周りの評判にも良くないって」

 それを聞いて、ルーウィンはつまらなそうな顔をした。

「周りのためなんて聞こえはいいけど、結局のところついに周りの白い目に耐えられなくなったんじゃない?」
「そんな…」

 フリッツはどうしていいのかわからなかった。自分がまんまと魔法で操られたために、関係のないラクトスの人生が台無しになろうとしている。そんなフリッツの様子を哀れに思って、ガルシェは思わず窓の外を眺めることでフリッツから視線を外した。窓の向こうにはさんさんと光を浴びる木立と、講義に向かう門下生たちがなにごともなかったかのように歩いているのが見える。ガルシェはそのままで言葉を続けた。

「聞くところによると、彼今日でこの街出て行くって言っていたみたいだし。だからね、代わりと言っちゃなんだけど」

 扉が開いたような音がして、ガルシェが振り向くと部屋には誰もいなかった。

「あれれ? まったく、せっかちなんだから。最近の若者は、人の話を最後まで聞かない」

 ガルシェは開けっ放しになった扉を、やれやれと呟きながら閉めた。








 空気が洗われたような、ひんやりと少し肌寒い朝だった。ラクトスはローブから出た腕が少し粟立つのを感じながら、街道へと続く道を一人歩いていた。新緑が濃い緑へと変わっていく頃で、物事を終わらせるには丁度いい季節だ。同時にそれは、始まりへとつながるはずだ。

「ラクトスくーん!」

 遠くの方から自分の名を呼ばれ、ラクトスは足を止めた。フリッツが全力で走ってくるのが見えた。フリッツはラクトスのもとまで辿り着くと、肩で息をしていてしばらく話せなかった。額に汗を浮かべ、顔は真っ赤だった。

「よ。早いな」

 ラクトスはなんでもない様子だが、いかにもこのまま出て行ってしまいそうな様子だった。魔法使いであることを示唆する黒いローブを羽織っているが、活動しやすいようにその丈は膝までのものだった。ズボンにブーツを履き、背中にちょっとした荷物を背負っている。片手はポケットに突っ込まれているが、もう片方には簡素な魔法使いの杖が握られていた。

「ま、待って。どうして出て行くの? 昨日きみは勝ったのに! そもそもきみは犯人じゃない」

 フリッツはすっかり息が上がっていた。後からルーウィンはさほど息も乱れていない様子でやってきた。

「まあ、おれも色々思うところがあってな」

 ラクトスは顔色一つ変えず頭を掻く。

「お前ら、旅してるんだって? 人捜しの北上の旅、だったな」
「うん。そうだけど、今はそれより、きみの」
「おれ同行するわ」

 突然の提案に、フリッツは驚きを隠せなかった。

「え、ええ?」
「えー。あんたがついて来るの?」

 フリッツは目を白黒させていたが、ルーウィンは不満げな声を漏らした。

「お前の兄貴、確かグラッセルで兵士やってるって言ってたな。強いのか?」
「うん。兄さんは凄く強いよ」
「って言っても、最後に会ったの十年くらい前でしょ」

 ラクトスはしばらく右手を顎に当てて考えていた。

「よし、お前兄貴におれのこと紹介しろ。それでおれを、グラッセル城の宮廷魔術師に推させるんだ」
「ええ、そんな無茶苦茶な」

 さすがにフリッツも声を上げた。

「言っとくが、お前等は突然ひょっこりやって来て、おれの経歴に傷をつけたんだぞ。責任持って何とかすんのが当たり前だろうが」
「大げさな、あたしたちが来る前からもう沈められかけてたじゃない。それに、フリッツの兄さんがまだグラッセルに居るかもわかんないのよ」

 その手がかりを頼りにとりあえず北上をしているフリッツだ。確かにアーサーがグラッセルにいるとは言い切れなかった。不確かなことに、簡単に口約束は出来ない。

「その時はその時。自力でなんとかする。とりあえずグラッセルまで馬車に乗るか、冒険者雇うか考えてたんだが、どっちにしろ金がない。むしろお前らに無償で魔法使いの力を貸してやるって言ってるんだ。ありがたく思えよ」

 金にうるさいはずのラクトスから「無償で」という言葉を聞き、フリッツは目を丸くした。

「お金なしで北への旅に着いて来てくれるの?」
「騙されちゃだめよ、フリッツ。そんなうまい話が転がってるわけないでしょ。絶対なんかあるわよ、こいつ」

 ルーウィンに言われ、ラクトスは眉根を寄せる。

「そんなに言うんだったら、別にいいんだぜ? 疑われるのはもうこりごりだしな」
「待って待って! 行かないで」

 行ってしまおうとするラクトスの袖を掴んでフリッツは踏ん張った。

「一緒に来てくれるのはすごく嬉しいんだけど、家族は? どうするの」

 フリッツは問いかける。ラクトスの家庭はフリッツの憧れそのものだった。あんなに仲のいい家族から好んで離れたいわけがない。おまけにラクトスは長男で、家計は火の車だという。フリッツの考えを察したラクトスは軽く微笑んだ。

「おれが修練所をやめたことで、家計もだいぶ余裕が出来た。きょうだいの誰かが修練所に通いたいとか戯言ぬかしはじめるまでは、なんとかもつだろ」

 ラクトスはフリッツに向き直った。

「勘違いするなよ、これは交換条件だ。おれは命は賭けないし、お前等がいったいどのあたりまで北上するのかはわからないが、危険だと思ったらその場で降ろさせてもらう。だが出来るだけお前らにおれの力を貸してやる。どうだ?」

 ラクトスは不敵な笑みを浮かべた。フリッツにはそれがとても頼もしく思え、大きく首を立てに振って頷いた。一方ルーウィンは腕を組み、まだいぶかしんでいる様子だ。

「ずいぶん勝手な条件じゃない」
「まあな。でもお前たちも手ぶらでこの街から出るわけにはいかないだろ? もっとも、ここで断られたらおれの立場もあったもんじゃない」
「ま、それもそうか」

 ルーウィンがそう答え、フリッツは目を輝かせた。このそっけない返答も、ルーウィンの肯定だとフリッツはわかっていた。仲間が増える、しかも魔法使いだ。ラクトスのことがまったく怖くないといえば嘘になるが、根はいい人間だと知っているし、なにより昨晩の戦いで見せた彼の実力は相当なものだった。
 こんなに心強い仲間が出来るとは思ってもみなかった。
 フリッツはさっそく右手を差し出して笑った。

「これからよろしく」
「ああ、任せとけ」

 ラクトスもその右手に応えた。
 ラクトスという魔法使いを得、三人の旅の仲間となったフリッツたちはさらなる北上を目指すのだった。



                                 【第二章 新たな旅の道連れ】
  


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