小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第3章】

【第六話 女神の寝静まった後】

 人気のないほうへ行かれるよりはいいのだが、あまりにもあっちこっちを行き来しているため、移動で無駄に時間を使ってしまっているようでフリッツは気が気ではなかった。早くしなければ、明日に間に合わなくなる。そしてなにより、ルーウィンに大目玉を食らわされてしまう。
 しかしそれよりも、目の前の男に着いていって、自分は無事に帰ってこられるのだろうかという不安のほうが大きかった。いかにも怪しげな男で、恐らくまともな生活はしていないだろう。

 男は数回角を折れて、とある一軒の酒場に入った。地下にあるようで、階段を下る。怪しげな雰囲気がぷんぷんと漂っていたが、引き返すことは出来ない。今は少しでも情報が必要だ。
 カウンター席が少しと、テーブル席が少しだけあるような小さな店だった。しかし席はテーブルごとに目隠しが立てられている。客はフリッツ以外にも何人かいて、なにやらヒソヒソと小さな声でやり取りしていた。男は一番隅の席にフリッツを案内すると、腰掛けるように促した。

「で、あんちゃんなにをやらかしたんだ?」

 男が興味深そうに尋ねた。フリッツはミチルに言われて、あらかじめ考えておいた答えを言う。

「ええっと、道連れの財布を奪って逃げたことがあります。あと、小火騒ぎがあったときに嘘の証言をして犯人でもない人に罪を着せました」

 前者は少し内容を変えたが、後者はつい最近の事実だ。男はおお、と声を上げた。

「おー、地味にやるねえ。あんちゃん人がよさそうな顔して、いがいといけるクチだな」
「はあ、すみません」
「となると、えーとどれだ。これだな」

 男は置いてあった袋の中身をごそごそとさぐると、青い札を取り出した。男が手で合図して、先に金をよこせと訴えてきた。フリッツは三十万ラーバルを渡すと、男は指にツバをつけて札を数え始める。きっちり三十枚あることを確かめて、フリッツに「商品」を渡した。フリッツはそれを握り締める。

 これがミチルの欲しがっていたものだった。それは青い札だった。フリッツには読めない、おそらく聖ナントカ文字でありがたい言葉でも綴られているのだろう。かなり良い羊皮紙で出来ていて、精緻な文様も入って、いかにもそれはご利益がありそうだ。少し分厚いので、紙と紙との間に何か挟まれているようだった。試しに指で触ってみると、でこぼことしている。札の中身だ。

「言っとくが、中を見ちゃいけないぜ。あんちゃんは人が良さそうだから忠告してやるが、そこには後戻りできなくなる、赦しの一粒、ってのが入ってる。興味本位で飲んだりするなよ。いいか、ゼッタイに、だ」

 男はニタっとしまりなく笑った。彼の言葉に本気でフリッツを気にかける気持ちがあるのかどうかは、わからなかった。

「せっかくここまで来たんだ。マスターに言って、なんか出してもらえよ」

 そう言って男は、フリッツをカウンターの席へと引きずっていった。カウンターにはすでにできあがっている二人の男が座っている。よくよく見れば、男たちは僧兵だった。かなり着崩しており、腰のベルトに法衣がひっかかっているような状態で、一見すればわからなかった。
 それに気がついたフリッツに、男は言った。

「ここはあんちゃんみたいな迷える子羊を救う場であると同時に、教会関係者の安息の場でもあるのよう」

 フリッツは気づかれないよう息を呑む。目の前の僧兵は酔っている。
 これなら、いけるかもしれない。
 僧兵の片方がフリッツと男に気がつき、酒を一杯口に含むと話しかけてきた。

「なんだ、そんな若いやつに売りつけたのか。お前もたいがいにしろよ」
「いいじゃねえか。これでこのあんちゃんは救われたんだからよ。今までのことは全部チャラだ。また明日から人生たのしくやりゃあいいってもんよ。なあ?」
「違いねえ。そんでまたなんかやらかしたら、ここに来いよ? ブルーア様は心が広いから、反省しない悪人にだって何度でも手を差し伸べてくださる。金さえあればな。札を買えば、全部がなかったことになる。さらにその先に行けば、お前はこの世のしがらみから開放される。ますます札が手放せなくなるぜ」

 すごい、と思った。これは上では絶対に聞けなかった話だ。フリッツはミチルに感謝した。
 しかし目の前の男たちはかなりガラが悪い。酔っているから話は聞きだしやすいかもしれないが、一度こちらの考えがばれてしまえばとんでもない目に遭うだろう。フリッツはごくりと唾を飲む。そして両拳を強く握り締めた。

「ぼく、ブルーア様のお考えに興味があるんです。もしよろしければ、みなさんのお話を聞かせて貰えませんか?」

 フリッツは意を決して、男たちの隣の席に腰掛けた。



  



「たらいまー」

 夜も更けきり、月が我が物顔して煌々と街を照らす頃。フリッツが小屋へ戻ると、ルーウィンの鉄拳が飛んできた。見事に命中したフリッツはその場にどさりとしりもちをつく。しかし、なんだかちょっといい気分だ。酒の匂いをプンプン漂わせるフリッツに、ルーウィンは眉を吊り上げて怒りに身を震わせている。

「あんた、飲んだわね。人の気もしらないで!」

 胸倉を掴まれながら、フリッツはやや赤く染まった顔でにこにことした。

「まあまあ落ち着いて。飲むわけないでしょ、ぼくは未成年なんらから。ちょっと隣のおじさんが間違えてぼくに渡しちゃっただけらよ」
「呂律が回ってない!」

 ルーウィンはフリッツの頬を思い切り殴った。

「目が覚めた?」
「…醒めました」

 物凄い衝撃だった。フリッツが反射に涙を浮かせて頬を抑えると、そこには腕を組んで仁王立ちした鬼、もといルーウィンがえもいわれぬ形相で立ちはだかっていた。頭をそのまま吹き飛ばされるかもしれないと思うほどだった。よくも脳震盪を起こさなかったものだ。
 ルーウィンは辺りの様子を窺った。幸い、フリッツは誰にも尾けられてはいないようだった。

「で、そんなになって帰ってきたからには、もちろん、当然、収穫はあったわけよねえ。なかったら殺す」

 最後の一言は早口で呟かれたものだったが、本気だった。フリッツは目の前の恐怖に恐れおののきながら、じりじりと小屋の壁へと後ずさった。

「ちゃ、ちゃんとあります。情報あるから。まってまって、話を聞いて」

 ルーウィンは鼻息も荒く足を組んで椅子に座った。

「早くしなさいよ」
「は、はい」

 フリッツは震える喉の調子を整えようと、軽く咳払いをした。

「まずは明日の教皇就任の儀式のことから。行われる場所は大聖堂手前で、今日も会場らしき土台が組み立てられていた場所で間違いない。広場の噴水が近くにあるところだね。前回儀式が行われたのは二十年前で、それからずっと今の教皇様が一人でやってきたみたい」

 これは土産屋のおばあさんから教えてもらったことだった。

「儀式の行われる時刻は正午。その三時間前には儀式に必要な聖水や神器が会場に運ばれる。その前後にこっそりティアラさんも移動させられると思うんだ。
 ただし生贄っていう存在は教会内でもごく一部の人しか知らされていないと思うから、詳しいことはわからないけど。ぼくが聞いた教会関係者のおじさんも、聖水と神器のことしか知っていなさそうだったし」

「ずいぶんペラペラ喋ってくれるやつがいたじゃないの」
「その人、この儀式をするにあたって急遽雇われた日雇いの僧兵なんだって。あとお酒が入ってたから気分良く話してくれたよ。
 ここ最近で僧兵が増えたのは、正規もそうだと思うけど、間に合わせで雇った人も多いんじゃないかな。そうすると」

 ルーウィンは不敵に口の端を吊り上げた。

「あたしたちのつけこむ隙がある」
「うん、ぼくもそう思う」

 信頼関係のない金だけの繋がりというのは、どこかの面で必ずボロがでるものである。

「あと、教会の噂について。大聖堂は五つの筒が連なったような形をしている。そのうち大聖堂の部分は左から四つ目まで。右端の一番高い塔には、一般の信者は立ち入り禁止で、その上層階には教会関係者も誰も入ったことがないらしいんだ」
「そこに教皇の娘が捕らえられている可能性が高いってことね」
「あくまで可能性だけど」

 フリッツはうーんと唸った。

「ルダの救出が難しい場合を考えると、やっぱり神器を奪うより、ティアラさんを連れ出せたらそのほうがいいよね。だってほっといたら生贄にされちゃうわけだし」

 連れて行かれたルダは恐らく厳重に警戒されている。しかし教皇の娘も生贄となる身、やはりそちらも警備は手厚いだろう。どちらにしても難しそうだが、やってみるより他ない。

「あんたにしちゃ上出来じゃない。よく出来たわね」

 ルーウィンの怒りの角は引っ込み、いつもの様子に戻っていた。フリッツは涙が出そうなほどほっとした。

「ミチルに手伝ってもらったんだ。帰りも途中で会って、そこまでぼくを送ってきてくれたんだけど」
「ますますあの子供怪しいわね。あんたも、自分よりも年下のガキに送らせるなっての」

 ルーウィンは小言を言った。しかし、なにか言いたげににやにやしている。

「でも、あたしだってちゃんとやることやってたのよ」

 フリッツは首をかしげる。ルーウィンがこの小屋で出来ることといえば、弓矢の調整か教皇の看病くらいだ。しかしその顔は、他にもなにかあるといった表情だ。

「これ、何だと思う?」

 ルーウィンは、小屋の片隅のクローゼットの中から、白い服を取り出した。僧兵の法衣だった。
 フリッツは顔を輝かせる。

「わあ! それで教会内部に潜入できるね」
「まあ、偉そうなこと言ってもこの小屋かき回したくらいなんだけど」
「そんなことないよ。これは役に立つね」

 法衣を着てしまい、特に不審な目だった行動さえとらなければなんとかなるかもしれないという期待が湧いた。木の葉を隠すには森の中に隠せというが、自分たちが僧兵になって教会に入ればいいのだ。

「でも、なんでミチルが今更でてくるのよ」
「ああ、そうそう。これなんだけどね」

 フリッツは自分のポケットをごそごそいわせて、先ほどの札を取り出した。ミチルに見せると、三十万ラーバルでたった一枚は高すぎる、これでは商売にならないと言われそのまま貰ったものだった。中に入っているものも気に食わないと言っていた。
 ルーウィンは怪訝な顔つきでその札を見つめる。

「なによ、それ」

 フリッツは名前を思い出そうとしていた。その時は酒気にあてられて、なんと聞いたかよく覚えていなかった。
 フリッツは頭を掻きながら自信なく言った。

「めんざいふ」







「免罪符ね。なるほど、考えたもんだ」

 暗闇の中、しんと静まり返った大聖堂の一角で黒髪の青年は呟いた。壁際にもたれかかり、渡された符を指でひらひらと弄ぶ。

「迷える子羊たちは救われ、教会は潤う。実に画期的だな。懺悔室でちまちま罪の告白なんか聞いてやる必要はなかったんだ。ブルーア様はすばらしいお方だ」

 僧兵の言葉に耳を傾け、蝋燭の明かりごしに青年は免罪符を見つめた。

「これ、売れるのか?」
「売れるも何も、そりゃあ飛ぶように。なんせそれさえありゃ、悪いことが全て清算されるんだからな。胸張って、悪事も何回でも働けるってもんよ」

 僧兵はもう行くぞ、と言って青年を促した。

「ところで新入り、早く寝とけよ。明日は大切な儀式の日だ。トチったら笑い事じゃ済まないからな。
 あと、お前その目つきなんとかしろよ。ガンくれてるのかと思っちまうだろ」

 黒髪の青年、ラクトスは免罪符を手に取り、にやりと笑った。

「了解」



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